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29話 どんな感じで振動するんだ?

 初めて野営した朝、その目覚めは、お世辞にも快適とは言い難いものだった。


 もっとも、アリエルに教わったこの寝床が無かったら、もっと酷いことになっていただろう。


 枝葉クッションの上にマントを被せただけの簡易ベッドだったが、思いの外、背中を優しく包み込んで守ってくれた。


 ベッドの寝心地自体はそれほど悪くはなかったが、それでも上に毛布一枚だけだと、さすがに寒さを感じたのだ。春先とはいえ野外の夜は、予想以上に冷え込んでいた。


 手の甲に触れてみると、皮膚が異様に冷たい。


 おいおい、これって、大丈夫なん? 血流の問題か?


 身体の芯から凍えてしまったようだ。危うく風邪を引くところだったのかも。


 立ち上がって伸びをしたり、身体を動かしたりしてみるが、痛む部分もなく、これといって特に異常はない。


 至って健康そのものだよな……気のせいか。単に寝方が悪かったせいで、局所的に冷えただけか?


 あれっ!? そういや、アリエルが居ない。


 辺りを見回しても、どこにも見当たらなかった。用足しにでも行ったのか?


 とりあえず、荷物まとめちまおう。身体を温める意味でも、少し身体を動かしておく方がいいだろうし。


 毛布を畳んで、背負い袋の中へと仕舞う。


 シーツ代わりに使っていたマントの埃を払っていると、そこにアリエルの姿が──丸々と実った黄色い果実を腕いっぱいに抱え、こちらへ歩いてきている。


「やっと起きたのかよ。ほれっ!」


 アリエルは抱えていた実を一つ、こちらへ放り投げて寄越す。


 大きく放物線を描いた実を受け取ると、腕にずっしりとした感触──ソフトボール大の見た目よりも、ずっと重く感じた。どうやら柑橘系の果実のようだ。


「結構、美味いんだぜ! 食ってみ」


 言うやいなや、厚めの皮を剥き、房ごと口に放り込んで食べてみせるアリエル。


 やはり、オレンジ系の果実のようだ。ここまで爽やかな柑橘系独特の香りが漂ってきた。


 真似して外皮を剥こうとしたら、結構な量の飛沫に襲われた。なんとか顔を背けて回避する。危うく目に入るところだった。地味に染みるから苦手なんだ。


 しかし随分と瑞々しい果実だな。先ほどよりもずっと強い香りが立ちこめている。


 あ、これって! あれか? 一房口に放り込み、噛みしめる。


 おっほぉう、やっぱネーブルだ。あぁ、この味わい、大好き! 好物だ。


 渋皮にほんのり苦みは感じるけど、完熟した甘酸っぱい果汁に、果肉弾ける柔らか食感。


 まるで果肉たっぷりなフレッシュジュースを飲んでるかのような爽やかさ。いや、これじゃ、あべこべか? とにかく渇いた朝の喉に、ばっちり合うジューシーさだ。あぁ、癒やされる。


 味はまんま、俺の大好きなネーブルなんだけど……それにしては、ちいとばかし大きすぎるか?


 いや、世界樹からだいぶ離れたとはいえ、それでもこの辺だって、これほど大きな木々が育つ森だ。


 この大きな果実も、その肥沃な大地の恩恵かもな。ありがたや、ありがたや。


「サンキュー! アリエル」


 自分でもわかるくらい顔がほころんでいる。アリエルも幸せそうに笑みを浮かべていた。


 旨いものはいいよね。美味しいもの食ってるときには、どんな悪人だって悪さする気も起きないだろうから……いや、アリエルが悪人だなんて思ってねえから。


 ん!? なんか一瞬、視線を感じた気がしたんだけど……あの様子だとアリエルじゃないのか? あれっ?


「あたしの住んでるもっと北の地方だと、春先に食べられる果実とか、木の実なんてほとんど無いんだ。この時期の採取って、そこそこ面倒なんだぞ」


 そう言われてみて、今まで温室栽培の恩恵に与っていたことを思い出した。もう永いこと、果物の旬なんて感覚は薄れていたっけな。


「でもよ。この辺は相当暖かいみたいだな。こんな早い時期に、こんな甘い果実が生ってる木がすぐ見つかるなんて、ほんと助かったよ」


「にしても、植生が変わるほどとは……おまえ、随分遠くからやってきてたんだな」


「あれっ!? 言ってなかったか? あ、地名で話しても、そもそもわからねえのか。そういや、こっちの世界の住人じゃないんだもんな」


「いや、そもそも、そんなこと一言も言ってなかったとは思うけど……。まあ、野営のことを含めても、いろいろと知識が不足してるのは確かだからな。聞き逃したのかも」


「あ、そういや野営の基本すら知らないんだったな。んじゃ、あれも教えとくか」


 アリエル曰く、冒険の心得として、三の法則というものがあるという。


 空気中に毒が蔓延しているなど、呼吸ができない環境では、三分間が生死を分かつ目安となるらしい。


 気温が恐ろしく低すぎるか、もしくは高すぎるような、体温すら一定に保てない環境では、三時間が限度。


 摂取可能な清潔な水が無いような、水分補給できない環境では、三日間。


 たとえ水分が補給できても、食料を摂取できない環境では、三週間がぎりぎりのデッドラインとなるといった具合にだ。


 この三の数字にまつわる目安を念頭に置き、事前に状況を打開するように行動していく。それが冒険の基本だと教えてもらった。


 へえ、面白いもんだな。サバイバルっぽい。


「ちょっと話があるんだけどいいか?」


 俺が一人納得していると、神妙な表情を浮かべて、アリエルが尋ねてきた。


 なにかと思って聞いてみれば、勇者のお供、所謂、勇者パーティーに加わってほしいとのことだった。


 でもなぁ。宗教がらみってのは、ちょっとな。教会のしがらみが付いて回るような仕事は御免被りたい。

 とはいえ、それを馬鹿正直に関係者に言うのもな……。


「すまん。ほんと俺は魔物どころか、野生動物……いや、まともに戦ったことも、狩りすらしたことも無いんだ。どうにも怖くてな。とても務まりそうにないよ。そこは勘弁してくれ」


「……そっか。いや、こっちこそ無理言ってすまなかった。でも、荒事に慣れていないのなら怖くて当然だ。それは決して悪いことじゃない。中には恐怖のきの字も感じてないような連中もいるけど……そんな奴はなんかあれば、すぐおっ死んじまう。生き抜く上で恐怖を感じることは大事なんだぞ。その感覚を大切にな」


 珍しく滔滔と語るアリエル。やはり、自分の専門分野だけに、いろいろと思うところがあるようだ。


 確かに、先天的な無痛症患者なんかも、痛みを感じられないせいで、なかなか長生きできないと聞く。痛みや恐怖みたいなセンサーがあってこその危機回避なのかもな。


「びびりなのも、別に悪いことじゃないってわけか」


「いやそれでも、いざというとき、動けなくなっちまうのはダメだぞ。まあ、そんときにはあたしらみたいな前衛陣が、敵との間に割って入ってやる。相手の目を引きつけてやるから安心しな。あんたはその間に落ち着いて、魔術をぶっ放せば問題ないから」


「いや、断ったつもりなんだが」


「別にあたしのパーティーでって話じゃないぞ。あんただって、そのうち誰かと組むかもしれないだろ? いつまでも一人でってわけにもいかないんだし。こんなところまであたしが一人でやって来たからって、誤解しているのかもしれないけど、あたしだって一人で戦えるなんて思っちゃいない。この辺りは危険がないから一人なだけで」


 アリエルなりに心配してアドバイスをくれてたらしい。


 見た目も若くて、かわい子ちゃんで、勇者成り立てとも聞いてたから、どこか侮っていたところがあったけど、しっかり経験を積んで勇者として認められただけあって、うん、頼りになりそうだ。いや、それ以上に面倒見がいいやつなのかな。


「悪かった。で、どんな感じで連携取ったらいいんだ? 勝手に魔術をぶっ放したら、やっぱまずいんだよな」


「最初の内は、敵に悟られないような合図を互いに決めておく感じだな。盗賊やら知能の高い魔物の場合、あからさまな合図だと逆に、相手に避けてくれって言ってるようなもんだしな」


 おいおい、盗賊はともかく、魔物まで言葉を理解するのかよ!?


「まあ、長年一緒に戦ってりゃ、なんの魔術唱えてるとか、大体どれくらいで詠唱が終わるかとかも、自然と身についてくるけどよ。たとえ敵に魔術がバレたとしても、避けられないように牽制してやるのも、あたしら前衛の役目だしな」


 せっかく時間掛けて準備した魔術も、敵に避けられちゃ意味ないものな。


「だったら、敵との射線上に味方が入らないようにしてやったらどうだ? 雷みたいに相手の頭上から落ちる魔術とかで……いや」


 少しでもフレンドリーファイアになる世界だと、それでも洒落にならんか。


「そうなんだよ。あんたも気づいたみたいだけど、前衛は近接戦闘してっからな。上から狙ってくれたとしても、魔術が来る一瞬で、敵から距離を取らないと、こっちも丸焦げさ」


 やはり、ゲームのように都合良くはいかないか。こちらの攻撃が味方には一切当たらないといったことは無いらしい。


「ふふ、でな。そのための事前の合図に使うのが、これだ」


 アリエルが取り出して見せてくれたのは、連絡用支援アイテム【共鳴鈴】──鈴と言っても、音は鳴らず、対になっている鈴が、元の鈴に呼応して同時に震えるといった物のようだ。


 連携が浅い者同士のために開発された必須アイテムらしい。


「六つで一セットだ。一つ預けとくから、利き腕じゃない方の指に填めとけ」


 二つじゃなくて、六人パーティー用の連携アイテムだったか。


 見た目は指輪形状のアイテムだ。指に填めたまま強く握り込むと、内蔵された鈴同士が共鳴し合う仕組みらしい。


「この鈴って、どんな感じで振動するんだ? おっ!」


「そんな感じだよ」


 早速、共鳴鈴を鳴らしてくれた。思ってたよりずっと激しい。


 なんだろ? 特定の周波数で共振作用を引き起こしているのか? どの鈴にも全く同じ固有振動数を持たせる構造とかにして……。


 いや違うか。今の感じからすると、タイムラグなんて一切感じなかったものな。へえ、異世界の職人さんもやるもんだ。


 でも、これならえっちな使い方してるやつもいそうだけど……ある意味、大人のおもちゃだ。いや、値段にもよるか。


「どうだ? 結構凄いだろ。使い勝手もなかなかだしな」


 おいおい、絶妙なタイミングで妙なこと言うな。変な想像しちまっただろうが……いや、まじな話、連携にも役立ちそうだ。


「そっか。そうやって協力して強力な魔物を倒していくわけか。その先に待つのが例の、魔物たちを統べる王──魔王というわけだな」


「……ぃや……その……しゅまん……まぉぅは……ぃなぃ」


 ん!? ちっさすぎて、声が全然聞き取れない。


「ぅん!? なんてった? よく聞き取れなかったんだけど」


「だから、いないと思う」


「いや、だから、なにが?」


「ま、魔王」


「え!? いねえのかよ?! じゃあ、なんで?」


 よくよく問いただしてみると、アリエルが子どもの頃に読んだ勇者物語──そこに描かれていた魔王が、世界を破滅させようと極大の殲滅魔法を放つシーン──それとあまりにも似ていたもんだから、つい錯覚してしまったんだと白状しやがった。


 おいおい、アリエルさんや、気をつけなさいな。俺じゃなきゃ、まじ殺人犯になってたところぜよ。


 いや、俺だって二度と勘弁だからな。

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