28話 なあ、いいだろ、ちょっとだけ
野趣に富んだ食事を堪能し、腹が膨れた状態で、暖かな焚き火にあたっていれば、おのずと睡魔にも襲われる。
とはいえ、眠気覚ましのコーヒーなんてものは、ここには無い。
その代わり、食後の一服ってのも、これまた格別なわけで。それではと、ポケットからなけなしの煙草を取り出し、火を点けた。
久々の煙草ということもあって、大きく吸いつつも肺には入れず、口の中に一度煙を溜める……ん!? それを一旦、口の前に軽く吐き出していく──滞留している紫煙を、今度は周りの空気ごと吸い直し、煙が渦を巻くのを眺めながら、肺に入れていった。風のないときによくやる俺の好きな吸い方だ……でも……。
チッ、なんてこったい。あぁ、取っておきの煙草だったっていうのに……。いや、さすがに封を開けて十日も経っちまうとだめだ、すっかり香りが飛んじまってる。それどころか、微かにカビ臭さも……はあ、残念。
「くっせえーな! こっちに煙来んだろ」
アリエルが風上にいるのを確認して吸い始めたつもりだったが。
「ああ、悪かったな。今消す」
「え、なんで? あ、別に消さなくても……ごめん」
なんだ? しょぼくれて。
「どした?」
「たっくぅ……話は最後まで聞けよな」
話……か。
「なあ、そういや、この世界にはダンジョンとかってねえの?」
「えっ!? なんだよ? 唐突に」
「いや、話を聞けと言うから……あ、そういう意味じゃなかったか。すまん、なんかぼーっとしてた」
「ああ、眠そうだもんな。ちょっと話すか。えっと、なんだって?」
「この世界にはダンジョンないのかなって、ふと思っただけだよ」
「ん!? 地下牢(?)、いや、洞窟って言ったのか? あるけど。洞窟行って、なにするつもりだ?」
「いや、魔物とかいるんじゃないかと思ってよ」
「えっ!? へえ、あんたの世界では、魔物が洞窟に棲みついてんのか?」
「ゲームの話だけどな。そう、ダンジョンの中で生まれて、その中だけに棲息してる感じかな」
「おいおい、遊び感覚かよ? やっぱ凄いんだな。にしても、洞窟の中におとなしく籠もってくれるだなんて、随分とまあ良心的な魔物だな。探す手間がないってのは、確かに便利か……」
「まあ、数が増えると、スタンピードとかで偶には外に溢れ出してくる感じではあったがな」
「はは、さすがにそんな都合よくはないか。溢れ出るほど増えるってのは厄介だな……いや、洞窟みたいに限定された空間なら、それでも罠張って計画的に狩っていけばいいだけ楽か……」
「ダンジョンは宝箱も期待できるしな」
「ん!? あんたのところの魔物って、竜みたいに光り物好きか? それとも盗賊紛いに村を襲ったりして金品を集める口なのかよ!? なんだ、質悪いな。あれ!? でも、あんたさっき、偶にしか外に出てこないって言ってなかったか?」
「いや、そうじゃなくてよ。ダンジョン自体に宝箱が湧くんだよ」
「はあ?! いやいや、あんた頭、大丈夫か? 洞窟だぞ。洞窟の話してんだかんな。えっ、もしかして金鉱とかそっち系の話か?」
「いや……えっと、あぁ、なんだろうな? 俺もその辺はよくわかんねえや。確かに変な話だったな。すまん、忘れてくれ」
あー、眠かった。でも、少し話をして腹がこなれてきたせいか、幾分眠気が去ってくれた。ふう。
ん!? アリエルのやつ、なんかウンウン唸ってんな。なんだ?
「……あぁ、分かんねぇ。もういいや。なあ、しりとりでもやろうぜ!」
「いや、おまえなぁ……」
いい年したこんなおっさんが、しりとりって。いくら若い子と話すのが楽しくても、さすがにそれは……。
「なあ、暇すぎて死にそうなんだよ。世界樹の近くには魔物なんて出ねえしさ」
おいおい、暇つぶしに魔物狩ってたのかよ!? 物騒だな。なんか唇を尖らせて、心底つまらなそうにしてるけど。
いやいや、忙しすぎて死んだ奴はいるにしても、さすがに暇で死んだ奴なんていねえだろ?
あ、そういや、今考えると俺も過労死して、異世界転生したんじゃ?
いやいや、だから俺は生まれ変わってなんかいないっての。そのままの姿でこの世界に来たんだから、転移のはずだよな?
しかし、こんな状態の身体を、そのままなんて表現していいのかね? アリエルも俺の齢聞いて驚いてたから、確かに少しは若返っているみたいだし。
「なあ、いいだろ、ちょっとだけ」
……おいおい、それって、ホテルの前で男が女に言う台詞だぞ! それも、その後に「先っちょだけでいいから。なあ、先っぽだけで」とか付くやつ。
そっちの尻取りなら、俺だっていくらでも突きやってやりたいところだけど……今は……。
いや、このままだと、俺の精神衛生上も良くないな。ちっとは相手してやるか?
「仕方ねえな、先っちょ……いや、少しだけだぞ」
「よし! じゃあ、あたしからな!! えっと、相方、あいかたの、た!」
「太刀」
「はい、負けぇーっ! ん・がついたぁ!! うはは、なんだよ!? あんた弱すぎぃ〜!!」
なに言ってんだ? こいつ。
「いやいや、太刀だぞ。た、ち」
一音ずつ、子どもに言って聞かせるように発音してやった。
「えっ、大剣つったろ、ずるいぞ! 最初、絶対に『たいけん』って、言ったねっ!!」
「言ってねえよ」
なのに、アリエルはおかしなことを言い出し、駄々を捏ねる始末……。おまえ、口だけじゃなく、耳も悪いのかよ?
「なんだよ!? 認めねえのかよ? せこい奴」
挙げ句の果てに、罵ってきやがった。
「嫌なら、止めるぞ」
ったく、付き合ってやってるこちらの身にもなれっての。
「くそ、じゃあ、畜生、ちくしょうの、う!」
渋々っといった顔ながら、律儀にもさっきの続きから再開するようだ。ははっ、そんなにもか?
「うっとうしい」
「いだな? い、い、誘い。いざないの、い!」
「遺棄」
「き、か。き、き、きっ? ……きっかけ。きっかけの、け!」
「消し炭」
「み、かよ? み、み、みぃ? ……味方。みかたの、た!」
「漂う」
「う、だな? う、う、うっ? ……受け継ぐ。うけつぐの、ぐ!」
ったく、いつまで続けるんだ?
「愚息」
「く、だよな? く、く、くぅ? ……区切り。くぎりの、り!」
「略取」
「しゅ? ゆ、ゆでいいな? ゆ、ゆ、ゆ……ゆぅ? ゆ……許す。ゆるすの、す!」
「素顔」
「あ! はい、負け〜! また、ん・がついたぁ!!」
「いやいや、すがおだぞ。す、が、お」
「またかよ? こりねえなっ! すっぴんつったろ!! 最初、絶対にすっぴんって、言ったね!」
また、いちゃもんをつけ始めたアリエルに、ゆっくりと発音し直してやるが、今度は聞き入れそうにない。
ん!? なんだ? この違和感……あ、そうか! 言語翻訳のせいか!!
余りにも便利だから、ろくすっぽ検証せずに使ってたけど……やはり齟齬があったのか?
太刀と大剣、素顔とすっぴん──どちらも大差はないが……完全には一致しない。
とはいえ、会話の最中だと文脈に紛れ込んでしまうくらい微妙な、相手も深く追求しにくい程度の齟齬でしかない。
いや、むしろ、よくもまあ、しりとりなんて成立したもんだな? やっぱ偶々だよな?
でなけりゃ、互いの言語概念を摺り合わせた上で、最も近い意味の言語表現の中で、音韻まで合わせて変換してたことになる。一体どうやって? どうなってる? う〜む、わかんねえ。
それにしても、まさかしりとりなんかで……とは……。
こんな子どもじみた遊びをしなかったら、これには気付けなかったはず。アリエルのおかげ、か。
「まいったな……」
「へへん! やっと認めやがったな」
ん!? あぁ、負けを認めたと勘違いしやがったのか。得意げに鼻先なんか擦りやがって。
「おまえ、もうちこっと、お淑やかに喋れないのかよ?」
「ふん、聖樹様だって、普段はこんなもんだろ?」
「そんなわけねえだろ! あれ? でも、聖樹様が口にすると思えば、それはそれで……良いかも!」
とんでもないことを言い出したアリエルの言葉で、あらぬことを想像してしまった。思わず頬が緩んでいくのが自分でもわかる。
「てめえー、どういう了見だ? ぶっ殺すぞ!」
聖樹様と比較されて、むかついてる様子のアリエル。
これはこれで決して悪くない。それを言ったら言ったで、調子に乗りそうだから、絶対黙っとこ。
ウッドエルフたちの冷たい視線と違って、どんな汚い言葉を吐こうが、こいつが口にするとなんとも微笑ましく思えるから不思議だ。
咄嗟にアリエルを窘めちまったのだって、そもそも負け惜しみでしかないしな。
なんか悔しいじゃないの。深く考えてもなさそうな子に、直観だけで本質を先に見抜かれたみたいでさ……。いやいや、わかってるよ。大人げないということぐらい。
「ところで、夜の番はどうするんだ?」
居心地の悪さをごまかすよう、話を変えてみた。
「要らねえよ。こんなところじゃ」
おまえ、野生の熊いるって言ってなかったか?
「大丈夫なのかよ!?」
「そんなことより、集めた葉っぱ、どこやった?」
「そこにあるだろ? そこに」
「えっ、これか!? これっぽっちか?」
指で指し示してやると、アリエルは残念なやつを見るような目で、こちらと葉っぱの山を交互に見る。その後、視線を逸らし、あからさまに深いため息を吐いた。
うっ、さすがにその態度は、なんかムカつくんですけど……。
「なんだってんだよ?」
「あのなぁ、葉っぱは、なぁ。寝床に敷き詰めるのに必要だろうがっ! こんなちょこっとで、どうしろって言うんだよ?」
「知らねえよ! だったら最初からそういえば、いいだろう!!」
「言っただろ! 葉っぱはあたしの分まで多めに集めといてくれって」
あ、そっか。そうなのか。野営する上での常識だったか? そんなことは言うまでもない事だったってわけだ。
「すまん、アリエル。野営とかしたことないから、実際、そういうこと知らなかったんだ。できたらもう少し具体的に言ってもらえると助かるんだけど。ずぶの素人だと思って」
「え!? 嘘……そ、そうなのかよ? あ……いや、あたしの方こそ、なんか悪かった。つい、昔の仲間みたいな気になっちまってて。すまない」
俺のミスなのに、アリエルが謝ってくれた。
途端いたたまれなくなって、立ち上がる。
「それじゃ、葉っぱ集めてくるから、ちょっと待っててくれ」
「馬鹿言ってんなよ! 夜になって無闇に歩き回ると、思わぬ怪我するぞ。だから明るいうちに集めとけって意味で言ったんだ。怪我したら、どうすんだよ? 仕方ねえな、ちょっと待ってろ」
アリエルはそう告げると、すぐ近くの木によじ登って、葉が多く付いた枝をいくつも落としてきた。
しばらくすると、スルッと木から降りてくる。
「クッションになる枝葉ってのは、こんな形をしたやつな。これでも背中に当たると寝心地が悪い。もうちょっと整えてやらないと……こんな感じで邪魔な枝を払ってやる。やってみ」
枝葉からナイフを使って不要な枝を落とす作業を見せながら、一緒にやろうと言ってくれた。
更に、別の枝からは葉だけを落とし、先ほどの整えた枝葉の中に葉を詰めたり、上から葉を掛けてクッション材とするつもりのようだ。
「こうした晴れた日の夜には油断すんなよ。この時期であっても、直に地面へ寝ようものなら、身体が冷えきっちまうんだ。風邪引きたくなかったら、ちゃんと覚えとけ」
そっか、放射冷却で冷え込むわけか。
いくら知識としてわかっているつもりでも、いざという時、実際に使いこなせないんじゃ、ほんと意味ねえよな。
経験に勝るものはないってことだ。
他にも、アリエルはついでだと言っては、着火しやすい火口を作る方法を教えてくれた──薪を繊維に沿って、薄く細く削ってやると、燃えやすい火口にできるらしい。
でも、こちらは真似できなかった。
「まあ、その辺は経験が物を言うからな。とにかく練習あるのみだ」
なんか励ましてくれてる。ほんといいやつだな。
その後、教えてもらったとおり、丁寧に寝床を拵えていく。
最後にマントを被せて出来上がると、アリエルも満足そうに頷いてくれていた。
二人して横になってしばらくすると、アリエルから静かな寝息が聞こえてくる。
「ありがとな。アリエル」──起こさないよう小声で囁く程度に言ってから、俺も目を閉じ、眠りについた。




