25話 決して枯れたわけではない
水の精霊さんが仲間となり、決意も新たに歩き出す。
しばらくすると、後を追いかけてくる奴がいた。
アリエルだ。
もう用事は済んだのだろうか? なんの用があって、この地を訪れてたかは知らんけど。
まあ、【妖精の森】ってのは、ファンタジー小説なんかでも冒険の要所だ。なんらかのミッションをこなしてきたんだろう。
所詮、俺には関係ない。あいつとはもう関わることもないだろうし……。
うっ、なんか凄い勢いで近づいてきた。
「聞いたぞ! 町を目指しているらしいな。なぜ、あたしを頼らない?」
ん!? 俺を無視して追い抜いていくんじゃねえのかよ?
「いや、普通さぁ。隣町までの道案内なんて、勇者様に頼めないだろ?」
こっちは無一文だ。そもそも依頼料が払えんのよ。
「困っている人を捨て置くことなどできん」
おいおい、つい最近、その困っている人を殺しかけたのは、どこのどいつだっけ?
「いやいや、勇者様にそんなお手間は。お忙しいんでしょう? 魔王退治とかで」
嫌みの一つくらい言ってやっても、ばちは当たらんだろ? あんだけやられたわけだし。
「すまん! あれは私の勘違いだった。許してくれ。いや、許してください」
えっ、あれ!? こんなにも素直なやつだったっけ? あの、話の通じなさはどこ行った!?
あ、今はそれどころじゃ。
「いや、こちらの方こそ、すまなかった。少しばかり言葉が過ぎたようだ。許してくれ」
「悪いのはこっちだ。そう謝らないでくれ。非があると分かった時点で、まずは謝罪に赴くべきだった。気が動転していたとはいえ、そこは言い訳が立たない。なにとぞご勘弁を」
あんれー? もっと人の話を聞かない奴かと思ってたんだけど。本当にただただ正義感が強いだけなのか?
雰囲気から察するに、こいつは一本気なだけっぽい。あんま虐めても悪いか。
「もういいですって。さあ、頭を上げて。お互い忘れましょう」
「いや、ほんとすまなかった。詫びと言ってはなんだが、やはり道案内くらいさせてくれ。来た道だ、少しは役に立てると思う」
「まあ、それは構わないが、急いでたんじゃないのか?」
「別に急いでなんかないぞ。それにわざわざってわけでもない。こう言っちゃなんだが、この辺は位置的には辺境も辺境だ。それも周りをほとんど険しい崖に囲われているもんだから、外に通じているのはこの渓谷沿いだけのはずだ。結局のところ、帰り道はかなりの間は一緒になるわけだしな」
初対面のときとは、えらい違いだ。あの剣幕はどこへやら。
いや、あれだって、悪に対する怒りを露わにしていただけなのかもな。
「それじゃあ、最寄りの町まで、案内よろしく」
「おう!」
美少女風の見た目に反した粗野な返事──思わず吹き出しそうになった。なんとか堪えたものの、つい頬が緩んでしまう。
──この後、アリエルはよく喋った。
生来、口が軽い質なのか、訊いてもいないのに、子ども時分からの身の上話を結構してきたのだ。
凛とした口調も今はすっかり様変わり──威勢のいい感じになっていた。どうやらこちらが素の話し方みたいだな。
ただ言葉以上に雄弁なのが、身振り手振りだ。
言葉が足りない部分を補って余りある感じ。全体としては、妙に表現力豊かになっているところがおかしい。
どうやら孤児院育ちのようで、結構な境遇を事細かに話してくれた。当然のことのように語っている様子からして、それほど苦労とは感じてなさそうなのが救いか。
魔物がいる世界だ。これがこっちの普通なのだろうか? ずっと大変な思いをしてきただろうに……。
それに、この子はまだずいぶんと若いんだ。俺の歳の半分にも満たない。
それが一人で元気にがんばっていると思うと、どうにも応援したくなってくる。
そして、なにより驚いたのは、話の流れからしても、どうやらこの子が勇者だというのも本当のことらしい。
若いこともあって、勇者という言葉から受けるイメージどおり、真っ直ぐな性格をしていた。ともすると悪い大人にすぐ騙されやすそうで、なんとも心配になるほどに。
そうなんだよな……今さらながら、歳の差を再認識した。
こうして若い子と話をしてみると、やはりギャップを感じる。感情の起伏の違いなんか特に。
この世界に迷い込んでからというもの、身体のどこにも痛いところが無くなったせいで、つい自分が若返った気になっていた。けど、心はそのまんまだから。
ウッドエルフにしても見た目こそ若かったが、中身は俺よりずっと長く生きた老練な大人だったのだろう。精神的な隔たりは全く意識することはなかったもの。
「でな。あいつったら、そんなこと言いやがるんだよ。あはは、おかしいだろ? ん!? おい、ちゃんと聞いてんのか?」
「ああ、ちゃんと聞いてるよ」
「そっか。でな──」
異なる世界観によるギャップ以上に、血気盛んな若い子との違いを肌で感じるんだ。
見た目にしても、アリエルって、正義の勇者というよりも、陸上部系のすっきり美少女って感じだ。健康そうに日焼けした小麦色の肌が、元気いっぱいの笑顔によく似合ってる。
「ん!? なに?」
「いや、別に。続けて」
「ん、そう? それでな──」
それでいて、時折放つ妙な色気もあったりするもんだからかなわない。首筋に滲んだ汗を、珠のように弾く瑞々しい肌なんか特に……。
最初は繕っていたせいもあってか、少し大人びた印象を受けたが、こうして笑顔で話していると、あどけなさが見え隠れして、それも絶妙なバランスなのだ。
聖樹様は妖精さんで別枠だったにしろ、食堂のむっちりおねえさんにしてもレイノーヤさんにしても、妖精と同系統の浮き世離れした美しさだった。それに比べ、アリエルは同じ人の種であるだけに、妙に現実味のある美しさに思える。
たとえるなら雲の上の存在であるアイドルなんかより、隣の見知ったきれいなおねえさんの方が、ずっと身近でイメージしやすいだけに余計にそそるとでも言えばいいのか?
いや、ちょっと違うか。アリエルはそのまま地球に連れていっても、トップアイドルでも通用しそうなほどのかわいさだし。
いやいや、こっちの世界のルックスレベルがおかしいんだって。とにかく美人が揃いすぎてるの。俺が使うようなありきたりな表現くらいでは、もはや適切な評価とはならないんだよ。美人度が俺のキャパを大幅に超えてるの。
それこそ、日本であれば、俺なんかがこんなに若くてかわいい子と話をしようと思えば、いくら貢がされるか、わかったもんじゃない。はは、金なんて無いんすけど。
「なにニヤケてんだよ? やっぱ聞いてねえだろ?」
「いや、聞いてるって。そこで蹴りくれてやったんだろ?」
「お、わかってんじゃん。でさ──」
まあ、アリエルって、歯に衣着せぬ物言いだから、キャバ嬢とかは不向きかもしれないけどね。それでも、人を惹きつける不思議な魅力は満点だ。
さっき、次の町までこの先ずっと人家が無くて、何回か野宿しなくちゃならない状況だって、そう言ってたよね?
いくらお強い勇者様とはいえ、こんな見知らぬおっさんと一緒に夜を過ごすのって、女として不安じゃないのかね?
俺の方と言えば、こっちの世界に来てから、やたらと妄想が酷くなってて、ちょっと困惑気味なんだけど。
これも肉体が希薄になったせいだったりするん?
ただ、こんな状況であっても、身体の一部は至って不健全。中心付近が全くもって微動だにしないのだけど……。
ずっと深く考えずにいたけど、これって、あの。
まさか、あのイ……イン……駄目だ。口にできない。
口にした瞬間、二度と立ち直れない気がしてきた……その、文字通りの意味で。しかし、まだ四十代やぞ。いくらなんでも早すぎやしねえか?
まあ、そのお陰もあって、こうして平静を装って、女の子と話せてるわけだけれども……。
アリエルさんや、俺が人畜無害な状態だからこそ、助かってるんですよ。わかってます?
でも、正直、美少女とお話しするのって、まじ楽しい。話を聞くだけでも大満足。なんて思える日がこんなにも早く訪れるとは……。
いやいや、これはエルフの郷の反動だね。それに、決して枯れたわけではないはず。他はすこぶる元気だもの。いつかはきっと……戻るさ。
戻ると言えば……それはそうと、迷わないのだろうか? 【幻影結界】が張られているはずなんだけど。
いや、あれは、森の外へ外へと誘導されて、いつのまにか森から抜け出てしまうのだったか。
あれ!? なら、案内がなくても、どのみち森の外には出られるんじゃね? いや、どこかわからんところに連れてかれても困るか。
アリエルの話しぶりからして、道は覚えてるようだし、後についていく方が無難だな。
「それにしても、どうやってエルフの郷までたどり着けたんだ?」
「ん!? あぁ、幻に惑わされるって噂のことか? たぶん、これのお陰だな」
「おまっ」
おぉ、結構いい胸……。アリエルが襟元に手を突っ込んで取り出した首飾りをこちらに見せてきた。
銀白色の輝きを放っていた! いや、首飾りの方な。あっちもだけど。日焼けとのギャップがまた……。
それよか幻影結界を……いや、違うな。その噂の方を知ってたってわけだ。
まっ、そらそうか。エルフの郷を目指してくるのなら、その情報を集めて当然だものな。となると、それって、結界破りの効果があるアイテムなのか?
「いや、それにしたって、エルフの郷までの道すじ、どうやって知ったんだよ? 噂にしても、そんなのまで伝わってなかったろ?」
「まあ、そこは実戦で培った勘? 途中でなんかきれいな蝶を見つけてな。それを追っかけてたら……なんか着いた。エルフの郷に」
勘って、おまえ……あんな広い森ん中だぞ。あ、そういや、俺もか。もしかして警備隊に連れてかれなくても、俺だけでもたどり着けたのか?
「勘違いするなよ! ちゃんと道は覚えてっからな。帰り道は大丈夫だ」
突然、大声を張り上げたアリエル。いきなり、なんだよ? びっくりしたなぁ。
「なあ、この妖精の森って、結構広いんだろ? どのくらいで森を抜けるんだ?」
「そうだなぁ、南北方向には結構広いとは聞くけど……。こっち側から来るのには、そんなにかからなかったな。まあ、抜けたその先も、しばらくは別の森ではあるんだけどな」
「森に、別もなにもあんのかよ?」
「それがあるんだよ。火を使っても平気だと教えてもらったのが、往きで野営した場所でさ。ぎりぎりこの妖精の森を抜けた先くらいだ。夕刻前までには、せめてそこまでは抜けておきたいかな」
妖精の森で火を熾すのは昔からタブーとされているらしい。やっぱ、そうだったか。危ない危ない。
ただ、今のペースでも少し余裕があるそうだから、そこまで急ぎはしないみたいだ。
こうやって話しながら、樹齢を重ねた大樹ひしめく森の中、道なき道を渓谷沿いに進んでいく。
しばらくすると、かなり大きな岩が視界に入ってきた。
アリエルが軽やかな足取りでそこへ飛び乗ると、辺りを見回す。
「ここらで休憩しておくか」
俺も上ってみると……あぁ、確かにな。春の麗らかな日差しがなんとも心地好い場所だった。
浸食されたのか、その一枚岩は上半分がまるでテーブル面のように平らになっていた。
岩の端に二人して腰掛ける。
食堂のおねえさんから頂いた、たくさんのサンドイッチが入った袋の中に、一つだけホットドッグがあるのを見つけた。
「おい、食うか?」
「おっ、悪いな。遠慮なくいただく」
アリエルが一口頬張るのをまじまじ眺めながら、待つ。
「なっ!?」
即座に唖然とした表情へ変化。お口にくわえたまま、こちらを凝視してきている。
ふふふ、そうだろ、そうだろう! 食堂のおねえさんの料理は、超が付くほど旨いのだ。しかも……ムフゥ〜、いい眺め。
俺もサンドイッチをひと口。うんまい!
別れ際に抱きつかれ、サンドイッチされた感触も思い出し、更なる幸せな気持ちに包まれる。
絶対にあのお尻もいいものだったに違いない。できることなら、ソーセージを挟んでみたかった。
はあ〜、美しい自然の中で、こんなにも美味しいお弁当をいただいてるというのに、なんて妄想してんだかな? 我ながら呆れる。なんかガキの頃にでも戻っちまった気分だ。
道中、アリエルが見つけて汲んでおいてくれた湧き水で喉の渇きを癒やす。これにしたって、仄かに甘くて、なんとも旨い。アリエルもごくごくと喉を鳴らして飲んでいた……。
うっ、妄想が止まらん。
おいおい、こんな状態でこの先、大丈夫か?
まあ、ゆったり寛げてる証拠か? ふぅ〜、空気も旨いし。
あぁ、でも、もうこれで、ほんとの本当に、あのおねえさんの料理食えねえじゃんか。
うぅぅっ、もう戻りたくなってきちゃった。




