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22話 非常に軽〜いの、すっごく

 情報収集を終え、必要最低限にしろ、方針も決まった。


 改めて、身支度を整える。


 パンパンに膨れた大きめの背負い袋を担ぎ上げると、思いのほか軽く感じた。


 あれっ!? おかしいな? 毛布とか、服とか、かさばる物が多いからかな? いや、やはりそれだけじゃなさそうか。


 そういや、この里では鏡を見る機会がなかったから、はっきりしなかったけど、視界に入る範囲だけでも、明らかに身体が若返ってる気がするものな。


 昨日までずっと余裕なんてなかったもんだから、こんなことにも気付けないでいたけど……。


 ここの食べ物って、そんなにも俺の身体に合ってたのかな?


 まあ、あの旨さだ。口に合ってたことは確かだけれど、よもや体力増進、いや、まさかの若返りの効果まであるとは思わなかったよ。


 今ならば、多少なりとも恩返しができたことだし、また恩義が嵩んでこない内に、できるだけ早くここを立ち去りたいと常々思ってたんだけど……実際には、恩を返しきれてないのは明らかだ。特に食堂の、あのおねえさんに対しては……なに一つ。


 あんなに良くしてくれた人に、なにもせずに出て行く恩知らずだとは、正直思われたくないんだけど。でも、チャンスは今しかないんだよなぁ。今しか……。


 どうせ長居すればするほど、更に迷惑かけちまうわけだし。くっ、仕方ないか。


 とはいえ、これだけお世話になったのだから、これっきりというわけにもいかない。いつになるかはわからないけど、いずれは戻ってきて、なにかしらのお返しはしよう。


 できることと言えば、せいぜい精霊の調査のついでに、みんなが喜びそうな名産品や土産話を仕入れてくることくらいしかできないだろうけど。


 はあ、いつまでも愚痴ってても始まらない。よし、いくぞ! まずはお世話になった方たちの所へ。


 と思ったのに、初っぱなから躓いた。


 あれほどお世話になった聖樹様に、結局のところ、お礼の言葉も、お別れの挨拶すらも言えず終いだったのだ。


 でも、それも当然か。あれほど高い地位にある御方だもの。考えてみれば、俺なんかが、今までみたいにホイホイお会いできていたことの方がおかしかったんだ。


 それだけ精霊の件が重要だったということなのだろう。ほぼ沈静化した今となっては、な。


 しばらくは聖樹様とのご面会はできないと、側近の方からの伝言をいただいたので、当初は待つ気ではいたのだが……。


 レイノーヤさんに「エルフ様時間でのしばらくとは相当です。あなたの寿命が尽きる前にまたお会いできるといいですね」と指摘され、非礼とは知りつつも、出立を決めたのだ。


 最後に聖樹様の御声を拝聴できなくて非常に残念である。


 その代わりと言ってはなんだが、食堂のあのおねえさんからは、非常に激しい抱擁を受けた。


 常日頃から大人っぽくってセクシーな美人さんだなと思っていただけに、彼女に抱きつかれて泣かれたのには、ちょっとどころでなく、驚いた。


 なんかすっごく得した気分。だって、筆舌に尽くし難いほどの美尻なんだもの。


 思わず尻に手が行きかけたのは内緒だ。我ながらよくぞ理性が働いてくれたと思う。


 あの調子なら、おそらく多少手がすべって触れたところで許してはもらえそうだったけど……。


 なぜ俺なんかに、こうも無償の愛を注いでくれるのかが、どうにも理解できなかったから、余計怖くて手が出なかったのもある。いや、どこの世界にもダメ男好きっているのかも。


 う〜ん、もう少しここに残っていれば、あのおねえさんとしっぽりいい仲になれたのではないかと思うと、後ろ髪を引かれる思いでもあった。


 心残りはそれだけじゃない。


 だって、ここの料理は人生の中で最高も最高、超絶レベルの至高の料理だったから……まあ、語彙力がこれほどまでに崩壊してしまうほどの旨さだと思ってくれると多少は理解してもらえるかな?


 ああ、思い出しただけで腹が鳴る。正直、この食堂からは離れたくなかった。間違いなく、俺の心と体のオアシスだったから。


 もうここの料理が当分食べられないかと思うと、ちょっと生きていく気力すら失いそう……あ、やっぱ止めよっかな。ここを出ていくの、やんなっちゃった。


 そう思って、超落ち込んでいたら、当のおねえさんから昼飯用にと、これまた超美味しそうなサンドイッチを頂いた。おぉぉぉっ! すんげえいい匂い。


 これを心の支えに生きていこうと改めて決意した。いや、傷まないうちに、もちろん食べますけど。


 この食堂のおねえさんと同様、今回の滞在で最もお世話になったレイノーヤさんとのお別れが、正直、寂しくもある。


 彼女自体は、それほど寂しそうでもないところが、また別の意味でも、ちょっと寂しい……。くっ、やっぱクーデレまで至れなんだか。


 そんな見た目クールなレイノーヤさんであったが、どうやらまた気を利かせ、スプライトにも呼びかけてくれてたみたい。


 ……なのだが、いつまで経っても来やしなかった。


 どうやらあの風妖精さんには嫌われてしまったらしい。とうとう別れの言葉を交わすこともできず終い。


 まあ、いいさ。どうせスプライトには、いたずらされるか、憎まれ口を叩かれるだけなんだろうからな。


 でも、寂しいっちゃ、寂しいぜよ……。


 ん!? あ、聖樹様に続いてだ。はあ、どっちもか。やっぱ妖精さんとは縁がないのかなぁ……。


 いつまでも名残を惜しんでいても、かえって迷惑だな。切りの良いところで別れを告げ、重たい足を引きずって、エルフの郷を後にした。


 とはいえ、妖精の森を出る前に、是非ともあの懸案事項だけは解決しておきたい。


 なにせ、丸腰なので。


 いや、いろいろと用意していただいた装備はある。あるっちゃ、ある。


 ただ武器は、この心許ない小さな杖だけだ。それもたぶん、今の状態では使えやしないはずなので。


 弓矢も用意されていたのだけど、俺自身が全く使える気がしなかったので、辞退した。


 どうにも嫌な思い出が蘇ってきて……。文化祭のとき、弓道部による試射体験コーナーでのことは、今でも忘れられない。時折思い出しては、未だに悶絶しているほどだし。


 弓道場で和弓を射させてもらった経験。結果は惨憺たるものだった。


 女子用の弓を引くのもままならず、超恥ずかしかった思い出。


 無理です……俺には。


 言い訳に聞こえるかもしれないけど、瞬発力はあるんよ。実際、腕相撲では負けたことないし。


 いや、一度だけ、あったか!? 中坊んとき。でも、あれはノーカンだ。あれは無理もない。だって相手は160kg以上あった柔道部員だったから。当時の体重差にして三倍だったもの。


 元々、俺は線が細いんだよ。いくら鍛えても、大して筋肉が太くならんの。昔のプロテインなんか特に、消化不良起こして、かえってダメだったし。


 だから、弓を引くこと自体はできたのだけれど、そこで静止して狙いをつけることができなかったわけ。


 腕がぷるぷる震えるもんだから、周りの女の子たちのクスクス笑いに耐えきれなかった。なにせ袴姿ってのは、女をいつもより三割増しできれいに見せるんだぞ。そんなかわい子ちゃん達に笑われでもしてみろ。思春期の男子の心はボロボロだぜ。


 それこそ一射しただけで、矢の行方も見ずに逃げ帰ったよ。


 今思えば、なにが原因だったかわかる。慣れない動作だけに、腕だけで無理矢理弦を引いたのが悪かったのだろう。重心を下げ、もっと足や体幹の筋肉を使ってどっしり構えた上で、全身を連動させて引けばよかった。けど、当時は外面を取り繕おうとした小手先で失敗したのだ。


 まあ、なんにしろ、ここへ来て実戦レベルで使えるようになるまで、弓の練習に割く時間は無い。今の俺には不要と判断した。


 あと、ナイフも頂いたけど、これは武器というよりも作業用か、調理用のナイフの類だろう。


 なので、これからは魔術・魔法中心でやっていく方針と割り切って、武器はこの杖一本にしたのだ。


 そもそも、この小さな杖の見た目からして、スタッフやメイスみたいに物理でもぶっ叩けるようなタイプではない。あくまでも魔術発動の補助具的なものらしいからね。


 防具にしても、スレンダーで動きの素早いウッドエルフ用なので、極めて軽装備なのだ。


 ちゃちい、ってわけじゃなく、非常に軽〜いの、すっごく。


 防御力は相当高いとは聞いたけど……。余りの軽さと、見た目の地味さで、正直なんだか頼りなく感じてしまう。


 どんなに頑丈だと言われても、羽のように軽い鎧を着せられたら、そらもう不安に感じてしまうのは仕方ない。うん、たぶん、誰であっても。


 でも、これって、どうやらエルフ謹製の逸品らしいのだ。


 厄介払いとして、適当に要らない品を見繕って、早く出てけとばかりに渡してきたのだと最初は思ってた。


 ところがどっこい。装備に目を止めたウッドエルフ達の表情を見る限り、特別な計らいであったことが、いやが上にも知れたのだ。


 実は、これらを用意してくれたのって、聖樹様なのではと思い直し、レイノーヤさんに訊いてみたのだが……「ドレスデン様からでした」といった全く聞き覚えのないお名前。


 どうやら聖樹様の側近エルフの一人らしい。


 あの連中には相当嫌われていると思っていたのだが、単なる思い違いだったのだろうか?


 聖樹様以外のエルフとは、直接やりとりをした記憶もないし……どうにもわからん。


 面識がないことから、礼状を渡してもらおうとも考えた。けど、自分が読み書きできないことを思い出し、ここでも悶絶しそうになった。


 仕方なく、感謝の旨を伝えていただくよう、レイノーヤさんに頼むくらいしか……。ほんと辛い。のた打ち回りたい。どうやっても、また借りが嵩んでいく。


 他にも背負い袋の中には、毛布、水筒など、野営に必要そうな物資が取り揃えられていた。こういうちょっとした物の方が嬉しい。あくまでも気が楽という点でだが。


 こんなにもいろいろと用意してもらっておきながら、俺にはどうにも使いこなせそうにない……そんなところも更なる哀愁を呼んだ。


 結局のところ、俺って精霊さん頼みでしかないから。ほんと情けない限りだよ。


 そして、今は、その精霊さんすらいないという現状、丸腰どころか、まさに無防備状態である。当然ながら、不安なわけでして……。


 先ほどからその懸念を解消しようと、昨日火の精霊さんと出会った辺りを鋭意探索中なのであります。


 鎮魂の儀式発動後だけに、そうそう見つかりゃしないかとも思ってたけど、あっさり見つかっちゃいました! さすがは妖精の森。


 青く光る小さな精霊だ。


 近くに寄る。


 眩しさをこらえ、手を翳して指の間からじっと観察してみると、話に聞いていたとおり、上下方向に少しだけ押しつぶしたような三角柱のようにも見えた。光の結晶……。


 光を結晶と表現するのが、物理的に間違っているのはわかる。わかるのだが、なにせ氷の結晶みたいで、きれいに透き通って輝いているのだ。そう表現するしかない。


 淡く青色に光っているこの子は、イメージ的に考えても、水属性の精霊なのだろう。


 できれば森を抜ける前に、魔法契約なるものを結んでおきたいところなんだけど。


 さて、どうしたものか? 見つけたはいいが……この前はどうしたんだっけ?


 精霊を見つめたまま、途方に暮れた……。


 ぼんやりと明滅しながら上下左右へ揺れ動き、精霊は青い残像の余韻を残していく。


 たった一粒の光なのに残像を引く様は、まるで岩を廻り込む清流のようでもあり、イコライザーの光る波のようでもある。


 はは、なんだか見ているだけで、気持ちが弾んでくるな。


 ついつい、見入ってしまう。


 それに、水の精霊のイメージどおり、澄み切った爽やかな印象をこちらに与えてくれる。眺めているだけで、聖なる水で清められていくような──自然と心を揺さぶられた。


 あ、まただ……どうやら水の守護結界を張ってくれたみたい。おぉ、きれいな水の輪がいっぱい!


 あれっ!? いつ魔法契約なんてしたかな? そもそも、妖精ともしたことあるわけじゃないから、その辺よくわかんないけど……してないような、したような。


 まあ、でもとりあえず、晴れて水の精霊と一緒になれたみたい。


 なんだか、この世界に転移してからというもの、ファンタスティックな体験ばっかだな。


『んだば、行きますか!』


 気合いを入れると、精霊が僅かに明滅したように見えた。


 ふふふ、いくぜ相棒!



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