21話 へえ、困った方もいるものですね
〔とある側近エルフ side〕
迷い人が現れてからというもの、聖樹様の御様子がおかしい。
いえいえ、初対面から強烈な威圧をお掛けになったことなどではありませぬ。あれはいいのです。むしろ当然と言えます。さすがでした。
用意されたからとて、聖樹様を前にして、どうして椅子になど座れようか? 座れるはずもない。ほんと呆れます。ひれ伏しなさい、人族ごときが。
ふん、その後のことが問題なのです。
聖樹様ったら、無言で睨みつけていらっしゃるかと思えば、まさか念話で話し続けていらしたなんて。計略を仕掛けておられるのであればまだしも、よもや悪戯とは……。
いけません、下賤な人族に気を御許しになるなんて。奴らは獣なのですよ。
くっ、汚らわしい。今思い出しただけでも虫酸が走る。ほんと結界を張る前の森は酷い有様でしたから。当時の娘たちがどれほど奴らの毒牙に掛かり、魔の手に落ちたことか……。
徒党を組むと途端に悪事を働くのが奴らです。数の少ないうちに根絶やしにしてしまうのが得策というもの。
なのに、そんな下劣な人族に情けをかけるだなんて、お優しいにもほどがあります。それを仇で返すのが人族。ああ、なんということでしょう……打ちひしがれた表情の聖樹様も間違いなく素敵。ふふふ、仕方ありませんね。ここはそれに免じて殺さずにおきましょうか。
それにしても、あの下手くそな念話の垂れ流し具合、なんとかならないのでしょうか? 念話を開いていないこちらにも伝わってくるなど、なんとも不快な。あれが聖樹様を褒めちぎる思念でなければ、すり潰していたところです。
迷い人とやらも、やはり人族ですね。誰彼構わず汚らわしい体液を垂れ流していた奴らと似通っている。
とはいえ、あれほど無邪気な笑顔を見せた聖樹様は久しいですね。あそこまでとなると、正直わたくしでも拝見したことがございません。それだけは良い仕事でした。褒めてさしあげましょう。
しかし、あれはない。聖樹様から直接手解きしていただくなどと。あれがどれ程のことか、あやつは全く理解しておらぬ様子。身の程を弁えぬ愚物め。
ああ、聖樹様と、目と目で見つめ合うだなんて、なんとも羨ましい。なのに、クソがっ! 言うに事欠いて、恐れ多くも聖樹様に対して指摘などと、言語道断!! やはりあのとき処分すべきでした。くっ、今思い出しただけで腸が煮えくり返る。あのとき邪魔さえなければ……。
さてさて、この毒の効果はいかほどでしょうか? 植物毒最強と謳われる猛毒です。はたして人族に対して、どのような効果をもたらすのやら、ふふふ。
痛いっ! なに!? う、動けません。
『あ……また皆して、なんなのですか? 少しは自重なさいな』
『『『あんたが言うか!?』』』
『なにも呪縛せずともよいのではないですか? それに、これ、禁呪では?』
『もちろん許可は得ています。あなたの所業を報告したら、あっさり許可がおりましたからね』
『ふんっ、いつまでもそう睨まないでくださいまし。毒虫をただ駆除しようとしてただけでしょうに』
それにしても、なぜバレたのですかね?
『はいはい、それはもう好きにして結構ですから。早くこの呪縛を解いてくださいませ。わたくしは聖樹様の御失態を報告しに行かねばならないので』
『へ!? な、なぜあんたが? 貴女、ファトゥム様命のはずでしょ? なんで告げ口みたいな真似するのよ?』
『ふっ、知れたこと。決まっているではありませんか。叱責をお受けになっておられる時の聖樹様こそが、垂涎ものなのですよ? 貴方、そんなことも知らないのですか? 愚かですね』
『いや、あんたこそ、なに言ってんの?』
『いいですか? よくお聞きなさい。いえ、想像してごらんなさい。あの聖樹様が円らな瞳に御涙をウルウルさせて、精一杯に堪え忍ぶ御顔を拝見できるのです。ああ、なんという嗜虐心を煽る御顔!』
ふふふふ、その愛らしさといったら。それだけで何度でもイケますわ。あぁ〜ん、想像しただけで……疼いてきます。あんっ、くぅん。いいわ、いいですわぁ〜。
『……なんか聞こえちゃいけないもんが聞こえてるんだけど』
『ばっちり聞こえてますねぇ』
『ああ、あっちはまるで、こっちの話聞いちゃいないけどな。うっ、ビクンッビクンッして気持ちわる』
はあ、はあ、あはは。三聖樹制が採用されて以来、初の未成年聖樹──それが我が麗しのファトゥム様。
齢千五百というお若い御身ながらも、制度の枠をはみ出して任命された逸材中の逸材なのです。あの御力がありさえすれば、あのときだって……。
でも、さすがにまだ未成年ということもあって、見習いが取れるまでの間、先任聖樹殿の教育を御受けになっている真っ最中。
もちろん、本質的にファトゥム様の方が勝っておられるのは当然ですがね。間違いなく未来を担う御方、エルフの星なので御座います。就任より二百年、日々成長なさっておられますから。
さあ、さあ、神の裁きファトゥム様の前に跪きなさい! あーっはっはははぁ。
──昨日の会談の様子を先任聖樹殿に報告しにきたというのに、なぜかお叱りを受けてしまいました。
ああ、そういうことですね。はいはい。
『分かっておりますとも。聖樹様を御諫めするのもわたくしの務めであることぐらい』
『そうではありません』
『はあ、では、何でしょう?』
『迷い人を殺そうとした件です』
『はて、そのような記憶など御座いませんが』
『あなたの同僚からの申し立てなのですよ』
『いえ、そう申されましても……そもそも、わたくしに同僚などいましたか?』
『またそうやって、あなたは……以前にもファトゥムへの面会者を害そうとしたことがあるそうじゃないですか? どうにか諫めてほしいという申し立てが来ているのですよ。どういうつもりですか?』
『ほう、困った方もいるものですね。まあ、不心得者などはどこにでもいるものですよ、先任殿』
『あなたがそれを言う? だから、あ、な、た、が……』
『わたくしに仰せられても……そういうことはそのご当人に仰ってくださ痛っ、いたたたっ!』
『だから、あなただって言ってるの! もう、あなたって人は!! それもこれも戒告はこの一度きりではありませんからね。いったい何度言えば、あんたの耳に届いてくれるのやら……』
『そうでございますか? 大変なのでございますねぇ、先任殿も』
きっとお年で呆けてしまわれたのね。
『先任様、もうその辺で。どうやら医療診断どおりで間違いないようですから』
『本当にこれが、わざとトボケているわけではないと言うのですか!? 本当に? はあ、これが私への嫌がらせであってくれたのなら、どれほど気が楽であったことか……はあぁぁ』
『あはは、そんなに大きな溜息をつかれますと、御皺が増えてしまいますよ。先任殿もいいお年なのですから』
『……』
『お察しいたします。先任様』
どうでもいいので、早くしてくださいな。
『はあ、もう宜しいですか? では、ファトゥム様を呼んでまいりま〜すぅ!』
『必要ありません』
『いえいえ、必要ないわけないじゃないですか? ファトゥム様への御咎めの件ですよ!? お忘れですか?』
耄碌しちゃって、この方は……。
『今後、貴女にはファトゥムとの接触を禁じます』
『な、何ですと!? わたくしが会えないとは、どういうことですかぁぁーっ!? 横暴です。貴方、殺しますよ?』
『ドレスデン! 聖樹様の御前であるぞ、いい加減控えろ』
『聖樹だから何だと言うのか? ファトゥム様でない聖樹など、キィェェェェーーッ!!』
『取り押さえよ』
『『『はっ!』』』
『なっ!? 何をするのですか? わたくしの聖樹様をぉぉ、ファトゥム様を返せぇぇぇぇっ! 貴様ら皆殺しだぁぁぁぁ!! はぁっ、はぁ、はぁ……納得できません。承服なんてしませんからね。ぐぬっ、わたくしの聖樹様を独り占めしようなどと』
『……どうやら私が間違っていたようです。まさかあの優秀なドレスデンがこんなことになっていたなんて。仕方ありません。特別管理医務室へ連れておいきなさい。それからファトゥムにも絶対に近づかせぬように指示を。結局はそれが一番の治療になるようですから』
『『『はっ』』』
『そ、そんな、殺生なぁぁぁぁーっ! ……嘘!? 嘘だと言いなさい! は、放せ。放せぇぇぇ!!』
その後、なんとも薬品臭く、嫌な白い部屋に閉じ込められたのでした。
──くぅぅ、やっと抜けられましたか。
わたくしが居ない間に、またもやファトゥム様との面談を賜った迷い人、許すまじ。
しかも、直々に依頼を賜るなど、何様のつもりか。殺す、絶対に殺すぅ!
わたくしとて、御側を引き離されたというのにぃっ……。
ああ、しかも、ファトゥム様!? まるで恋する乙女のような御顔……くっ、眩しすぎます! これではわたくしの身が保ちませぬ。
くぅっ、よもやあのような人族ごときに心を奪われるだなんて。もぉぅっ、そういうところですからね。ほんとにもうっ。かわいいったらないです。
『はっ!? なんですか? 良いではないですか? 少しくらい覗いていたってぇぇーーっ!!』
『黙れ! そもそも、あんたどうやってあそこから抜け出してきた!?』
『そんなことより聞きましたよ。貴方たち、お役目を奪われたとか。なんという恥知らずな。虹色の園の管理はアーキア神より賜った我々の役割ではありませんか? どこぞの馬の骨とも知れぬ迷い人などに取って代わられるだなんて、恥を知りなさい、恥を!!』
『くっ、それは上がお決めになったことよ。それも一時的な処置にすぎない。それに過去の実績だってあるって話だし』
なにを馬鹿な。エルフの矜持はどこへやってしまったのやら。
『ふん、バカバカしい。あんな記録、どう信じろというのですか?』
『そんなことはあんたに言われなくても分かってるよ。そもそも、あんたにはもう関係ないことだ。もうよい、管理部、さっさと連行しとくれ』
ふふふ、ファトゥム様ったら、先々任様の口真似、誠にお上手でした。でも、口答で披露してしまったら、またお叱りを受けちゃいますわよ。ふふ、そういうとこも好き。そのご様子もこっそり覗かせてもらいますとも。あぁん、ファトゥムさまぁん。
──それから幾ばくかも経たない日の正午。ファトゥム様を探してさまよっていると……ありえないほどの魔力の気配が世界樹を取り巻きました。直後、激しい振動と共に揺れる世界。魂をも揺さぶられるかのような波動が……。
世界樹に棲まう者全てが震撼し、戦慄するほど、凄まじいまでの魔力の奔流。
皆が皆、唖然として動けない。それどころか何も発せられない様子。
『皆の者、落ち着けいっ!』
先々任様の一喝が轟きます。
内面はどうあれ、ようやく皆も表面上だけは落ち着きを取り戻したようですね。
『おそらく一万年前と同様、迷い人さんが精霊鎮魂の儀式魔法を発動させただけです。害はありません。落ち着いてください』
続けて姿を現したファトゥム様のありがたい御言葉──皆が皆、瞬く間に平静を取り戻していくのが手に取るようにわかりました。ああ、なんと素晴らしい! ふふふ、あの御力を御使いになられたのですね。
それにしても、なんだったのでしょうか、あれは? あの馬鹿みたいに膨大な魔力の波動は?!
なっ!? 先々任様によれば、いにしえの記録にもあった全属性展開された積層型魔法陣を戦略規模で発動させた影響だとか……。
過去に一度だけ、ファトゥム様、先々任様、先任殿の三聖樹揃い踏みの共同儀式魔法を拝見したことはありましたが……あれは、その比ではありませんでしたよ!?
あんなもの、人族ごときが操れるわけがない!
なにせ、神も棲まいし、大いなるこの世界樹が震えたのですから。
しかも、敵に衝撃を与える物理攻撃系の魔法ではなく、鎮魂のために使用される浸透系の魔法でなどと……。
それがどんなことか考えるだけで恐ろしい。
あやつ、何者?
あれは普通ではない。我々エルフであっても、容易に触れてはならない存在……。
もしや! いにしえの神か!? 遙か昔、この世界を離れたと伝えられる神々、その一柱だとでも?
ああぁぁ、なんという事でしょう! ファトゥム様はあやつに夢中だわ!!
持っていかれる! 戴かれてしまうぅぅ!!
くぅっ、さっさと始末すべきだった。
いや、それよりもだ。今は速やかに二人の距離を離さねばなりません。あやつに旅の準備を。
ふん、神だというのであれば、エルフの秘宝の数々、くれてやろうじゃないですか。餞別として好きなだけ持っていくがよい。
なぁ〜に、安いものです。ファトゥム様に匹敵する価値など、この世に存在するわけがないのですからぁ! あーはっはぁあ!!
いや、こうしてはいられません、急がなくてはっ! 早くあやつめを、この地から追い払わねば!!




