20話 背中を押されて
横になって考え事をしているつもりでいたが、いつの間にか眠りこけてしまってたようだ。
近年稀にみる清々しい朝を迎えられた。
心なしか、空気まで軽い。
朝食の席で、昨晩の考えをレイノーヤさんに打ち明けてみた。
浮かれた拍子に、連日であるにもかかわらず、聖樹様との会談を設けてもらえるようお願いしてしまったのを、ちょっと反省している。
それでも、すぐに面会のお時間をいただけるとの連絡をくださった。本当にありがたいことだ。
今はこうして、また見つめ合いながらの念話練習をさせてもらっているわけだし。
ただ、何回やっても、ほんとドギマギしてしまう。
しかも、全くもって相変わらずの、ダダ漏れ状態……念話が上達する気配すらない。成果が見えないってのは、ほんと辛い。
「ふふふ、まだまだ始めたばかりですからね」
そう言って慰めてくれる素敵なお声。
優しい聖樹様の、そのお言葉に気を取り直して、今回の訪問の意図を伝える。
「この度の儀式魔法の発動によって、当面の問題は片付いたようですが、またいずれ近いうちに同じ状況になることが予想されます」
「ええ、確かに。そのときはまたお願いできませんか?」
「ええ、それはもちろん。ただ、この際です。これを機に世界を巡って、精霊の状況を確認してこようかと考えているのですが、いかがでしょう……この地を離れることをお許しいただけますでしょうか?」
「えっ!? 今、なんて? ……いえ、そうですよね。いつまでも場当たり的な対応では済ませられませんものね。う〜ん……あ、はい、わかりました! では、ご一緒に」
「「「「聖樹様!」」」」
「いっ……いえ、冗談ですよ? でも、なんだか寂しくなります。せっかく念話の練習も始めたばかりだというのにぃ……」
「申し訳ありません」
「いえ、あなたが謝ることでは……あぁ! それって、もしかして……私のため?」
「ええ、もちろんです。お世話になった聖樹様に成り代わりまして……とは、誠におこがましい限りですが。私なりにでき得る限り、尽力してこの問題に対処してまいりたいと考えております」
「ふふふ、私のためですか……えへへ、なら、許しちゃいます。お願いしちゃいま〜す!」
「聖樹様!! これにて謁見の儀は終了です。そちも、もうよい、下がりなさい! ささ、聖樹様はこちらに」
側近さんたちに背中を押され、急かされるように聖樹様は去っていってしまわれた。でも、なんとか了承の方は得られたな。
聖樹様との会話はウイットに富み、ほんと愉しかった。凛々しい御声も、優しげなお声にしても、聞き入る度に心が弾んだ。つい自分の立場もわきまえず、気軽に話し掛けてしまったくらいだ。
だが、そのせいもあってか、日増しに側近さんからの身を切るような鋭い視線を感じることが増えた。
今日に限っては、この地を去ると伝えたことで、いつもの刺すような視線が一切無くなった……やはり俺は歓迎されていなかったと実感する。
そして、なにより一番気になるのは聖樹様のお立場だ。最初はエルフとして最高位におられるだけに、なんでも思い通りにできるものと考えていた。けれど、そうじゃないのかもしれないと思い直したのだ。
だって、最も年若い聖樹とも言ってたから、少なくとも他に二人以上、聖樹の地位にある方がいる可能性はある。
となると、俺なんかを優遇していたりすると、他の聖樹から足を引っ張られる悪材料にされかねないから。そんなことが万が一にでもあっては困る。
これに関しては、食堂のあのおねえさんにしても、同じだ。俺なんかを贔屓したせいで敵を作ったり、立場を悪くしたら、たまらん。ほんと申し訳が立たない。
どちらと別れるのも後ろ髪を引かれる思いだけど、ここは我が儘を通していい問題とは違う。
早々にここを出て行く必要があるのを今更ながら感じる。側近たちもそれを望んでいると。
そして、それを証明するかのように、部屋に戻ると、すでに荷物が届けられていた。
旅に必要な装備一式だった。
なんとも用意がいい。それほどまでに俺を追い払いたいのだろう。こちらが早く言い出さないかと、今か今かと待ち望んでいたかのようだ。
用意された物の中には、妖精の森で採取されたと思われる薬草なども多数含まれていた。
もっとも、薬草だと気付けたのは、昨日、まさにその現地で、レイノーヤさんから教わったばかりの植物が含まれていたからだったが──「虹色の園近くは貴重な薬草の群生地です。これなども非常に効果が高く、稀少なものなのですよ」と、間近で指をさしてくれて。
俺が半ば不死身だということはわかっているのだから、あちらさんにしても別に傷薬としてくれたわけではないだろう。町で売って、路銀の足しにでもしろということか? 素寒貧の身として、正直助かる。ありがたく活用させていただこう。
早速、荷造りを……といっても、こちらへは着の身着のままで飛ばされてきたし、来てまだ日も浅い。旅の支度なんてすぐに終わってしまった。
元々、身につけていた物と今日頂いた物が全財産だしな。それでも大きめの背負い袋がパンパンだが。
となると、次は目指すべき最寄りの人里がどこにあるかの確認だ。
そう思って、レイノーヤさんと、この前お近づきになったばかりの門番さんに、近隣の町について訊ねてみたのだが……。【妖精の森】から外に出ることのない彼女たちは、ほとんど外の様子を知らなかった。
そもそも、常に【幻影結界】が掛かっていることから、人族が入り込んでくることは稀だという話だったし、外の情報も一切入ってこないようだ。
それでも、レイノーヤさんが聞いてきてくれた話によれば、森の管理で廻っている際、妖精の森よりも更に外周にある北側の森──その辺りでは、狩人らしき人の気配を稀に感じられることがあるらしい。
もしかすると、北の方に山村や農村のようなものがあるのかもしれない。
もっとも、南と東に選択肢はなかった。どうやらそちら側の森の末端は断崖絶壁になっているそうだ。その崖下にしても、相当荒れた海になっているようだし。
改めて、ウッドエルフたちが外の世界から隔絶された環境で生活していることに驚かされる。
これほど交流がないと、他者に対する差別意識が芽生えたことにも頷ける。知らないということがいけない。無知こそ蒙昧の温床だから。
そうそう、無知で思い出した。
ここ十日ほど観察したのだが、渓谷であるだけに、正確な日の出、日の入りの時刻は確認できず終い。ただし、同じ時刻に、ほぼ同じ位置から日が姿を見せるのは確認できた。
多少の誤差はあるのかもしれないけど、そのことで、一日が地球と同じ二十四時間であることがわかったのも収穫だ。このことがわかったときには、偶々とはいえ、なにか縁のようなものを感じた。
それもこれも、腕時計をしていたお陰でもある。それにアナログ式だったのも幸いだった。これを利用すれば、大まかではあるが、方角を知ることができるから。
デジタル時計をしている日に転移しなくて、ほんとよかったと、今更ながら思う。
これなら、地球と同じように、太陽の位置に時計の短針を合わせれば、その方向と文字盤の零時のちょうど中間の方向が、南の方位になるはずだから。
一日二十四時間で、太陽が360度移動する間に、時計の短針が360度を二回転するわけだから。理屈で考えれば、太陽の動きというのは時計の短針の動きの半分になるはずだものな。
いや、正午に太陽がある方位を南とした場合だが……基準方位とするだけだから、大丈夫だよな? 考え方間違ってないよな? なんかちょっと自信なくなってきた。
いやいや、ごくごく単純な話だ。漢字のゲシュタルト崩壊みたいなもんかな? 簡単なことはあんまり考えすぎてもいかんのかも。
まあ、俺のことだ。なんかポカが潜んでいるかもしれんが、今はどうしようもないし。
集落の情報がない以上、この南の方角を基準にして、とりあえずはどの方角を目指すか決めて、歩いていくしかないだろう。
とはいえ、深い森の中だ。進みたい方向へ素直に進ませてくれるとは限らん。遠回り覚悟で余裕をもって進むしかないな。
人が住んでる形跡が見つかったり、気配を感じたりでもしたら、その都度、寄り道して情報を集めつつ、村や町へと足を伸ばしていくしかあるまい。
でも、精霊を探すことが第一目的だから、無理して町へたどり着かなくてもいいわけか……。
いや、それでも、生活水準向上のためには、偶には立ち寄りたいところだ。人が多いところであれば、食料も手に入りやすいだろうし、精霊魔法を応用すれば俺でもできる仕事があるかもしれない。
ただ、ファンタジー小説なんかだと、精霊のような超自然的な存在ってのは、大抵、人混みを嫌う傾向にあるからな。果たして大きな町にも精霊がいるかどうか。それに、その地で精霊魔法が行使できるのかも、現時点では不明だし。
正直なところ、こんな大雑把な見込みで旅立つのはどうかと思う……はずなんだが……。どちらかと言えば、普段から臆病な俺が、今はなぜか一切不安を感じていない。なんか不思議な感覚だ。
仮初めにも不死を体験した影響かな?
リスクを正しく評価できなくなるってのは、極めて危険な兆候なのだけど……。
いや、待てよ。今思い返してみても、これまでゲームですら、一度だって死なずにエンディングを迎えたことなんてないや。
そう考えると、自分で思ってたよりもずっと粗忽者なのかもな。大人になって、いくらかは慎重に行動しているつもりだったんだけどよ。
フィクションの中でならともかく、現実世界の話として考えれば、ちょっと軽率すぎる判断か。
もっと慎重に行動しなくちゃと思う。思うのだけれども、心のどこかで『お行きなさい』と囁かれている気がする。なぜだか背中を押されているように感じるんだ。
うん、行こう。やはり、ここは俺の居場所じゃないもの。
最後にお世話になった方々に別れの挨拶をしたら、早々にこの里を立つことにしよう。




