18話 で、そちらは?
〔話は勇者からの襲撃後に戻って……〕
そう、アリエルに襲撃された場所が、聖樹様から調査依頼のあったエルフの聖域【虹色の園】というわけだ。
【妖精の森】と呼ばれる神聖な森の中にあって最深部と呼ばれるのは、まさに世界樹がそびえ立つ樹下となる場所であるからこそ。ゆえに、あれほど精霊が溜まっていたのだった。
【エルフの郷】からそのほぼ真南に位置するあの虹色の園へは、渓谷に阻まれ、大きく迂回する関係上、里のレンジャーであっても二時間ほど要する。
しかも、現代社会に生きる一般人、それも運動不足で体力が落ちきっている自覚のあった俺だ。深い森の中ということもあって、あそこまで歩くにはもっと時間がかかった。
なにより精霊を失った状態だったので、里を出た途端に不安が増し……レイノーヤさんに頭を下げ、まずは精霊を探し廻ったのだ。
幸いなことに、それほど時間をかけずして、火の精霊を見つけることができた。
ははは、でなけりゃ、こんな深い森の中を一人で帰ってこようだなんて、そんな勇気はとてもとても。
結局のところ、変なのと一緒に帰る羽目になっちまったわけだけど……。
そんなこんなで、往きに関しては、緩やかな下り坂ということもあって、レイノーヤさんの案内の下、散策がてら、のんびりとではあったが、結構な距離を移動してきたのだ。
それがどうだ!? この帰り道。今度は上り坂であるはずの行程を一時間ほどで、ほぼ戻ってきてしまっていた。
気が急いて速歩きになっていたにしても、早すぎだ。行きよりも道を覚えた帰りの方が、感覚的には短く感じることはよくある。にしても、時計を見る限り、そうじゃない。厳然たる事実だ。
それも、相も変わらず、こちらを警戒して一定の距離を置くあいつがはぐれたりしないかと心配になって、止まっては振り返ってを繰り返したのにだ。
あまりの、足取りの軽さに驚愕している。
疑念を抱きつつ、深い森を抜ける。
エルフの郷を下に臨む、開けた場所にたどり着いた。
「魔王が来たぞ。警戒しろ!」
この瞬間を見計らっていたかのように、アリエルが下に向かって喚き出した。
呆れつつも、ここは無視。里の入口に向かって、葛折りの坂道を先に下っていく。
「ただいま戻りました」
「ご苦労……さん、って、どしたぁ!? その服」
気軽な感じを装おって、門衛さんに挨拶してみたが、さすがに破れた服の原因を問われた。
まあ、そりゃあ、そうか。もしこれが門衛さんのような女の子だったら、片乳丸出し状態だものね。
「えっと……」
「じ、事情なんていいからぁ。とにかく今は中に入ってくれ! 私がうた……いや、とにかく中へ。早くぅ!!」
詳しい事情を説明しようとしたら、急に中へ入るよう勧められた。いやにオロオロしてる。なんかあったのかな?
でもまあ、心配だってしてくれるさ。だって、出発のとき、レイノーヤさんに優しく声を掛けてくれた門衛さんだったからね。
アリエルが驚きの表情を浮かべるも、一緒に付いてこようとして。
「おい、おまえ! なに、しれっと入ろうとしている!? おまえは駄目に決まってるだろうがっ!!」
……案の定、別の門衛に押し止められていた。
そのまま知らん顔して行ってしまっても良かったのだが、勘違いされたまま、今後も付け狙われては困る。ここは完全に誤解を解いておくべきだろう。
「お手数で申し訳ありませんが、この者の入場許可を問い合わせていただくわけにはいかないでしょうか?」
「えぇ!? ……ど、どうしても?」
「できれば」
「うぅん、仕方……ないか」
門衛さんはしぶしぶながらも、控え室で休憩していた一人を、許可伺いに向かわせてくれた。出掛けにその人から、めっちゃ睨みつけられたけど。
やたらとアリエルを警戒してくる門衛たち。待つ間、できるだけその緊張を解すよう、森の中で見かけたことを話していく。
レイノーヤさんの話になると、妙に食いついてきて、終始笑顔だった気がする。それに釣られて、もう一人の顔もまた緩んでいた。レイノーヤさんに、またもや助けられたな。
しばらくすると、使いに出ていた門衛が、警備兵らしき数名を引き連れて戻ってくる。
彼女らに見張られ、半ば連行されるような形ではあったが、アリエルも里へ入ることを許された。
静かになったアリエルに視線を向けると……顔を上げず、なんだか俯いている。少しは反省してくれたかな? これで少しは誤解が解けたことだろう。
ん、あれっ!? まさかここが、悪の秘密結社の本部だとか思ってたりしないよね? 落ち込んでるのって、囚われの身だと誤解してのことじゃないだろうな?
いや、大丈夫だよな。これまでの発言からしても、エルフに対しては味方認定しているようだった。聖樹様の話ならば、きっと聞き入れてくれるはず……。
ほんと、ついででいいですから、どうか聖樹様、俺が人であることをこいつに言ってやって!
「なにやら騒ぎになっていましたが、大丈夫ですか?」
どうやら先に戻っていたレイノーヤさんが、近くまで迎えにきてくれていたようだ。
「ええ、お陰様で。任務は無事完了です。でも……お借りした服が、こんな有様でして。申し訳ない、です」
「いえ、服などいいのです。お勤めご苦労様でした。お怪我は? ……ないようですね」
「あ、はい、身体はどこも……」
「では、すぐに着替えを用意しましょう」
「あっと、待ってください。できましたら──」
この場を立ち去ろうとしていたレイノーヤさんを引き留める。聖樹様に帰還報告を上げる際、アリエルと共に二人でお目通りができないかどうか、そのお伺いを立ててもらえるよう頼んでおいた。
「おいっ! おまえはこっちだ」
どうやら、アリエルの方は一旦警備兵に連れていかれるみたい。
俺にしても、謁見するのに破れた服のままではまずいな。とりあえず、スーツにでも着替えておこう。
部屋に戻ると、突然、火の結界が消えた。
今朝仲間になってもらったばかりの火の精霊が、もう力尽きてしまったようだ。なぜだ? 前回の火の精霊と比べても、随分早かった気がするが……。
あぁ、鎮魂の儀式による影響か!? いや、なら、なぜこの子は、あのとき一緒に昇華しなかったんだろ?
あっ! 俺と魔法契約してたせいか? なんか悪いことしちまったな。
いや、それにあれだ。アリエルから食らった火魔術──あの凄まじい炎に焼かれなかったのだって、きっと火の結界のお陰じゃないのか?
だって、その後、喰らった落雷の方では、感電して全身真っ黒焦げにされちまったし、ひどく痛みを感じたもの。
やっぱ火炎攻撃に対する守護結界でもあったんだ。はあ、あんがとな、火の精霊さんや。
ほんだば、成仏するんやで。
窓から空へ向けて、火の精霊さんを昇天させてあげた……。ん、やっぱな、風が寒く感じるな。
しばらくして戻ってきたレイノーヤさんから、控え室で案内が来るまで待つようにと告げられる。
行ってみると、アリエルが畏まった姿勢で座っていた。
えらく緊張した様子のアリエルと一緒に居るせいで、なんだかこっちも……おしっこ行きたくなってきた。
そのまましばらく待った後、最奥の間まで案内される。とはいえ、さすがに今回は、いつもの案内の方の後に、警備兵たちに挟まれて、その後に続く形ではあったが。
部屋に入って座らされると、御簾の向こうにいらっしゃる聖樹様に向けて報告を始める。
「虹色の園より、ただ今、戻りました」
「首尾はどうだったかい?」
「! はい。事前調査のつもりでしたが、突然、魔法陣が起動し、その御陰で精霊の鎮魂が思いのほか捗った次第です。懸案となっていた精霊の渋滞は、現在、ほぼ解消されたかと」
ふふふ、恐・かっこいいバージョンの聖樹様へ向けて、良い報告ができて、ほんとよかった。
『もぉぅ、今回は特別ですからね。お客様もいることですし』──「うむ。で、そちらは?」
聖樹様が、俺の右へと視線を一度ずらした。
「実は──」
虹色の園で魔王だと誤解され、アリエルに襲撃された経緯を説明した。
「ぬはは、そりゃ、ぬしが悪い。いや、間が悪かったね。ふふふ」
「笑い事じゃありませんよ。危うく死にかけたんですから」
おっと! 途端、周囲から一斉に睨みつけられた。いかんな。やはり馴れ馴れしい物言いが癇にさわったらしい。
でも、当の聖樹様は、と言えば、少しも気にした様子を見せず、なにが壷に入ったのか、いつまでも忍び笑いを続けていた。
「いや、おかしいですって! あっ、申し訳ありません。おかしいかと存じます」
突然、聖樹様との会話にアリエルが割り込んできた。あ、これもやばい。隣でアリエルがビクンッとした。今度はアリエルに矛先が向かったようだ。
「ふふふ、ほんとに笑えるねぇ」
「いえ、聖樹様。そのおかしいではなくて、この男の不死身さは常軌を逸し」
「あはは、分かっているよ。もちろん」
「え!? あ」
聖樹様にからかわれたことに気づいたアリエルの緊張が少しほぐれた気がする。お優しい聖樹様。
『いえいえ、それほどでも』──「では、その辺も含め、話をしてあげようかね。まず、この男、タカシに関してだ。彼は人族だが、驚くなかれ、この世界の人族ではない」
息を飲むアリエルに頷いて、話を続ける聖樹様。
「稀に伝え聞くところの、神隠しにあったとでも考えるんだね。ただし、こちらの世界側への、だがな」
どうやら俺と関係しそうなことをアリエルに語って聞かせてくれるようだ。
まず、神代から世界樹を守って、妖精の森に生きるエルフの使命に触れ……。
二十年ほど前から、世界樹に導かれるように、精霊が続々と詰めかけ滞留することによって、問題を引き起こしていること。
大昔にも同じ現象が起き、そのときにも、突然現れた、迷い人と記録にある人族に救われたこと。
つい先日、また新たな迷い人が現れ、精霊と高い親和性を示していること。
ここ数日の滞在で、精霊を鎮めることが可能であると判明したこと。
そのため、聖樹様の依頼を受けて、世界樹の働きを取り戻すべく、虹色の園で任務に当たっていたことを。
こと、こと、ことと、まるで料理でじっくり煮含めるかのように、一つずつ順序立てて説明し、俺が害のある存在ではないことを、アリエルに諭してくれた。ほんとありがたい。
『ふふふ、どう致しまして』
「それが魔王、いや、タカシ殿の魔力の秘密!? ……いえ、そうであっても、あの不死身の理由には……」
「う〜む、その辺は推測の域を出ないんだが、おそらくは、迷い人の身体構造が関係してのことだろうね。かの者の肉体がこの世界で希薄になっているのは、なんらかの理由で、肉体の大部分を、元の世界に置いてきたからなのではないかと思ってね」
「えっ!? 肉体が希薄って?」
「ああ、人族には見えないんだったね。原因は不明だよ。ただ、そればかりか、霊魂と精神体の密度は非常に高い。我々妖精と同様、魔力に秀でた身体の造りをしているとも言えるね」
「えっ、妖精?! 同様って?」
その辺のアリエルの疑問をすっ飛ばし、聖樹様は話を進めていく。
「ふむ、あれほど精霊たちに囲まれている状態であれば、多少損傷したところで、たちどころに復元したとしても、なんら不思議ではないね。なにせ精霊から潤沢に、魔力が供給され続けるのだから」
ん!? これも俺の話? そうとは到底思えない内容なんだけど。
「復元……確かに。何度攻撃しようと、無傷の身体に戻って、ん!? ふきゃっ!」
俺の方を訝しむ目で見ていたアリエルだったが、納得したように頷いた直後、急に口を押さえて俯いた。
なんだか耳まで真っ赤だけど、霜焼け……のわけないか? 俺も霜焼けしやすい体質だけど、さすがにそんな季節じゃないものな。
『あらあら、アリエルちゃんもやっばり見てたのね。確かに凄かったもの』
ん!? 聖樹様はなんか知ってるみたいだけど、なんだろ?
にしても、魔法に秀でるとか、不死身とかって、いったい誰の話だって感じなんだけど。
他人から手放しで褒められたりすると、どうにも騙されてる気になる。まあ、どうせ俺のことだ。結局は落とし穴付きなんだろうけどよ。
「新たな客人に部屋を用意してあげな」
「はっ! 畏まりました」
聖樹様の指示に、執事的な人が即座に応える。
「タカシにはまだ話がある。残るように」
「は、はい」
ん!? なんじゃろ? 密談ですかいな、親びん。
ははは、なんかいいな。女性に呼び捨てにされるってのも。




