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14話  ちゃんと説明して!! プリーズ

 やっと迎えた朝。


 なんだか目が乾く。瞼もずっとピクピクしてる。


 でも、いよいよです。いよいよなんです。


「それっ! まぁ〜じゅつ、ほれっ! まぁじゅぅつぅ、うぉぉぉーーーーっ!! ……オホン。さて、魔術のお時間です。ささ、先生お願いします」


「……」


 里の中を風が吹き抜けていく。


 うっ、さすがに興奮しすぎた……レイノーヤ先生の視線が冷たい。


 いや、だって、しょうがないでしょう? 念願の魔術なんだもの。


 これこそが、異世界でしか味わえない体験。そりゃあ、誰だって、わくわくしますって。そわそわしますっての。


 朝食を済ませた俺たちは、里の広場までやってきていた。


 興奮して少し汗ばんだ身体に、そよ風がこの上なく心地好い。


 今日はいつもよりなんだか爽やかな朝だ。


「はいっ、もう大丈夫です。だいぶ気持ちが落ち着きました。では、講義の方、よろしくお願いします」


「ええ、仕方ありませんね。では、風妖精を召喚します」


 広場の中央に立ったレイノーヤさんがそう告げると、念じるようなそぶりをした。


 すると突然、傍らにスーっと黄緑色の小さなベールが現れ、はたはたと揺らめき出す。


 いや、若草色に薄く透き通った生地の服をはためかせた、ごくごく小さな女の子が……空中に浮かんでいた。


 目の前にいるのに、よく見ようと凝視すればするほど、なんだか見えづらくなってしまう。うっ、変な感じ。


 どうやら見えにくいのは、ちっちゃすぎるせいだけじゃないみたいだ。くっ、肝心なところが見えそうで見えない。


 目が疲れ、じっと目を凝らすのを止めた途端、すっと、服と同じように体そのものが透き通っていることに気付いた。おぉっ!


『なに見てんのよ!? このぉ、へんたい!』


「あ、ごめん」


 確かに不躾だった。


 相手は目をぱちくりさせて、小首を傾げたまま、ぼーっとしてる。その姿がちょっと間が抜けていて可愛らしい。


『……たまたまよね?』


「なにがですか?」


『……』


 あちらさん、こちらをじーっと見つめたまま、沈黙。


『うそ?! なんで? なんで聞こえてんのよ?!』


 なぜか取り乱した様子の羽妖精さん。


「普通は聞こえないものなんですか?」


『あたりまえでしょ! って、ほんとに聞こえてるんだ』


「あ、それって、もしかして、俺の身体が希薄なせいとか、関係したりします?」


『えっ!? あぁ、あんた、たしかにうっすいわね! でも、すっごく濃っい〜よ』


「どっちなんだよ!?」


 思わずツッコんでた。関西人でなくても、これにはさすがに。


 その後、羽妖精との埒の明かない話が続くと、さすがに見兼ねたのか、レイノーヤさんが間に入ってくれた。


 どうやら俺の肉体が薄いというのは確かみたい。聖樹様からもそう言われてたし、この妖精から見ても、やはりそうらしいのだ。


「彼女が言うには、その代わり、【アストラル体】と【エーテル体】が共に超高密度で、その薄い肉体から溢れ返っているということのようです」


 レイノーヤさんが通訳してくれたのだけど……うん、ワカランでしょ? おれにはまったくワカラン。


 そもそも、肉体が薄いって、何なんだよ?


 ああ、ずっと思っていたよ。聖樹様に言われたときから。


 わからんのですよ! 偉い人の言うことは。


『へえ、あたしが偉いって、わかるんだぁ。見込みあるじゃない』


 わからんのですよ! 宇宙戦用のジオ○グに足付けろという人たちの言うことは。


『えっ!? ジオ……なに?』


 説明しろ! 責任者出てこいっ!!


『だから、説明したよ? んっ、責任者?!』


 あ、スミマセン。またもや取り乱してしまいました。ガンダ△好きなもので。


『えっ!? ガンなに?』


 いやいや、俺の話なんてどうでもいいのよ。


 今は、妖精と……妖精さんとお話できる件ですよ、問題は!


『だったら、無視しないで!』


「だから、ちょっと待っててね、妖精さん。今、頭の中、整理してる真っ最中だから」


『だったら、整えてから、念話つなぎなさいよ』


「いや俺、念話初心者なもんで。そこが上手くできんのですよ。そもそも、念話してるつもりなんて、これっぽっちも無いんだけど」


『あっ! 確かにそうね。変な感じ……なんかムズムズする』


「魔法線を介した会話に似てますね。こちらにも流れ込んできてますけど……」


 レイノーヤさんの説明によれば、妖精と契約者の間では、妖精間の念話と同様、魔法線を介して思念通話ができるらしい。


 そして、契約を結んで魔法線が繋がる際には、肉体の膜を突き破られるような感覚があったのだとか。


 レイノーヤさんったら、またそんなえっちなこと言って……あ、やばっ! 今はこういうの、あかんのかも。


『あれっ!? こいつ、なんかおかしいよ』


「薄々、私も変わった御仁ではないかと……」


 うそん!? 失礼な物言いの羽妖精に、レイノーヤさんまでもが乗っかってきた。あ、やっぱ考えてたことバレたか?


『そういうことじゃなくて!』


 ちょっと悲痛な叫び。


 宙に浮かぶ妖精さんは、こちらとの距離をできるだけ置こうとするように、警戒しながら後ずさっていく。そして、声がぎりぎり届きそうなところで止まった。


「「えっ!? どうしたの(どうしたのですか)?」」


 レイノーヤさんと二人、その様子を訝しがっていると。


『引きずりこまれる! 引きちぎられる!!』


 途端、レイノーヤさんにひどくきつい目で睨みつけられました。


「うっ、いや、俺は何もしてませんって」


 なんでそんな誤解するの?


 どっかに連れ込んで悪戯とかしねえって。つうか、できないでしょ? 物理的にちっちゃすぎて。


 そもそも、この世界に来てからというもの、身体は元気には元気なのだけど、それは肝心なところを除いての話……全く反応しないんだもの。


 身体のどこが? って、そりゃあ、あそこしかないでしょ……。


 まあ、透けた身体がどうなってるのか、ちょっと気になってはいるけど。


 あれっ!? これはセーフだよね? 「お巡りさん、この人が犯人です!」ってまでは行ってないよね?


 ははは、なんか考えれば考えるほど、変質者寄りになっていく気がしないでもない。


「いや、だから、誤解ですってば。妖精ちゃん、プリーズ! ちゃんと説明して!! せめてレイノーヤさんにだけでも」


 ──えっと、結論から言えば、無実でした。


『引きずりこまれる』と言ってたのは、魔法契約的な話らしい。


 羽妖精は、肝心なところで言葉少なげに端折ってくるので、なかなか要領を得ない。けれど、よくよく問いただし、レイノーヤさんが話をまとめてくれた。


 それによると、羽妖精とレイノーヤさんとの間の魔法契約を引き千切るほどの勢いで、俺との回線が太くなっていったんだとよ。


『穴をむりやり押し広げられてる……強引につながれちゃう』


「いやいや、だからぁ。他の人が聞いたら、また誤解を生むからぁ。紛らわしい表現するのは止して! 肝心な部分を端折らないで!! 既存の魔法契約が解除される可能性があるから、俺との間にちょっと距離を置いて、リスクを管理しているという状況なんでしょ? 周りにきちんと説明してあげてね。いや、むしろずっと黙ってて」


 こえーようっ、超怖えよう、妖精。


 俺を社会的に抹殺する気かよ?


 おじさんの世間的な弱点をピンポイントで突いてくるつもりだよぅ。


 これか、こういう意味なのか? 妖精の悪戯好きって。なんか思ってたのと違う。


 えっ、まじな話?


『つうか、大丈夫なのかよ? 俺と話してて……なんだかんだで俺の思念ガッツリ読んで、話してんじゃんかぁ』


『あははは……けっこう平気みたい。というか、あきらめた』


 おいおい、そんなあっさり諦めんなよ。


 いつの間にやら近くまで戻ってきて、あっけらかんとしている妖精に、なんか無性に腹が立ってきた。


 ちょっと睨みつけてやる。


『えへっ、あたし、エアリエル、よろ? し……あ、スプライトね。よろしく、よろしくね! はいは〜い、スプライト、スプライトさんですよ〜っ!!』


 なにかを口走った後、慌てて訂正してきた羽妖精。


 訊き返すと、スプライトというのは、この風妖精シルフの【通り名】だそうだ。


 そう、こいつったら、契約者にしか明かさないはずの【真名】を、通り名と間違えて、うっかり明かしちまったんだと思う、おそらく。


 まあ普通、契約者としか話せないわけだから、油断してたのかもな。


 大丈夫なのかよ? こいつ。


 レイノーヤさんの講義でも、真名ってのは、魔法的拘束力があるって言ってたし。他者に知られると、相手に心を支配されたりとかするんでねえの?


 まあ、ここは情けで聞こえなかった振りしてやるけど。


 また後で、『大事なものを奪われた』とか言い出しかねんからな。あ、この場合、情けってのも、まずかったか!?


 んっ! わざとか!? わざとなのか?! これもわざとだったりするんか?


 くそっ! こいつの場合、どっちだかわからんな。


 あれっ!? ちょっと待てよ。妖精とは魔法契約者しか話できないって、言ってたよな? だったらなんで聖樹様って、俺やレイノーヤさんと話ができてたんだ? 妖精のはずなのに!?


「ああ、それはですね。あの最奥の間が特殊なのです。謁見のための部屋ですから」


 ん?


「わかりませんか? 妖精であるエルフ様が、我々のような肉体を持つ下々の者とお話しになるために誂えてくださった部屋なのです。つまり、我々もエルフ様の御声が拝聴できて、奏上すらもできる特別な空間というわけなのですよ」


 俺の疑念が流れ込んだのか。レイノーヤさんが、すかさず答えてくれた。


 へえ〜、聖樹様たちエルフとは、あの部屋でしか話せないってわけか。ふ〜ん、そうなんだ。そんな特別な場所だったのね。


 あ、そういや、妖精って、特定の場所に縛られるって言ってたもんな。聖樹様も木から離れられないってことなのかな? う、やば、木に縛られた聖樹様、想像しちゃったよ。


『ってことは、スプライトも妖精だから、契約前はこの里に縛られてたってこと?』


『ふんっ! あたしは風妖精なのよ。大気があるとこなら、どこでも行けるわ』


 ちっちゃなくせに、なんか偉そうに胸を張って、宣ってきた。おっ、結構いい形してる。


『えっち』


『あ、ごめんよ』


 そういや、筒抜けだったね。妖精さんには。てか、今はレイノーヤさんにもかよ!?


「……」


 あ、やばい。まじなやつだ。


『シルフともなると、大気のない【虚空】と水の中以外、どこでもへっちゃらだもの。あはは、まさに天空の覇者なのよ〜!』


 だとよ。話の感じからすると、虚空ってのは、宇宙空間のことか?


 なんでも、属性を司ると謂われる四大妖精クラスは、土地の性質的な縛りはあるものの、かなり広範囲に出没できるらしい。


「それよか、てめえ。ちゃんと端折らず、普通に喋れるんじゃねえかよ」


『ふんっ、なんか文句ある? 空気止めたろか』


 あ、なんか……懐かしい。


 こっちの世界にも、事ある毎に「なんか文句ある? 琵琶湖の水、止めたろか」なんて言ってくる滋賀県民みたいなやつがいるんだな。大学んときのあいつみてえ。


 なんなら『滋賀県民か!』って、ツッコミ入れたいところだ。


「だから、そこっ! 『つっこみ入れたい? なにを? どこに?』とか、言わないの。また、レイノーヤさんに誤解されるでしょうが」


 確かに、滋賀県民とか琵琶湖とかは、わかんねえだろうけどよぉ。


 それだと、ねっ、ほらっ、あそこにナニを突っ込みたいみたく聞こえちゃうからぁ。


『えぇーっ、あそこに!?』


「てめぇ、本当はわかっててやってんだろ?」


『てへ、スプライト、わかぁんなぁ〜い』


 くっ、こいつのせいで、大切な魔術演習の時間が……尽きた。


 レイノーヤさんだって、暇じゃないんだよぅ。


 貴重な時間を割いて、午前中、講義してくれているというのに……。


 魔術の実践は翌日への持ち越しとなった。


 とほほだよ……。こんなベタな表現でこぼす日が来ようとは。


『あはは、じゃっあねえ〜!』


 スプライトの姿が消え、爽やかな風が俺の頬を撫でていく。


 いつの間にか、暑苦しさが和らいでいた。

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