13話 こっぴどく叱られちゃいました
この世界に迷い込んで、もう五日。相変わらず、飯が旨かった……いや、旨すぎだ。
たとえ友人宅であっても、寝食付きで四泊もお世話になれば、さすがに心苦しくもなるだろう。ましてやそれが、見ず知らずの方々にご厄介になっているのだ。心労も募る。
せめてもと思い、食堂では料理の経験を活かしてお手伝いか、皿洗いでもと申し出たのだが……。うん、だめだった、いろいろと次元が違いすぎて……。なんか訳のわからん魔法とかで、じゃんじゃん調理されてるみたいだったから。どうにも邪魔にしかならないみたいで。
それに、レイノーヤさんがしてくれている身の回りの世話にしても、自分でできるからと再度申し出たのだが……。仰せつかった大切なお役目だからと、やはり素気なく断られた。
恩を返したい気持ちはあるものの、今のところ、なんの役にも立てそうにないのがつらい。ほんと。
居候ってのは、これほどまでに肩身が狭いものだったのか?
いや、そんな俺の身勝手な思いはともかくとして、感謝の気持ちだけは忘れてはならないと思って、言葉にしてみたのだけれど。
「? ……?」
レイノーヤさんに、きょとんとされてしまった。
うん、ぱちくりとした目がかわいい。クールビューティーなのになぁ。
言語翻訳の関係かなんかで意図が上手く伝わっていないのかと思って、言葉を変えてみても……。
「えっ!? 全く理解できません。なぜそれほどまでに……??」
心底不思議がって、小首を傾げてしまっている。
「あ、すみません。なんか悩ませてしまったみたいで……あっ!」
ふと思い浮かんだのは、ウッドエルフと人との寿命の差──人族の十倍ほどもある寿命のことだ。
四日間の寝食の世話といっても、長く生きる彼女らの感覚からすると、俺が思うよりずっと軽いことなのかもしれない。俺たちであれば軽く話を聞いてあげた程度の……。
逆に考えると、こちらが目一杯奉仕したとしても、これほど寿命が長い方達からしたら、いかほどに感じるのだろうか? ……ちょっと不安になってくる。
仮に、平均寿命がこちらよりも圧倒的に短い種族に対して施した場合なら、一体どれほど感謝されるのだろうか? そんな打算も。
さもしい。こんな考えがすぐに浮かんでしまう自分に、ほとほと嫌気が。なんでいつもこうなんだろ? 俺って……。
いや、もちろん、こういうのは気持ちの問題だから、あまり損得勘定は関係ないってことぐらい頭ではわかっている。わかっているんだけど……どうにも借り越しの度がすぎるのはなぁ。貸し越している分には、なんら気にもならないどころか、すっかり忘れてしまえるってのに……。
しかしこうなると、中途半端な仕事をしてはかえって迷惑になりそうだ。ここはひとまず、生半可な対応は我慢すべきか。まじで本腰入れて事に当たらないと。
今はできるだけ知識を蓄えることに専念する。与えられた仕事を完璧に熟すために。
受けた恩以上にお返しすることは難しいかもしれない……けど、精一杯の誠意くらい示さないことには始まらん。
やや焦燥気味の俺とは対照的に、クールな見た目ながらも、やる気満々という不思議なオーラを纏ったレイノーヤさん。
俺にレクチャーする必要性からか、どうやら秘匿情報を随分と教えてもらっているらしく、それがまた励みに繋がっているようだ。うん、俺も負けずに頑張らないと。
さあ、昨日に引き続き、レイノーヤさんの講義が始まった。
「今回の精霊鎮魂の件で、特に重要となるのは魔法の属性と思われます。まずは四元素を司る妖精の話から致しましょう」
四元素って、あれか!? 地球でも科学が発達する前に信じられていたあの、水・風・火・地の四つの属性の。
「水を司る妖精ウンディーネ、風を司る妖精シルフ、火を司る妖精サラマンダー、土を司る妖精ノームが、四大妖精とされています──」
おっ、やっぱりそうだ。いや、でも、地属性ではなくて、土属性か。まあ、大差ないな。
四大妖精以外にも、それぞれの属性に関する眷属的な妖精もいるそうだ。それにしても、聞き覚えのある妖精ばっかだな。これも言語翻訳の関係だろうか?
「この地は古くから【妖精の森】と呼ばれるだけあって、その場所柄からくる魔素特性ゆえ、水や風、そして、土の眷属たる妖精が多く棲んでいます。そうした属性を持つ妖精からの情報によりますと、精霊に近寄ろうとしたとき、精霊の色によって、親近感を抱いたり、逆に忌避感を抱いたりするらしいのです」
「ああ、そういえば、聖樹様もそんなこと仰ってましたね。なるほど。それで、精霊にも色に応じた属性があると判断したわけですか?」
「ええ、そのとおりです。ここで昨日の話の続きとなります。魔法契約をすると、その契約妖精が司っている元素属性に関して、魔術適性が上がるのです」
おっ、ここで魔術か!? そういや、今日の講義、魔法と魔術の違いって言ってたもんな。
「妖精などの上位存在が扱う神秘的な秘法が【魔法】と呼ばれるものです。これに対して、その魔法を人系種族でも扱えるよう、疑似的に模倣したものが【魔術】になります」
あくまでも、魔術というのは、魔の秘法を模した技術ということらしい。
「私が元々使えていたのは風魔術です。それが風妖精と魔法契約したことによって、詠唱を省略し、言霊だけでも、風魔法が使えるようになりました──」
自身の魔素だけで風魔術を使えていた者は、妖精側から流れ込んでくる風属性の魔力によって、より強力な風魔法が使えるようになるらしい。
そう、魔術から魔法へと。
「また、風属性の魔力を帯びることで、風魔術に対する耐性も増します──」
それだけでなく、四元素は相克関係──つまり、火>風>土>水>火の順で、互いに得手不得手の関係にあるそうだ。
たとえば、風は土に強く、反面、火には弱いといった具合に。
すなわち、風妖精の加護を得ると、土魔術に対する耐性も付与されるというわけだ。
「その反面、火魔術に対する耐性は下がってしまうというのが難点になります──」
しかも、元々、土魔術も使えていた人の場合だと、風属性の魔力を帯びることによって、土魔術の発現が弱まり、それまで使えていたものが使えなくなる可能性すらあるらしい。
「とはいえ、実際には風妖精と契約できるような者は、風属性に優れるものの、土属性の適性は乏しいことが普通です。それほど心配することでもないでしょう」
「一つ質問をしてもいいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。なんですか?」
「お話を伺っていて、正直なところ、【魔素】と【魔力】の違いが、いまいちよくわからなかったのですが……」
「魔素というのは、体内に存在する属性をもたない魔術・魔法の源となるものです。あらゆる生命が体内に宿しています。この魔素を魔術回路や魔法陣を介して属性化させたものが魔力ですね」
魔素は、文字通り、魔術・魔法の素となる燃料的な物質といったイメージなのかな?
そして、魔法・魔術を具現化させるために、原料となる魔素をより使用しやすいように状態を変化させて、特定の属性を持たせる直前の状態が、魔力のイメージといったところか。
「なんとなく……ではありますが、わかりました」
「その辺は実際に使ってみれば、おいおい分かるはずです」
「へえ、そうなんですか? 楽しみです」
「続けてもいいですか?」
「あっと、話の腰を折って、すみませんでした」
「いえ、質問は大事です。不明な点があれば、どんどん訊いて、疑問点を解消していってください」
「了解です。では、続きをお願いします」
「はい。この森が妖精に好まれる地であると先ほどもお話ししましたが、その中にあって、今回の調査地となる【虹色の園】は、その最たるものです。そもそも、世界樹が大地にそびえ立つ、まさにその場所だからこそ、彼の地は聖域とされていますので。問題となっているのは、精霊が世界樹を取り囲む形で滞留しているという点です」
聖樹様からも聞いていたとおり、今や虹色の園は、妖精だけでなく、精霊までもが溢れかえっている状態にあるようだ。
その精霊には色違いが存在する。それぞれが違う色──青、緑、黄、赤、白、黒といった六色に光っているので、見た目で容易に判別できるらしい。
ただ、白色と黒色に光る精霊の数はどういうわけか、他の四色に比べて少ないのだとか。
「世界樹は輪廻転生に大きく関わっています。古くから生物の霊魂を循環させたり、浄化したりする役割を担っているとの伝承があって──」
それが証拠に妖精たちは、生き物が死んだ場合、肉体から離れていく霊魂を視認することができるらしい。死後に遊離した霊魂が、世界樹の根に吸収されていくのを実際に目にしているのだとか。
契約者であるレイノーヤさんにしても、妖精を召喚し、視覚を共有化した状態であれば、同様に見ることができるそうだ。
そのため、妖精界はもちろんのこと、エルフの従者的位置付けであるウッドエルフ社会においても、霊魂の輪廻が常識とされていた。
ただし、根といっても、地表から露出している太い根の部分でのことのようだ。土の下で水分や養分を吸っている細い根ではないらしい。
「根を掘り起こして確認しないのですか?」
「なにを言うのですか? 世界樹の根を掘り起こすなど、もってのほかです」
あ、しまった。性懲りもなく、余計なことを言っちまった。またしても相手の宗教観も考慮せず。
素朴な疑問のつもりだったのだが、こっぴどく叱られることに──
「し、失言でした。反省しております」
「まあ、いいでしょう。では続けます。世界樹はその名に違わず、それこそ世界中にその根を張り巡らしています。どこで亡くなろうとも、死者のすぐ近くに寄り添う世界樹の根によって、死後の霊魂は速やかに吸収され、さまようことなどありません。安らかに昇天できるのは、なにより世界樹の御陰なのですよ」
ふぅ、焦ったぁ。嫌われたわけじゃなかった。レイノーヤさん、根に持ってないみたい。いやいや、ふざけてない! ふざけてませんよ。
ゥォホンッ。確かに、これなら世界樹が信仰の対象となるのも頷けるってもんだ。
「吸収された霊魂は、世界樹の樹液で浄化され、再びこの地に戻されるのです。ゆえに土葬は禁忌とされています。腐った肉体に霊魂を宿らせるようなものですからね」
実際、過去にはアンデッドに悩まされた歴史もあったようだ。
「エルフ様方がお嘆きになっているのも、まさに世界樹の樹液の流れが悪くなっていることなのです。精霊が滞留している影響で、霊魂の循環にも支障を来しているようですから」
なんでだ? そういや、精霊は霊魂と精神体で構成されていると聖樹様は推測してたか。精霊ってのは、妖精だけじゃなく、死後の霊魂とも似通った性質を持ち合わせているのか?
「ただ、最近になって、世界樹の幹に沿って、そのまま空へ上昇を続けていく精霊がごく稀にですが、確認されたのです。それもあって、風妖精と火妖精の契約者が協力し合い、精霊の移動を促すよう色々と試してはいるのですが……。なにぶんあまり目に見える成果は出ていないのが現状です」
そこで出番となるのが、はるか昔、古い記録ではあるものの、精霊を鎮魂させたという実績のある迷い人というわけだ。
うん、もちろん俺じゃないよ。前任の迷い人さんの話ね。
さて、俺に何ができるものやら、本当に何かのお役に立てるのかね?
これにて、この日の講義も終了。
明日からはいよいよ、魔術の実践演習が始まる。高まるぅ!
夜になっても、興奮してなかなか寝付けない。まるで遠足を前にした子どもみたいだ。
……ああ、ほんと眠れない。まあ、いつもどおりってことだ。
寝苦しい夜が続く……。




