12話 神様のいたずらか?
そうそう、講師となってくれるのは、なんとレイノーヤさんだった。
驚いたことに彼女自身、妖精と魔法契約を結んだ数少ない者、まさにその一人だそうだ。
いや、むしろ、今回の指導役の方こそが主な仕事であって、俺の世話役の方は、あくまでもついでにすぎなかったのだろう。
ああ、早く明日にならないかなぁ……。
──魔法講習への、はやる気持ちも相俟って、殊更長く感じた夜が、やっと明けた。
ふぅ……レイノーヤさんを除けば、食堂のあのおねえさん以外、ウッドエルフでは未だ誰とも交流を持てていない。相変わらず、冷たい視線に晒され続けていた。
とはいえ、今日も今日とて、朝からなにもかも忘れて没頭できる料理に舌鼓を打つ。これでリセット。うん、これさえあれば大丈夫。
まあ、今日に限っては、自室に戻ってからも、腹を摩るのとはまた別の、幸福感に浸っている。
というのも、食堂で告げられた今日の予定が、楽しみでならないからだ。
早速今日からレイノーヤさんが、妖精や魔法に関する講義を始めてくれるみたいなのだ。
しばらくしたら、呼びにきてくれるらしい。食後すぐだと眠くなることを考慮してくれたのだろう。なにげに優しい。
とはいえ、とてもじゃないが、クーデレまでたどり着ける気配なんて微塵も感じられないけどね。
それもそのはず、今回は聖樹様から直々の、大々的なご紹介だったからな。余程励みになってるご様子だ。
歩きながら、「任務、特務、使命……」と、ともすると聞き取れないほどの小声ではあったが、一言一言、自分に言い聞かせるように呟く姿に、普段の淡泊なイメージとは異なって、相当な熱を感じた。
相変わらずの、聖樹様Loveっぷりだ。
ほどなくして講義の準備が整ったらしく、レイノーヤさんが呼びに来てくれた。
「お待たせいたしました」
「いえいえ、とんでもない。今日からよろしくお願いします」
「ええ、では、こちらへどうぞ」
この部屋のすぐ隣、レイノーヤさんの居室らしき部屋へと案内された。まじか!?
女性独特の甘い香りのする部屋。
ただ、調度品などはレイノーヤさんのイメージどおり、シンプルなものばかり。俺の部屋と大して変わらない。
ただし、間近にレイノーヤさんが座っただけで、そこは別世界となる──ウッドエルフなだけあって例に漏れず、非の打ち所のない外見なので。
ややスレンダーな点は好みが分かれるだろうが、百人に聞けば、百人が美人と答える、非常にレベルの高い容姿をなさっている。
もしも彼女に眼鏡を掛けさせて、タイトなスーツを着せ、ハイヒールを履かせれば……いや、この際、指示棒も持たせた方がいいな。それこそ女教師フェチなら泣いて喜ぶこと間違いなし。メガヒット保証ものだ。なにがとは言わないが……。
こんな見目麗しい新任の、女教師風の彼女が俺なんかのために、個人授業の準備を一生懸命してくれている。それも彼女と、彼女の狭い部屋で二人きりでの授業を受けるとなると……うん、想像するだけで生唾もの。フェチでもない俺であっても、ぐっとくるものが確かにあった。
「きちんと集中なさい。さあ、がんばるのよ。そう、いいわよ」──そんな幻聴すらも聞こえてきそう。
普段からして真面目なタイプだが、今は講義を前に、キリッと引き締まった表情が、そのイメージに更なる磨きをかけている。
まあ、これほどの怜悧な美女であれば、どう転んでも目を引くものとなるに違いない。
やる気が漲っているように見受けられる点がなにより好ましく思う。俺もやる気が……いや、魔法の、だよ。
さて、そうこう勝手な妄想している内に、レイノーヤさんの講義が始まった。
「それでは、まず、妖精についてお話していきましょう。エルフ様を筆頭に、妖精はいろいろな方々が顕現されておられますが──」
なぜか人差し指を立てて説明する姿に、やはりタイトなスーツを着た教師姿を幻視してしまう。
う〜ん、レイノーヤさんの言い回しだと、エルフへの敬愛が強すぎて、少しわかりにくい表現になってる……。うん。そこはなるたけ端折るか、頭の中で少し整理していこう。
妖精の中でも、エルフは特別な存在のようだ。エルフ以外の一般的な妖精はもっとずっといい加減というか、不安定な者が多いらしい。
「不安定というのは、物理的にも精神的にもです。突然現れたりしますし。性格的にもひどく気まぐれで、日和見主義と言いますか、快楽志向といった傾向があるのです。森で出会ったら、まず間違いなく、悪戯されると思っていてください」
うっ、いかん。こんなきれいな人の口から、森で悪戯とかいうフレーズを耳にするのは! どうにも意識が逸れる……いやいや、だめだぞ。いくらレイノーヤさんには漏れないにしても、変な妄想は。まじめに。ここは、まじめにだ。
「そういえば、妖精は、霊魂と精神体のみの存在だという話でしたが……」
「ええ、肉体の制約に縛られないという性質上、その裏返しとして、自由奔放な性格をしている者が多いようですね」
「なるほど」
と、神妙な顔つきで言いつつも……縛られないよう抵抗したものの、裏返しにされちゃったレイノーヤさんを、ついつい想像してしまう駄目な俺。
「とはいえ、妖精は、特定の性質を持つ物や土地に縛られているため、あまり遠くへ移動することができません」
あぁ、やっぱり縛られちゃったよ、レイノーヤさん。う〜っ、どうしても妄想しちゃう。いやいや、今度こそ真面目に。
あ! もしかして、妖精の悪戯好きって、土地に縛られてどこにも行けないからこその、退屈しのぎってことなのかも。
「ただし、そんな妖精も、肉体を有する種族と魔法契約を結べば、遠くの場所にも移動できるようになるのです。それが妖精が自ら儀式魔法を行使してまで【契約妖精】になる理由と言えます」
妖精と魔法契約した者は【魔法契約者】、もしくは単に契約者と呼ばれるらしい。
「妖精の名前には、日常的に使用されている【通り名】の他に、もう一つ、【真名】というものがあります。真名とは、妖精本人だけが知る絶対の秘密。ただし、魔法契約の際には、契約者にもその真名が明かされます」
なんでも、真名を知ることにより、魔法的な拘束力が発生するという理由でもって、たとえ妖精同士であっても、他者に明かしたりしないという。魔法契約がいかに重要か理解できるというものだ。
もちろん、会談で俺が聖樹様から教わった名前は、通り名の方だった。
「とはいえ、信頼があるから明かすというよりも、真名の持つ魔法的拘束力を礎として、魔法契約を交わすといった方が適切でしょう。というのも、妖精と契約者との間には、双方向に繋がる魔力回路が開かれるからです。これは【魔法線】と呼ばれています」
ああ、ついに、縛られたまま、びらかれて繋がれちゃいましたかぁ。
いやいや、伝達通路みたいなものってことやね。
「その魔法線を介して、契約者は妖精の感性と魔力を、そして、妖精は肉体を共有化することができるようになります」
なるほど。契約者の肉体との繋がりを礎として、妖精は土地の縛りから解放されるということか。いや、縛られるのが契約者の肉体に変わっただけじゃね?
「契約者との同調が更に強まると、魔法線を通じて、物理的な肉体形質まで妖精側に流れ込むことがあるようです。そして、いずれそうした妖精は確固たる肉体を得る。この現象は【受肉】と呼ばれています」
ここまでいくと、妖精も普通に食事ができるようになるそうだ。一人でどこへでも好きな所に行けるようにも。
ただし、こうなった妖精は、元の純粋な妖精の状態には戻れないらしい。
もしも、この状態で肉体が死を迎えようものなら、受肉した妖精も死に至ってしまう。寿命に関しても肉体に依存するみたいだし。
「受肉するということは、妖精が契約者を深く信頼している証しとなります。魔法学的には、通常の魔法契約と形式上の違いはないそうなのですが。それでも、妖精社会ではこの状態を尊重しているところがあって、とりわけ【同伴契約】と呼んで特別視されているのです──」
同族との契りと同等、人間で言うところの、結婚にも相当するほど妖精には喜ばしいことのようだ。
なお、同伴契約に関して、驚くべきことが判明した。
な、な、なんと! みっ、み、耳が!?
落ち着け、俺……。
ひぃ〜っ、はぁ〜っ、ふぅ〜っ。それでは発表します。では!
同伴契約にまで至った妖精さんは、おおよそ人族と同じような見た目に変化するそうなのだが、ただし、耳……そう、その耳だけは、妖精の個性に応じた独特の特徴が現れるんだって!
しかも、元の妖精の姿とは全く関係のない獣の耳……そう、ふっさふさのケモミミがっ!!
か、神様のいたずらか?
とはいえ、同伴契約まで至るのは、相当珍しいケースなんだって。
ただし、物語の中でも、伝説上の獣人【耳族】として語られていることが多いため、世間的にはかなり認知度が高いらしい。やはりその人気は絶大なようだ。
当然と言えよう!
まさか、ものほんのケモミミが存在する世界にやってこれるとは!? ……あぁ、神様、感謝いたします。
はぁ〜っ、早く逢えないかなぁ……あれっ!? でも、この場合って、どこかで見かけたとしても、モフらせてくれねえんじゃね? 自分で契約してないと、ダメなんじゃね!? し、信頼してもらえないと……。くぅっ、上手くいくヴィジョンが浮かばねぇ。
「……」
はあ、仕方ない。レイノーヤさんに呆れられる前に、そろそろ現実に戻るとするかね。
「えっと、なんの話でしたっけ? そうそう、妖精さんとの同伴契約の話でしたね」
「集中力が途切れてきたようですね。今日はここまでと致しましょう」
「えっ、あ、すみません!」
「いえ、いいのです。少し私が急ぎ足だったのかもしれません。魔法と魔術の違いについては、明日に致しましょう」
今日の講義はこれで御開きとなった。
「どうもありがとうございました。大変興味深いお話でした」
「礼など不要です。お役目なのですから。それに、最後の方はともかく、なかなか真面目な授業態度でした。感心しました。それでは、私は上への報告もあるので、これで」
すっと部屋を出て、颯爽と去っていくレイノーヤさん。その後ろ姿にしても、まさに教師然とした感じだ。
でも、人を見る目はなさそう。うん、俺って、結構えっちなことばっか考えてたよ? まあ、見た目だけはちゃんと繕ってたから、それでごまかせたのか。
というか、彼女の部屋に一人取り残されたんですけど……これっていいの?
いいわけあるか! すぐ出てかないと。女性が留守にしてる部屋に長居してたら、後でなに言われるか……うぅ、きょわい。
自分に割り当てられた部屋へと戻った。
今日教えてもらったことを振り返って、反芻してしく。
──しかし、今回の妖精と魔法の話って、秘密とか、拘束だとか、いやらしいワードばっかだな。いや、ただ単に、俺の頭が変なだけか?
いや、受肉っていう音の響きにしろ、字面にしろ、大概やしな。
同伴契約って聞いたときには、危うく『アフターの方は?』とボケたり、『つうか、貢がされとるやん!』って、ツッコミ入れるところだったよ。
肉体を共有するっていうのにしても……うっ、やばっ。
はあ、異世界にやってきた解放感のせいか、どうにも箍が外れてしまふ。
向こうの世界だったら、頭の中で思い描いているだけだし、犯罪にならないで済むけど……思念ダダ漏れの現状、相手が妖精であれば、セクハラ案件まっしぐらだ。気をつけねば。
そもそも、聖樹様にしても、レイノーヤさんにしても、俺をアホだと思ってるのか、随分とのんびり説明してくれるんだよなぁ。だから、その隙間を埋めるように、ついつい余計なことを妄想してしまうんだ。はぁ〜、それにもまして、みんな美人すぎるのよぅ。
う〜む。まあそれでもなんとか、重要なことは洩らさず、しっかり把握できたかな。うん、大丈夫そう。基礎をおさえておくのは大事だからね。
ん、そういや、明日は魔法と魔術の違いについてだって言ってたな。違いなんてあるん?
妖精と精霊に続いて、今度はどんな違いがあるんだろ?




