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10話 かわいらしくも、きょとんとした

 独り寂しく取り残される……。


 静かだ。


 でも、暑い。地形的に見て、渓谷内っていうのは比較的涼しいはずなのに。


 こうも気温が高いとなると、この地方って、熱帯にでも属しているのだろうか?


 いや、そもそも季節が違うのかも……。日本にいた感覚の延長で、ついつい春先のつもりでいたけど、異世界へやってきたんだし、別にそうとは限らないわけだ。


 どうだろ? ここに来る途中って……なんとなくだが、森の中も亜熱帯の植物っぽく見えたか。う〜む、自信ねえ。


 屋久杉みたいに、ただただデカかっただけとも言えなくもないからなぁ。でもやっぱ、森の中も日陰の割に暑かったような気も……。


 いや、それだって緊張を強いられていたせいもあるか。う〜んわからん。ほんとわからんな。


 あれっ!? もう結構暗くなってきた! あっという間に。随分と日が落ちるの早いんだな。


 この日の短さからしても、どうしても夏って気がしないわけだが。


 にしても暗い。


 ……それにもまして、この里は、静かな夜が長すぎる。


 夜は嫌いだ。


 常夜灯のように暖かみのある一粒の光……唯一それだけが、心を落ち着かせてくれた。


 ──ふぅ……日が昇り、明るくなってくると、ほっとする。


 ベッド脇のサイドテーブルに、手ぬぐいがあるのが目に入った。


 おそらくレイノーヤさんが用意してくれていたのだろう。ありがたい。


 シャツを脱ぎ、全身にかいた汗を拭い去る。


 朝は大抵こうだ。


 ごそごそやって、着替え終わった頃、レイノーヤさんが訪ねてきた。


「やっとお目覚めですか。ぐずぐずしていると朝食の時間が終わってしまいます。食堂へ向かいましょう」


 あれ、もう?! まだ日の出直後でしょ? ああ、そっか。


「いやぁ、さすがは自然の中で暮らすウッドエルフさんですね。朝日が昇る前から活動してるとは」


「いえ、もうとっくに日は昇っていますよ。ああ、そういえば、言い忘れてましたか。ここは渓谷内、しかも、この部屋に至っては朝日が射し込まない位置にありますからね。明るくなったばかりと感じるのは無理もありません」


 あ、しまった! 窪地だけに日が差し込む時間が限られてるのか!?


 うっ、ほんとだ。もうこんな時間かよ。確かに腕時計を見ると、結構な時間だった。


 あちゃあ。


「えっと、すみません。随分と寝坊したようで。おはようございます」


「はい、おはようございます」


 改めて、レイノーヤさんと挨拶を交わす。


「あ、手ぬぐい、助かりました」


「いえ、先日も随分と寝汗をかいてらっしゃる様子でしたから。さあ、そんなことより参りましょう」


 あ、なんだろう? ツンデレさん……というほど、ツンツンは……してないか。でも、ほんと無表情なのに、それとなく気配りしてくれるなんて、ギャップが……。


 カッカッと颯爽と歩くレイノーヤさんと並んで、急いで食堂へ向かった。


 あぁ、そっか、レイノーヤさんって、歩くリズムが一定なんだ。寸分の違いなく同じ感じで。それで淡々とした印象を受けるのかな?


 食堂に向かう途中も、入ってからにしても、相も変わらず、周りから厳しい目に晒されていた。ただそれも、食べ始めるまでの辛抱だ。


 ──うん、今朝もめっさ旨い料理をいただけた。


 どういうわけだか今回も、食堂のあのおねえさん一人だけは優しい目を向けてくれていた。


 つうか、その分、余計に周りの目がきつくなってる気がしないでもないが……。


 いやまさか、おねえさんのあのお尻に釘付けになってるのがバレてるとでもいうのか?


 いやいや、そんなはずはない。ウッドエルフには思念が漏れていないことは、昨日、ちゃんと検証済みだ。レイノーヤさんとの実験で散々試してみたから。大丈夫なはず。


 いや、待てよ……周りは女性ばっかか。男の視線に対する鋭さ、そっちの方こそ侮れんのか!?


 だが、誤解を解こうにも、こうも話す機会すら与えてもらえないとなると、どうしようもない。


 あっ、お尻チラ見してたのは別に誤解でもないのか!? やっべ。


 この世界に転移してから三日目──【世界樹の館】で二泊後となる午前中、予定通り、聖樹様と再度お会いできる機会が設けられた。


 前と同じく、控え室にて待機した後、しばらくして、地下にある奥の間へ案内される。


 今回は最初から御簾が取り払われていた。面と向かっての対面である、聖樹様と。


 またお気遣いいただいたようで、まずは念話の練習をさせてもらえることとなった。


『少しは疲れが取れましたかね? ゆっくり寛げてます?』


『あ、はい、お陰様で』


 こうした社交辞令的な思念を読み取れるか、それに対して、喋らずに適切な思念だけを思い浮かべて、相手が読み取りやすいように、きちんとイメージが整えられているかの確認だ。


 本日の念話での聖樹様のお声は、このかわいらしいお顔に実にマッチした、清純派乙女バージョンだった。


『ふふっ』


 前回も最後には御簾を上げての対面があったのだが、そのときは緊張のあまり、実はお顔の方をよく拝見できていなかったのだ。


『うそっ!?』


 というか、あまりにも素敵すぎるお声に集中するため、ほとんど無意識に目を瞑っていた気がする。


『へ?』


 こうして目を合わせ、まじまじと眺めてみると、想像していたよりもずっとお若く見える。それにまるで天女様のような麗しいお姿だった。


『ひゃっ!』


 こんなかわいらしいお姿から、俺の理想とも言えるあの恐・かっこいい御声が発せられていたとは、甚だ信じ難い。


『ん、どっち!?』


 御召し物にしても、羽衣のように薄く、透き通った水色のドレスだ。実に似合っている。


 着る者の美しさを損なわず、更に引き立てる逸品であることが素人目にもわかった。いや、中身の聖樹様こそが抜群なのは疑いようがないが。


『ふひっ』


 余すところなく、可憐な聖樹様の魅力を際立たせてくれている。仄かな光を帯びた──まさに輝くような柔肌……そこに。


『……!! ふみゃぁぁっ……もぉう……』


 いかんな。また要らぬ思念が伝わってしまったようだ。どうにも念話のコツが掴めなくて困る。


『嘘でしょ? わざとなんでしょ!? 違うの?』


 それにしても、頬を赤らめる若い女の子というのは、なんとも眼福。目の保養になるもんだ。


 こうも見目麗しいエルフの容姿だと、尚更か。


 しかし、なんというか、こちらが念話初心者ということもあって、そんな聖樹様とじっと視線を合わせ、見つめ合う形で会話を続けているのだから、もうたまらない。


 なんだか恋人同士にでもなった気分とでもいうべきか……そんな錯覚に陥りそうで……非常にやばい。


『私だって……』


 まあ、俺的にはかなり得した気分ではあるのだが……ただ、聖樹様のお立場を考えると。


 とはいえ、ちょっとした合間に見せる愛嬌ある仕草に、ついつい目を引かれてしまう。


『はわわ、また……そんな』


 それになにより、思念とはいえ、頭に響き渡るお声が魅力的なのだ。耳が、いや、この身が蕩けてしまったのではと錯覚するほどに。


 念話でのそんな楽しい時間も終わり、前回先送りになっていた話の続きと相成った。


『ふぅ……やっとですか。これじゃ、私が保ちそうにないですね』


「ははは……面目ない。お世話ばかり掛けてしまって」


「別にそういう意味じゃ……いえ、なんでもありません」


「はい?」


「では、本題に入る」


 やったぁーっ! 大好きな、俺の大好きな、恐・かっこいいバージョンの御声だ。


『むぅっ!』


「あ、はい、失礼しました。よろしくお願いします」


「……既に……世界樹は目にしたことであろう。その周辺区域は聖域指定され、【虹色の園】と呼ばれている。元来、魔素に富み、妖精に好かれる地ではあったが、二十年ほど前から、奇怪な現象に見舞われていてな──」


 なんでも魔力を帯びた何かが、無数に集まってきているらしい。


 古い記録によれば、かつてそれが【精霊】と呼ばれていたことだけはわかったそうだ。


 精霊は非常に小さな光の粒──よくよく観察してみれば、記録通り、どれもが上下に少し潰れた三角柱の形をしていて、まるで雪の結晶のように透き通っている感じなのだとか。


『うふふ、本当に小さくてきれいですよね。なんかロマンチックです』


『まあ、雪の結晶に似ているというのなら、さぞかし綺麗なんでしょうね』


『えっ!? ……あれっ?』


 ああ、念話で突然話しかけて、俺をびっくりさせるつもりだったか? なんか申し訳ないことをした。普通に受け答えしちゃったもんな。


『……違いますけど』


『えっ!? そうなんですか? じゃあ、なんで』


「それはこちらが、あ……とはいえ、当初警戒に当たらせようと向かわせたウッドエルフの若い衆には、あいにくと夜間しか視認できなかったようだ。その後、他の妖精からの報告とも照らし合わせた結果、精霊も我らと同様、霊魂と精神体のみで構成されているとの推測に至ったのだよ」──『うふふ、私たちとなんか似てますよね。なんだか運命を感じちゃいます』


『運命……ですか?』


 いや、聖樹様、それはそうと、そんな風に遊んでて大丈夫なのかな? なんか側近さん達がこっちを睨んでるみたいなんですけど……。


『え!? あ、しまった。やっちゃった。ああ、先々任さまの真似を声で……はあ、もうどうせ叱られるなら、このままでいいや』


 へっ!? ……叱られるって?


「その小さな見た目に反して、含有する魔力量が生物としてはありえないほど圧倒的なのだ。加えて、意思のようなものを一切示さない、ということから自然現象と目されているというわけさ」


 へえ、話を聞く限り、それこそファンタジーRPGなんかに登場する、風の精や水の精みたいに思えるんだけどな。ところで、叱られるって、なんだろ?


『ふふふ、この森に棲む妖精たちと仲良く戯れてるんですよ。まあ、戯れると言っても意思がない相手なので、妖精側が勝手にちょっかい出してるだけなんですけどね』


『おぉ、妖精さんと戯れる……あれ!? 聖樹様も妖精さん……でも、あれ?! いや、別にいいのか』


 小さな精霊さんと戯れるかわいい聖樹様……うん、実に絵になる。


『えへへ、ありがとうございます。妖精の種族によって、どうやら特定の色の精霊との相性があるみたいで、あっ』──「ふふふ、これらはこの森に棲む妖精たちから齎された貴重な情報なのさ」


 ふと、この世界に迷い込んだ夜のことが頭を過ぎった。


「そういえば、実は俺も似たようなものを見た気が──」


 あの夜に遭遇した不思議な火の珠の話を聖樹様にしてみると……なんともかわいらしくも、きょとんとした不思議そうな表情に変わった。


「……ん?」


「……ん?」


 なんのことかわからず、こちらも思わず釣られて、同じように首を傾げてしまった。


 途端に周りから、クスクスと忍び笑いが広がる。


 聖樹様にしても、顔いっぱいに笑みを湛えながら、俺の後ろの方を指さして言ってきた。


「ふふふ、そこにいるのは、いったい全体なんなのでしょうかね?」

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