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1話 普通、死んじゃうからねっ

 常緑の森の中にあって、光輝を帯びた結晶がなぜか調和していた。


 この緑の空間を埋め尽くさんばかりの光の粒、ツブ、つぶ──万華鏡の中に紛れ込んだかのように、結晶の輝きが、世界を淡い虹色に染めている。


 聖域に足を踏み入れた瞬間から、欠けていたピースがどんどん嵌まっていく……そんな気がしていた。


 冷ややかな静謐さに、身が引き締まる。初めての伊勢神宮──その神域に足を踏み入れた際の感覚が、ふと蘇った。


 視界いっぱいに広がる深い緑、その中央に座すのは──永遠とも思える樹齢を重ね、遙かな高みまで育ち、恐ろしいほど太い幹周りの古木でありながらも、みずみずしさを保った不可思議な大樹。


 そう、目の前にそびえ立つ世界樹だ。


 その傍らでは、大の男がまるで幼な子にでも戻ってしまったかのよう、そんな錯覚さえ──しっとりと苔むした柔らかな大地に抱かれ、優しげな木洩れ日に包まれていた。


 それでもやはり気になるのは、この光の結晶──精霊だ。


 まるで揺れるオーロラ、輝く天の川が地上に舞い降りたみたい……。


 森全体に命の光がひしめき合っている。


 数多の精霊たちが一斉に戯れ付いてくるような、こそばゆさ……なんとなく繋がりのようなものを感じる。


 ただ、どういうわけか、妖精たちの姿はどこにも見当たらない……。


 ……しばらく、ぼーっと眺めていた。


 やおら精霊から溢れ出す……魔力!? 森全体に漂う魔素をも巻き込んで……ゆっくり、ゆっくりと、渦を巻くように、俺の周りへ集まってきている?


 突如、全身から湧き立つ力! 全能感に包み込まれた。


 魔力が勝手に、見たこともない奇怪な文字を綴り出し……帯を成す。


 やがて、紋章のような、奇妙な図形を象り始めた──真紅より少し明るい、鮮やかな猩々緋色に彩なす魔法陣が浮かぶ。


 それが次々と現れては、何層にも、何層にも、立体的に積み重なっていく。


 火、風、土、水、それに光と闇──あらゆる属性の、精霊魔法が発動し、収斂し、そして奔流となって巻き上がる!! そびえ立つ世界樹の周りを竜巻のように、天高く。


 瞬く間に、遠くへ、遠くへと、見えなくなっていった。


「あはははは!」


 笑いが、口を衝いて出ていた。


 はあ、なんか知らんけど、なんとかなっちまった。これって、頼まれてた用が済んだってことで、いいんだよな?


 ふぅ〜っ、やっとか。これで少しは肩の荷が、ん!?


「【冥界龍帝斬】!」


 振り向く間もなく、気合いの籠もった声が背後から轟いた。


 刹那、ザンッ! という衝撃と共に、体の中を熱が突き抜けていく──と同時に、廻る世界。


 しこたま、なにかにぶつかっては、転げ回った末、草やら土やら木の臭いを漂わせ、やっと定まる視界──途端、猛烈な吐き気に襲われた。


 遠くの方で、袈裟懸けに斬られた人形、その下半身のようなものが……ゆっくり、倒れていくのが目に留まった。


 ふと自分の足下に目をやると、そこにはあるべきものが無い……そう、胸から下が、ごっそり無くなっていた。


 ああ、あれって、俺のか?


 意外だ。もっとドバッと血が吹き出すもんかと……あれじゃまるで、デュラハンだ。


 あぁ、そっか……うん、死んだな。間違いなく……。


 落ち着き払っている自分にこそ、むしろ驚きを覚えた。


 さっきから聞こえているさえずりのような詠唱が、なんだかレクイエムのようで耳に心地好い。


 死が迫っているはずなのに、無性に笑いが込み上げてきた。


「ふはははは!」


 背後にまた、微かな気配。


「【インフェルノフレイム】」


 誰かの声。視界いっぱいに荒れ狂う激しい炎。その業火が辺り一帯を赤一色に染めていく。


「ひっ!」


 あまりに凄絶な光景を前に、たまらず悲鳴が漏れた。


 燃え盛る炎の中、間を置かず、今度は視界が格子状の光に包まれた──かと思った瞬間、世界が細切れになって、離れていく。


「ざっ!」けんな。


 うっ、声が……出ない!?


「【セークリッド・サンダー】」


 またもや、同じ声が俺を地獄に落とす。


「まっ!」……待って。


 猛烈な雷撃が、足のつま先まで駆け抜けていった。直後、大地をも震わして。


 異様に輝く残像が、青白く眩しい。


 ブスブスと耳障りな音も。


「【金剛重潰撃】」


 だが、この声はまだ許してくれない。俺の身体は、こんなにも鼻につくオゾン臭まで漂わせてるっていうのに。


 次の瞬間、視界一面を黒い影が覆い尽くした。かと思えば、ごつごつした何かに、俺の身体が押し潰されていた。


 だ「ずけ!」……て。


「…………ひ、必殺のぉ〜」


 初めこそ心地好く感じていた女の声も、ここまでくれば、さすがにイラっとくる。


「やめろっつってんだろ! この馬鹿!!」


 立ち上がれた。ようやく怒鳴ることができた。はぁ、はぁ、まだ息が……く、苦しい。


 後ろにいる女へと、向き直る。


「馬鹿はてめえだ! にゃっ!? ……」


 反応を返してきた赤い髪の女が、剣を振りかぶったまま、こちらを凝視してる? それも少し下の方を。


 女の視線をたどって、下を向くと……。


 んっ!? まっぱ、なんで?


 左肩に、かろうじてボロ切れが残っているだけ。うん、ほぼ全裸だ。


 辺りを見回すと、少し離れた所に服らしき物が残っていた。


 前を隠しながら、服のあるところまで慌てて駆け寄る……ズボンに靴、おっ、腕時計なんかも無事だ。


 女の方を警戒しつつ、そそくさとパンツに足を通していく。


 くっ、立ったままだと……靴下が、は、穿きにくい。でこぼこしてて、意外と苔が滑る。


 その間も、女はさっきと同じ姿勢のまま、なにかブツブツと呟いていた。


 あぁ、やっぱシャツはお釈迦か。借りてた服だったのにぃ。はあ、またもや借りが……。


 着替え終え、いつまでも固まっている女に対して、沸々と怒りが湧いてきた。


 近づく。


「危ないだろ! 運が良かったからいいようなものの。普通、死んじゃうからねっ」


 ビクッと一瞬、妙な色香を放って身体を震わせた少女……どうやら再起動を果たしたようだ。つうか、そういうのはベッドの上で見せてよ。


「……死んでないし、死ぬようにも見えねえ」


 髪を後ろで纏め、ふてくされた表情に、やや幼さが見える。


「つうか、むしろ、ピンピンしてんだろ! 傷だって治ってるじゃんか」


 こんがりと日焼けした腕で剣を掲げたまま、こちらを睨みつけている。つうか、口わりいな。結構かわいい顔してる割に、んっ?


「あれ?! 斬られた……よな?」


 思わず呟きが洩れていた──確かに自分が無傷であることに気付く。


 散々やられたはずなのに。今は痛みの欠片すら……。なんだ? どうなってる?


「ふんっ! 必殺のぉ〜」


「だから、やめろっての!」


 再度斬りかかろうとしてくる少女に、制止をかけた。


「魔王、死すべし!」


「魔王じゃねえっての!」


 しかし、なにと勘違いしてる? 訳わからん。


 ん!? いるの? ほんとに、いちゃうの? 魔王様が。


 いや、この世界って、神がいるって話だったか!? なら、ありえるのか?


「魔王、滅ぶべし!」


「人の話を聞けよ! まったく」


「おっ、おまえは人じゃないだろうがっ!!」


「人ですぅ!!」


 切っ先を突きつけられ、こちらもつい釣られて、むきになってしまった。


「人に、あんな魔力扱えるわけないだろうがっ!」


 ははは、ごもっともで〜す。でもな、ありゃあ、たぶん、魔法が勝手に連鎖反応しただけだぞ。精霊さんたちの間で魔力が共鳴したような形で。


 なんか大きな渦に巻き込まれて、中心にいた俺が触媒のような役割になってたみたいだけど。こちらとしては、ただただ見惚れてただけだしな。


「そもそもが、俺の力じゃねえっての」


「なっ、馬鹿な!? まさか、もっと凶悪な奴が……背後に、いるのか?」


 ……話にならねえ。


「あぁーんもおぅ、とにかく。近くに俺が厄介になってる村里があるから、とりあえず付いてきな。えっと……おまえ、名前は?」


 しなやかに剣を構え、まだ警戒の色を見せている少女に、問い掛けた。


「魔王に名乗る名なんて……あっ! 村人を人質に取るつもりか!?」


 埒、明かねえな。


 どうすりゃいいんだよ? この誤解。誰かぁ〜、おせーてぇ。


 あっ、そりゃ警戒もするか。こっちから名乗らなきゃ。なにせ森の中で男と二人きりだもんな。


「えっとな……俺は伊藤 崇だ。【いとう】が苗字で、【たかし】が名前な。ほらっ、俺は名乗ったからな」


「…………ふんっ、(仮)魔王タカシ……なんちゃらよ。あたしは勇者、アリエルだっ!」


 あ、なんか(仮)が付いた! しかも、名前もうろ覚えかぁ〜。いや、仮になったわけだから、これは一歩前進なのか? う〜ん、わからん。


 しっかし、自分で勇者って……やっぱ痛いやつだったか。だがこれで、魔王うんぬんは気にせんでもよさそうだな。所詮、お子ちゃまの妄想ってことで。


「もういいから、付いてこいって! 里の人に俺の素性を証言してもらうからぁ〜」


 半ば諦め、言い放った後、里へ向かって先を歩き出した。


「嘘言うな! この近くにはエルフの集落しかないはずだぞっ!!」


「はい正解、その通り。そのエルフの集落が、俺が今住んでるところだからね」


「はん! 語るに落ちたな。あたしでも門前払いだったのに。ましてや魔王なんかをエルフが受け入れるはずがない!!」


 おまえなぁ。勇者とか自称してっから、逆に怪しまれたんでねえの? あ、(仮)……無くなってる、名前も。あぁ、元に戻っちまった。


 はあ〜、もう、いい子だから──「黙って付いてこいや」


 あぁ、なんか目の横の血管がピクついてきた。このところの寝不足のせいか? うっ、ヒクヒクが止まらん。気持ち悪っ。


「よかろう。だが、エルフに何か良からぬ事をしようとしたら、その場で叩っ斬るからな!」


 はいはい。つうか、おまえ知らないの? ここはそのエルフにとっての、大事な大事な、聖域なんだぞ。


 あ〜あぁ、こんなメチャクチャにしちまってまあ……これこそが、良からぬ事だっての。おまえの方こそ、後で袋叩きに遭うぞ。きっとな。俺じゃ助けてやれんだろうから、覚悟しとけ。


「お〜い、置いてくぞ〜」


 一定の距離を置きつつ、アリエルとかいう少女も、なんとか付いてきては……いるようだ。


 しかし、なんなんだ? この話が通じない嬢ちゃんは……。

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