さようなら、別の人の番になります。だから最後に思い出をください。アルベルト視点
「さようなら、別の人の番になります。だから最後に思い出をください」
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のアルベルト視点になります。
消す予定でしたが、こうして短編として残しておきます。
↓↓↓↓26話と27話の間に入っていました↓↓↓↓↓
アルベルトにとって世界は全てが「与えられるもの」だった。
豪華な家も美味しい食事も大量の本も教育も、当たり前のようにアルベルトに与えられ、受け取るだけの毎日だった。
そうした豪華な贈り物と引き換えに、アルベルトは与えられるにふさわしい人格を求められた。いつも冷静沈着でいろと言われ、わがままを言うとムチで叩かれる。
次第にアルベルトは自分からは求めない、与えられるものをただただ享受するだけの人間になっていった。
ある日、父の仕事の都合で王城へと連れて行かれた。
今日も老人たちに作り笑顔を振りまき、挨拶が終わると子供用の応接室に閉じ込められる。本棚に絵本が並べられ、ふかふかのソファや昼寝用のベッドがあるその部屋はひどく退屈だった。
持ってきていた本を読んでいて、ふと外へ出たくなった彼は執事に散歩してくると告げて外へ出る。
王城の庭であればアルベルトは自由に散策出来た。
そこで、テオに会ったのだ。
彼は小さな手で不器用にナイフを扱いながら、木を小さく削っていた。あまりにも真剣な横顔は楽しそうで、つい聞いてしまった。
「何をやっているの?」
尋ねると、少年はぽかんとした表情を向けてくる。
もう一度尋ねると、やっと彼は手元の木片を見せてくれた。
「ゲームの駒を作っているんです」
アルベルトは首を傾げ、更に何のゲームかを尋ねる。
駒からは推測出来なかった。
「……俺が考えたゲームです。名前はまだ考えていません」
「え?」
ぱちぱちと目を瞬かせ、アルベルトは彼の隣に座る。もっと詳しく話を聞きたくなったのだ。
そうして、テオという名前の少年と仲良くなり、色々話したいと思った。
娯楽を与えられるだけだったアルベルトからすると、自らの手でゲームを作り出すだなんて考えられなかったことだったし、実際にそれをしているテオに畏敬の念を抱いた。
テオのゲームは簡単で、アルベルトはすぐに勝利してしまった。しょげかえる彼を見ていると、自然ともう一度遊ぼうと口から出る。
ゲームのシステムを考えるだなんて、アルベルトには到底真似できない。
テオは会うたびに新しいゲームを考案してくれ、いつしかアルベルトはテオと一緒にゲームを作るのが楽しくて仕方なくなっていっていた。
「幸せになってください」
そう言って、十三年前にアルベルトを地獄に突き落とした相手は再びアルベルトの元を去っていった。
追いかけられなかった。
テオがカミーユのところに行くと聞いて不快に感じたのに、なぜそう感じるのかわからなかった。かつて憎んでいた相手なのに、離れるとなると心が重くなった。
彼は大きな瞳に涙を溜めて、アルベルトに幸せになるようにと願った。
幸せなんて、あの日、魔法で操られてテオと身体を繋げた日以来感じたことがなかった。
同世代の人間を友達と思えなくなったし、恋人ができたとして相手の身体に触れるなんて気持ち悪いと感じてしまった。
それでも世継ぎを産まなければいけない、と十八歳を過ぎた頃から閨での作法も教えられた。指南役の女性に触れただけで鳥肌が立ち、キスも出来なかった。
その辺りから、アルベルトは自分のことを欠陥品だと思うようになっていた。誰のことも信用できず、誰のことも愛せない。周囲の人が皆持っている心の柔らかいところというものはテオによって握りつぶされてしまったと考えるようになっていた。
だから、圧政に耐えかねた民衆に背中を押される形で起こしたクーデターで王を捕まえたら、真っ先に愛人の館に行った。テオがいるのであれば、どうしてくれたんだと詰りたかった。
けれど、男性のオメガはすえた匂いのする小さな部屋に放り込まれ、栄養失調でほとんどが亡くなっていた。
テオも、飢えて死んだのだろうかと考えると胸が苦しくなり、なぜそう感じたのか自分でもわからなかった。
その頃くらいから、初めて会った頃のテオをやけに思い出すようになっていた。
真剣な表情でゲームの駒を作るテオ。目を輝かせて新しく考えたゲームの説明をする。アルベルトがあっさりとテオに勝利してしまうと、彼は唇を尖らせてゲームの検証をしていた。
あえて思い出さないようにしていたのに、本人が死んだと思っていた感傷からそんな他愛もない光景が頭に浮かぶようになっていた。
そんなテオが生きていて、涙ながらに幸せになってくれと告げてきた。
幸せとは何だろう。
追い求めることをとっくに忘れていた概念を引きずり出され、アルベルトは戸惑っていた。
テオがカミーユの元へ行ってから3日近く経っても、アルベルトはその問いを考え続ける。
心が穏やかであるというのであれば、このまま距離を置いている状態が正しいのだろう。そうして、彼のことを忘れて、凪いだ海のような心持ちで生きていく。
やることはたくさんある。
考えることも山ほどある。
法律も見直さなければならないし、王の圧政で苦しんでいた民衆に対しての補償も検討したい。
なのに、王城へ向かう道すがらや、ふと空を見上げた時など、折に触れてアルベルトは幸せについて思いを巡らせてしまった。
何をすれば、どうしていれば自分は幸せなのだろうか。
テオが望んだ生き方ができるのだろうか。
その問いを考えるたびに子供の頃にテオと一緒にゲームを作った日々の光景が頭に思い浮かび、どうしようもない寂しさに襲われる。
そんな折だった。『カナン』からの手紙が届いたのは。
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49話のあとに入っていました。
帰りの馬車に揺られながら、アルベルトは静かに動揺している己の心に戸惑っていた。
テオとカミーユが顔を近づけ見つめ合っていた。リヒトが言ったように、あと少しでキスをするような、そんな距離感だった。
不快感で胃にもやもやとしたものが溜まっていくような感触に襲われる。カミーユは大切な従兄弟なのに、疎ましく思ってしまった自分の心が不思議で仕方がなかった。
テオとカミーユは愛人関係にある。だから、二人がキスをしても、セックスをしていても不思議ではない。
そこまで考え、アルベルトは唇を引き結ぶ。
具体的に想像してしまい、気持ち悪さに吐きそうになってしまった。同時に、妄想上のテオの裸体にどくどくと鼓動が暴れまわっていく。
あんなに嫌悪していた他人の裸なのに、テオ相手であれば触りたいと思ってしまった。
もう呪いは解かれているはずなのに。
解かれているからなのだろうか。
ぐるぐると頭の中で考える。
ここのところ、テオと一緒にいるとひどく落ち着かなかった。何を言えばいいかわからなくて、喉が渇く。なのに、彼に言葉を返してもらえたら嬉しくて、彼といない間も彼のことを考えてしまう。
これはもしかして恋なのでは? アルベルトは慌てて頭を振り、思いついた可能性を振り払う。そんなことは許されない。
相手は従兄弟の愛人なのだ。
無理やり奪っていいような存在ではない。
それでも、先程の光景が頭にこびりついて離れず、もやもやと腹の底があぶられるような心地になるのだった。
アルベルトがテオに求めているのは友情だと思っていた。
だから、呪いが解けた今はきっといい友人に戻れるだろうと考えていた。
それなのに。
アルベルトはがばりとベッドから飛び起き、はぁ、はぁと呼吸を整える。
夢の中でテオとキスをしていた。彼は嬉しそうに微笑み、ずっと好きだったと告げてくる。その言葉で自分は天にも昇る気持ちになり、彼を抱きしめ返していた。
鼓動がうるさい。
こんな気持ちを従兄弟の愛人に対して抱いてはいけない。わかっているのに、こういう夢をほぼ毎晩のように見るようになってしまい、アルベルトは頭を抱えていた。
朝の白い光がまぶしい。
夢の中と違い、今の自分は冷静だった。
友情ではだめなのか?
自分は彼に恋愛感情を抱いているのか?
己の心に自問する。
彼ほど条件の悪い相手はいない。前代の王の愛人で、従兄弟の恋人。さらには誤解とはいえ自分が憎んでいた相手でもある。
理性ではさっさとこんな気持ちは捨ててしまえばいいとわかっているのに、ままならない感情がずっと己の中から消えてくれない。
アルベルトはベッドから起き上がる。頭を抱え、少しの間考え込んでから執事を呼び、朝の支度を始めるのだった。
前代の王に国庫を空にされたため、現在この国にはお金がない。
アルベルトが一番に着手したのは愛人の館の解体だった。あの家にある家財道具一式を売り払い、部屋を改装して召使いの住居にする。それに伴い、新たに仕事も与え、少しでも職にありつける人を増やしたかった。
「男性オメガを徴収したらどうしましょうか?」
会議の最中、大臣の一人に尋ねられ、アルベルトは一瞬固まった。
アルベルトを中心に、5人のそれぞれの部門の大臣とカミーユが並んでいる。宰相であり、リリアの親でもあるミカエルは娘のしでかしたことで謹慎処分となっていた。
もうすぐアルベルトは新たな王となる。その際、また男性オメガを強制的に徴収するという法律があればテオを己のものと出来るのだ。
その可能性には気がついていた。
けれど。
ちらりとカミーユを見る。彼はどこか不安そうにアルベルトを見つめていた。
「……男性オメガを徴収する制度そのものをなくそうと思っている」
彼がそう告げると、大臣たちの息を呑む音がした。カミーユも目を丸くしてアルベルトを見つめている。
「しかし、あの制度は男性オメガの保護にも繋がります。特に、発情期の間彼らは働けなくなるので……」
「それは女性のオメガも同様だし、福祉がなんとかするべきところだろう」
返すと、もっともだと思われたのか、静かに大臣も頷いた。
カミーユを横目で見る。彼は数度口を開けしめしてから俯いた。
その日も夜遅くに自分の屋敷に戻ると、母親が尋ねてきていると執事に告げられた。
「なんでも、お見合いの話を持ってこられたのだとか……」
執事は困った顔をしている。アルベルトがそういった話を嫌がるのを知っているからだろう。彼に労いの意味を込めて笑みを返し、アルベルトは応接間へ向かう。
本来は彼女の家でもあったが、現在彼女はクーデターにより夫を亡くした心労を癒やすために僻地で療養中である。
「あら、アルベルト。あなたいつもこんな夜遅くまで働いているの? 大丈夫? 体を壊したりしないかしら」
心配そうな顔をして彼女はソファから立ち上がろうとする。アルベルトはそれを制して座るように告げると、彼女の向かい側のソファに腰を下ろした。
「今は大切な時ですから……。母上はどうしてこちらへ?」
わかっているのに尋ねる。彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべ、手元にあった封筒を取り出した。
「忙しい毎日、可愛らしいお嫁さんがいたら生活に華やぎが生まれると思うの」
やはりか。胃がずんと重くなった。
彼女はいそいそと封筒から複数の紙を取り出す。貴族の女性の名前がずらりと並べられていた。
「それに、子どももほしいでしょう? ほら、おすすめ順に上から書いていったわ。この方なんて、オメガですしきっといい子どもが生まれると思うわ」
にこにこと話し続ける母に辟易した気持ちになる。
「どうせもう話はつけてあって、日取りも決まっているのでしょう?」
尋ねると、母は大きく頷いた。
「そうね。あなたは指定された日に行くだけでいいわ。いい子が見つかるといいわね」
強引な母で少し辟易することもある。けれど今回は彼女の計画に乗ってみようと思った。
頭にある、愛してはいけない相手の顔を上書きできるのであれば。そう、考えてしまったのだ。