「侵攻はどうでした?」
研究棟の1階、自分の研究室にほとんど住みついていたおっさん、ジャビョビョビョ研究生は相変わらずそこにいて、私が行くと廊下に出てきて挨拶してきた。
「おはよう」
「おはようございます」
前は廊下に出てきて何も言わずにジロっと見るだけだった。普通の人なら怖くて近づかないのに充分な振る舞いであった。今は目を見て挨拶ができるくらいまで社会性が回復していた。当時からもしかしたらと思っていたけど、このおっさんは私のことが好きなようだ。やっと分かるくらいにはアピールが普通になってきた。雑談からデートの誘いに至るまでにはまだ時間がかかりそうだけど。
「その服、すごくいいね」
「ありがとうございます。すごいでしょ?」くるっと回るのは難しいので身をひねって背中の刺繍を見せた。「すごく手間がかかってるんですよ、これ」
研究生のおっさんは口をパクパクさせ、それから何も言わずに睨むような怖い顔でうんうんと頷いた。何かコメントを返すのは諦めたようだ。
「それじゃあ、どうも。失礼します」私はニコっと笑って階段へ向かった。
階段を上りながらなぜかニヤニヤしてしまった。どうも自分に好意を向けてくる奥手の男子に愛想よくしてしまう癖があるなあ。こういうところをネゾネズユターダ君に見られたら彼もヤキモチ焼くんだろうな。
2階から自分の研究室に向かう。中に人の気配がしたので私はノックをして返事を待ってから入った。
助手のキューリュは立ち上がりもせずに挨拶をしてきた。私も気にせず挨拶を返す。
「侵攻はどうでした?」おそらく把握していると思うのに、彼女は私に尋ねてきた。「素敵な服ですね」
「ピュミョチョの新作だよ。いいでしょ?」私はさっきやったのと同じように身をひねって背中の刺繍を見せる。「勝負はあっけなかったけど、このあとどうするかだよね」
「その服で行ったんですか?」
「まさか。見学にはホセズの服で行ったよ」私はすぐに図書館に行くつもりだったので立ったままだった。「特にないよね? なにかある?」
「特にはないですね。順調です」
「よしよし」
『遠隔子宮』での最初の子供は私とこの助手キューリュの子供を三つ子にして育て、出産するという約束になっていた。ただ、成功を1年待ってられないので大丈夫そうなら出産を待たずに私の次の子供も『遠隔子宮』で育てるつもりだった。そちらの父親はネゾネズユターダ君である。私の4人目の子供は『遠隔子宮』で出産する三つ子にする予定だ。男の子だといいがこればっかりは分からない。キューリュとの子供は女同士なので女の子と確定しているけど。
「もしよければ、今回、見学に行った理由を教えてくれませんか?」助手は声のトーンを変えて質問してきた。「現場であなたが見ていたっていうのも色々まずい気がするんですが」
「調整官の助手とか、その辺の人間は何人もいたよ」私は言った。「招かれたってことは本家も何か考えてるんでしょ」
「私は反対したんですが、聞き入れてもらえませんでした」助手の声は心配そうだった。私のことを心配しているのが分かった。
「ありがとう。気をつけるよ。気をつけるとしか言えないけど」
「この学校では身分に関係なく研修生でただの魔法使いですからね。都合よく政治利用しようとする奴が私は気に入りません」無愛想な助手が真面目に怒っていた。
「私もだ。そうやって近づいてくる奴は私も容赦しないよ」
「よろしくお願いします。私も魔法研究の助手だけやっていたいので」
「はははは」私は笑った。




