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魔法使いザラッラ  作者: 浅賀ソルト
“評価不定”の2つの悩み
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午前の読書

 図書館の受け付けをしているのはもういい年になる男の魔法使いで、いかにも図書館員といった痩せ形の中年だった。警備員としての役割も担っていて、私が近づくとすっとこっちを見て身構える。私と知ると警戒を解いた。

 その横には司書が座っている。これは例年いつも女性で若い女性が割と頻繁に2,3年で代替わりしていく。資料を探してくれたり、中に入れない人に代わって取ってきてくれたりする人だ。こちらも私をちらりと見てすぐに興味をなくした。

 私はどちらのお世話にもなったことがない。入口で軽く世間話をしてそのまま中に入るのが日常である。来館名簿への記名も受け付けのおじさんが毎日私の代わりに書いている。

 おはよう。今日は天気いいね。調子はどう?

 そんな感じ。

 図書館の真空結界について何か聞けるかと思った。しかし、図書館の管理者に助手が話を通してからの方がいいなと思い、いつも通りに中に入った。

 私の研究活動はいつもこれである。ただの読書。

 レシレカシ図書館の利用者が一般の図書館に比べて多いのか少ないのかは分からないが、私はもっと利用者がいていいと思う。1日中図書館にいて利用者は10人もいない。司書が本を取りに来る回数を含めてもそのくらいの利用率だ。

 神の生まれ変わりとまで絶賛された私の魔法だけど、図書館の魔導書や資料を読んでいけば誰でも唱えられるものだ。特別なものではない。確かに量が多すぎて人が一生をかけても読みきれない。しかしみんなが使えないのは仕方ないとしても、私しか使えないというのは大学の研究生や生徒の数から言っておかしなことだ。もうちょっと色々な分野に研究の幅を広げればいいのにと思う。私の研究はいずれネゾネズユターダ君が協力してくれて、そうしたら帝国時代の精神魔法の使い手は2人になる。複数人が確保できればよいなと思う。

 結局、研究者といっても世間や同僚が分かりやすい研究をして、それを人に教えて、あとは適当に職員としての仕事をこなして定年を迎えるだけの俗物ぞくぶつがほとんどだということだ。

 私がいま研究して読んでいる資料はこれまでと同じ帝国時代の本ではあるが精神魔法ではない。まだ使えない研究中のものを説明してもしょうがないが、簡単に言うと自己免疫疾患じこめんえきしっかんの治癒魔法である。うまく研究が進めば使えるかもしれない未発見の魔法だ。そしてこれもまたほとんど役に立たないゴミのような魔法だ。花粉症とか卵アレルギー、小麦アレルギー、乳アレルギー。膠原病やリウマチ、アトピー性皮膚炎などを治す魔法ということになっている。そんな病気の人間が今の世の中に何人いて、それを治したところでなんになるかというとほとんど無意味だ。治ってやっと一人前の人間になるだけで、それが優秀な兵士や学者になるわけではない。

 私の精神魔法についてもあれこれと文句を言われた。『|知能障害を治す魔法《ヌロパベジ゠ズスカ゠ヌカ゠ハネコトミエヂエ》』で人一人をまともにしたところで効率が悪すぎる。そんなことより人を天才にする魔法でも作れと。

 まあ、言いたい奴には言わせておきましょう。私は自分の研究の非効率で生産性の低さについて文句を言われない立場にある。単に知識として研究しているだけで、私はその研究費をギュキヒス家からいただいて誰にも迷惑かけてはいない。

 それに私はひねくれているので、そもそも世間の人から賞賛されめられるような本当に便利な魔法を発見してもそれを世間に公表しないと思う。それよりも私自身や女にしかメリットがない役立たずの魔法の開発をしてニヤニヤして生きていきたい。

 目の疲れと空腹で、昼休みにしようと思った。『眼精疲労回復』の魔法をかけて外に出ると、受け付けのカウンターに受け付けも司書もいなかったが、私のメイドの1人が座って待っていた。

「おつかれさまです。お嬢様」

 私はそれに挨拶を返した。改めて思ったのが、遠くからでも肌の艶の変化が明白だということだ。昨日までと違いすぎる。図書館の受け付けは日当たりが悪く薄暗いのに、その弱い光を受けてきらきらしている。今日は肌の調子がいいとか、彼氏ができたとか、日常のそういう変化を越えている。何も知らなかったらどんな化粧に変えたのか聞いているところだ。

「焼き菓子をお忘れになっていたので、助手のキューリュさまに届けておきました」私が近づくと立ち上がり、最初にそう告げてきた。

「ありがとう」

「貴族生徒のビョヤキョ様との昼食があります。食堂に用意がございますので案内に従っていただければ」

「分かった」私は彼女の顔をじっと見た。「綺麗になったけど、変な男から言い寄られたりしてない?」

「いえ。今のところはちょっとめられるくらいです」メイドは私の顔を見ないようにうつむきながら淡々と答えた。

 とはいえ口元に笑みが浮かんでいる。「最初のうちは鏡を見るたびにニヤつくわよね。分かるわ」

「はい」抑えきれない喜びが伏せた顔からあふれていた。

 私は、これだけ期待されてるんだから午後からは子作りについての調査を始めた方がよさそうだなと思った。卵を食べると死ぬ病気なんて見たことないのでいつ実験できるか分からないし。子作りの方は本を何冊か読めば目処めどが立つ。

 私は食堂に向かった。メイドの足音が静かに後ろからついてきた。


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