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魔法使いザラッラ  作者: 浅賀ソルト
“評価不定”の2つの自立
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“ヂゲリュツ城の解放” その5

 杖は構えたままだ。乳母車の周りには結界が張られているけど見えているのでもはや関係ない。ちょっとでも怪しい動きをしたら私が妨害してネゾネズユターダ君が止めを差す。

 悪童あくどう妖精ブラキュテピャグ・ピュンリョキャは声変わり前の男の子のような声だった。「交渉したい。いやし手だよね? キリュ゠チャの病気を治してくれたら手は出さない」

「……」すぐに即答はできなかった。情報が多すぎた。「城にいるのはキリュ゠チャ゠リヘツイブン゠テゾツ゠ノーニューヒャー? 『ボラキュア゠ギャ゠チョレズン゠ノズチョユノ゠ノーニューヒャの血刀ちがたな』の?」古代史はこの手の固有名詞をいくつ覚えてるかがマウントになるんだよな。

「それは知らないけど、キリュ゠チャの名前は合ってる」悪童妖精は面白くなさそうに返事をした。

 説明は省略するけど、ヂゲリュツ城にいるドラゴンは伝説にも名前が出てくる有名なドラゴンだということだ。で、そのドラゴンの病気を治してくれたら和平交渉に応じるという話だ。私は癒し手じゃないんだけど、まあ、そこは言わないでおく。

 悪童妖精は交渉や取り引きが通じないことで有名である。例えばここで命を見逃してくれたらあなたたちに手は出さないなどと言ってきたとしても応じる必要はない。昔話はそういう約束を信じたばかりに裏切られるエピソードで溢れている。彼らは約束を守らない。普通ならこの手の申し出は断って退治するのがセオリーだ。

 一方でキリュ゠チャの方は——名前が長いのでブラキュテピャグにならって略称で呼ばせてもらう——伝説の中でも義理堅いことで知られている。助けた恩を覚えていて恩返ししてくれた話は私も知っている。

 悪童妖精がずるいのはこっちの欲望を把握していることだ。何度も騙されても交渉に応じてしまうのはそれが魅力的だからに尽きる。悪童妖精とドラゴン、2つと交渉して取り引きを成立させた——信頼関係を構築できた——という肩書はそれくらい魅力的だ。裏切られてもいいからやってみたい気持ちになる。その誘惑に負けた人がたくさんいるからこその、裏切られて食われましたとか嘘をつかれて失明しましたといった、過去の失敗の伝説ではあるのだけど。病気を治してドラゴンに恩を売って、そのドラゴンへの恩をって悪童妖精を制御できたとしたらこれほどかっこいいことはない。

 それに明らかに帝国時代の話とか聞けそうなんだよなー。分からない単語とかも教えてもらえそうだし。

「くそっ。やれない」私は言った。

 ネゾネズユターダ君が悪童妖精から目を逸らさずに言った。「子供の命もかかってる」

 その通りだ。すっかり忘れてた。私の後ろには子供たちも呑気についてきている。

「よし。やろう」私は言った。

 杖を構えたネゾネズユターダ君が連鎖れんさ爆裂ばくれつ光電球こうでんきゅうの魔法を唱え始めた。悪童妖精が方向を指定しないノータイムの『失語症』を発動させる。私はそれに応じて阻害魔法を唱えた。バキッという木の枝が折れるような音が響いた。悪童妖精の顔に驚愕の表情が浮かんだ。とっておきの魔法だったのかもしれないが私はその魔法も知っていた。

 ネゾネズユターダ君の魔法の音が耳障りに聞こえる。高周波の甲高い音は何度聞いても慣れなかった。

 彼の杖の先端から白い発光体が打ち出された。速度が遅く、近くでも目で追えた。

 悪童妖精は回避せずに結界を張った。発光体が手前数メートルで止まり弾けた。点滅する稲光いなびかりと中心の白い光の球が3つに分裂した。それぞれが曲線を描いて悪童妖精を追尾する。キーンという音と雷と同様のドンという爆音がすぐ目の前で発生した。私は思わず目を閉じた。

 この先は目で見たことではない。

 連鎖爆裂光電球は、実用性皆無だった『光電球』という魔法の改良版だ。無害のトリガー光球が対象にぶつかると『光電球』を3つ発生させ、それぞれに自動追尾が付与される。その3つは爆発したときにそれぞれが更に3つの光電球を発生させる。9個が最終的に27個の光電球を発生させて自動追尾する。欠点は射程が短いことと動きが遅いこと。最初のトリガーの射程が10メートル以下。分裂した光電球が自動追尾できる範囲は1メートルかそこら。初速は速いのだけどすぐに減速して空中で停止してしまう。

 そのかわり命中したときの威力は絶大だ。発生する熱と電気は他の魔法と段違い。そして1発1発はともかく不連続に発生するすべてを結界で防ぐのは難しい。

 私は目を閉じて杖を持ったままなんとか耳を塞いだ。爆発音が数十秒に渡って続いた。鼻につんとした臭いが漂った。

 目を開けると地面が焦げていた。悪童妖精の死体が原型を留めていなかった。妖精は血を流さない。バラバラになった体が散らばっているだけだった。

「あー、やっちまった。貴重な歴史の生き証人が」私は言った。

「子供たちの前で、悪童妖精を飼い馴らすすごいママっていうのをやりたかったね」ネゾネズユターダ君が笑って言う。

「ほんとだよ」

 後ろのギャラリーたちは普通に歓声をあげている。私たち自身は勝利に喜ぶよりもったいない気持ちが強かった。交渉が成立して悪童妖精を側に仕えさせたら——友達として友好な関係を築けるだけでも——得られたものは大きかったはずだ。もし相手の話に応じていたらどうなっていたかと考えないではいられない。

 死体を調べても何もなかった。

 兵士たちの興奮が鎮まるのを待って、私たちは城へと向かった。


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