ネゾネズユターダ君がドラゴンを見に行く
「なるほど。やはり想定が甘かったようです」私は言った。「とりあえず明日以降の面会は族長と相談して決めますのでしばらくお待ちください」
私に風刃の間を提供した婦人は明日以降も使っていいと申し出たが、私はそれを丁寧に辞退した。せっかく親切にしたのにと逆恨みされても面倒なので婦人には『幸福』の魔法を唱えた。これで私に場所を提供したことも、継続を辞退されたこともよい思い出として記憶される。将来に禍根は残さなかった。
今後のことは族長と相談することにした。
案内のブユ族の女性に自分たちの部屋である竜の間まで連れていってもらった。そこでネゾネズユターダ君と相談をした。
「その前にパビュ゠ヘリャヅもピュゴダ゠グスもケテマ゠シソもソヌーバジッジはまた来たいよねえ」
「来たい来たい!」「うん」上の2人が返事をした。1歳の娘ですら笑顔になって同意を示していた。
「悪童妖精は私も見たいけどやめておくわ」私はメイドが押している乳母車を見た。中には卵が入っている。「精神魔法が胎児にどんな影響を与えるか分からないもの」
「分かった」ネゾネズユターダ君は完全に納得して回答した。「ドラゴン見物は僕だけで行くよ」
私は彼の危機感のなさが気になって仕方ない。「本当に見るだけ?」
彼は私の質問の意図を理解していた。「観光で見るわけじゃない。隙があれば見つけてくるよ」
「隙が見つかれば倒すつもり?」
「絶対に無理って決めつけなくてもいいじゃないか」ネゾネズユターダ君は静かにはっきりと反論した。
「絶対に無理とは思ってないよ」
「じゃあいいんじゃないの? 無理かどうかも観察しないと判断つかないでしょう?」
そう言われると反対はできない。「油断しないでって言ってるの。無理じゃないのと油断するのとは違うでしょう? そもそもやっつけなくちゃいけないわけでもないんだよ。駄目なら駄目でいいの」
「それも分かってるよ」
「……分かった。これ以上、言っても止められないし、見てみないと諦めがつかないのも分かるから、とにかく慎重に行動してね」
「うん」
私だって怪物の脅威を知っているわけでも理解しているわけでもない。私が1人だったら能天気に見学に出掛けたと思う。ネゾネズユターダ君が好奇心を抑えきれないので、私がつい逆の立場になってしまっただけだった。
レシレカシは元々は山奥で怪物や魔物も多い土地だった。魔法学校が建てられて駆逐され現在では街道を移動する旅人ですら襲われることはなくなった。私の生まれたギュキヒスでも昔は怪物がいたという。しかし私が生まれた頃にはそういう時代を覚えているのは年寄りだけだった。大陸の北東では怪物の脅威は身近ではない。
ネゾネズユターダ君は最前線の生まれだった。そういう脅威の中で育ってきた。親戚や友人の何人かは怪物に襲われて命を落としていた。そういう経験を積んできていた。だから私がネゾネズユターダ君に慎重にと声をかけるのは余計なお世話だったのだ。そのことを私はあとで知った。彼は油断していたわけではなく、怪物相手の警戒のやり方を心得ていた。
観光名物になっているドラゴン見学コースはレシレカシ観光案内とはまったくの別物だった。本人があとで細かい説明をしてくれなかったので、私が知ったのは観光の案内看板からだった。西にてくてく見える距離まで近づいて城を観察するというようなものではなく、北まわりに山の中を抜けて尾根の向こうから超望遠で見るというもので、日程も2日がかり、装備も軍事偵察のような大掛かりなものだった。そのくらいやばい相手ということでもあった。
彼がそんな強行軍をしている間に、私は海岸で海水浴をしたり、私についている接客担当経由で族長に治療福祉活動について正式に相談したりした。




