“草と風のドラゴン”と悪童妖精
南西の湿地帯とドラゴンの話。固有名詞も多いけどそこは覚える必要はないので聞き流して欲しい。あと、この朝の時間にみんなに教えてもらった話だけでなく、後で別の人から聞いた話もまとめて話す。
私の地元ギュキヒスやレシレカシ魔法学校、ボギャチ、ショショグレ、そして南西蛮族の国モピャなどがある地域をまとめてダリスーと呼ぶ。その中心にあるのがサビリョズ大陸でこの大陸の南西にあるのがピャプグヘリャネズサビ平原。この平原が南西蛮族の勢力圏である。普通はシンプルに湿地帯とか平原とか言われる。土地がまあまあ乾燥して人間が住みやすいのは私たちがいる港湾都市ビョツバージが西端でそこより西はどんどん住みにくい湿地帯になっていく。
この湿地帯は元は海で、もっと昔は大陸の一部だったとされる。そこが衝撃を受けて大きく窪んで海水が流入して丸い湾とそれを囲む低い丘になった。次第に川から運ばれる土砂で湾が埋め立てられてその丸い土地が湿地帯になった。湾ができたときに形成された周囲の地面の盛り上がりは色々な景観を作っている。海沿いの山は風化によって姿を消しつつあるが湿地と海を分ける境界として今も重要な地形になっている。湿地帯とブユ族の土地の境界にある東側は標高が100メートルにも満たない低い丘だが湿地帯との分水嶺で、これがなければ町の港も土砂で埋まっていただろう。この丘にあるのがヂゲリュツ城でそこに棲むのが“草と風のドラゴン”である。北の隆起も湿地帯との境界になっていて、そこより北の平原が南西蛮族同士が奪い合いをしている土地である。西の隆起は今は湿地帯の底だ。川の土砂はそこを乗り越えて現在は外洋を埋め立てている。
湿地帯にも南西蛮族は住んでいる。しかし中心にいるのはリザードマンやマーマンといった湿地に適応した種族である。彼らは湿地だけでなくその北の平原やその奥の山にまで生活圏を広げてきていた。徐々に湿地以外にも適応していて人間との縄張り争いが激化していた。
ヂゲリュツ城は重要な拠点だった。そこに緑の鱗の巨大なドラゴンがやって来たのは12年前、北の方から飛んできたと伝えられているが元はどこに棲んでいたのかはよく分かっていない。風を操るために弓矢が効かず、さらに常に行動を共にする悪童妖精ブラキュテピャグ・ピュンリョキャとのコンビネーションが抜群だった。当時の城の兵は全員が撤退した。
最初のうちは奪還すべく積極的な作戦が取られた。失敗を重ねるごとに作戦は小規模になっていき、リザードマンの攻撃も防衛しているのが分かるとブユ族も静観の姿勢に変わった。気が変わって引っ越すのを待つ作戦である。
あとは腕自慢の冒険者が返り討ちに遭うのが定番となった。
悪童妖精というのは種族の通称で、レシレカシの学者が付けた学名だとホセピヤピジデレチノという。ホセピヤと略される。とはいえ悪童妖精というネーミングの方がぴったりだ。10歳前後の人間の子供のような姿をしていて背中に大きな翼が生えている。魔力に敏感なので気づかれずに近づくことはほぼ不可能。そして気づかれたら『幻覚』『幻聴』『恐慌』『眠り』『混乱』『忘却』その他、判別不能な魔法も含めてありとあらゆる感覚異常系の魔法を仕掛けてくるデバフのプロフェッショナルである。癖が強いのでファンも多い妖精だ。人間による捕獲記録はない。知能はあって言葉も通じる。交流記録もある。城の悪童妖精も機嫌がいいときに会話が成立したときがありそこで名前が伝わったのだそうだ。
そんなのがドラゴンとコンビを組んでいるのだから中途半端な冒険者に手が出せるはずがない。近づくと裸踊りを始めたり冒険者パーティ内の男同士で乱交パーティを始める。そしてその最中にドラゴンに踏み潰されたり毒殺されたりして全滅する。
“草と風のドラゴン”は、城に来たときは湿地帯や草原のような鮮やかな緑だった。それが優雅に低空飛行すると地面の草が揺れて、爽やかな風が吹いているようでみんな見惚れていた。それが城の定住して数年が経つと石壁と同じような灰色になった。鱗や翼に汚れが目立ち、体臭に生き物が腐ったような異臭が混じるようになった。口から吐くブレスは突風だったのが毒霧になり、口の端から黒い涎をぽたぽた垂らすようになった。何かの病気なのではないかという話だった。“沼と泥のドラゴン”と揶揄されるようになり、だんだん“腐り竜”とまで言われるようになった。
私が退治するとかいう以前に、『遠隔子宮』の8ヶ月になる卵が離せない状態では近づくのすら無茶じゃないか?




