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魔法使いザラッラ  作者: 浅賀ソルト
“評価不定”の2つの自立
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人の心とはかくも難しい

 6歳の長女パビュ゠ヘリャヅ・ギュキヒスは顔に引っ掻き傷を付けていた。外ハネした長いオレンジ髪は乱れてからまっていた。いかにも取っ組み合いの喧嘩をしましたという姿になっている。

 彼女の後ろにはもっと小さな女の子が立ったまま顔を伏せて泣いており、その周りを友達らしき女の子が囲んでいる。私の娘はその泣いている女の子を庇うように背中を向け、正面にいる男の子を睨んでいた。この男の子はおそらく娘より年上だろう。うちの1人目は6歳児の中ではかなり発育がよく、男子であっても彼女より大きい6歳児は滅多にいない。その彼女より大きいのだから7歳か8歳だ。そして男子の横にも泣いている子供がいる。こちらは男の子で床に転がって鼻血を流していた。

 簡単に推測すると、現在泣いている男子が泣いている女子をいじめて、うちの娘がそれを庇って喧嘩になって髪が乱れ、男子が泣かされたことで今度は大きい男の子が出てきたといったところだろうか。むしろそれ以外の解釈が難しい。

 2人目の男の子ピュゴダ゠グスはというとお姉ちゃんのちょっと後ろにおっかなびっくり立っている。怖いけど姉を見捨てて逃げるわけにはいかないといった態度だ。喧嘩になったら姉に加勢するのかなあ、彼は。

 それにしても長女が庇っている泣いている女の子はブユ族の癖毛茶髪の知らない子だ。もう友達になってボスになって仲間を守るために立ち回ってるのか。頼もしいけど危なっかしい。

「何があったの?」私の後ろにいた義母が子供たちに尋ねた。

 おばあちゃん、あのね。目撃者の子供たちが一斉に喋り始めた。証言が同時再生すぎてほとんど聞き取れなかったけど、事情は見た通りだった。娘は男子をぶん殴った上でごめんなさいと言えと蹴りつけたのだが、男子は転がって泣くけど謝ろうとしなかったのでヒートアップしたらしい。

 私は義母が聞き取りをしている間に娘と息子の側に寄ってしゃがんだ。娘の目はまだ怒りに燃えている。ネゾネズユターダ君も1歳の娘を抱っこしたまま娘の横にしゃがんだ。2人でよしよし、よく頑張ったと言って慰めた。

 レシレカシの学校でも娘は似た感じなので私たちはもう慣れている。この子はいじめを見ると武力で介入する。

 私はそれから息子の方も抱き締めてよく逃げなかったと褒めた。

 落ち着くのを待った。

 部屋の中の雰囲気といえば平常運転そのもので、何も変化がなかった。子供を30人も遊ばせていたらそりゃ喧嘩は日常だよね。

 子供たちが落ち着いてから私は義母に子供たちを紹介した。「こちらが上からパビュ゠ヘリャヅ、ピュゴダ゠グス、ネゾ君が抱っこしているのがケテマ゠シソです」それから年齢の質問があって6歳、4歳、1歳と答えるやりとりのあと、6歳と4歳は自分で自己紹介をした。

 義母も自己紹介した。「どうもはじめまして。あなたたちのおばあちゃんのジョグヘギョです」

「こっちのおばあちゃんの方が好きー!」6歳の娘の発言は常にヤバい。

 私は思わず笑ってしまった。まあ、向こうのおばあちゃんは感じ悪かったもんな。

「みんなすごくいい子ね」義母も笑っていた。

「ありがとうございます」うーん。ちょろいと自覚してても子供が褒められるのは嬉しい。顔がニヤつく。

「大変そうだけど頑張ってね。私たちも家族としてできることがあったらなんでもするわ」

「はい」

 なんでもない一言だったけど全身が硬直して息が止まった。私の心に刺さって思わず泣きそうになった。ゼロ秒で目から涙が溢れる。制御できない。

 ネゾネズユターダ君が抱っこしていた1歳児を6歳児に預けるのが見えた。私の前に来て抱擁し、私の顔を自分の胸に押し付けた。ぐっ。こんな衆人環視しゅうじんかんしの中でガチ泣きするわけには! 私はネゾネズユターダ君の胸に顔をうずめながら歯を食い縛った。

 ネゾネズユターダ君は10歳も年下のくせに泣いている私を抱き締めてじっとしている。私は最初は自分の胸の前に腕を組んでいたんだけど、やがて彼の背中に手を回して自分の顔を彼の胸に押し付けた。身長がほぼ同じなので私は背中を丸めている。彼の匂いを嗅いでいるうちになんとか落ち着いてきた。体の震えも止まった。なんとか声は出さずに済んだけど、周りからは私が急に泣きだしたことはバレバレだった。

「ふー」と息を吐いた。彼の胸から顔を離し、自分の顔を服で強引にぬぐった。「すいません」

「いえいえ。息子もちゃんと“夫”をやれてるようで安心したわ」義母はそんなことを言った。

「まあ、いや、その、すいません。急に。自分でもびっくりしました」自分でもよく分からない誤魔化し笑いが浮かんだ。「へへへ」

 子供たちを見ると急に私が泣いたことにびっくりして不安な表情を浮かべている。特に長女がショックを受けていた。妹を抱っこしたまま、「お母さん、大丈夫?」と声をかけてくる。

「大丈夫。急にごめん。なんか泣いちゃった」そして側に立っている2人の子供を3人目とまとめて両手で抱き締めて、「もう大丈夫」と言った。

 実際にその通りだった。自分で思っていたよりも、私は向こうのおばあちゃんに本当は好かれたかったし褒められたかったみたいだ。もう大丈夫。自分でそれに気づいたらもう大丈夫だ。


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