義父やその家族との交流会
峠を下りながらときどき景観が開けて平地の景色が見えた。私や子供たちや、ギュキヒスの兵士ですら、そのたびにおーっと言ってしばらく見入った。
地図はなかったがネゾネズユターダ君が大体の地形を説明してくれた。海岸線がほぼ東西に走っていてその北側に平地がある。その更に北にある山々はときどき海岸線に迫り出したり海から離れたりしながら海と平行に走っている。そして半日ほど行くと山がなくなり平地ばかりになり、そこが湿地帯に変わっていく。ブユ族の支配域はそのあたりで、そこから西は別の部族の住む場所になる。ドラゴンが棲んでいるヂゲリュツ城があるのがその辺り。つまりドラゴンの縄張りが部族の紛争の緩衝地帯になっていた。湿地帯にはリザードマンも生息しているらしい。そっちとの紛争も始終発生している。峠からではその城は見えなかった。
「他の部族より豊かな土地なんだけどそれだけにブユ族はあちこちから侵略を受けている」ネゾネズユターダ君は言った。
山を抜けて平地に出ると繁栄しているのは空気で分かった。建物の数も違うし大きさも違う。色々なものが密集していた。建物のデザインは北の町と違って壁が白くて四角い。屋根の傾斜が緩やかだ。あまり雪が降らないというのがすぐに分かる。
南西蛮族の兵士たちが先導して町のメインストリートを進む。進行方向には城塞と四角い塔が見えた。なんとなく旧市街という奴だろうと思った。古い都市はこんな風に町に入ってから唐突に城塞の壁が現れる。そしてこのあたりの塔は尖塔ではなく屋上のある四角い柱の形になっているんだなと思った。壁をくぐって旧市街に入ると目的地と思われる砦のような建物が見えた。峠からでも見えた大きくて堅牢な建物だ。壁に囲まれた城塞の土地の大半を占めていて、城とも屋敷とも砦ともつかない、その3つを兼ねた上に市場も中で開かれているようだった。道は狭いのだけど隊列は馬車や牛車も横にどかせて真ん中を進み続ける。
広場のようなところに出て隊列は止まった。そこから馬車を下りて徒歩でさらに狭い道を進み、どこかの建物の中へと入った。
こっちは正式な外交官などはいない。兵士の1人とネゾネズユターダ君が向こうの兵士に何か話して奥へ通された。
そこからの細かい経緯は省略。広い部屋にて私たちは遂にブユ族の族長、パジョカジチュと対面した。
族長は装飾のないシンプルなシャツとズボンを着ていた。首飾り、指輪、腕輪、ベルトなどアクセサリーは黄金に宝石が埋め込まれており豪華だ。そして最初から立っていた。見た目は筋骨隆々で、かつては強い将軍だったんだろうと思った。さすがに年はとってて今は50代か60代に見える。顔の頬にも半袖から覗いた腕にも刀傷が付いていた。髪は白髪の混じった黒。肌は黒いが真っ黒ではなく日焼けした私と同じくらいの色だ。
私はネゾネズユターダ君と並んで立っていた。3人の子供と卵を入れた乳母車が一緒である。1歳の娘はネゾネズユターダ君が抱っこしていた。
「よく来たな。我が息子よ」彼は低く響く声で言い、腕を開いた。
「お久しぶりです。お父さん」ネゾネズユターダ君は娘を私に預けてハグに応じる。バシバシとお互いの背中を叩いた。その音が部屋に響いた。
体型がまったく違う。ネゾネズユターダ君の細さが目立った。族長が本気を出せばそのままへし折れそうだった。
ハグが終わるとまた私から娘を受け取った。「こちらが私の妻と子供たちです」
おおそうかと言って族長から私たちへの挨拶が続いた。私へのハグはないが子供たちには普通にハグをしていた。乳母車の卵も覗かれた。目をぱちくりしていたがあとで説明しますとネゾネズユターダ君に言われてその場ではそれまでだった。まあこの状況なら中には新生児がいると思うよね。
結婚していないということは手紙でも話していたけど、妻として紹介するという話は事前に聞いていた。南西蛮族はあまり結婚制度というものが発達していないそうで、とくに問題ないようだ。養子が何十人もいたり、妻や夫が複数いたりする文化である。モラルとか愛がないとかではなく、戦争で孤児とか死別が多い状況がこういう文化を生んでいる。なるべく多くの人と家族になってお互いに支え合う文化なのだ。
部屋には族長のほかに男女合わせて30人くらいの大人がいた。さらに同じくらいの数の子供がいた。15歳くらいの少年から乳幼児まで様々だ。族長の挨拶が終わるとそれらの人が寄ってきた。そして次々に挨拶をした。みんな彼らが言うところのネゾネズユターダ君の家族だった。
私は彼らの古代語風のモピャ語を大体覚えていたので自分で挨拶できた。これは喜ばれた。
「『妖精の目』ですね。私の地元にも1人いましたよ」「きれいな奥さんね、おいくつ?」「子供は何歳?」
質問に答えることで、私と彼の年齢差と、最初の子供が何歳のときにできたかが分かってしまう。嘘をつかずに話した。現在、彼が19歳、私が29歳、一番上の娘は6歳。つまりどういうことかというと彼のセックスは最高だということだ。
下ネタが通じるか賭けだったけど賭けには勝った。ちゃんとウケた。娘が「相変わらず仲いいね」と言うとさらにウケた。
私の実家がどことかそういう話は出なかった。避けられていたと思う。どっちにしろ事前に伝えてはいるので知っているからわざわざ聞かなかっただけかもしれない。そんな話をすると私の実家は彼らの家族の仇である事実が誤魔化せなくなる。
それはそうと族長も含めてこっちの人たちはフレンドリーだ。笑顔に屈託がない。私が喋れるというのもあってかすぐに打ち解けてしまった。特に子育て大変ネタは鉄板なのでどこでもそれを話せば普通に通じ合えた。レシレカシやギュキヒスでは得られない距離感である。私はすぐに南西蛮族が好きになってしまった。
最近の困り事はなんですかという話題から西の怪物とジョギ族、シャコ族、北のゴブリン、そして東との戦争と、全面的に物騒な愚痴が始まった。悲壮感はなかった。日常だというのが分かった。




