次回からいよいよ南西蛮族の地
質問のほとんどはパニックルームについてだったけど、まずは普通の使い方について。
ノブが4つある表側に対して、ドアの裏側は右側に1つ付いているだけである。裏からはこのノブを回すことで我が家のリビングに出ることになる。
冷静に考えると人通りが多すぎてまともにリビングでくつろげなくなりそうだが、これが完成してからは通常のリビングは丘の上の宮殿——自分の家を宮殿とか書きたくないけどあとになると宮殿としか言いようがなくなるので今からそう書いておく——になるので、レシレカシのリビングは通路としての使い方がメインになるだろう。
ちゃんとドアを閉めてからじゃないと次の転送ゲートが開かないということだった。忙しいときにはドアの開け閉めがドタバタコメディみたいになりそうだ。早く開けろ早く閉めろの応酬が起こるだろう。
さて、パニックルームの説明にあたってネゾネズユターダ君は全員をキッチン側に移動させた。左の真ん中のノブを回して普通に入った。私や子供達にメイドたちとほぼ全員がキッチンに立った。
彼は最初に普通の戻り方として唯一のノブのことを説明した。これを開けるとリビングに出る、と。
その説明の間に全員がそのドアの窪みに気づいていた。むしろ説明は聞かずに全員がその窪みを見ていたといってもよい。その窪みは左右に一つずつ横に彫られたもので、引き出しの手掛けそっくりだった。両手の指を入れてドアを持ち上げるのに丁度よくし設えてあった。
ネゾネズユターダ君はこちらに背中を向けると閉まったドアの左右の手掛けに両手を入れた。成人男性の腰の高さにある。「パニックルームから外に出たあとは反対側からこうやってドアを持って嵌め直すんだ。嵌めてしまうとドアは消えて戻れなくなるからね。反対側から追っかけようとしても、閉まってしまうと次はまたランダムだから追ってこれない」つまりドアを外して脱出したあとで手掛けに手を入れてドアを戻すと脱出した方も戻れなくなる。そして彼は同じ場所にまたドアが接続する確率は1億分の1などと言った。これはネゾネズユターダ君も適当な数字を言っただけで正確な確率は分からないそうだ。半径約100キロ以内のランダム。300キロに開くこともあるとか。そして危険な場所にドアが開かない安全装置付き。空とか水中とか人通りの多い道のど真ん中に飛び出す危険はないということだった。
説明が終わってリビングに戻ると、すぐに1人目と2人目の子供が「やらせてー」とドアに飛び付いた。私は心配になるし、メイドもそわそわしているが、ネゾネズユターダ君だけは余裕のある顔でその様子を見ている。
まず6歳長女でも左右のノブを同時に回して持ち上げて向こうに倒すのは難しい。私もやってみたがドアが意外と重くて力が要る。ノブを回して押すだけでは駄目で、ノブを握った状態で持ち上げてバコっと止め金のようなものを外す必要がある。私など重くて支えきれず、開けて外したドアを向こう側に倒してしまった。向こう側はどこかの麦畑の畦道だった。風が入り込んでくる。空気が濃い。レシレカシは標高が高いので低い場所と繋がると気圧差が発生してこうなる。
子供がはしゃいで外に出ようとした。メイドたちで子供を押さえてネゾネズユターダ君は地面に倒れたドアを引っ張り上げて元に戻した。ガチャン。
次に子供たちは姉と弟で協力してノブを回して開けようとした。しかしそれも無理だった。
そもそも身長が足りない。ノブを握ってドアを上に持ち上げようとしたら足場が必要だ。と思ったら長女はダイニングから椅子を持ってきて果敢に次の挑戦を始めた。
その頃には自分も安心していた。
自分も開けてみて分かったが12歳くらいまでは純粋な筋力ではパニックルームを開けるのは無理だ。梃子とか歯車とか道具を使えば開けられるかもしれないが、ネゾネズユターダ君によるとその対策も取れているという。
長女はそれでもドアノブと格闘している。彼女の性格からいって完全に諦めるまで3日はかかると私は思った。こういう絶対無理という課題が目の前にあるとできるまで諦めないのが彼女である。それでもネゾネズユターダ君は自身ありげで、このパニックルームのセキュリティをかなり作り込んでいる様子だった。
そういうことなら一旦はどうなるか見てみるか。子供たちには居場所が分かるマーカーの魔法をかけてあるので万が一ランダムテレポートしてしまったとしても見失うことはない。とはいえ、そんなことになったら気楽にお迎え行くといった状況ではないが。
もう1つの転送先予定地であるネゾネズユターダ君の地元のあてについては話を聞いている。放棄されて無人になった城があるからそこを占領すればよいという物騒な提案だった。大陸の北と東は、レシレカシの山の中も含めてモンスターの駆除が進み人が安心して暮らせるようになっている。しかし南西は違う。平原と湿地帯にはワイバーンやリザードマンが棲んでいて、残った狭い土地を人間同士が奪い合いをしている。ネゾネズユターダ君の言う転送ゲート設置予定の城も、“草と風のドラゴン”に棲みつかれて放棄するしかなくなった場所だそうだ。
「光電球をかませばドラゴンもやれる」と彼は危なっかしいことを言う。
まあ、とりあえずこの目で見ないことには始まらない。私は海を見たことないので楽しみではある。
このネゾネズユターダ君の作ったパニックルームだけど、襲撃者から身を守るという本来の用途では結局1回も使われることがなかった。大きくなった子供が家出したり冒険したりするために使われる定番の厄介者となり、我が家では今後約20年に渡って何度も廃止が検討される機能になった。そのたびに子供達の猛反対にあって保留になるのだけど、それは本当に別の話なので、詳しいエピソードは期待しないで欲しい。




