その土地の悩める人々
残り2日の移動は大変だった。子供が飽きてしまったからだ。どんなに飽きてしまっても移動するしかないので飛び続けた。
宿泊地の町では歓待された。行きの移動はお忍びなので町をあげての歓迎とはいかなかったけど、それぞれの領主の家で充分なもてなしを受けた。
さすがにそれらの町で面会希望者が列を作ってしまうほど情報漏洩してなかった。いちいちそんな列ができてしまってたら身がもたない。
日々のセックスもこの行きの移動の間は夜に1回ネゾネズユターダ君とするだけだった。
そしてダトベ城に着いたときには本当の歓待が待っていた。上空から見ると広場に巨大な火柱が上がっていたのだ。去年はここまでじゃなかった。焚き火の周りで人がもう騒いでいる。私たち飛行部隊を見ると全員が見上げて手を振ってきた。風防の板の隙間から見るだけなので私は気持ちだけ振り返した。
到着が夕暮れ時で、そこから夜にかけて本当の前夜祭があり、花火も打ち上げられた。私たちはちょっとだけ顔を出したあとはすぐに城で休んだ。城の人間も歓迎してくれた。元の領主であるホセデレズバ側の人間は大きく粛清され——牢に入れられるとか処刑といった罰を受けた人間はほとんどいなかったが大半が役職を罷免されていた——勢力の分布がギュキヒス派に大きく塗り替えられていた。
他のメイドやスタッフたちとも合流できた。
歓迎されるのは嬉しいし、地元の人間に私が好かれているというのも実感できた。確かに居心地はよかった。しかし、私は自分の居場所はレシレカシなんだなという確信を深めることにもなった。悪くない土地ではあるし、嫌いなわけでもない。はっきり拒絶すると傷つくだろうからわざわざ伝えることはしなかったけど。
どうかこの土地を治めてくださいというノリで歓待されても受け止めきれない。
レシレカシの近隣の山村や町が併合してくださいとお願いしてきたときの大学側の気持ちが分かる気がした。
官僚を用意してあれこれ整備して陳情を聞き税金を取り立てるとか、やっぱり興味が持てないよなあ。そういうのが好きな人がいるのも分かるし、「私にやらせてください」と志願してくる人もいたけどさ。
祭りのシンボルとして担ぎ上げられるくらいが丁度いい。
翌日からラブパレードが始まった。祭りについてはとくに語ることはない。みんな浮かれて大騒ぎしていた。
今回が初参加の2人目、3人目の子供もよく分からないまま楽しんでいた。みんなが上機嫌なのは子供も喜ぶ。メイドの子供も健康だった。
出発前の朝には面会希望者が集まった。どこの町にも不妊に悩むカップルがいた。第一子だけでなく2人目がなかなかできないという悩みもあった。
『|妊娠する魔法《デフゼアトイデ゠フヘソツ゠ヨデ゠モエテパフ゠ノメボナゾ》』は私が発明した魔法ではない。帝国時代の魔法ではあるが断絶したわけでもなく今でも使い手は全国に存在している。それらの魔法使いは各地にて地元の夫婦を相手に活躍しているはずだ。ただしあまり表立った注目は集めていない。そこに相談に行く夫婦も人目を忍んで訪れるので評判が世間に広がるということもない。
このラブパレードは違う。というか私が思っていたのとは第2回目から早くも意図が変わってきていた。子供を取り戻すために単身で敵地に乗り込む母親というストーリーに加えて、私は3人の子供を抱っこしてパレードするのだ。そしてその私が『妊娠する魔法』『流産を防ぐ魔法』『安産』といった魔法の使い手である。組み合わせると、上半身裸の男女が乱交する祭りであると共に、子孫繁栄、安産祈願といった意味もつく。ぶっちゃけると“繁殖”にかなり特化した祭りになりつつあった。そして私自身が、なにかそういう母性とか妊娠・出産の象徴のようになった。堂々とそれらの悩みや欲望を表現し共有できる空間として育ってしまったのである。
トップレスだったりシースルーだったりする私のファッションも、母性のような文脈で再定義された。
私自身は欲望の解放とか、秩序の破壊とか、かなり不謹慎な方向でこの祭りを楽しんでいたのにね。地元に嫌がらせを兼ねて無秩序を起こすつもりだったのに、そうはならなかった。
戦争だけじゃなく、生理とか妊娠とか、魔法というのはもうちょっとそういう分野で役に立ってもいいんじゃないかと思った。私が得意なのは問題ないとしても、私だけが使えたり、他の魔法使いがコソコソと隠していて使える事を秘密にしているのは問題だと思った。『遠隔子宮の杖』は全世界に普及するべきだ。
朝にはそんな感じでレシレカシでやってる面会の出張版のようなことをやり、昼間はパレードを行った。1時間かそこらをお立ち台で踊って休憩を繰り返すルーティンである。パレードの道すがらに他の人助けも続けた。『反社会性人格障害を治す魔法』『双極性障害を治す魔法』『知能障害を治す魔法』『虐待の後遺症を治す魔法』、連続殺人鬼も私の手にかかればただのおっさんである。最近の新作である『リウマチを治す魔法』『関節炎を治す魔法』『アトピー性皮膚炎を治す魔法』も唱えた。群衆の中にそういう人間を見つけたら退屈しのぎに近づいて魔法をかけた。レシレカシと違ってギュキヒスにはまだまだそんな人間が溢れていた。
夜には予定していた町で一泊した。ラブパレードそのものは夜こそ本番というノリも強く、街中は夜が更けても靜かにならなかった。私たちはそんな夜の音を遠くに聞きながら、町の邸宅や城で一晩を過ごした。




