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魔法使いザラッラ  作者: 浅賀ソルト
“評価不定”の2つの自立
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幼児教育とアポなし面会

 談話室から外に出た。廊下にネゾネズユターダ君が立っていて、兵士に見張られていた。

 娘が、「パパー」と言って駆け寄った。

 ネゾネズユターダ君がしゃがんで両手を広げたので、そのあとに抱っこして持ち上げる展開が待っていると思ったのに、娘は父親の腕に飛び込まず急ブレーキをして立ち止まると、廊下の石をがしがしと踏みながら「なんだあれ! なんだあれ!」と分かりやすく地団駄を踏んだ。

 ネゾネズユターダ君は広げた腕を膝の上に置いて視線の高さを合わせたまま、「どうしたんだ、どうしたんだ?」と言った。

「みんなでママをいじめるの! ムカつく!」

 ネゾネズユターダ君が視線を上げて私を見た。私は2人目のピュゴダ゠グスを抱っこしたまま、目だけで、「その子の言う通り」と伝えた。肩をすくめるとネゾネズユターダ君にも大体伝わったようだ。

「そうか。それはムカつくな」

「あいつら大っ嫌い!」

 思わずネゾネズユターダ君は笑ってしまい、私もそのダイレクトな言い方に吹き出してしまった。

 娘は、「笑ってる場合じゃない!」とますます怒った。

 5歳ってこんな感じだったっけと思った。私も5歳くらいの記憶はあり、すでに父にも母にも兄にも城の従者にも腹を立てていた覚えがあるので、こんなもんかもなと思った。

 それはそうと本気で怒っている人間を見て笑うのは相手が5歳児でも誠実な対応とは言えないだろう。私はさらに笑っちゃって駄目だったけどネゾネズユターダ君は、「そうだね、笑っちゃってごめん」と素直に謝った。なんでこの彼氏は人間がこんなに出来てるのか分からん。

「ほんとだよ。ママがいじめられて悔しかった!」彼女は叫んだ。叫んだかと思ったら——自分で悔しかったと口にしたことが引き金だと思うけど——うわーんと泣き始めた。

 ネゾネズユターダ君は今度こそしっかり抱っこして立ち上がり、「よしよし」と言ってその背中をぽんぽんした。

 感情の波が激しいなあ。

 私が抱っこしている2人目の男の子の方は目を閉じて緊張している。こっちはこっちでさっき見た光景のストレスをなんとかやりすごそうとしているのが分かる。ゆさゆさと動かしながら、「もう大丈夫だよ。私は平気だからね」と息子を慰めた。徐々に彼の体もほぐれていった。

 乳母に抱かれた6ヶ月の3人目を見ると、彼女も何も感じてないわけではなさそうだ。いつものリラックスした表情と違って何かを感じ取っている。仲のいい人間関係ではなく、仲の悪い人間関係に触れたときの、赤ん坊の反応だ。

 不思議なもので母親になると子供のこういう変化に敏感になってしまう。

「ギュキヒス家は幼児教育によくないなあ」私はしみじみ思った。それから、「あ、それで私はこんな風に育ったのか」と思わずつぶやいた。

 ネゾネズユターダ君は娘を抱っこした状態で私を見て目を丸くした。「え? なに? 今の一人芝居」

「あー、ごめん。なんか子供を見て自分を客観的に見れたというか……思わず」そんなことを思ったら身につけている卵のことを意識しないではいられなかった。まだ着床から1ヶ月といったところだけど(作者注:現代の妊娠週に換算して表現できないが前回の生理から5,6週くらい)、一体、この結界の中の胎児には影響があるんだろうか。

「前も聞いたけど、君は基本的に1人で育てられたからギスギスした人間関係に触れてきたわけじゃないでしょ?」

「……そのはずなんだけど」

 記憶にある限り、私は母に直接育てられてはいない。家族と共に過ごしてもいない。私に限らず、生まれた子供は専用の離れが与えられ、専用のスタッフに囲まれて育てられるのが普通だ。だから家族間のギスギスした人間関係にさらされたはずはなかった。スタッフは基本的に私を任されたチームなわけだから仲違いをしているはずがない。そんな記憶もない。それでもこうやって母とか兄に嫌味を言われると幼少期に戻るような感覚がある。

「多分、嫌な記憶だから忘れてるだけで、何かあったのかも」

 それ以上は思い出せずに私たち親子は廊下を歩いて談話室から離れた。この話は特に後日談があるわけではない。幼少期がどうであれ、私は自分の子供を持ってかなり落ち着き、実家ともまあまあ距離を取った交流ができるようになったということである。


 転送ゲートはギュキヒスの城ではなく本邸と呼ばれる居住施設の地下にある。家族と面会した談話室もこの本邸の施設だ。私は城には行かずにそのままダトベに出発することになっていた。行きがダルいと文句を言っていたら特別に飛行部隊による空中移動が認められていた。これなら3日で着くという。そこで先行チームと合流してパレードが始まる手筈てはずになっていた。

 本来はすぐに飛ばなくてはいけない。しかし本邸のメイドや使用人たちにこそこそと声をかけられた。顔見知りのメイドもいる。子供の頃に世話になったり、レシレカシでメイドをしたけど本国に戻されたメイドなどだ。

 直接声をかけられたのではなく、現在のメイドとネゾネズユターダ君から、ちょっと話があるメイドがいてという形で切り出された。不妊で悩んでいたり、出産間近の妊婦だったりに魔法をかけて欲しいという話だった。

 ちょっとそのときのことを話そう。面白かったので。

 私が飛行移動は初めてだとうきうきしていたら、自分の子供を抱っこしたうちのメイドとネゾネズユターダ君が私の方を向いて並んだ。そしてネゾネズユターダ君が、「この本邸でも君の話になってるらしくて、魔法をかけて欲しいんだって」と言った。「『妊娠』とか『安産』とか」

「え?」

「すいません」メイドが言った。「事前に御説明できればよかったのですが、皆がどうしてもと言ってまして」

 レシレカシの朝の面会にも、はるばるギュキヒスから来ましたという女の人はいた。だから噂がここまで広がっているのは予想していた。しかし私に対して普通は許されないアポなしでの面会を希望するほどの熱があるとは思わなかった。

 ネゾネズユターダ君が言う。「君の杖も持ってきてるよ。負担にはならないと思う」そして頭を掻いて、「実は僕も『妊娠』や『安産』は唱えられるんだけど、全然受け入れて貰えなくてさ」と言った。

「あははは」

 もちろん魔法使いの性別によってそれらの魔法の効果が違うということはない——効果が術者の性別の影響を受ける魔法もあるが私の魔法はそうではない——けど、実際の女性たちがネゾネズユターダ君の『妊娠』を嫌がるというのは容易に想像がついた。その反応が予想できたので笑ってしまった。私の彼氏は非常に素敵な彼氏だと思うのだけど、色々な場面で、ほかの女性には認められない時があるのが残念だな。

 とはいえ、私がネゾネズユターダ君に『妊娠』の魔法をかけられることを想像してみた。なんとかギリギリOKだけど、私ですらちょっと嫌だなというのが本音だ。他の女性なら断固拒否だろう。

「しょうがないね。分かった。一気にやっちゃおう」

「あと、たぶん、想像するより大人数だよ。心の準備をしておいてね」

「え、どういうこと? 10人くらいじゃないの?」

「100人くらい集まってる」


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