山の上の躍進は予想外
「お兄様のお役に立てて何よりです」
私が言うと一族の間に短い沈黙があった。互いに目配せが走る。
それから兄が、「あー、お前の南西蛮族の彼氏、呼べば来れるか?」と言った。部屋の隅に控えていた従者が外の従者と耳打ちを始めた。「お前、子供ができてずいぶん変わったよ。いい男みたいだな」
「もちろんいい男ですが、その先、言葉にはお気をつけください。馬鹿にしたら容赦はしませんよ?」
「おお怖い」
兄がおどけたので私は彼に近づこうとした。手を伸ばすとびくっとして身を引いた。手加減を知らずに動物を怒らせた子供みたいだ。
これはその場ではなく、そのあとの移動中に気づいたことだけど、兄に限らず私を含めたギュキヒスの人間に共通した事として脅しや人の怒りをおどけたり茶化したりする癖があると思った。抗議を真面目に受け取ると謝罪や撤回に追い込まれるので、立場上、それを避けるためにふざけてみせるのだ。自分もああいうところがあるなーと私はあとになって思った。この談話室の中でそこまでの考えには至らなかったけど。
私が兄に触れようとして逃げられたことで、その場の人間に緊張が走った。優雅さは失わず、相手に呑まれずに虚勢を張ってはいるが、少しは敬意というものが生まれたようだった。
お呼びしますか?と従者が兄に耳打ちした。「いや、いい」と兄は答えた。どうやら部屋の外のそんなに遠くないところにネゾネズユターダ君は控えさせられているようだ。
「少し家族が増えますので、皆様にはますますの援助をしていただけたらと存じます。もちろん、私ではなく魔法学校へ」私は言った。
「考えておこう」兄は言った。
「お姉さまの子供はやはり魔法は使えるんですか?」弟が話し掛けてきた。
私は手を繋いでいる娘と息子に視線を落としてから、「もちろん使えます。まだまだ未熟なのでここでお披露目するわけにはいきませんが」と言った。
親戚一同が好奇心混じるの目で私の子供たちを見た。畏れ混じりといった様子だった。
子供たちは私の感情を察して不安になっていた。2人目の方は悪意に怯えて私にしがみ付いているが、1人目の娘の方は私の親戚への怒りや反発となって現れている。私のお母さんを苛める奴には容赦しないといった顔だ。
「みなさんの方はお変わりなく?」私は娘の頭を撫でながら言った。
「まあそうだな」
そこから当たり障りのない社交辞令が続いた。
タイミングを見て私は言った。「これは直接伺いたかったのですが」
「なんだ?」
「魔法学校が少し力を付けてきたように思います。これはお兄様の思惑に沿うものでしょうか?」
兄は私の顔を見て何かを読もうとした。私の顔から何を読み取ったのかは分からないが、慎重に言葉を選んで答えた。「予想外だ」
「そうですか。ありがとうございます」
「このタイミングでお前が山の上にいるのは巡り合わせかもな」
「そうかもしれませんね」
山の上というのはレシレカシ魔法学校の遠回しな表現である。貴族じゃない市民もこういう言い方をする。山の奥という表現もある。
その後も世間話は続き、私への当て擦りもちょくちょく挟まれた。私の子供の外見は混血のせいでギュキヒスの一族とはずいぶん変わっているわけだけど、そこをいじる発言はなかった。『変な巻き毛』などと言ってきたら即座に『気絶』の一つでもかましてやろうと思っていた。しかしそういう侮辱はなかった。子供を馬鹿にされたときに人がどういう反応をするかについては分かっているようだ。私に対する嫌味だけだったし、それだけなら私も聞き流せる。
話は終わりだった。
ラブパレードが開催されるようになってから毎年会うことになるのかと思うと憂鬱だった。おそらくはこの人間の移動に合わせて現状のレシレカシの動向を掴みたいという意向もあるのだと思う。それだけならわざわざ私の顔を見て嫌味を言わなくてもいいと思うのだが。向こうが関わりたくないのと同様に、こっちだって関わりたくはないのだ。
会談が終わってネゾネズユターダ君に慰めてもらった。今回は自分の子供たちも慰めになった。子供は無邪気に私のことを大好きでいてくれるので気が楽である。母も兄もその他の兄弟も本来はそうであるはずなのに、ギュキヒス家はどうしてこうなったんだろうか。




