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魔法使いザラッラ  作者: 浅賀ソルト
“評価不定”の2つの自立
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感謝の受け取り方

「ありがとうございます」彼女はベッドに座りお腹を押さえたままこうべを垂れた。声が震えていて泣いているのが分かった。

 1人目のメイドを同じ反応だった。私は彼女の背中をさすり、「まだこれからだよ」と言った。「妊娠も出産も産後も、本当に大変なんだから。体が音を立てて変わっていくよ」

「いえ。そうではありません」彼女は言った。「本当にありがとうございます」

 彼女がまだ泣いているので、私はそばに居続けた。彼女の方が年上で——あとで知ったけどこのとき40歳だった——有能なメイドなのにこういうときは泣くんだなと思った。私はレシレカシに来てから最近は感謝の涙を流されることが日常茶飯事になってきていた。といっても慣れたわけではなくこういう反応をされると私の心も共鳴するというか震えるというか、一人で本を読んでいるときには無い感覚に毎回襲われて、慣れもせずに自分も緊張する。メイドが泣いていてもそれは同じだった。

 それはそうと3人も生んでいると、妊娠したばかりの女性に向かって大変なのはこれからだよとか言っちゃうんだなと自分で自分にびっくりした。メイドにそうではありませんと言い返されるのも滅多にないことだ。

「まあ、自分の子供はかわいいよ」私はしみじみと言った。「私の子供でもあるんだから、安心して丈夫な子を生んでよ。丈夫じゃなくても私が丈夫にしちゃうからさ」

「はい」なんか鼻水がずびずび出てきて本格的な号泣になってきた。

「おーい」私は声が聞こえているはずのもう1人のメイドに向かって声をかけた。

 物音が響いた。ベテランと違ってちょっと音が大きい。私たちのいる仕切りに向かって足音が近づいてきて、新人メイドの1人が姿を現した。「はい」

「なんか彼女が感激しちゃったので、ちょっとお願いしていい?」

「はい」彼女は静かに言った。私がベッドから立ち上がると代わりに彼女が座った。共感力が高いらしく、何も関係ないのに彼女は貰い泣きで既に目に涙を浮かべていた。「先輩、よかったですね」と声を掛けている。

 私はちょっと引いた。付き合いの長いメイドの意外な一面だけど、ちょっと私には受け止めきれない。私が10歳か、あるいはもっと前からの付き合いなのだ。そんな風に感情を出さないで欲しい。絶対に私の方が悪者になる感想だけど、泣かないで欲しい。なんか嫌だ。1人目のメイドもそうだったけど、これから彼女も毎日泣くことになるんだろうか? 3人目のメイドもそうなのかな?

「じゃあ、よろしくね。おやすみ」私は1階へと下りた。

 全然関係ないけど、私の魔法のうち『安産』よりも『流産防止』の方が高度で難しい魔法である。生き物が発生するときに失敗というのは一定確率で起こるものなんだけど、この『流産防止』は受精卵や胚の遺伝子エラーを修復して発生を軌道修正させる。それによって子供の“最低品質”が保証される代物なのだけど、そうやって生まれた子供が本当に“子供”と言えるのかの議論が生まれてしまう。特別講義で扱ったら質疑応答の時間がいくらあっても足りない魔法である。私のオリジナル魔法なので講義で扱うことはないのが幸いだ。

 あんまり感謝されるのもなー。私は実験観察と興味本位でやってるところがあるので、人の、私の魔法への受け止め方があまりに奇跡っぽくなっていると引いてしまう。『アルコール依存症を治す魔法』とか『発達障害を治す魔法』とか『統合失調症を治す魔法』とか、別に人助けだけが目的でやってるわけではない。単に治せるから治しているだけみたいなところがある。特に上に挙げた魔法は感謝されるけどその副作用から回復してまともになるまでに時間がかかる。感激するほどありがたいものではなく、特にあとの2つは最初の数週間は自分でトイレにも行けず、その後も数年は付きっ切りの介護が必要なので、家族に本当にメリットがあるかどうかも分からない。経過観察して——数年後にお礼を言いに来る家族がたまにいる、という程度——その結果で自分が正しかったと少しずつ自信を深めているところだ。今のところ。

 私の魔法を受けた2人のメイドの反応を思い出しながら、感激されたときのリアクションも用意しておこうと思った。

 1階に下りて寝室に入った。ネゾネズユターダ君が子供を見て1階に戻っているのは音で分かっていた。彼は全裸でベッドの横に立っていて、入ってきた私に近付くと両手を広げて抱き締めた。おつかれさまと彼はささやいた。

 メイドたちの子供もちゃんと可愛がってねと言いそうになった。しかし言わなかった。ネゾネズユターダ君はメイドたちの子供も気遣っているのは既に分かっているのでわざわざ言うことではない。どちらかというとメイドたちの方の意識に問題がある感じだ。自分の子供を大事にしすぎているように思う。

 彼は私を離すと、チューブトップとドロワーズを脱がせて裸にして、また私の腰に手を回して抱き締めた。もう彼は興奮していた。私をベッドに倒すと上から覆い被さってきた。

 2人目を出産してから自分の体が変わって感じやすくなっている。彼とセックスしている間はいつも記憶がなくなる。3人目のあとには体のラインも崩れて、また少し感覚が変わった。ネゾネズユターダ君はこんな体はどうなんだろうと心配していたけど、彼の性欲にはほとんど変化がなかった。一度聞いてみたことがあるけど、「全然普通に気持ちいいよ。どんどんよくなってるくらいだ」という単純な答えが返ってきた。私もどんどん気持ちよくなっているので嬉しいんだけど、そんな嬉しいことを言う男の話を他で聞いたことがないので怖くもある。嘘をついていないことは分かってしまう。だから怖がるのもおかしな話なのだけど、私にハマりすぎというか夢中になりすぎというか……都合よすぎて不安になる感じ。付き合って3ヶ月とかじゃないのにまだたまにこんなことを考えてしまう。

 私は彼を全身で感じながら何度も果てた。

 まあいいか。「ちょっと休んだらもう1回ね」私は汗だくで息を弾ませながら彼に言った。ベッドの上が暑い。

「うん」と彼も汗をしたたらせながら応えた。


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