“評価不定”の由来の1つ
『遠隔子宮』の説明で肝心なことは、この魔法が私の魔法ではないということだ。構成が物理魔法と結界魔法、空間魔法で成り立っているので私はお呼びじゃない。久し振りに落ちこぼれの気分を味わってしまう。手伝えることが何もない。ネゾネズユターダ君と助手のキューリュの共同開発である。
結界を作ってその中の空間を女性の子宮と接続。本来はお腹の中にいるべき胎児を体の外に置くことで、妊婦の肉体的負担を軽減させると共に、出産のときも産道を通さず結界をポンと割るだけで生むことができるので出産の負担もほとんどなくなる。結界で臍の緒を切ったら転送ゲートを閉じ、胎盤は子宮に残すことになる。この胎盤は自然に剥がれて産道から出ることを期待するしかない。変な剥がれ方をしたら命に関わるのでリスクはゼロにはならない。一応、私の『安産』の魔法をかけることでそこのリスクは減らせるので、私の役割もまったくないわけではない。
動物実験は割とさくっと成功した。犬でも猫でも問題なかった。『遠隔子宮』に使う転送ゲートの有効範囲は10メートルくらいなので、家の中なら自由に歩き回れる。最初は猫を閉じ込めて結界の方は動かさないようにして成功したけど、次の実験では結界を——つまり『遠隔子宮』を——移動できるようにして成功させた。結界は土地を基準にして固定するもののほかに、術者を基準にして術者が動けばその結界も動く種類がある。代表的なのが防御結界や障壁の類だ。『遠隔子宮』をその応用で基準を胎児そのものにしてしまえば結界の有効範囲は問題なくなる。もうトイレも階段も怖くない。最高の魔法である。
その結界を妊娠期間である十月十日維持するのはまた大変で課題も多かった。なんなら妊娠後期だけでよくないとも思ったけど、妊娠の全期間においてお腹への衝撃を気にしなくていいという最高のメリットが欲しいのである。こういった問題は動物実験が始まる前にクリアしていたので、実験が始まってしまうとさくさくと課題はクリアされていき、いよいよ人間の子供——というか具体的には私と助手の間の子供——でやろうという段階へと進んだ。
彼女との間には三つ子を作る予定だった。私の4人目の子供を三つ子にするつもりだったので、彼女もそれに合わせたのだ。
彼女との子作り、そして三つ子への胚の分割、そして遠隔子宮の生成、どれも問題なく成功した。
遠隔子宮というと棺桶のような大きなゲートを想像するかもしれないけど、子宮も胎児も実際のサイズは小さい。伸縮するので妊娠初期は両手で作った泥団子くらいの大きさだ。色は真っ白。中を暗くする必要があるので光を反射させるために白い結界にする必要があるんだそうな。このへんの説明は全部受け売りである。そして、母親本人がその白い球を自分のポケットに入れて持ち歩くだけである。結界は頑丈なので落としたりぶつけたりしても割れることはない。胎児の成長に合わせて球は大きくなっていき、最終的には妊婦のお腹から想像できるように、両手で抱えて3キロ4キロという持ち運びが面倒なサイズと重さになる。
要するに卵である。それも頑丈な卵だ。頑丈な結界は魔法の直撃を喰らっても平気なので、この卵もそのくらいの耐久性は期待できる。
理屈の上では転がして運んでも大丈夫だけど、怖いので誰もそれを試したりはしなかった。
動物実験の最中から、その不思議なビジュアルと存在感は、私たちを変な感覚にした。無意味にペチペチと叩いてその感触を確かめた。表面は防御結界と同じなので、硬質な鉄の盾のようである。スベスベして引っかかりがない。それが白いので磨き上げた白磁のようにも感じる。中に胎児がいると思うと怖いようなあたたかいような、畏怖のようなものも感じられた。実際には断熱がしてあって、表面の温度に関係なく中の温度は母親の子宮の温度と同じだった。
残念なことにお腹を蹴られたとかお腹で動いたとか、そういう感触はない。表面が固いので卵が変形することもない。お腹と卵を繋ぐ転送ゲートの大きさはせいぜい直径5センチで、胎児が足を突っ込めばなんとか子宮を蹴ることもできるかもしれないといった程度だ。お腹で子供が成長していると感じることができないのはある種のデメリットだった。そのほか、胎児は母親の心音を転送ゲート越しに聞くことができるはずだが音は小さいだろうし、外部の刺激は子宮とは違うはずなので、胎児が育つ環境はお腹と違う点も多いと推測はできていた。
とはいえ、生まれた子犬や子猫に問題はなさそうだった。
それでも最初にそれをやるのは勇気が要ったはずだ。蛮行とか暴挙といってもいい。人によっては出産への冒涜と言うだろう。初産で実験というのはきついと思ったので私は最初は私がやろうかと助手に言った。
だが、まあ、とりあえず『遠隔子宮』の生成までは成功して、彼女は三つ子の入った1つの球を手にしたのだった。3つの結界を作成することも考えたが、干渉しないように3つの転送ゲートを作るのが難しかったので最初としては1つにまとめることにしたそうだ。今後の改良についても2人に任せるしかない。
これが人類初の卵による繁殖、というとちょっと語弊があるけどさ。
気になるだろう点も説明しておこう。まず結界が破けたときはどうなるか。これは想像通りである。ただ、流産が母体の生命まで脅かさないのはこの魔法のメリットだと思う。もう1つ、転送ゲートの有効範囲である10メートルを越えたときはどうなるか。動物で試したりはしなかったけどこれも結果は明らかである。事象としては転送ゲートが閉じてしまう。すると臍の緒が切断されてしまう。その状態で胎児は何分も生きられない。普通の妊婦においても臍の緒が捻れたり胎盤が剥れるなどはごく稀に起こる事故である。こちらもぞっとしてしまうが——実際、助手は落とした卵が坂道を転がって自分から離れていってしまい、必死になって追いかけるけどどんどん離れてしまうという悪夢を何度か見たそうだ——やはりそのような死産でも母体の生命に影響しないというのはこの魔法の1つの恩恵だと思う。
動物実験中、研究室で3人で交互に卵を持って観察した。羊水で満たされているのでずっしりと重い。そのときのお互いの感想が印象的だった。
「お嬢様、この魔法はこれまでと違いますね」
「うん。精神魔法と違って手で触れて持てるから、私の魔法とは全然違う」
「なにか……やってはいけない、とんでもないことを成し遂げてしまったような気がします」
「僕も」ネゾネズユターダ君もその卵を見て神妙な顔になった。「少し怖い」
「それとは別に、この魔法を使える杖も作って欲しいんだよね。妊婦に向かって振ったらポンっと卵が生まれるような。私にはこの魔法は使えないから」
助手とネゾネズユターダ君は私の顔を見て、「なるほど」と言った。戦々恐々としている。命の危険すら感じているような顔だ。
その顔が面白かったので私はニヤリと笑った。「やばいでしょ? 魔法が完成して終わりじゃないぜ」
2人は無言で頷いた。覚悟を決めていた。
杖の製作は特殊なので、別の魔法使いの協力が必要になる。そっちの話はまたのちほど。
助手自身の卵が完成すると、私も避妊をやめて4人目の子作りを開始した。その頃にはラブパレードも近くなっていた。




