純粋で天真爛漫なかわいい異母妹
たまにしか会いにこない父。お仕事で仕方ないのよと言う母。平民のわりに贅沢な暮らしをしていたと思う。食うものにも困らず着る物にも困らない。
「パパはすごい人なのね!」
と言えば母は誇らしげに「そうよ。すごい人なのよ」と言っていた。疑うことはなかった。
パパのことをパパと言っていたら、町の友達に「まだパパって言ってるの?」と驚かれて、恥ずかしくなって言うのをやめた。お父さんは残念がっていたけど「ではお父様と呼んでくれ」というのでそう言っていたら、また友達に「お父さま? 変わってるねぇ」と言われたのでお父さんと呼ぶことにした。
お父さんもお母さんも残念がっていたが「今はそれでもいいか」と言った。
今はってどういうことだろう?
ある時、やってきたお父さんは実に晴れやかな顔で私たちに言った。私が10歳の時だった。
「今日から一緒に暮らせるぞ! ミレリア! 本当の家族になれるんだ!」
「本当の? 今までだって家族でしょう?」
なにを言っているんだろう? と首をかしげれば、お父さんは愛おしそうに笑って私を抱き上げた。
お母さんも感無量というようにお父さんに抱きついた。
「ああ! 長く耐えてきましたが、やっと邪魔されることなく一緒にいられるのね」
「邪魔?」
質問に答えはなかった。
2人嬉しそうにきゃっきゃうふふしている。まぁお父さんとお母さんが楽しそうだからいっか。子供には詳しく教えてくれないよくある大人の会話だね。
お父さんは黒い服を着ていた。
違和感が積み重なってたけれど、それが何かはわからなかった。大人ってそういうものだよねって思った。
お父さんが住んでいるお屋敷にこれからみんなで行くらしい。
お父さんがお屋敷に住んでいたなんて知らなかった。何もかもが意味不明。ちんぷんかんぷんだ。
「お父様は貴族なのよ。だからこれからはお父様と呼ぶのよ」
「貴族!? お父さんが!?」
驚いてお父さんの顔を見ると、照れたような、でも誇らしそうな顔をしていた。
「今まではミレリアたちを家族にするのを邪魔する奴がいたんだが、いなくなったからね。これからは一緒に暮らせるし、ミレリアもこれからは伯爵令嬢だ」
「えー?」
伯爵令嬢といわれてもいまいちピンとこない。貴族というのもピンとこない。ただまぁなんか、とりあえず2人の様子からいいことがあったらしいことは分かったので一緒に笑ってお屋敷に入った。
そこで私は紹介された。
姉を。
「お姉ちゃん?」
黒い服を着ていた。お父さんと同じ。銀色の髪もお父さんと同じ。
家にいる沢山の人達も黒い服、黒、黒、黒。
お姉ちゃんは死んだ魚のような目をしていた。泣いていたのか目元が赤くなっている。お姉ちゃんにとってもお父さんのはずのお父さんに笑いかけることをしない。お父さんもお姉ちゃんに笑いかけない。
なに……これ。
「シェイリーナ。お前の妹だ。大事にしなさい」
「…………」
「返事はどうした!」
急なお父さんの怒鳴り声に、びくっとするお姉ちゃん。私もびっくりしてお父さんとお姉ちゃんを見る。
「ほら、お前が何も言わないからミレリアがおびえているじゃないか!」
「え? え?」
私のせいにされるの?
違う、違うよ。驚いたのはお父さんの声に。お姉ちゃんはどうして泣いてるのかなって思っただけでおびえてなんかないよ。
「ごめん、なさい。よろしくねミレリア」
ぎこちなく笑うお姉ちゃんの顔。
こんらんしてお母さんを見たら、お姉ちゃんのことを勝ち誇った顔で見ていて、ああ、なんて汚い顔だろうと思った。
お父さんとお母さんが嬉しそうに話をしている。周りの大人達がそれに従っている。一部の女性だけが憎らしそうにお父さんとお母さんを見ていて、お姉ちゃんを心配そうに見ている。
悟った。
すべて悟った。
お母さんは浮気相手だったんだ。
前に、三軒となりの家のおじさんが浮気して出て行った時に、みんなでひどいねって話していたことがあった。
でも家に帰ったら「男を繋ぎ止めていられなかったあの女が悪いのよ」ってお母さんが口を歪めて笑って言った。薄気味悪く感じた。
どうしてそんなひどいことが言えるのか不思議だったけど、つまりお母さんも浮気してたからだったんだ。そうだったんだ。そうだったんだ。
ああ、あああ、あの頃のおばさんのつらそうな顔を覚えてる。
あの家の子供はまだ小さくて、育てていられないって泣いていて、仕事に行っている間だけ近所のみんなで協力して子守りをすることで育てていた。
そのうちおばさんにいい人ができて今はそのお家で幸せに暮らしていると聞いて安心したの。私もうれしかった。
あのときお母さんはどんな顔をしていたっけ。
お母さんも仕事をしているからと言って子守に参加はしなかった。近所のおばさんたちが母を見る目はどうだった? あまり好意的でもなかったけど敵意も感じない、なんでもない感じだった。
知らなかったのか、知っていてなにも言えないからあの反応だったのか。
貴族は黒い服を着るものなのだろうか。ううん。ドレスを着るってお話で聞いていたよ?
黒い服は、喪服。
近所のおじいさんが亡くなった時にみんな黒い服を着ていた。私たち子供は死んだという意味がわからなくて走り回っていたけど、あれからおじいさんに会えなかった。いなくなったんだって、死んだんだって、お葬式やったでしょう? ってお母さんに言われた。
今は、意味が分かる。
誰かが死んだ。お姉ちゃんが泣くような人が死んだ。でもお父さんは笑っている。お母さんも嬉しそう。
お屋敷の他の大人の人たちみんなつらそうな顔をしている。
お葬式だ。これはお葬式の最中だ。
お葬式の最中なのに、みんな泣いているのにお父さんとお母さんだけ笑ってる。子供でもないのに。おかしい。
人の家にずかずか入り込んだような違和感がある。
『邪魔する奴がいなくなった』
お父さんのあの言葉はつまり。
お姉ちゃんだという綺麗な女の子の、死んだような目を見ていたら耐えられなくなった。
弟か妹が欲しかった。
お姉ちゃんかお兄ちゃんでもいい。兄弟が欲しいって思ってた。お姉ちゃんができて嬉しい。嬉しいけど。嬉しいから、嬉しかったから、お姉ちゃんが泣いてて悲しい。
言葉にできない何かがブワッとあふれた。
「うあああああん! ごめんなさいー!」
うああああああと泣き出した私にお父さんとお母さんが慌てて、お父さんはお姉ちゃんがなんかやったんだろうとか見当違いに怒り出して、お姉ちゃんをどついて追い出そうとする。
「やめてよぉー! 私の、私のお姉ちゃんいじめないで!」
ますます私は泣きながらお姉ちゃんに突撃してお父さんとの間に入ると、お姉ちゃんを抱きしめて守った。
お父さんがなんでお姉ちゃんをいじめるのか分からない。分からないけどお父さんがそれなら私が守るんだ。
「ごめんなさいー! お父さんのバカァあああああ! うああああああああん」
「ミレリア!?」
「お母さんもバカァあああ!」
「ミレリア!?」
うああああんってお姉ちゃんを抱きしめながら泣いていたら、涙がうつったみたいにお姉ちゃんもわぁあああって泣きはじめた。
落ち着いてからも私がお姉ちゃんを離さなかったので、とりあえず2人で一緒に寝た。
寝る前くらいにだんだん頭がスッキリしてきて、この人が私のお姉ちゃんかぁとにまにましてたのは秘密。
明日はなにして遊ぼうかな。おままごとはもう私も大きくなってきたからそろそろやめるとして、追いかけっこ? かくれんぼ? あとは〜。
なんて思っていた頃もありました。
こんなに、こんなに隠れがいがあるお屋敷に住んでいるのに、かくれんぼをしてはいけないだなんて!?
「そんなぁ〜! かくれんぼしようよ。暖炉に隠れたい。あ、言っちゃったから別の場所ね。うふふふふ」
「貴族はそんなことしてはいけないのよ」
お姉ちゃん。ううん、お姉様に言われた。ええ〜。
「でもでも、貴族でも子供でしょ? 子供なのにダメなの? お姉さまは〜かくれんぼしたことある?」
「ありませんわ。そんなこと」
「じゃあ! じゃあ〜やってみようよ! やれば面白さが分かるって! ね!」
「でも」
「一回だけ! ね! 一回だけなら許してくれるよ!」
もじもじしながら、お姉様が「そうね、一回だけならそうよね。いいわよ」と言っていっしょにかくれんぼをした思い出は今からもう4年前になるのか。
私は今、お姉様とその婚約者の公爵令息と一緒にお茶会中です。
「懐かしいわね。あの青いバラ。あの花が咲いている時期に母が亡くなり、あなたが我が家に来たのよねミレリア」
お姉様のお母様の命日ももうすぐだ。
「はいお姉様。私、一人っ子だと思っていたからお姉様ができてとても嬉しかったの。まさか葬儀の直後に連れてこられたなんて思わなくって。あのときはごめんなさいお姉様」
「いいのよ。あなたは何も悪くないわ。それに、あなたにつられて私も思いっきり泣くことができてよかったと思うの」
「姉妹仲が良くて麗しいことだ。僕はここにいることを学園の男たちに嫉妬で焼き殺されてしまいそうだよ。美人姉妹で人気だからね」
「うふふ。あなたが焼かれてしまったら、私はまた泣いてしまうわ」
「はは、嬉しいね。ではこの茶会のことは自慢しないでいようかな」
うふふあははと仲のいい二人。婚約関係は良好だ。この家を継ぐ姉の婚約者である彼は公爵家の次男で、美形で成績優秀として学園でも有名。
美男美女で絵になるわ〜。
「ところでミレリア、君に紹介したい男がいるのだけど会ってみる気はないかな?」
「ええ〜。また高位貴族とかですか? 勘弁してください。前も言いましたけど、私、貴族のこのかたっ苦しい生活は結婚でおさらばしたいの。平民のお金持ちあたりがいいです!」
「ははは、平民とまではいかないが、爵位のない騎士でいい男がいるんだよ。子爵家の四男だからいろいろなわずらわしいこともないよ。ただ実績の割に権力がない家でね、うちと縁続きになってくれると王家としてはありがたいんだよね」
公爵家だから王家のなんやかやとも関係があるのね。
「うわぁ、貴族らしいことをおっしゃってらっしゃる〜」
「ははははは。まぁいいやつなのは確かだ、会ってみないかい?」
「まぁ騎士なら……」
「よし! ありがとう。きっと気にいるよ」
姉がニコニコしているから本当に悪い話ではないのだと思うけど、姉と結婚したらすぐに爵位継承する方向で話を詰めてうちの毒親たちを追い出し成功させてしまっている未来の義兄の紹介……ちょっと怖いです。
裏とかないよね?
「大丈夫よミレリア。変な人だったら私が対処しますからね。なにかあったらいつでもお姉様を頼ってね」
「お姉様! ありがとうお姉様! 頼れるのはやっぱりお姉様だけね!」
「まかせてちょうだい。私のかわいい妹だもの」
「お姉様! 大好き!」
きゃーってお姉様とキャッキャしてたら、未来の義兄が肩をすくめて
「僕の印象悪くないかい?」
と笑って言いました。
「印象はいいですよ! うちのダメ親が重大事件起こす前にしばいてくれてありがとうございます! でも私も嫌われてたら怖いなっていうか」
「嫌ってはいないさ。嫉妬はしているけどね。僕のかわいい婚約者殿が君のことを大好きすぎてね」
「まぁ。うふふ、ごめんなさい。私の生きている家族で私に優しいのはミレリアだけだから、どうしてもかわいくって。でももうすぐあなたも家族になるのだし、嫉妬なんてしなくていいのよ。あ、愛しているもの、あなたのことも……」
「シェイリーナ!」
ハグする二人。
「あー、あつーい。春なのにあつ~い。私も早く結婚して家出する〜」
あははと笑いあった茶会のあと、紹介された騎士の彼と意気投合してあっというまに脱出。
実家の姉夫婦とも良好な平民?生活を送ってます。
平民にしては貴族っぽいのよねぇ……。
まぁいっか。