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雅雄記  作者: いかすみ
第二章 始祖
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08 始祖2前編

始祖2 虎拳(前編)



迷いの森から出る雅雄。

大雑把には緑国への移動を行っていた。

奥義書の配布に当たって、次の目標だったからだ。

その状態で、最初にしなければならないのは場所の確認と時間だ。

どちらにしてもまず人に会わなければならない。

人の居そうな方向に歩いていく。

三叉路の町とは違って道路や町までは時間がかかりそうだった。


しばらく歩くと森の木もまばらになっていく。

さらに歩いていくと掛け声と打突の音が聞こえる。

誰か武術の鍛錬をしているようだ。

こういう場合命が惜しければ見て見ぬ振りをする。

覗かないのが正解なのだが、雅雄はあえて近づいていく。

それが目的なのだから。


森の少し開けたところで男が武道の練習をしていた。

早い動きを取り入れて連続攻撃を中心の組み合わせだ。

基本的には一郎に教えた狼拳の色が濃い。

なんとか自分の色を出そうとしているのか工夫の跡は伺える。

鍛錬が甘いのは目を覆うばかりなのだが、本人は真剣なのだろう。

ただ、体格と拳が合っていない。


狼拳は一郎のように少し痩せ方で足の速いものが使えば最高の能力を発揮でき

る。

目の前の男はお世辞にも痩せ型とは言えない。

どちらかといえば筋骨隆々というのが正しい。

体重が重いので、すばやい動きというのがどうしても半歩遅れる。

だが力は有りそうなのだ。

動かず体のためを利用して一撃必殺とすれば強くなるのがわかる。

雅雄が木陰でそれを見ているとしばらくして男も気づいた。


「木陰の男、偵察とは卑怯だぞ」

声を掛けられた雅雄としては、どこが卑怯なのか?

男の言い分に笑うしかなかった。

「別に隠れていたわけじゃない、休んでいただけだ。ここは誰の土地でもない

 のだろう」

「うむ、たしかに。卑怯と言ったのはすまなかった。新しい武術を研究中だっ

 たのでな、盗まれると困るのだ」

「新しい武術?」

「そうよ、2年前に英雄が起こしたという白国の狼拳を見たんだ。みごとな拳

 だった。少し修行もしたのだけどだめだった」

「2年前か、それで」

「あれを見て、俺も一つの流派を起こしたくなってな、出来ればこの緑国の正

 式の拳法として認められるぐらいのものを創りたいのだ」

「正式の拳法というのは?」

「お城の中の警護の兵は門に立つ以外は素手が中心なんだ、警戒時は武器を持

 つけど、だから武器を持たないときに使える武術をやっていればより有効じ

 ゃないかと思ってな」

「お主は城の警護兵なのか」

「おうよ、近く採用される予定なんだけどな」

「予定なのか?」

「まあな、今度行われる緑国主催の武術大会にこの虎丸とらまる 大輔だいすけが優勝するから

 な」

「そうか、たいした自信だ。一応名乗ったなら礼儀で答えないといけないな、

 白野しろの 雅雄まさおだ」

相手の男には気の器がすでにある。

過去の子供の頃に治療なり指導を受けている。

一郎との会話でそのことに気付いていた。


「おう、よろしくな。それで拳法名も考えてるんだ、虎拳だ。かっこいいだろ、

 強そうで、狼に対抗してるんだ。去年の狼拳は凄かったけどあれぐらいなら

 まだなんとかなると思ってな」

「それであの動きか、あれでは狼の物まねだな」

あまりに都合のよい暗合にあきれるばかりだ。

名前さえも一致していた。

「やっぱり、そう思われるよなー。あの洗練された動きがどうしても忘れられ

 ないのだ、無意識に真似してるようだ」

「なんで基本にもどらないのだ」

「基本というのはなんだ」

「それだけの体格なら一撃必殺だろ。狼拳のような一撃離脱など真似する必要

 ないだろう」

「・・・・、おお!、そうだよな。良いこと言ってくれた。そうだ、そうだよ

 な」

どうも深く考えてなかったようだ。


拳法という物が体系的にまとまる前だ。

その中で、狼拳は画期的なものだったのだろう。

雅雄は、前の三叉路の町の噂で他の武術の情報も仕入れる。

他国の武術の中に猪拳と蛇拳の噂は広まっていた。

しかし、離れていたため、実体は広まっていない。

雅雄は、その噂からそれぞれの拳法のスタイルを固めていく。

この時点、すでに拳法の形は決まっていたのだから、矛盾もいいところだ。

虎拳などは本人の名前さえ使われている。

さすがに、雅雄にもその意味が解った。

目の前の男は『すでに選ばれている男だ!』と。


雅雄の言葉をきっかけとして大輔の拳法がいきなり変化していく。

さっきまでの速度重視の拳からいきなり力重視の練習に切り替えた。

単純なものだ。

だが雅雄の目から見れば前より少しいい程度の武術ダンスだ。

大輔に弱点を教えてやろうかと声を掛ける。

「ちょっと、相手してみたいがいいか?」

やはり、体で教えるのが一番の早道だろう。


掛けられた声に大輔のほうが意外そうな顔をする。

「いいけど、手加減は出来んぞ。命の保証はせんからな」

「かまわんよ。殺されても文句は言わん」

「死んでから文句言われては怖いがな」

そう言って場所を示す。


対峙して数秒後。

「まいった、勘弁してくれ」

泣きが入る大輔。


雅雄は大輔の拳の弱点と強みを丁寧に教えていく。

今までの大輔の拳は狼拳から足を除いた程度だった。

守りが出来てないのだ。

狼拳は一撃離脱なので守りを速度でかわすようにしている。

その速度を無くしたのだから、隙だらけの半端な拳法だ。

そこでまず一撃で決めること、

確実に決めることを教える。

それを前提にするには『相手に近づくことが重要だ』と教える。

そのためには相手の攻撃をしっかり防御する。

こちらの攻撃範囲に誘い込むことを強調する。

そして、近づいてきたところで相手の防御をも打ち砕く必殺の一撃を叩き込む

のだ。

理論でしっかり教えると大輔はそれを簡単に吸収していく。

やはり始祖と言われるようになる男だ。

その上で瞬発力による長躯を教える。


動かないというのは相手が近づかないと攻撃できない。

少し考えれば相手は離れた位置で休みながら攻撃してくる。

それでは実践で役立たない。

そこで相手より離れたところから一気に詰め寄る作戦だ。

もちろん狼拳のように変幻自在な攻撃ではない。

防御をしっかりした長い拳なのだ。


始めはどうしても走り込む形だった。

要領を教えるとわかったようだ。

地面を足で蹴ってその反動で動くのだ。

走るよりするどい。

ただ直線しか動けないので武器を相手では苦しい。


そこで利き腕以外に防御用の盾、又は手甲を持たせる。

そしてさらに剣を持って戦う方法も教える。

そうすれば警備についているときも使えるようになる。

雅雄の教える拳の中で唯一武器を持って戦う拳法だった。

もっとも、指弾や手裏剣は拳法では当然のたしなみともいえた。


大輔は納得して剣の修行もやっていく。

そうして10日ほど訓練を施した。

最初の武術ダンスにくらべれば格段の進歩だ。

(注 雅雄の常識が狂っているので、大輔はすでに一般の師範を超える実力)

武術大会の日が近づいてきたので会場に向けて出発する。

10日の付き合いですでに大輔は雅雄を師匠と呼んでいた。

出し惜しみするものでもないので奥義書を渡す。

虎拳が産声を上げたときだった。

受け取ったとき感激していたので、結構激しい性格だ。


緑国の首都まで7日ほどかかるという。

雅雄は国の様子を見ながらのんびり見ていく。

緑国は名前のように農業が盛んで結構大規模な農地があちこちに点在していた。

今まで見てきた白国のような商業は今ひとつのようだ。

だが町になるより村が点在する形で人口は増えていた。

白国はその点商業の国らしく、村より町の発達が主流だった。

国の違いが如実に現れておもしろかった。


村が多いのは逆に警備隊の目が届かないことが多い。

緑国では自警団が幅を利かせていた。

しかし、我々が武術大会に参加する者と知ると尊敬の目で見てくれる。

そのため、武術大会のレベルの高さを知ることになった。

参加するだけで尊敬されるレベルだと知る。


基本的にこの世界では武器の所持は厳しい規制があった。

傭兵に属していないと、庶民は武器の携帯も赦されない世界だ。

剣を持つためには身分と身許をしっかりしておく必要があった。

各領主が治安維持に気を配っているからだ。

そして、武器の携帯禁止は確実に治安に効果があったのは事実だ。

そのため、武器を持たない拳法がもてはやされていた。

その中で、大会に優勝する者は英雄とも言える。


自警団の武術は喧嘩のレベルだ。

まだ大系的な拳法というものには程遠い。

特に怪我をしているものがいるときなど、簡単な治療をしてやると歓迎された。

大輔は雅雄が治療も出来ると知ると目を丸くしていた。

医療技術はこの世界にまだ確立していない事を知る。

ただ随所に伝説的な医者の噂を聞く事があった。

『その医者に大輔も助けられた』という内容に雅雄としては複雑な思いだった。


大輔はどこに行っても、優勝して虎拳を正式武術にすると自慢していた。

聞いたものはほら吹きのような目で見ていた。

しかし、大輔がその目に気づくことは無い。

二人は、あちこち見学しながらすすんでいく。

ならず者が集団で行動しているのを見かける。

山賊ほど悪質ではない。

こちらに被害が無いので相手にはしない。

しかし、目にあまるときは軽く警告するときもあった。

あくまで軽くだ。

大輔の実戦練習を兼ねて襲った結果は・・・・

村人には結構感謝されていた。

もう並の盗賊なら数人掛かりでも相手にならない程度の強さだ。


そうしながら会場の王都まであと一日というところまできた。

そこで、本格的な盗賊団のようなものに襲われてる馬車があった。

農業用ではなく、窓のついた箱型の高級馬車だ。

周りには護衛をかねた御者らしきものが倒れている。

雅雄は大輔に馬車を守るように言いつけて、倒れている御者に駆け寄る。

生きているなら助けてやりたい。

結果は正解だった。


瀕死で後わずかで死ぬところだった。

誰も見ていないので全開で治す。

この男にも気の器はあった。

過去に治療をうけているのだ。

もちろん少し傷を残す程度には手加減はしておいた。

大輔は扉の前に剣を構えて陣取り、賊を次々に倒していく。

練習用の木剣とは違い、拾った本物の剣で相手だ。


大輔は、剣の実力も凄いものだ。

そこらの盗賊など楽に倒す実力は頼もしい限り。

もう一人前ともいえた。

盗賊たちは仲間が半分ぐらいになったところで引き上げていく。

囲まれていたので、止めをさせない都合で致命傷を与えられない。

そのため、背後関係を突き詰める事が出来ない事が心残りだ。

その手際のよさは盗賊というより訓練された傭兵のようだった。

そして、馬車に乗っていたのが緑国の三の王子だ。

やはり盗賊ではなく、暗殺をたのまれた傭兵のようだ。


二人は、お家騒動に首を入れてしまった。

御者の男から聞いた限りでは、他に二人の王子がいる。

この、まだ14歳の王子はわずかな差で三男だ。

馬車には教育係の老人と侍女が一人乗っていた。


事実上の王位継承者は三人の争いで、その真っ只中に飛び込んだようだ。

さらに話を聞くと、王子は郊外の別荘からの帰りを襲われたのだ。

ガードしていたのは前回大会優勝者の男だった。

それなりの人を確保するあたり、王子はやり手のようだ。

もっとも、スケジュールが把握されている時点で敵の方もそれなりの人員を抱

えているようだった。

人を見るという点では大輔は、この王子についていけば優遇されるだろう。


護衛の御者はかなりの使い手だった。

しかし個人がいくら強くても所詮限界がある。

多勢に無勢で誘い出されて囲まれてしまったのだろう。

軽装鎧はあちこちが傷だらけで奮戦が予想できた。

護衛が倒れた後、王子自ら剣を取って入り口の有利さでかろうじて守っていた

のだ。

そこで我々の助けが入ったというところだ。

王子は必死の抵抗で守ったのだから武術もそこそこに大したものだ。

馬車の構造上片側しか扉が無いことが幸いだった。


話をしているうちに城から援軍が来た。

雅雄は、殺気は感じられないのでそう感じていた。

のんびり構えていたらいきなり囲まれてしまう。

大輔はとっさに王子を馬車に押し込むと入り口で構える。

雅雄はさっさと両手を上げて無抵抗を宣言する。

この一団が王子を守りに来たものと判っていたからだ。


隊長の顔を見た王子が声をかける。

誤解は解けて一転して賓客扱いになる。

王子は雅雄を軽蔑するような眼差しをする。

雅雄が抵抗も見せず降参したように見えたのだろう。


どうやら、人を見下す性格のようだ。

優秀な人が、落ちる陥穽だ。

弱い人間は嫌いだと察する。

本人が優秀なだけに無能力者に我慢できないのだろう。

武術の実力で人を評価していた。

一国を操るのに武力を頼っているようでは器がしれていた。


王子との練習など相手が本気で打ち込んでくるものではない。

それで、自分の実力を過大評価もしているようだ。

そんな王子でもこれから大輔が世話になる。

雅雄は手を貸すことにした。


賓客として馬をあてがわれた。

馬車には乗せてもらえないのだ。

年寄りに見せているのだからそれぐらいしてもいいと思うのだが、

可愛そうに馬を取られた騎士は歩いていくことになる。

どうせなら馬車の屋根にでも乗せればいいのにと考えていた。

部下の扱いに配慮をかけるようだ。


貴族のものがよく陥る下のものを道具としてみる癖だ。

部下も人だということを認識していないと足元をすくわれる。

問題は多いがろくな教育を受けていないのだろう。


あの護衛は何とか動けるようになったので御者をつとめる気だ。

さすがに強者らしく、自分の傷が致命傷だったのを知っていた。

それがほとんど傷が治っているので、治したのが雅雄だと気づいている。

馬車に乗るときこちらに礼を送っていた。


王都に入ったところで兵の控え室に連れ込まれる。

城までつれていってもらえない。

これはこれで、いろいろ見ていけるので助かった。

身元の確認をとられ入城許可証を渡された。

武術大会が近いので観光目的のものも多いようだ。

形式的なものなのだろう。

簡単な取調べだった。

すらすらと答えればいいようで、考えながら言うようだとまずいらしい。

雅雄は白国の三叉路の町出身と答えてすんなり通してもらえた。

どちらかといえば大輔が余分なことをいって笑いをかっていた。


優勝して衛士になる男だといえばそうなるのは当たり前だ。

そのまま城の方に案内されて行く。

町はあの三叉路の町と比較にならないほどにぎわっていた。

商人も活気があるが、人口の割りに排水等の施設がよくない。

汚物の処理も不完全で町そのものが臭いと感じた。


街の隅にごみは散乱しており、溝には汚物が入り込んで悪臭を放っていた。

計画的な掃除とかはしていない。

街を作るのが先決で管理まで手が回っていないのだ。

為政者の質が問われる光景だった。

もっとも管理すべき貴族はそんなところ気にもしないのだろう。

それもしばらくすれば慣れた。

人間の順応性はたいしたものだ。


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