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雅雄記  作者: いかすみ
第一章 出会い
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05 出会い最終話

初接触


道場の門下生達は信じられないものを見て呆然としていた。


二人が開始線に立ち、『始め』の合図がかかった。

いつもなら妹の桜のほうが動くのに今日はぼーとしてる。

兄の方が動き出して桜の襟を掴みにいった。

ここまではみんな見ていた。

今日も兄の方が桜さんを投げておしまいと予想した。

次の一秒にも満たない瞬間といっていいタイミングだった。


道場に響く大きな打撃音。

そして、見ていた仲間のところに、兄の方が飛び込んだ。

なにが起きたのか誰にもわからなかった。

兄のほうは意識が無い。

一目で重傷と判る様子だ。


たちまち道場の中は大騒ぎになる。

担架を探したり、医務室に駆けていくものなどだ。

原因の桜は呆然と立ったままそれらを見ている。

もう一人の師範代がようやく桜の肩を叩いて気づかせた。


振り返った桜は周りを見渡して運ばれていく兄を見つける。

急いでその後を追いかけて医務室にたどりつく。

医務室では仲間が兄の胴着を脱がそうとしていた。

血が出ていないのが不思議なぐらいの様子だ。

脱がしていくうちに傷が目に見える。

背中に手のひら形の打撲。

こちらはたいしたことなさそうだ。

といっても、軽傷ではない。

それより重傷のところが目立つから軽く見えるだけだ。

鳩尾周辺にも手形があった。

これは背中の手形と対のものでこれもたいしたことは無い。

軽く肋骨を折っている程度。

下になった体全体の打撲も見た目程ではない。

そして、わき腹のへこみだ。


傷は、肋骨を折って陥没していた。

状況からすれば、内蔵破裂も考えられた。

その傷を見たベテランの師範代は医者を呼びにいくよう指示をだす。

それと共に師範を急いで呼びにいかせる。

助けると言うより、死に目にあわせたいからだ。


そんな状況なので誰も桜を見ない。

また桜の動きを止める者もいなかった。

結果的に兄が死ぬことになっても勝負の世界では諦めるしかない。

別に桜を責める者もいなかった。

試合上の事故なので責任もない。

しかし、そこに居る男達には、今後桜が武術をやめることが想像できた。


桜は自分のしたことといえ、ひどいダメージに兄にしがみつく。

傷口に手をあて、治ってと心から思った。

体の奥から熱いものがこみ上げてくる。

あの老人が言った言葉がよみがえる。

『この力は治療にも使える』と言った言葉だ。

『治れと念じればいい』と言ってた。

藁にもすがる思いでその言葉に期待する。


力を入れると兄の体が透けて見えるようになる。

どこがひどいのか良く見える。

へこんだ部分の組織がぐちゃぐちゃになってるのが見えた。

心臓の脈動が弱々しくなっている。

患部からの内出血の様子まで見ることができた。


力をそこに集中すると組織はゆっくりと戻っていく。

それに伴い、骨が元の位置に戻っていく。

外側から見てもへこんだ部分がゆっくりもどる。

骨が定位置に収まっていく。

そして骨がつながっていく。

まるで、傷を巻き戻しているような印象。

背中の打撲はすでに治っている。

腹のほうの打撲も治った。


そしてさらに見ていくと気づく、足のほうに少しゆがみがある。

そういえば何気ないときに兄が足をひきづる癖がある。

そこに力をこめる。

足の骨がゆっくりと変形して正常な形になっていく。

そこで不自然なことに気づく、なぜそれを知ってるのか?

そこに気づいた瞬間、集中力がとぎれて元に戻る。


それを見ていた道場の仲間は、信じられないものを見たように目を丸くする。

兄はすぐに眼を覚ました。

兄が目を覚ますと同時だ。

それと反対に桜は体中の力が抜けていく。

譲ってもらった力のほとんどを吐き出したからだ。

意識が黒い霞のような物に吸い込まれていった。


遠くに兄の呼ぶ声が聞こえる。

気が付くと桜は布団に寝かされていた。

兄の傷を治すために呼ばれた医者は、桜の容態を見て帰っていった。

兄は仲間の師範代から事情を聞くと緘口令を発した。

桜のことを道場外の誰にも話すなということだ。

その頃には事故を聞いた父親の師範も現れ同様な指示が出された。

そして師範と兄と師範代の3人が枕元で桜の目覚めるのを待っていた。

医者の話では単なる過労だということだった。

『お嬢さんにあまり無理な運動をさせないように!』といやみを言われたぐら

いだ。

過激な運動させて気絶したと思われたのだ。


目覚めた桜は真っ先に兄の容態を聞く。

兄は『大丈夫』と言わんばかりに、傷のあったところを見せて軽く叩く。

父親は何が起きたのか改めて桜に聞きなおす。

すでに、二人から事情は聞いているので、なにが起きてるのかは知っている。

桜がなにをしたかも、予想はしていた。

伝説にある気の治療だということは予想していた。

問題はなぜそれが出来るようになったのかだ。


だが桜はその点をついに話さないままだ。

『いつの間にか出来るようになった』と答えた。

男のことは話さないほうが良いと感じたからだ。


桜が目を覚まして道場に顔を出す。

普段ならみんな帰っているのにその日は全員残っていた。

桜の顔をみるとみんな崇拝の目で見ている。

桜は、自分がこの道場で神様になったことを知る。

兄は桜との話で持病の足さえ治っていることに気づかされた。



数日が過ぎて桜の体調は完全に戻ったので再び森に向かう。

森の奥のいつもの場所に着くと書置きがあった。

木の葉で作られたきれいな文字で書かれていた。


『どうやら力を使うことに慣れたようなのでこれでお別れだ。

 言い忘れていたが人体の知識と体の強化は自動で組み込ん

 でおいたので気にすることは無い。

 狼拳は入門式がすべてなのでそれにそってやれば完成する

 奥義書を見ていけばいい、奥義書は各流派共通』と。


こんな草で書かれた文字がなぜ残っているのか?

不思議に思い触る。

瞬間風に溶けるように文字が消えていく。

桜の気に反応して見えるようになり、そして消えていった。

後に残るのは雑多に見える草の葉だけだ。

まるで手品をみているようだった。


その後の桜は父親に奥義書の読み方を教える。

師範の父親は奥義書の読み方を知り驚く。

そして、その内容にも驚くことになる。

狼拳はそれを境に急速に強くなっていった。


桜は3年後旅先で知り合った蠍師範と縁があり結婚することになる。

そのとき兄と約束して狼拳は封印することにした。





桜子との話で忘れていたことが思い出された。

あの初めて会ったときのことだ。

そしてメモにあった『奥義は各流派共通』という言葉だ。

それを思い出した桜は主人のところに駆け込む。

普段落ち着いた妻の桜が慌てて来たことに何事かと驚く師範。

落ち着いて話を聞く。

奥義書に秘密があると知らなかった師範は驚き確認する。

そして奥義書を覗き込んでがっかりするのだ。

桜の言うような現象は起きなかった。

なぜそれがうまくいかないのかわからないまま机に放り出す。

桜はその奥義書が偽者かもしれないと疑うぐらいだ。


そうこうしているうちに娘の桜子が迎えに来た。

道場で怪我をしたものが出たとの知らせだ。

命に別条は無い程度の怪我ということで桜のみ治療室に向かう。

後に残るのは桜子と乱雑に置かれた奥義書だった。


桜子も師範の娘だ。

そのようなものがあれば気になる。

子供の頃見せてほしいとねだった。

しかし、ついに見せてくれなかったものだ。

それが今、目の前に出されている。

『少しだけ』と自分をごまかして覗く。


最初の一枚を覗いたとき、スイッチが入った。

膨大な量の情報が桜子の頭に書き込まれていく。

そう、奥義書は同じものなのだ。

膨大な量の情報を書き込まれたハードウェア。

それを受け取るものには資格がいる。

狼拳ではそのシステムが制御されていたので、手動の起動システムを使えた。


蠍拳の奥義書は生きていた。

近くに居る最大の気を感知する。

近くに桜子という本来の持ち主がいたため動かなかった。

それを桜子が見てしまう。

まだ蠍拳を十分マスターしてなかった桜子が見たのだ。

そこに不運も存在していた。


普通なら奥義書は気のマスターに伴い少しづつ解読されていく。

蠍拳を知っていればそのように進行していくはずだった。

そこにあきらの怪我が飛び込んできた。

桜は気の全開で治療に当たっていた。

あの五十年分を上回る回復力だ。

特に足をつなぐときだ。

そして桜子はそのとき足を持っていた。


リークした気は桜子に思いっきり流れ込んでいく。

そこに抵抗が少ない器が存在していたのだから当然だ。

本人は意識していなかったのだが、桜の娘だ。

やはり器は相当大きなもの。

そして、無意識に取り込んでいった。

桜が疲れてへたばったのは当然で、大半が桜子に流れていたのだ。

桜子自体、目の前の作業に気をとられていた。

それで自分の変化に気づかなかった。


そして危険な火薬を無意識に持ち歩くようなものだ。

管理されない気はいつ暴走するかわからない。

そして奥義書の人工頭脳は桜子につながる。

奥義書はその状態を危険と判断した。

緊急のシグナルを発する。

それは亜空間に灯台のように点滅した。

さらに人間というハードウェアーに緊急の管理プログラムを送り込んだ、

だが人間はそんな高速のインタフェースを持っていない。

その結果はみるも無残なオーバーフローにつながる。


桜が治療を終えてもどってきた時、そこに白目をむいて倒れている桜子がいた。

急いで気を送り込み起こそうとするのだが反応が無い。

主人を大声で呼び寝室に運び込む。

だが主人が現れてもどうしようもない。

医者を呼びにやらせて後は見守るだけだ。


桜は桜子の手をとり回復してもらおうと全力で気を送り込む。

いくら送っても反応が返ってこないので気ばかりあせる。

それは桜子にさらに気をためるだけだった。

ようやく現れた医者を見て桜は驚く。

あの雅雄と名乗った若者だ。

だがその男は桜を見てもなんの反応を示さない。

「単なる気絶じゃよ。気にすることはない」

すごい年寄り風の話し方。

でも『気にする必要がない』と言われ一安心だ。

父親も現れ医者に挨拶する。

桜はなんとなく会話がずれていることに気づいた。

それは医者の方が先に気づいたようだ。


「奥さん、ちょっと話がしたい」

そう言って廊下に呼び出す。

『なにか重要な話でも?』と廊下に出て扉を閉める。

桜としては久しぶりなので挨拶もしたかった。

「奥さんは、私の姿が見えてるのかな」

桜は何をいわれてるのか解からなかった。

正体を見抜いているのは最初に会ったときに知ってるはずなのだ。


「勿論、雅雄様の姿は見えてます」

「そうか、それであの子はすごい気を持ってるのか」

「え、気を持ってるというのは?」

「奥さんもすごい量だけどあの子は奥さん以上だ。ひょっとして気を送り込ん

 だのかな」

「ええ、回復させようと思いっきり注入したので」

「そうか、それで」

「桜子は大丈夫ですか?」

「それは大丈夫、落ち着けば奥さんと同じ能力が使えますよ」

「師匠、いい加減他人行儀ないいかたをやめてください」

「他人行儀って、前はなんと呼んでたかな」

「忘れたのですか。桜とよんでたでしょう」

「そうそう、桜さんだったかな」

「いいえ!、桜です! 師匠ふざけてるのですか?」

「そういうわけじゃない。いろいろあったから、忘れてただけだ」

「ほんとに、しっかりしてください」

「うん、ところで桜はどこの出身だった?」

「もお、そんなことも忘れてしまったのですか。狼ですよ」

「狼・・・、狼拳の桜さんかな」

「そうですよ。情けないなー」


どんどん若い頃の口調に戻っていく桜。

お互いあまり年を取っているように見えないからなおさらだ。

それに対して歯切れの悪い雅雄。

いろいろなことを聞いて情報を仕入れていく。

対して桜はそんなことも忘れたのかとあきれ顔。

楽しい会話も済ませて再び桜子の枕元にもどる雅雄。


「大体事情はわかった。情報過多によるオーバーフローなら」

そう呟くと桜子の頭に手を当て力を注ぐ。

傍目には桜子の頭の熱を測っているようにみえる。

だが桜には雅雄の体からなにかが出てるように見えた。

桜子はすぐに目をさます。

母親の桜の顔を見るとうれしそうに、話し出す。


「お母様と同じことが出来るようになったわ」

あらかじめ聞かされていた桜は驚かないが父親はびっくり。

騒いでいるうちに雅雄は席を立ち帰って行く。

見送る桜は最後までなにか不自然さをぬぐいきれない。

後から桜子に『あの美男は誰か』としつこく聞かれる羽目になった。



十分道場から離れたところで雅雄が呟く。

「28年前、狼道場の近くの帰らず森、熊に襲われた直後、そして緊急シグナ

 ルシステムを200年前に設置、他多数あり。調査必要」



そう雅雄とこの世界の出会い。

それは、この緊急シグナル受信から始まったのだ。




第1部完了



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