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雅雄記  作者: いかすみ
第五章 里美の旅
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39 里美の旅3

里美の旅3


五年ごとに行われる白国武術大会。

その300年記念大会だった。

蠍道場も当然出場した。

蠍拳も選ばれた拳法だと言うことでシードを組まれていた。

強豪同士潰しあわないようにという配慮だ。

前回の大会まではそれでよかった。

ところがこの大会ではまさかの予選落ちだ。


理由は前回大会の参加予定者だった道場師範が急逝したためだ。

そして、その後を継いだ師範まで病死してしまった。

蠍拳の師範がこれで二人続けて病死してしまう。

前師範はまだ鍛えられていたのでなんとか強さを維持していた。

新師範はなにも教えられないまま参加するはめになってしまった。


新師範の名前は、さそり 尚吾しょうごという。

まだ、二十二歳だ。

一応蠍拳の直系の子供で、最低の武術はこなしていた。

しかし、蠍拳の奥義レベルには遥かに及ばない。

他の道場のシードされた師範または代表は軽々と本戦に参加していく。

意外な結果に驚くのは大会を運営していた狼拳の代表だった。

事情が事情なので仕方がないという考えもある。

しかし常連ともいえるメンバーの落伍はシードの意義を問われるものだ。

事実大会参加メンバー達から突き上げをくらった。

『弱い道場を優遇している』と言われてしまう。


運営者としてつらい宣告をしなければならない。

そして、尚吾に言い渡した。

『次回からシードを外す』というのだ。

尚吾にすれば梯子を外される思いだった。

狼拳師範は世論に押されてやむ終えない結論を出した。

しかし本意ではなかった。

シードというと有利さばかり目に付くが運営者としては制限をしていたからだ。

それを外れた蠍拳がどうなるのか不安でもあった。


優勝道場は次の大会で無条件にシード扱いだ。

だからシードは実質8道場分に与えられる。

シードに選ばれれば予選は予選枠ベスト8からの参加だ。

しかし2名という制限が与えられていた。

そのため、どちらにしても本戦へは一人しかいけなかった。

本戦は16人だから半分が大抵はシード道場がとっていた。


シードに選ばれていれば優勝候補の7つの道場と戦わなくていい。

それは本戦への参加において相当有利なことだった。

さらにシード同士は本戦ベスト8までは戦わない。

これは強者同士の潰し合いをさけるためだ。



参加者の多くはそれらシードの山に割り振られないよう祈っていた。

そして割り振られた者は早々にあきらめるぐらいだ。

事実、尚吾に勝った相手の道場の者は優勝したような喜びようだった。

多くの一般参加者はシードというのを苦々しく思っていた。

シードに当たる道場のものは当然他の強い道場と当たらなくて良い。

自分達はそれらのものにくじで当たるのだから不公平だというのだ。


シードに割り振られたところは参加が制限されている。

そのことは一般には知られていなかった。

何人出しても本戦は一人しか出せないのだから当たり前だ。

シードを外れれば何人出してもよい。

事実多くの道場は数人だしていた。

もっともさすがに本戦に出るには師範がやっとというところだ。


そのシードを外されるということはそれらと同じ扱いになる。

それは仲間と言われていた道場から外されることを意味していた。

前師範の奥方、尚吾の母親は猪拳の縁戚のものだった。

尚吾は黒国に帰る途中、気の重い道中だ。

分家の白国蠍道場の方が予選決勝まで行って成績が良かったのもある。



尚吾は、ある宿で仲の良い夫婦と知り合いになる。

旦那さんは25歳ぐらいで奥さんは20歳ぐらいだった。

食事の場で他の席のものが大会のことを話している。

その場で蠍拳のふがいなさを言っていた。

蠍拳の不調は大会では有名だった。

その時、その夫婦がそれをたしなめていた。


『準備不足で単に調整を失敗しただけ』だと。

尚吾はその言葉に救われた思いだ。

優勝は猪拳だったが、それ以上に有名な蠍拳没落だったのだ。

蠍拳を庇うものなど一人もいなかった。

尚吾は二人を食事の席に誘い話を聞くことにした。


二人は気軽につきあってくれた。

ご主人の方は年下の尚吾なのにそんなことを意識させない。

尚吾は大会で負けてから初めて心からくつろぐことが出来た。

そして、二人を道場に招待することにいつのまにかなっていた。


道場に戻るとやはり厳しい現実が待っていた。

練習生の1割が抜けていたからだ。

師範代は泣きそうな顔で迎える。

すでに、シードが外された情報が伝わっていたからだ。

蠍拳のメリットの一つがそれで消えていた。

習得に少し時間がかかるだけに他の拳法の方が有利という話もあるぐらいだ。

そんな修羅場を余所に、二人の客人は庭などを見て楽しんでいた。

特に尚吾の母親とは同郷のようで、女同士話が合っていた。

まさか、祖祖祖母とは気付かない尚吾の母親だった。


そんなとき道場荒らしが現れた。

本来道場荒らしは引き受けないことになっている。

それなりの力のものとの対戦は有料なのだ。

だが、その男は金も払わず堂々と乗り込んできた。

そして、尚吾との対戦を望んでいた。

師範代が排除しようとしたが、逆にあしらわれてしまう。

尚吾よりあきらかに強かった。


もうこれで道場も終わりかと覚悟を決め、立ち上がろうとする。

その時、あの夫婦の主人が割り込んだ。

「舞踊拳の師範代の方が無粋じゃないですか?」

道場の全員が驚く。

一番驚いていたのは尚吾だ。

仲間と思っていた道場の者が荒らしにきたのだ。

「正体がばれては仕方がありませんね」

完全に開き直りだ。

尚吾は『何故』と問い詰める。

男は『師匠からの指示だ』という。

事情を聞いても教えてくれなかった。


夫婦者が名乗りをあげた。

「白野雅雄というものだ、妻の里美だ、よろしく」

尚吾は仲良くなっていたのに名前さえ聞いていなかったことを思い出す。

道場荒らしの男は邪魔されたことを不服そうに答えた。

おおぎ 次郎じろうだ」

尚吾は相手が扇を名乗ったことに驚いていた。

まして次郎という、普通なら次男だ。

当然、どこかの道場を任される立場の人間がここにきたのだ。


雅雄が話をつづけた。

「次郎さんはどこまで頼まれたのかな」

驚く次郎。

「どうしてそれを、依頼されたのは俺だけのはず」

尚吾には訳のわからない話だった。

雅雄が続ける。

「依頼の件は私が引き継ぐから、帰っていただいて結構ですよ」

「なにを依頼されてるのか知ってるのか?」

「当然ですよ。でも手ぶらじゃ帰り難いでしょう。お土産をあげますよ」

そう言って里美の方をみる。

里美はうなずくと道場の真ん中に歩いていく。

『何事が始まるのか』とみんな集中する。


里美は舞を始める。

舞踊拳演舞だ。

それも舞踊拳の師範代も見たことのない舞。

それを見た舞踊拳の男は呆然としている。

見たことは無いけど、その動きの要所の形に覚えはあるからだ。

尚吾はその幽玄な舞にやはり見惚れていた。

それは道場全員が同じだ。

ただ踊りが終わったとき雅雄以外は全員壁に張り付いていた。

顔面は真っ白だ。

振られる幻の手をかわしていくうちにそうなっていた。


「どうしてそれを・・・」

踊り終わった里美に質問する。

里美は答えた。

「一度見せてもらったから覚えているわ」

「そんなばかな、ここ二百年、誰も踊れなかったのに」

見せられた舞踊拳の踊りは秘伝の攻の舞だ。

扇梓が踊って直接伝えたあと踊れるものは一時いなくなった。

だが、その後熊拳の師範桜子の長女が扇家に嫁に来た。

そのとき、祖母から教わった踊りというのがそれだった。

驚くとともに無くした踊りが復活したことを喜んだ。

しかし、それを踊れるセンスのないものには踊れない。

そしてそれは、伝えることが出来ずに消えていった。

ただ踊り符だけは残してあったので動きは真似できるというレベルだ。

それはピアノの華麗な演奏を指一本で演奏するようなもの。

誰も実物を見ていないので再現はどんどん難しくなっていく。

男は父親から『こういう踊りもある』とだけ紹介されたものだ。

でもそれは、普段の守の踊りに比べあまりにひどいもの。

その実物の踊りを見せられたのだ。

驚くのは当たり前だった。


「なぜそれを」

雅雄は軽く笑って。

「一度見れば覚えただろう。これを手土産にあとはまかせろ」

「覚えたけど、どうして?」

理由を聞こうとするが取り合わない。

「踊り符が残っていただろう。それを参考にすれば出来るよ」

そう言うとさっさと追い出しにかかる。

しつこく問いただそうという男を追い出してしまった。


尚吾には目の前の夫婦が只者ではないことがわかった。

「それでは師範、詳しい事情は師範の部屋で、里美、後は頼んだぞ」

「はい、あなた、やさしくするわ」

「おいおい、むちゃするなよ」

「あら、わたしはいつも無茶はしないわよ」

「・・・・・」

二人は掛け合いのような会話をすると尚吾の背中を押した。

尚吾は雅雄にせっつかれるように道場を後にする。


部屋に戻った尚吾は改めて目の前の雅雄をみる。

旅の間と庭を見学している雰囲気と違う。

旅の間は新婚夫婦かと思うぐらいほんわかしたものだった。

目の前の雰囲気は剣先を目の前に、裸でいるような雰囲気だ。

尚吾は、完全に雰囲気に呑まれていた。


おそるおそる先ほどのことを聞く。

「依頼された仕事というのは・・」

「決まってるだろう。他の道場の師範も心配しているんだ」

「え、蠍を潰そうということではないのですか?」

「あの次郎は、尚吾の実力を測りにきたんだ」

「なぜ」

「心配だからさ」

「でも、・・」

「蠍拳は兄弟拳法なのを知ってるのか?」

「兄弟拳法?」

「そうだ、同じ師匠が立ち上げた拳法なんだ」

「まさか」

「白国のシードの七拳はみんな兄弟なのさ」

「そんなばかな!」

一つの拳法だけでも信じられない強さだ。

それが『一人に教えられた』と言うのは尚吾には信じられないことだった。

「師範になれば普通は招待状を出して挨拶するのだけど」

「私は教えられていない」

「だから他の師範達が心配しているんだ」

「なにを」

「奥義書の秘密さえ教えられなかったのじゃないかとね」

「なんですか。その奥義書というのは」

「やはり、そうか」

「ですから、奥義書というのはなんですか?」

「蠍拳奥義書のことだよ」

「そんなものがあるんですか?」

なんにも教えられていなかったようだ。


雅雄は部屋の中を見渡す。

普通は持ち歩かずに部屋のどこかに隠している物だ。

それも、常時いる部屋でこそ効果が高い。

だから、部屋にある!

そう確信していた。

師範の机の中に反応がある。

尚吾に許可をとり引き出しを調べるが無い。

引き出しを抜いて底板を調べると出てきた。

尚吾はそんなところに隠してあるとは知らなかったらしい。


これが奥義書だ。

そう言って手渡す。

渡された尚吾は開いてみるがなにも書かれていない。

尚吾に気の要素は全然なかった。

雅雄は一から鍛えなおすしかないと覚悟した。


尚吾に蠍拳のことを教える。

そして奥義書の読み方を教える。

尚吾は言われたように読み始める。

雅雄は部屋から離れていく。

そして、道場にもどった。


「あら、あなたもういいの?」

道場では里美が稽古を終わらせていた。

周りには屍累々という風情だった。

「やさしくしてやれといっただろう!」

「やさしくやったわよ。それに耐えられなかっただけよ」

「世間ではそれを厳しいというんだがな」

「いいじゃない。どうせあなたもやってきたんでしょう」

「単に奥義書に関して知らないから読み方を指導してきただけだ」

「気の器は?」

「なし。男だからな」

遺伝による気の器は男には遺伝しない。

危険だから保護されてされていた。

遺伝しないのではなく発現しないというのが正しい。

だから、素質さえあれば簡単に器が出来る。

尚吾の素質は直系だけに高かった。

「あなた、むちゃもいいところね。3日は帰って来ないわよ」

「まあ、やさしくやっている余裕はないからな」

「ところで表で覗いている坊やはどうしましょう?」

「結局帰らなかったのか?」

「当然でしょう。奥義を目の前で見せられてのこのこ帰れるものですか!」

「しょうがない。一緒に面倒みようか。下働きにこきつかうから」

「かわいそう」

「おまえがみんな倒すからいけないのだろう」

そう言われた里美。

反論もせず表の先ほどの男を捕まえにいく。

雅雄は肩をすくめてやれやれというポーズだ。


それから二週間。

あの舞踊拳の男は奥義を完全に覚えた。

その上、守の踊りの間違い箇所まで直した。

そして、師範宛の封書を持たされて帰っていった。

その封書をみた師範、使いの息子に文句をいう。

『なぜ自分を呼ばなかったのか!』と。

言われた方は缶詰状態で外に連絡を出来なかったのだ。

ただチャンスはあった。

なにも教わらず帰ればよかったのだが・・・

その後、後継争いは実力でこの男が師範になった。

結果的には、帰らないのが正解だったのか?


尚吾が帰って来たのは4日後だった。

奥義書の世界にトリップしていた。

帰って来たときにはそこそこの、気の器をもっていた。

さすがは蠍拳と猪拳の血筋だ。

その後は雅雄の指導でみるみる力を付けていく。


一方練習生たちは、里美に厳しい修行と稽古をつけてもらっていた。

練習終了後は、宴会だ。

たちまち雅雄たちは受け入れられていく。

そして2週間後、舞踊拳の男を送り出した。

足止めが終了したという意味だ。

そして、二人は蠍道場を後にする。

尚吾にとって夢のような2週間だった。


あの二人が何者かは、ついに教えられなかった。

それから1週間後、六道場の師範が次々と交代で訪れる。

それで始めてあの二人が武神だと知らされた。

ずーと前から、武術のレベルが落ちると武神が現れる。

そして指導するという言い伝えは師範の間で伝わっていた。


五年後の武術大会、

蠍拳はシードを外されていた。

そのため選手4人を送り込んだ。

蠍拳に対する評価は厳しいものがあった。

『シードを外され苦労しろ』という揶揄も多い。


シードの場合何人送り込んでも本戦は一人しか出られない。

だが外れたため、その制限がとれた。

結果、蠍拳が準決勝以上に4人ということになってしまう。

舞踊拳が強敵だったが尚吾と直接対決で破った。

事実上の蠍拳の独占だ。

運もあったのだが・・・

大会関係者に対する抗議はすさまじいものがあった。

その中には前回シードを外せと抗議したものが多くいた。

シードの意味を思い知らされた連中だった。

狼拳師範は実はこれを恐れていた。

前大会の不調で武神が降臨する可能性が高かったからだ。

そして、現実にこの結果だ。

もっとも、シードの意味を世間に知らしめた大会だった。


その後も夫婦の武神の噂はあちこちで聞かれた。

一通り道場を回ると消えて30年ぐらいでまた戻ってくる。

その繰り返しだった。

女性の武神がすこしづつ年をとっていた。

しかし、それは人間に比べれば遥かにゆっくりだった。



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