31 外伝4奴隷1
奴隷の少女
赤国は政情の乱れから未曾有の危機に陥っていた。
辺境における山賊の横行。
中央における官職の売買。
商人組合による価格引き上げ。
街中における治安の悪化など数え上げればきりがなかった。
そんなとき起こった山賊の地方領主襲撃事件は王国に衝撃を走らせた。
小さいとはいえ辺境の経営をうまくやっていたはずの領主。
そんな領主の一家が皆殺しとなる事件に多くのものは赤国の末期を想像した。
ここは、『奴隷の町』といわれるところだ。
通りを騒ぐ人買いの一団がいる。
逃げた奴隷を探していた。
だがどこに潜り込んだか奴隷は簡単には見つからない。
この町では、奴隷が町の外に逃げることは不可能に近い。
周囲を囲まれた塀は外敵から守るためだけではない。
中の者を逃がさないのも目的の一つだ。
周辺の治安の悪さから門番の見張りは厳しい。
そんな状況で、外壁を乗り越えるのは不可能だった。
逃亡奴隷も、最初はすぐに見つかると思われていた。
この町では、逃げた奴隷を匿えば重罪だ。
匿ったものも奴隷に落とされる理不尽な法だった。
奴隷商人の権力が強いので、法を書きかえられた。
だから奴隷を匿うものは、『絶対にいない』はずだった。
奴隷は手の甲に焼印を押されている。
焼印のため、普通に生活すれば人目につく。
誰でも一目で奴隷とわかる。
それと、よほど信用されない限り一人歩きはしなかった。
逃亡奴隷が、普通の食事さえとることはできない。
そんな中でも、匿うもの、見て見ぬふりをするものなどはいた。
そのため、奴隷商人達は見つけられないのだ。
逃げた奴隷には当然厳しい罰則と折檻がおこなわれる。
特に目的の奴隷はその後に死がまっていた。
殺された商人は町の多くの者から恨まれていた。
そんなことも見つからない理由の一つだった。
殺してしまった奴隷にとって、逃げなければ殺される。
きっかけは主人が奴隷を拷問しようとしたからだ。
条件反射の抵抗が悲劇を生んだ。
主人の男は、散々性奴隷としても扱ってきた。
そして奴隷の苦しむ姿を楽しむ癖がある。
最近は、その行為が激しくなってきていた。
そして死の淵を彷徨うような行為に手を染めるようになった。
まだ13歳の女奴隷は主人の行為に苦しさから反射的に足で蹴った。
酒に酔った主人はバランスを崩し倒れた。
運が悪いことにそこに木の箱があり角が頭部を強打する。
結果としてその場にいた女奴隷は主殺しの罪を着せられた。
主人を殺した奴隷は公開でさらされる。
そして、3日後に殺される。
それが、この町のきまりだ。
さらされている時には通りがかりのものは、その奴隷に何をしても良い。
それが通例だった。
『殺しさえしなければ何をしても良い』という条件だ。
女は、一度見た光景を忘れられない。
その奴隷は、相手の男が『行為の最中の心臓麻痺』という。
それでも罰は逃れられなかった。
体中に鞭傷だらけで糞便は垂れ流し。
その奴隷は狂っていた。
それほどのことをされたのだ。
その光景は、女奴隷にとって死よりつらい姿に見えた。
死なないよう歯は抜かれていた。
奴隷にとって『主人を殺す』というのは、それほどの大罪扱いだった。
逃亡奴隷のケースでも、普通なら事故ですむはずだった。
先輩の奴隷の思惑で一番新しい奴隷にすべての罪を着せられる。
罪を着せられた奴隷には、自首したところで死刑は逃れられない。
その若い奴隷は逃げるしかなかった。
真相は、単純だ。
ベテランの奴隷は主人の寵愛を一心に受けた奴隷に嫉妬した。
そして、自分の立場を危うくする若い綺麗な奴隷を追放したかった。
結果として作戦はうまくいった。
店の新しい主人はその奴隷に未練を持ちながら法に沿って処分を通達した
か
らだ。
『主殺し』の罪はすべて若い奴隷が引き受けることになった。
奴隷頭も半ば実情は知っていた。
だが、現場を仕切るベテラン奴隷とは懇意な仲なので、その案に乗った。
若い奴隷を助けて恨みを買うのは馬鹿らしかった。
どうせ薬を使われた奴隷だ。
寿命が長くないのはわかっている。
放って置いても野垂れ死にしかない。
前の主人は綺麗な奴隷を金に飽かして自分から逃げられないように薬を使った。
奴隷頭の想い人は主人に薬を盛られてショック死した。
この機会は、安全に復讐出来る機会でもある。
立ち会っていたのは、奴隷女と奴隷頭だけだった。
裏通りの階段の脇にぼろきれが置いてあるように見える。
奴隷は、そこの地面に軽く穴を掘り傍目には人がいないように見せていた。
一人の商人風の年寄りが通りかかる。
雅雄だ。
この町には、たまたま麻薬の調査に来ていた。
しかし、僅かな差で目的の男は殺されてしまった。
逃亡奴隷は、人が来るたびに体を固くして動かないようにしていた。
「おい、そこに隠れていても見つかるのは時間の問題だぞ」
逃亡奴隷の自分に声を掛けられたのは確実だ。
「お前が俺の奴隷になるなら、助けてやるがどうする」
内容を考えれば、見つかった。
死の恐怖に、体は細かく震える。
言っていることはわかる。
しかし、信用できないのは当たり前のことだ。
この町では、匿えば『重罪』として奴隷にされる。
それがわかっているのに『助ける』ということなど信用できるわけがない。
「条件を飲むなら刻印を布から出せ」
だがこちらももう限界に近いところまで追い詰められている。
逃げ回った二日間は地獄のような生活だ。
まだ奴隷の方がましな生活だった。
逃亡中は、常に人目を気にしてかくれていた。
片隅に積まれた生の野菜を盗むように食べる。
常に場所を変えて下水を這い回るような生活だ。
人の気配に怯えて動き回った。
同じ奴隷の者と目が合ったときは『終わった』と思った。
その奴隷は気づかない振りして、食べ物を一切れ落としていく。
『匿ってくれた』と判る。
あとで、その奴隷がその一切れを食べたと思われ折檻されていた。
『自分が逃げることでさらに被害は広がっていく』
そうそう思うと、心が痛んだ。
『もう捕まっても仕方が無い』
そんなあきらめの気持ちも多分にある。
それどころか、ここで死ぬつもりだった。
『さらされるぐらいなら』と覚悟を決めたところだ。
そんな時に声を掛けられた。
逃亡奴隷は、捕まることを覚悟で手をそっと出した。
男の言葉にわずかな希望を託した。
『同じ奴隷でも今よりましだ』と思ったからだ。
駄目なら今度こそ死ぬだけだ。
その手は二日間で荒れていた。
無数の細かい傷とむごたらしい焼き鏝の刻印がされている。
男はその手をそっと掴むと手で包み込むように握ってくれた。
女にとって奴隷になってから久しい経験だ。
そのようにやさしく扱われた事はある。
しかし、思いやるように優しく扱われたのは初めてのことだ。
それはやさしくてあったかいものだった。
そして涙がでるほどやすらぐものでもあった。
商人は、しばらく手を握っていた。
やがて商人は女を布から引っ張り立たせた。
奴隷女は逃げるときシーツ一枚を身に着けただけだ。
そのシーツもあちこちがすれてぼろきれになっている。
見方を変えれば扇情的な格好だ。
女は恥ずかしそうに立ち上がった。
状況の変化に女は気づかない。
体の痛みが消えていた。
その為に、何の違和感も無く立てたのだが・・・
女が逃げるのを諦めたのは、膝の傷が痛くて動けなくなったからだ。
男は女の手をとると近くに留めてある馬車に乗せる。
その目に好色そうな眼差しは一切無いことが女を安心させた。
その馬車は少し大きめな長距離用の幌付き馬車だ。
乗り込んでしまえば外から見えないようになっていた。
中に入ると思ったより広く感じる。
そこに、膝高さの小さなテーブルと座布団があった。
女は汚い格好に遠慮しようとした。
しかし、その男は気にすることもなく座るように指示をだした。
奴隷女は、いわれるままに座布団に腰掛ける。
すると、老人が話しかけてきた。
「まず、名前を聞こうか」
だが女は何も言わず、ただうつむく。
女にとって名前はあまり言いたくなかった。
その名前を正確に言う事で身分がばれる。
前の主人は奴隷商人から聞いていたから名前を知っていた。
そのため誤魔化せなかった。
この新しい主人にはどうしようか迷う。
「俺は、雅雄というのだ、ちょっとは名の知れた医者なんだがな」
一見商人に見えたのだが実は医者だった。
「お医者様なのですか?」
意外に思えたので思わずしゃべってしまう。
「そうだ、名前より先にまず体を洗ってもらおうか、匂いがいただけないので
ね。それと重傷みたいだから手袋をはめてほしい」
そう言って馬車の隅にある木箱を指差した。
そして男は、はめていた手袋をさしだした。
なめし革の高級な手袋だ。
舞踏会などで使うようなものだった。
女は、先ほど手を握ったときそのやわらかさを感じた。
普通なら濡らすことはタブーの品だ。
その男はそれをはめて『湯を使え』という。
金貨相当を溝に捨てるような行為に近い。
男が指を示したところには『木箱』が置いてある。
その上には、さらに小さな箱が載っていた。
女の匂いがきついのは下水を這い回っていたのでしかたがない。
それでも、『くさい』と言われたのはつらかった。
でもあんな小さな箱だ。
体が入る大きさに見えないのに「体を洗え」という。
「体を洗え」というかぎりなにかあるのだろうとそちらに向かう。
気になったのは、それだけではない。
「手が重傷」と言ってた事だ。
手は別にひどい怪我をしてない。
それより膝の方がはるかにひどかった。
すりむけて血まみれになっていた。
下水を動き回るとき膝をついていたからだ。
馬車に乗るとき見てたのだから、そちらの方を言うのが当たり前だ。
しかし、雅雄という医者は手の方を気にしていた。
「それじゃ出ているからね。お湯に浸かったら蓋をして呼んでくれ、馬車の外
にいるから」
そう言って馬車から出て行った。
少女にとって緊張の一時だ。
男を信用して言うとおりにするか? あるいは、逃げるか?
男は、人を呼びにいったのかもしれない。
油断させておいて、報奨金をせしめる可能性がある。
しかし、目を離されても少女に選択の余地は無かった。
もう2日もろくに食事を口にしていない。
逃げる体力はすでに無かった。
どうせ捕まるのだ。
最後に少しでもやさしさを見せてくれた雅雄に任せよう。
雅雄に賞金が渡るようにしてあげようと、開き直った。
いざとなれば舌を噛んで死ぬだけだ!
その考えが『体力の低下によるマイナスの思考』とは気づいていない。
人は、元気がなくなると悪い事しか考えなくなる性質があった
座布団に平然と座るように言った雅雄が下水の匂いを気にしているわけない。
おちついて様子を見たとき傷の一部が化膿しているのがわかった。
匂いの元はそれだ。
名前とかより治療を優先しただけだった。
少女は身にまとっていたシーツを脱ぐ。
そこには無数の鞭、擦り傷、火傷などの痕が随所にあった。
最近の主人が付けたものだ。
主人に付けられた傷の一部は化膿していた。
そして膿が出ていた。
それも結構匂いを出していた。
首の周りには絞められた跡もあり、手足には縄の痕もしっかりついていた。
天井から吊り下げられて鞭を打たれた。
初めは痛みかんじた。
しかし、それがだんだん快感になっていく。
女には、訳がわからなかった。
ベッドに縛られてろうそくを垂らされたときも同じだ。
最後には狂ったように主人を求めていた。
傷を見ると、その時の悪夢がよみがえってきた。
言われたように箱の蓋を開けようとした。
蓋の上に小さな箱が載っていることに気づく。
その蓋の箱を開ける。
すると、そこには木の実のようなものが入っていた。
女は、甘い香りに誘われていつのまにか口にしてしまう。
二日間、まともなものは口にしていない。
奴隷の立場のものはそこに食べ物があっても絶対に手を出してはいけない!
それは奴隷教育の最初の指導だった。
それを守らなかったためひどい折檻を受けた記憶がある。
今ではいかに空腹時でも手を出さないようになっていた。
なぜかその実を見たときにはその記憶も薄れいつのまにか口に含んでいた。
それは生まれてから初めて味わう甘露だ。
口の中でとろけるように広がる甘み。
涙が出て来るほどのものだ。
夢中でほおばり箱の中はすぐに空になってしまう。
食べてしまってから『とんでもないことをした』と後悔する。
先ほどまで『死ぬ気』だったことは忘れていた。
それが木の実の正体だ。
強力な体力回復薬だった。
体は本能からそれを求めた。
思考能力の落ちた頭脳はそれを止められなかっただけ。
女の弱気な、死への逃げの気持ちはどこかに消えていった。
少女は改めて箱の蓋を取る。
そこには人が一人入れるような空間と半分ほどの白い湯が満たされていた。
馬車の底をくり貫いてお風呂になっていた。
だから、表面的には小さな箱に見えた。
『なんでこんなものが?』と思いながら湯に浸かる。
人が入ったことにより湯面が上がってきた。
足を縮めて腰を下ろすとちょうど肩が入るまでになる。
うまく作られていた。
肩まで入ったことで声をだす。
すると馬車の外から声が返って来た。
「湯を頭から何度も浴びるように」
言われたように湯を手ですくっては浴びる。
すると白い湯はみるみる黒くなっていく。
しばらくそれを続けていると表から立つようにいわれた。
立ち上がって待っていると湯がどんどん減っていく。
やがて湯が無くなった。
さらに待つと再び湯が入ってくる。
どこに湯があるのか不思議だった。
そして外から再び体をしっかり洗うように言われた。
それを3回繰り返す。
ようやく湯の汚れが無くなる。
白い湯はそのまま白かった。
少女は自分の体の汚れがいかにすごかったのか痛感した。
そして、恥ずかしく思った。
垢落しも使わないのに汚れが落ちていく不思議さも味わった。
馬車の外から、さらに指示がきた。
「蓋の一部が外れるからそれを外して、首だけ出して蓋をするように」
そのように言われる。
そして、終わったら声を掛けるようにと言われた。
それは入浴中の裸を見られないようにする仕掛けのようだ。
白い湯で体の線は全然見えない。
しかし、入浴中を見られるのはやはり恥ずかしい。
女はその仕掛けにやさしさを感じた。
奴隷を相手だ。
裸を見るのは『主人の特権』なのに配慮してくれた事が判る。
女は、いわれたようにして声を掛けた。
男はすぐに入ってきた。
その手には箱を持っていた。
女は髪の色素がおちているとは考えてもいない。
その入浴で黒髪が茶色の毛に代わっている。
湯が黒かったのはその影響もあった。
ただ、本人には判らないように暗示がかけてある。
女の正体をわからなくするための処置だった。
「素直に入ったようだな。言い忘れてたが、食事前の前菜は食べたかな」
女は言われた事を吟味する。
男は「前菜」と言ったのだ。
それではあれは『食べてよかった』と言われ安心する。
そして気付く、雅雄という男はあれを「前菜」と言った。
『前菜? それではあれがすべてではない。
これからまだ出てくるかもしれない!』
そう頭の中で考えはじめたとき、二つの箱の一つが開いた。
そこには見たことも無い奇妙なものがおいてあった。
さらに、その下にやわらかそうな薄い肌着がおいてある。
その下にもなにかありそうな気配だ。
しかし、箱に入っている状態では見ることはできなかった。
ただ、奴隷にしては『異様な衣服』としか感じなかった。
「ゆっくり入っておくがいい。多少滲みるかもしれないが、私が出た後は頭ま
でしっかりぬらして置くように、手袋はつけたままでな」
そういうとまた馬車を出て行った。
老人が出て行ったので蓋をとる。
言われたように手袋ははめたままあごまで湯につかる。
そして手ですくって頭から湯を浴びた。
体の各部にある傷が滲みて来る。
雅雄が掛けておいた、痛み止めの気が中和されて効果が無くなったからだ。
女は、入った時には気にならなかった。
けれども、時間とともに傷が痛みはじめる。
不思議なことにむず痒いような快感も同時に起きていた。
しばらくするとそのような違和感が消えていく。
手袋している手が一番痛んだ。
しかし、それも徐々に消えていった。
それとともに、二日間の疲れがどっと押し寄せて来る。
女は、お湯に浸かって気持ちのいいまま意識が途絶えた。
しばらくして雅雄が馬車に入る。
予定通り治療が進行していた。
『重症』と言うのは『古傷』という意味だ。
体が覚えた古い傷は治りにくい性質があった。
手袋をさせたのは、焼き鏝の痕が消えるのを見ると興奮する。
それを防ぐ目的だ。
治療中は興奮しないことが早道だった。
白い湯も同じで体の各部の治療の進行を見せないためのものだ。
治療に伴う体力低下を防ぐため木の実を用意しておいた。
うっかり言い忘れたのは失敗だった。
余計な不安をあたえたようだ。
髪の毛はまだむらがあったので櫛を通して完全にしておく。
毛根の色素まで変化させておいた。
これで生えてくる髪も茶色だ。
雅雄は、桜子を抱き上げて本格的な治療に入る。
催眠術で探った結果やはり麻薬が使われていた。
意外なことに桜子は貴族の娘だった。
道理で、すんなり名前を言わなかったわけだ。
『近くの町で子供の無い家に暗示をかけて置いて行こう』
そう思ったが、気が変った。
奴隷にするつもりは最初はなかった。
死んだ所で意識を人形に変えて、その後を生きてもらおうとした。
それが助けた娘に対する責任だ。
すでに、細胞は入手してきた。
入手してきたのは『奴隷』として売られた時の細胞だった。
ところが『貴族の娘』となれば王宮に送り込める。
これなら『使える』と思い改造に取り組んだ。
幸い桜子には大きな気の器があった。
これなら十五年は大丈夫だ。
雅雄の気の力で強引に肉体を改造していく。
心理的なものは協力が必要なので後で行う予定だ。
ただ予定は変ってもすでに用意した服は町娘の服だった。
ここは、貴族の服はあきらめて町娘で通す。
門を出るときはイメージの貼り付けでいくことにした。
いまさら貴族の服は無理だった。
桜子は、気が付くと固いベッドの上に寝かされていた。
髪はしっかり乾いている。
結構時間が経っていたようだ。
乾きを早めるため布で水気をとったにしても時間がかかるからだ。
胸には違和感のあるものがつけられていた。
そして、パンツもはかされていた。
『あのまま眠ってしまった』と判る。
恥ずかしい格好をを見せてしまった。
それを考えると顔が熱くなる。
まとっていたシーツとは違う綺麗なシーツを上に掛けられていた。
目の前には雅雄という男が座っていた。
「目が覚めたかい」
優しい声で声をかけられた。
いつ起きるかわからないのに目の前にいた。
『待っていてくれたのか』と心配になる。
桜子は、上半身を起こしシーツで体を隠すように座る。
いくら奴隷でもやはり恥ずかしい。
無意識に隠していた。
「それじゃこれをかぶって」
そういってあの柔らかそうな肌着を渡される。
上体を起こして気づいたのだが胸の違和感が消えた。
胸につけていたのは初めて見る下着だ。
いままでは胸の重みがあった。
だが胸についているものがそれを押し上げていた。
多少胸を締め付けているのが気になる。
しかし、それより胸が軽くなっている。
結果的に楽になっていた。
おまけにいつもより大きく見えた。
娼婦の中には体を締め付けて胸を持ち上げている人を見たことがある。
それだけに、簡単にそれを行っているのに驚く。
渡された肌着は絹の手触りだ。
『こんな肌着があるのか』と驚くばかりだ。
絹は高級な布だ。
それを『肌着』にするというのが凄い。
頭からかぶるように着ると、胸のところがきつい。
しかし、なんとか着る事ができた。
改めて胸の大きさが気になった。
最後に渡された服はこの町の娘が着る普段着のようなものだ。
だが驚いたのはその着心地だ。
奴隷をやっていたのでそのような服を着るとき結構苦労するのを知っていた。
手伝いでやらされるのはいつものことだ。
だがいまそれを着ようとしたときあの肌着が滑るように体になじませていく。
着終わった後も、普通ならあちこち手直しをしなければならない。
胸のところの収まりが悪いのでいつも苦労する。
それなのに、この場合違和感が無かった。
あの胸につけた下着と、その上から着た下着の二つがなじませてくれる。
着終わったあと、鏡に映った姿を見る。
自分のスタイルがこれほどとは思っていなかった。
高級娼婦が顔見世に出てくるときのスタイルと同じだ。
豊かな胸、くびれた腰、張りのあるおしりだった。
桜子は初めて自分の価値を再認識する。
それまでは客観的に自分を見るゆとりさえなかった。
等身大のこれほど大きな鏡も初めて見る。
ただ雅雄の治療が効果を出していたのは知らなかった。
裸を目の前の男に見られたのは奴隷である限り仕方の無いこと。
殺してしまった主人は、わざわざ着替えを覗くような男だった。
だから、いつものことで慣れていた。
そしてようやく気づいたことがあった。
湯に浸かる前にあった傷が気にならなかったことだ。
手首の縄の後が消えていた。
あちこちの火傷の跡もなくなっている。
それどころか手の甲の奴隷の刻印が跡形も無く消えていた。
桜子は、いったいなにがおきているのかわからない。
そのまま雅雄から、次の行動をうながされる。
「着替えが終わったら、食事にしようか、お腹が減ってるだろう」
言われて改めて空腹に気づいた。
雅雄の後ろにはおいしそうな食事がおいてあった。
見ただけで、涎が浮かぶような内容だ。
それは生まれて初めて味わう最高の料理だった。
空腹もあるのだが、体調に合わせたお粥風の食事。
そしてなにより懐かしい味だ。
あの幸せだった頃の味だ。
『なぜ、この味が?』という疑問も持ち上がる。
それは、桜子の生まれ故郷に伝わる郷土料理だった。




