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雅雄記  作者: いかすみ
第一章 出会い
3/43

03 出会い3

謎の男


森の中を駆け抜ける少女。

「やっと抜け出せたわ。これで思う存分強くなってお兄様を見返してやる」

胸に竹簡をもって森の中を駆け抜けていく。

まだ、12歳になったばかりの子供だ。

そして、胸に抱えているのは狼拳の秘伝書。

もちろん並みの者には見ることさえ許されないものだ。

道場の娘であることを利用して鍵をくすね、こっそりと持ち出してきた。

彼女の名前はおおかみ さくら、狼道場の娘だ。


「お兄様もひどいわ。私には見せてもくれないのだから。一通り文字も読める

 のだから、これさえ見れば私でも師範代クラスになれるのよ」

そう胸に秘め秘伝書を盗み見ようとチャンスをうかがっていた。

幸いというのか不幸にも機会が訪れた。

父親が王都で行われた武術大会の判定委員として呼ばれたからだ。

父親は、蠍拳の師範として有名で本家に劣らないものだった。

道場が一時的に兄の管轄になり警備にゆるみがでた。

その隙をたくみに利用して持ち出したのだ。

かねてよりねらっていた娘にとってこの機会をのがすわけにいかなかった。

いつものところで、読みながら修行しようと、森の中を走っていた。



ここは迷いの森といわれるところ。

一般には禁断の森と呼ばれていた。

入ったものは出て来れないといわれているところだ。

森に入れば毒虫、沼、かぶれの木などが密生してひどい目に遭うとされていた。

狼拳の道場である程度強くなった桜は腕試しに森に入った。

森の中は王室からの御触れで立ち入り禁止だ、危険だからだ。

普通なら、そのような森は街道や街から大きく外れている。

しかし、この『狼道場の街』と言われる『三叉路町』ではすぐ隣に面していた。


森の危険の意味は別にあったのだが、その意味まで教えられなかった桜だ。

ある程度強くなってる娘にとって修行のつもりで入った森だった。

時々出てくる獣たちは恐れるに足らずだ。

桜を見ると逃げるように去っていく。


別に桜も追いかけて捕まえようと考えなかった。

森は桜には綺麗な清浄なところに見えた。

少し入ったところで家のようなものが目に入った。

大きく張り出した枝が屋根に見える大木の下

草を置けばベッドになりそうな木の洞

流れる小川は綺麗でそのまま水が飲めそうだった。


川岸の石が不自然に積まれ誰かがかまどにしたように見えた。

少し離れたところには草の絨毯が敷き詰めたような円舞台がある。

桜はその場所が気に入り隠れ家とした。

そして奥義書を抱えて、そこに向かっていた。


いつも潜る茂みをなにも考えずに通過して驚いた。

目の前に大きな熊がいたのだ。

無警戒だったので本当に正面に立つはめになる。

危ないとは思うのだが、体は硬直して動かない。

逃げようとしても足がすくんでしまっていた。

熊の方も驚いたのかにらめっこになる。

立ち直ったのは熊の方が早かった。

そして、痛烈な右前足の一撃だ。


桜が何も持っていなかったら即死だった。

運良く持っていたのが奥義書だ。

桜は気づかなかったが熊の一撃が接触した瞬間奥義書は光った。

奥義書は持ち主に対応して封印を解いた。

緊急事態で、その正体を解放する。

単なる竹から持ち主を守る盾に変ったのだ。


衝撃が桜を襲う。

奥義書が半分つぶれるようにして衝撃を逃がす。

桜に届いたのは最初の数分の一の衝撃だ。

それでも大きな衝撃だ。

だが幸運だったのは持っていた奥義書が竹の束だった。

衝撃そのものは大きかったが力が伝わる時間が大幅に伸びた。

桜の体が飛ばされるぐらいの時間。

そのせいで熊の一撃は大半が空中の桜に入る形になる。

結果的に衝撃は桜へのダメージでなく飛ばされる飛距離にかわった。

それでも人間が15メートルも飛ばされれば危ない。


桜の幸運は舞台の上まで飛ばされたこともある。

そのため落下のダメージが最小だった。

そして草の上を転がる形で衝撃を逃がすことできた。

さらに飛ばされた距離が遠かったので熊の追撃がすぐにこなかった。

などの幸運が重なった。


熊は続けて襲おうと追いかけようとした。

次の瞬間、体を硬直させてあわてて少女とは反対側に逃げるように立ち去った。


桜は自分が致命傷を受け死ぬのが確定したと思っていた。

熊を間近に見た瞬間はなにがおきたのかよくわからなかった。

そして胸の前でなにかが爆発した。

吹き飛ばされているとき思い出していた。


父親には『森の中へは絶対に入っていけないことだ』と強く言われていたこと

を。

運良く助かっても自力で森から脱出しなければ助けてもらえないのだ。

背中から落ちて数メートル転がりおちついた。

そのとき、熊がこちらに向かおうとしているのが見えた。


頭の中では、ああ、これで死ぬのかと考えていた。

そして、目をつぶりそのときを待った。

いつまでもその瞬間の衝撃がこない。

それでうっすらと目をあけると熊が向こうの方へ全力で逃げていく。

助かったと思い、気がゆるんだ。

そしてそのまま気を失ったのだ。


「おーい、」


だれかの呼ぶ声がきこえた。

はっと目が覚めるとすべてを思い出した。

「熊は?ここはどこ?あなたはだれ?」

考えていた疑問を矢継ぎ早に質問をする。

「はは、どうやら大丈夫のようだな、てっきり遠目には死んだものと思ってい

 たのだがな」

「あなたは誰?」

「一つ一つ答えてやろう、熊はにげていったよ。ここは森の中、それも迷いの

 森だ。そして通りすがりのものだ。あんたが熊に襲われて3分後」

「はあ?」

「聞きたいけど、嬢ちゃんあんたどこのものだね」

「私は狼道場の娘、桜ともうします。助けていただいてありがとうございます」

「狼さんとこの娘かどうりで、これでつじつまが合った」

さも疑問がとけたような口ぶりだ。


「あなたは、どなたです」

「ここをねぐらにしてる放浪者といえばいいのかな」


桜の頭の中では警報がなっている。

しかし、なぜか逆らうことができないのだ。

こんな森の中に男の人と二人だけ、友人達に聞く危ない構図。

目の前の老人が危険な人かもしれないのだ。

しかし、本能は安心してよいと告げている。

迷った結果、本能を選んだ。


「わたしはどうなったの」

「熊の一撃をくらって倒れたところで私が通りかかったわけで熊は私をみて逃

 げていったようだ。

 てっきり死体かと思ってみたら、ほとんど無傷でお嬢ちゃんが倒れていたわ

 けじゃよ。運がいいな」

「あーーーー、奥義書が・・・・・」


胸に抱いていた奥義書の断片が散らばっていた。

「その竹簡か、それが衝撃を受けてくれたのだな。運がよかったな」

盗み出して気づかぬうちに返しておこうと思っていた。

その奥義書がばらばらになっていた。

そして一部の竹はこなごなにつぶれている。

封印を解いた奥義書は持ち主を前に普通の姿をしていた。


「どうしよう。おこられちゃう・・・・」

「助かったことよりその資料が壊れたことの方が重大みたいだな」

「これがばれたらお父様に殺されてしまう」

持ち出したことがばれただけで厳罰だ。

壊したら、勘当もありうる。

「竹の結び目の糸がみんな飛んだだけだ、直せばいいだろう」

『糸が切れただけ』と知って少し安心だ。

しかし、どうやって繋げばよいのか?

「でも私には内容がわからないわ」

「そこのところは任せておけ、並べてやるからこの糸でしばってゆけ」

そう言うと糸を袋から出して娘に渡し、竹をみながらどんどん並べていく。

「おじいさんは、これがわかるの?」

竹簡という物を知らない桜にはチンプンカンプンだ。


「こういったものは下に記号が入っていて並びが人目でわかるようになってい

 るのだよ。でもつぶれたものがあるのと、無いものがあるからよわったな」

「どうしよう・・・」

その言葉に顔を青くする。

結局、復元は不可能だと知った。

「まってろ、いま竹を切ってくるから、ここまでをまとめておいてくれ」

桜はなんとかなりそうなので、元気にうなずいて作業にかかった。

男の言葉が何を意味するのか判っていない。


数分後、大きな竹をもって男は帰ってきた。

「ちょうどいい竹があったので運がいいな、無くなったのは10枚だからすぐ

 にできるよ」

といって竹を切り始めた。

持っていた刀を軽く振るとたちまち10枚の竹へらが出来た。

見る間に穴をあけて同じ物ができていく。

ただ新しさが違うのみだ。


「でも書かれてる内容が・・・」

「こんなものは前後をみれば」

そういって内容を見ていく。

ふむふむと考えながら竹簡に書き込んでいく。

1時間ぐらいで10枚すべて書き込んで、空いているところに並べた。

まさかその墨がナノマシーンとは思っていない。


「これで大丈夫、内容に間違いはないはずじゃ」

「わたしにはわからないわ」

読む前に壊れたのだから当然だ。

「狼拳の奥義書がわかるよなら熊に負けるわけが無い」

「えっ、わかるの?」

ようやく目の前の老人が只者ではないことに気付く。


「狼の娘が持っていて大事な殺されてしまうかもしれん書物といえば奥義書ぐら

 いなものだろう」

「その狼の娘というのは、ちょっと、桜ともうします」

「狼を狼といっても不思議はあるまい、その娘なら狼にきまってるではないか。

 名前をいってくれたのだから今後は桜と呼ぼうか、雅雄というものだ」

「雅雄さまというの、苗字はあるの」

「苗字は白野というのだが、別に白国の関係者じゃないからな」

「雅雄さまと呼べばいいの」

「ああ、それでいい、だがそんなに堅苦しくなくてもいいぞ」

「でも助けていただいてお礼もしてないのに」

「桜の苗字は当然『狼』なんだろ」

「でもわたしは狼の娘を名乗るほどつよくないの」

「???、強くなればいいではないか」

老人の言葉は、そこに物があるのだから取ればよいという感じだ。

根本的に齟齬が感じられた。


「いくら練習しても強くなれないからこうして奥義書を盗んでまで練習してる

 のに!」

「狼拳は癖がつよいからな、なまじ知識があると妨げとなる場合があるのじゃ

 よ」

「?」

「どうせ盗み出したなら奥義書でやってみようか」

「でも読めないわ」

「はは、この奥義書は読むものではない、それは罠じゃよ」

「罠?」

「そう、一見読み物のように見せてるがこれは単なる拳法心得書じゃよ」

「でもそれが強くなるための秘訣なのでは」

「たしかにこの心得だけでも強くなる」

ここで桜は疑問に思う事があった。


「おじいさんは私の強さがわかるの?」

「ああ、わかるよ。心得の手順通りの強さじゃよ」

「手順通り?」

その言葉の意味が良く判らない。

「おそらく師匠にあたる人はこの奥義書の心得どおりに教えたのじゃな」

「えっ、奥義書の通りに、ということは兄貴はこの内容を知っているの?」

桜は兄に教えられた通りに練習を重ねてきた。

でも、どこか頭打ちなのがわかる。

しかし、限界とは思いたくなかったので、あがいていたのだ。

しかし、奥義書の内容と一致しているのに驚くばかりだ。


「ほう教えてくれたのは、お兄さんか。その通りじゃよ、おそらく自分でもや

 ってみたが強くなれないので自信をなくしてるじゃろうな」

「えっ、兄貴が自信をなくしてる」

その言葉に思い当たる事は、自分と同じということだった。

「ああ、当然じゃな」

「自信をなくしていて最近元気がないのか!」

桜はようやく兄がもがいている現実を知った。


「だがな、自信をなくしていてもなんとなく強くなってるはずじゃよ」

「????どういう意味」

「お前の兄さんは奥義書の意味を知ろうとしてにらめっこしてただろうな、こ

 の本と!」

その意味を知ることは判らないが、兄が奥義書にこだわっていた事は知ってい

た。


「当然そうしたと思うわ、一字一句そらんじるぐらいはやったとおもうわ」

「だからそれが間違いなのだよ、いや正解なのかな」

老人の言う意味が理解出来ない桜だ。

本の内容を覚えるだけでは駄目なのがなんとなく判った。


「この書き物の文字はすごく下手であろう」

「たしかに、お父様の文字はずーとうまいもの、よほど文字が下手な人が書い

 たのね」

閉じていく時読んだのだが、当たり前のことしか書いてなかった。

それも、凄く下手な字で書かれていて読むのに苦労したぐらいだ。


「そうじゃろ、下手すると暗号じゃないかと思うようなところもあるじゃろう」

「うんうん」

その点は、桜も納得するところだった。


「では 桜、この文字を書くつもりで目でおってみなさい」

「どういう意味」

老人の言う意味が判りかねた。

「言ったとおりに自分で書くつもりで線をおってみなさい」

「やってみるわ、どうってことないわよ」

読むのも、書くのも似たような物。

それで、変化するとは思えなかった。


しばらく書物をにらめっこしてると、文字が動く?

違う文字に変化していくのだ。

「あれ、錯覚かな、文字が動く・・」

「もっとずーと追ってごらん」

老人に言われたように、文字の世界に入り込んでいく。

それは、別世界への入り口のように感じた。

その直前で、踏みとどまる。

「なにかおかしい、えーー、こんなことなの」

「わかったようだね、奥義の根本は簡単なことなのだよ」

そこが、全く違う世界のように感じる。

しかし、本能が入るのを拒否していた。


「でもいまの桜では 使い方が判っても 力が無い」

老人の言うことを納得だ。

まだ、その世界に入る資格が無いことを本能が教えてくれた。

「うん、たしかにそうだわ、でもこんな仕掛けがあったとは」

「でもここに書かれてる気というのが よくわからないわ」

変化した文字は、『気』のことを説明していた。


「それは ふつうなら修行によって気を練らなければいけないのだけど、どう

 かな、わしのもとで修行してみるか?」

「でもおじいさんは、狼拳はわかるの?」

狼拳は世間の拳法とは一味違うからだ。

「狼拳はよく知らないが拳法はそこそこにやるけどな」

「狼拳は知らないのに教えられるの?」

入門式の型だけでも狼拳だと見抜かれてしまうぐらい特殊だった。


注)型というのはポーズのこと、形と言うのは流れるような動きのこと。


「狼拳は桜さんが教えてくれればいい、私が教えるのは拳法の基本じゃよ」

「基本と言ってもすべての動きは拳法の流派できまっているのでは」

すべては、形で決められている狼拳では一つの動作だけを取り出すのは困難だ。

老人の言う、基本と言う意味が判らなかった。


「ほう、それじゃ聞くが単なる突きに流派は必要なのか」

「突きだけなら別に関係ないわよ」

ようやく、老人が何を言いたいのか判る。

流れを伴わない動きの事だと知った。


「相手の攻撃を払うのに流派は関係してるのか」

「そんな単純な技に流派なんて関係ないわよ」

腕を振るだけに、流派は関係ないのは当然だ。

でも、狼拳の威力はその流れで作られるものだった。


「だから、それが答えになっていないかな、それを各流派に取り込むのは桜、

 そなたの仕事じゃよ」

「そんなものなの、突き、蹴り、払い、投げ、引きなどみんな動きが決められ

 ていたけど」

狼拳として決まった流れがあった。

それを無視した動きでは効率が悪い。


「拳法というのはそんな不自由なものじゃない、もっと自由に動いたほうがい

 い場合もある。けれども、自由すぎるとどのように勉強したらいいかわから

 ない。そこである程度までは形にそって修行をしたほうがいい。

 しかし、それを越えるときがくればもっと上の修行するため基本を外れる。

 そして新しい目で、また形を戻していくものじゃよ」

「そんな修行法は初めて聞いたわ、本当なの」

いいたい事は判る。

でも、形から外れるのは度胸のいる事だった。

今まで苦労してきたことを壊す事に繋がるからだ。


「一つの形にこだわっていると見えるものも見えなくなる、それを越えないと

 真実は見えてこない、真実を見極めればもとに戻すことは簡単なものじゃよ」

「そんなものなの」

老人は型という物にこだわっていない雰囲気だった。

でも、それは教えられたことを否定するようで怖いのは事実だ。


「嘘だと思うならお嬢ちゃん、入門の形をやってごらん」

桜の不安を見抜いたように声が掛かる。

入門の形というのは狼拳の入門者が最初に教えられる一連の型の流れだ。

「やるのは簡単だけど・・・」

「それは門外秘なのかい、そうじゃないだろう」

入門の型はどこで練習してもいいということで道場外で練習してもいいのだ。

世間にまだ入門したてというのを公表する形になる。

それで大抵は部屋の中とか裏庭など人目につかないところでやる。

そういうものと思っていた。


「うんやってみる」

そういって入門以来数限りなくやってきた一連の動きを見せる。

「ほう、きれいなものじゃな、それでは聞くけど、最初の腕の振りはなんじゃ」

そういって、各動きをひとつひとつ聞いていく。

しかし桜には何一つ答えられなかった。

なぜならそれらは一連の動きとしか教えられた。

今のように一つ一つの動きとして聞かれても意味は解からない。

『走る』というのを分解して説明しろというようなものだ。

『すべては、一連の流れで成り立っている』と思っていた。


「どうじゃ、狼拳の入門の型といっても意味はわからないだろう」

「だってこれは一連の動きとして教えられたものだもの意味なんてないわ」

「だから知識が不足しているのじゃよ、いいか」

そういって一つ一つの動きに説明していく。

桜にとってそれは今までにない新鮮な教えだ。

いままで単なる動きとしか覚えてなかった。

それが実はいろいろな攻撃と防御を含んだものだと教えられたのだ。


入門の型だけでもその奥の深さは見えない。

「どうじゃ、桜の動きがきれいと言われた意味がわかるかい、ただきれいとい

 う意味じゃよ」

老人の言う意味は、動きとしての綺麗さのみだと言っていた。

「ええ、今なら解かるわ、わたしはただ動いていただけ。各動きにそんな意味

 があったなんて、でもそれを取り入れたら動きがギクシャクしないかしら」

一気に頭に詰め込まれて、パニックになりかけていた。

それを考えながら動いたらどうなるのか?

「そう思うか、やってみたらどうじゃ」


そういってもう一度やるように促す。

桜はあらためて言われたように動きを改善してやってみる。

不思議なことに体が楽に対応していく。

視線の動きも今までは手先のみを見ていたのだ。

今はそこに仮想の敵がいるように見据えると首の動きも楽になる。

結果的にすべての動きがスムーズになる。

改めて、入門の形が違った物のように感じた。


「おお、さっきと違い今度は力強くなったな、それでこそ狼じゃよ」

「どういう意味なんです、入門の型だけで狼拳なんですか」

「なんだしらなかったのか、狼拳の奥義はこの入門の型だというのを」

「え、いま初めてきかされたわ、そうなの、だっておじいさん、さっきは狼拳

 なんて知らないと言ってたじゃないの」

入門の形だけはどの流派でも弄るのは禁止されていた。

そのため、入門の形以外は各師範が独自に取り入れて判り易いように改良して

いるとは知らない桜だ。

実は、狼拳の全てが、その入門の形に取り込まれていた。

高度に洗練されて、単純に見せていた入門の形がすべてだと知るわけが無い。

狼拳に精通している桜だこそ単純に理解できたのだ。


「ああ、知らんよ。だけど狼は知ってるよ」

「狼って、あの四足の狼?」

「お嬢ちゃんのお父さんの狼だよ、志郎さんのことだよ」

「え、お父様を知ってるの」

「当然じゃよ、拳法をやってるもので、狼拳の総師範を知らなけりゃそりゃも

 ぐりというものじゃよ」

「そんなに有名なの」

「世の中には最強といわれる7つの拳法がある、狼拳、熊拳、蠍拳、猪拳、虎

 拳、舞踊拳、蛇拳だ。

 白国の大きな町ならこれらの道場は必ずといっていいほどある。その総本山

 がお嬢ちゃんの道場だろ」

この街が狼拳発祥の地と言われていた。

老人はそのことを知っているのだ。


「ええ、そうよ、だからその家族が弱いとみじめなのよ」

「まだ若いのだからあせることはないのに」

「お兄様なんてすごく強いのに自分はまだまだだって言ってるわ」

「梧郎さんのことだね、たしかに、強くなる余地は十分だけど、世間では弱い

 といわれてるな」

「なにを言ってるの、お兄様は最強よ、弟子の中にはお兄様より強い人はいな

 いんだから」

確かに、狼拳としては強い。

しかし、他の拳法に負けているのは事実だ。

今言われた七拳法で最弱と言っても良かった。


「本当にそう思ってるのか、だったら、それが一番問題じゃないのか」

「なにをいってるのよ、お兄様が強いのだから当然じゃないの」

「だから、お兄さんはまだまだ強くなれる、なのにそれを引き上げるものが回

 りにいないのだろう、大問題じゃないのか」

「そういう意味なの、なんとなくお兄様が自分より強いものを排除してるよう

 な言い方をするから」

「逆だよ、周りの強いものが狼道場を見限っているということじゃないのか」

老人の言う意味がなんとなく判る桜だ。

本当に修行しようという人が最近来なくなっていた。


「そんなことないわよ、お父様は強いのだから」

「だが、お兄さんは最近元気がないのだろう、本人が一番それを痛感してると

 思うけど、どうかな」

「・・・・・・・」

老人の言うとおりなので言葉も出ない。

兄が苦しんでいるのを知っていたからだ。


「だから兄思いの桜さんは奥義書を盗んで自分を強くしようとあせっているん

 だろう」

「うーーー、なんであんたにそれがわかるのよ」

あまりの図星に文句をいう桜だ。

心の秘密を暴かれたように錯覚する。


「だから拳法の強さは一つの型にはまっている限り進歩はないといってるでは

 ないか」

「あなたに教えてもらえば強くなれるというの?」

「当然じゃよ、すぐに梧郎さんより強くなれる」

「まさか」

「どうして無理というんじゃ、いまの梧郎さんより強くなれるという意味じゃ

 よ」

「でも・・・・・」

優しい桜は兄を追い抜こうとは考えていない。

兄より強くなるという言葉に嫌悪感を持っていた。


「そこでおぬしが梧郎さんに教えればいいのじゃないか」

「なにを教えるというの!」

強くなって欲しい兄に教えると言う事に抵抗を感じる桜だ。

「強くなる方法じゃよ」

「そんなものがあるの?」

「当然じゃよ。さっき、入門の形で見せただろう。発想の違いじゃよ。その発

 想にいたるまでがスランプという伸び悩みのときなんじゃよ」

「それじゃわたしでもお兄様に教えることができるの?」

老人が言う意味がなんとなく理解できた。

「当然だ、別に秘密でもなんでもない。発想の違いというだけなんだから」

「発想の違い?」

「たとえば早く走れずに苦労してる人がいるとしよう。それを教えるのに必ず

 その人より早く走れなければならないのか?」

「そんなことないわよ。指導員というのは早く走れる方法を知ってる人をいう

 のだから・・・、あ、そうかそういうことなのね」

今度は完全に理解できた。


「そう、だがそれをいち早く取り入れた桜さんは一時的に梧郎さんより強くな

 ると言うわけだ」

「それじゃお兄様がそれを始めたら」

「もちろん、あっという間に追い抜かされる」

「それならいいわよ。お兄様さえ強くなってくれれば」

「それじゃわしの指導を受ける気になったのかな」

「ええ、いいわよ」

もう迷いは無かった。

「そうか、ではわしを師として認めるのだな、もちろん狼拳の師としてだが」

「おじいさんは狼拳をしらないのでしょう」

「そうじゃよ、さっきみせてくれただろう」

そういうと、桜が習ってるところまでの演武をこなした。

だが桜と違い、動きが早い。

演舞場が狭く感じるほどだった。



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