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雅雄記  作者: いかすみ
第一章 出会い
2/43

02 出会い2

母娘


二人がおやつを食べてもどるとまだ患者は眠ったままだ。

「そろそろ起こしましょうか」

桜が、やや過激なつつきかたで起こす。

一回では起きない。

段々、過激になっていく。

ようやく、患者のあきらは気がついた。



目の前に美人の奥さんがじっと目を見ながら様子を見てる。

あきらは二十四歳になる。

だがこの奥さんはいつも苦手なのだ。

最初は入門のとき、ここの娘と勘違いしたことから始まる。

問診のときに体の異常を申告しなくてはいけなかった。

それなのに、腰のことを言わなかった。


奥さんを若い娘と勘違いして言えなかったのだ。

年寄りなら正直に言っていた。

若いのに腰をいためているのが恥ずかしかったからだ。

美人を前にして、弱点を晒す気はなかったのと、何とか募集にもぐりこみたか

ったからだ。


それと町の医者に宣告を受けていた。

もう二度と治らないと。

そして、一生つき合うことになると言われていた。

もしそれがばれれば、入門が取り消されると考えたからだ。


拳法は結構厳しい修行をする。

金を出しての、習い拳法ではない。

警備会社に雇われるようなものだ。

修行を通して人間性や能力等を判断される。

だから、遅刻などは論外だった。

また最初から故障しているものに時間を費やさない。

それはいままでの道場では当たり前のことだった。

事実それがばれて破門になったのだ。


しかし、この奥さんはあきらがなにか隠しているようにしつこく質問してきた。

その様子に、つい自分に気があるのかと勘違いしてしまったのだ。

若い娘に言い寄られるのは経験がなかったからだ。

いや、酒場などで言い寄られた事はある。

このような、武術関係の娘に近寄られたのが初めてのことだった。



桜の目からみれば全体にゆがみのようなものを感じたからだ。

まさかそのあと言い寄られると思わなかった。

桜の実力からすれば、道場の男などみな子供のような物。

そのため、割と無防備に接近して話し掛ける。

道場の者達は師範の奥方だと知っているので苦笑いだ。

知らなかったあきらは無防備に近付いてくる桜に戸惑うのは当然だった。


桜の力でやんわりとおしおきしておいた。

武術は封印したが力は健在だった。

目上の者を格下のような態度であしらおうとしたのだから当然だ。

若いあきらには太刀打ちできるわけがなかった。


それ以来、あきらはこの奥さんが苦手なのだ。

だが今、目の前で瞳を見つめて向かい合うと思わず赤面してしまう。

どこか吸い込まれそうな瞳。

見ているだけでどきどきしてしまう。

恋愛感情は無いはずなのに意識してしまうのだ。


「あんた、自分の状況がわかってるの」

突然の声にはっと、気づく。

そこには怒りを露に娘の桜子がにらんでいる。

ようやく自分がどういう状況なのかわかってきた。

「なんでここにいるの」

「この馬鹿、まだ判ってないようね。あんたは練習中怪我をしたの」

「あれ、そういえばとび蹴りの練習してたんだ」

「ようやく判ったようね」

「でもなんでここにいるんだ」

「はあ?なに言ってるのよ」


桜が口を挟む。

「桜子、脳に障害があるかもしれないのよ。無理は禁物よ。死んでたのだから」

「お母様がそれを言うの、一番ショックじゃない」

言われたあきらは『自分が死んでた』と聞いて事実ショックを受けていた。


あきら「あのー、私は死んでいたのでしょうか」

桜子 「それごらん、お母様が一番きついのよ」

桜  「大丈夫よ、生き返ったのだから心配ないわ」

あきら「死ぬほどの怪我だったのですか」

桜子 「それほどじゃなかったわよ。ただ胸を開いて治療したから」


そういわれて胸元を見ると血まみれだ。

気絶する寸前壁が抜けたのは覚えている。

直後足が強引に曲げられる意識もあった。

その後、頭を床に叩きつけたのだ。

なぜ胸に傷があるのか判らなかった。


桜子 「あきらとかいったわね。血の匂いがすごいから風呂で洗ってきなさい」

桜  「ちょっと、病み上がりにお風呂はだめよ、傷は二、三日ふさがらない

    から」

あきら「傷ですか」

桜  「そうよ、外傷は消したけど、内部の細かい傷は脳を含めて絶対安静よ」

桜子 「それじゃこの匂いはどうするのよ」

桜  「不満ならあなたが面倒見てあげなさい。着替えをさがしてくるから」

桜子 「そんなー、年頃の娘に着替えさせるの」

桜  「着替えだけじゃないわよ、汗も拭いてあげなさい」

あきら「いいです、仲間に連絡して下さい。お嬢様にやらせたら、後でリンチ

    に遭いますから」

ひたすら恐縮するあきらだった。

事実、道場仲間の中では二人はアイドルなのだ。

もし着替えや汗拭きをさせたと知られたら、冗談抜きのしごきが待っていただ

ろう。


桜子はその足で道場の方に人を呼びにいく。

その間に桜は今後の治療計画と小言をいう。

「明日からも治療するけど、あなた、嘘を言ったわね。覚悟しておきなさいよ」

桜子の知らない顔で脅す。

普段の明るい顔しか見ていないあきらには恐ろしい夜叉の顔に見える。

仲間が『桜さまはやさしいけど怒らすと怖い』と言っていた。

そう言うのを笑って聞いてたが実感だ。


「3日間練習禁止、それと師範と一緒に食事、逃げたら破門よ」

怖い顔で命令を受ける。

あきらとしてはうなずくしかなかった。

桜子と仲間が来て桜の顔が笑顔にかわりほっとするあきらだ。

女を怒らせると怖いのを体感したへたれだった。


あきらが道場に戻ると師範代たちは心配そうに声をかける。

早くも通常に歩くあきらを奇跡のように見ている。

そこで桜様からの指示を説明すると途端に道場の雰囲気が変る。

みんな桜様の怖さを知らないので、お呼ばれと勘違いしているのだ。

師範と一緒の食事など、まだ誰も経験していないから尚更だ。


桜様を見れば、とても40過ぎのおばさんには見えない。

それはみんなも同じで、だから奥さんとか、おかみさんとは呼ばない。

そして、姉さんとよんでいるのだ。

そしていまでも間近に見てもきれいな肌に思わずどきどきするしまつだ。

だがあの雰囲気と迫力は自分の手に負えない。

もっと凄い修羅場の経験者だと本能が警告していた。



その日の食事に呼ばれ席につくあきら。

道場のみんなから殺気に近い嫉妬を浴びて送り出された。

師範からは怪我をしたことに対して、いたわりの言葉をもらう。

そして、なぜか同情されていた。

しかし、桜子からはにらまれていた。

あきらには理由がわからない。


桜子は見慣れない料理に味見をしようとして叱られたのだ。

桜はいたって普通に過ごしている。

けれども料理があきらだけ違うのだ。


薬膳料理なのだ、なぜ食事に誘われたのか判った。

自宅では絶対に出来ない料理だ。

あきらは、食べてみて味のむごさに涙がでる。

とっさに吐き出しそうになるが師範が目の前にいる。

桜子が止められた理由だった。

師範の手前無理やり飲み込むしかなかった。

残すことも許されない。

なぜ師範と同席なのか理由もわかるあきらだった。

自分だけなら絶対に飲み込まない。

意地悪ではなく逃げられない状況の食事なのだ。


師範の方が気をつかう。

「まずいだろ、わしも経験済みだ」

「お師匠様も食べたことあるのですか?」

「ああ、結婚する前だけどな、二度と食べたくないな」

桜子は機嫌を直して、くすくす笑ってる。

なぜ、叱られたのか理由がわかったからだ。


桜は二人をにらむと

「食べたくないなら二度と食べる状況にならないことね」

その通りです、二人は叱られた子供のように小さくなる。

この家庭で一番強いのは桜だと知るあきらだ。


次の日の朝食も同じものを食べさせられ治療室に向かう。

桜子が話しかけてくる。

「あなた、お母様を相当怒らせたわね」

「なんで怒っているのかわからない」

「その腰の件よ」

「え、ど、どうしてわかったんだ」

内心の動揺が言葉に現れている。

「昨日の治療中に知られたのよ。言う機会は在ったのに黙っていたでしょう」

「治らない腰だから、言っても意味が無いと思ったんだ」

「治る治らないはどうでもいいのよ。練習に腰の負担を掛けないものもあるの

 だから」

「そうなの?」

「問題は故障してるのに申告しなかったことよ。そういうことには厳しいのよ」

「・・・・・・」


あきらは、思い当たる。

勘違いして言い寄り痛い目にあってそのままだった。

入門時の失敗が思い出された。


「まあ、覚悟しておくのね」

そういいながら楽しそうについてくる。

桜子はその時いなかったのでそのいきさつは知らないのだ。

処刑場に連れられる牛の心境のあきら。

部屋に入ると桜は桜子に目配せをする。

桜子はなれたもので目隠しをする。

されるがままのあきら。


桜と桜子の会話が耳に入った。

「少し痛い目にあわせてから治療するわよ」

「お母様、意趣返しが入ってません?」

「ここまでひどくしてるのが悪いのよ」

「はいはい」

「はいは一度でいいのよ、そこに寝かせて」

そう言って治療台に寝かせる。

物騒な会話に身をすくませるあきら。


桜子も慣れたものだ、腰の治療は良く見る。

桜は背中からお尻、お尻から首筋を何度もチェックしていく。

あきらは異性に触られて思わず興奮してしまう。

やがて首の付け根に衝撃がくる。

意識はあるのに体が動かない。


背骨と腰に打撃が加えられたような気がする。

しかし、見えないし感じないのでよく判らない。

しばらく体が揺れる。

頭が振られるのでなんとなくわかる。

そして落ち着くと再び首筋に手を当てられた。


体のあちこちが突然痛み始めて、思わずうめき声をだす。

「なさけないわよ、この程度で音をあげるなんて」

「お母様、きびしー」

「桜子、そちらを抑えて」

「はい」

「いくわよ」

掛け声と共に快感が一気に湧きだす。

詰まったパイプを掃除するような物だ。

背骨を駆け抜ける開放感に一物は放出していた。


情けない声を上げて降参するあきら。

「治療完了」

「くすくすくす」

桜子の笑い声、ばれてるのだ。

「私達は控え室で休憩するから、自分で処理してきなさい」

情け容赦ない桜の言葉。

桜には解かっているのだ同じ状況なら全員そうなることが。

詰まっていた感覚を解放する快感は通じる物があるからだ。



はずかしい格好で着替えに走るあきら。

でも本当にわかるのは着替えが終わったときだった。

あれほど痛んでいた腰が治っているのだ。

町の結構有名な整体治療の医者にかかって完治不能といわれた。

その腰の痛みが消えているのだ。

なにが起きてるのか知りたかったので治療室にいそいで向かう。


部屋に入ると桜子は顔をみるなり笑い始めた。

「桜子、失礼よ。あの状況でもらさない人はいないのだから、女性なら失神よ」

「はい、お母様、すみませんでした」

「私じゃない、あきらさんに謝りなさい」

「はい、あきらさん済みませんでした」

神妙に謝る桜子だった。


桜子も桜の怖さを知っているのかもしれないと思った。

二人のやり取りで自分だけの失態じゃないのに胸をなでおろすあきら。

その後、腰の件はさんざん叱られた。

これ以後不調があれば包み隠さず、すべて白状することを約束させられた。

3日の安静後、あきらは完全に復調した。



数日後、その日もきびしい修行のためけが人が出た。

あきらだ。

とび蹴りの失敗で着地のとき手をついて捻挫だ。

高度な練習の結果だった。

普通なら治療のためしばらく休養だ。

打ち身、捻挫などは治療院ですぐに直してもらえる。

そこにいまのあきらが運び込まれた。


「いらっしゃい」

桜が歓迎する。

後ろについてくるのは桜子だ。

「おかあさん、この人、またきたけど絶対わざとよ」

口の悪さは一人前だ。

「まあ、桜子そんなことはいわないの」

やんわりとたしなめる。

桜子は手早く目隠しをする。

「姉さん、すみません、またやってしまいました」

と恐縮するあきら。

「きにしなくていいのよ、新しい技を覚えるときには怪我もしょうがないわ」

そういいながら患部に手を当てる。

桜にはあきらがトライしている訓練は手に取るように判るからだ。

「骨はきれいに折れてるわね。うんがよかったわ」

そういいながら手先に力を込める感じで構える。


すると骨折部の腫れがみるみる収まっていく。

しばらくかざしているとほとんど元に戻っている。

「ふう、もう大丈夫よ」

そう声をかけられるあきら。

「いつもありがとうございます。でも不思議な術ですね」

なんだかんだと言いながら、ここに来られる理由は嬉しい。

そのため、つい顔がにやけてしまう。


桜子のほうが怒ったように声をかける。

「直ったのならさっさといきなさいよ。ここはあなたのような暇人のいるとこ

 ろじゃないのよ」

桜子が、さっさと追い出しにかかる。

「そんなこといわなくてもいいじゃないか、言われなくても出ていくよ」

と、さっきまでの状態が信じられないぐらいの態度で歩いていく。

なんだかんだといっても腰が治ったあきらは今では有望な婿候補だ。

桜としては歓迎だった。

できるだけ桜子と接点を持たせてやりたいためだ。

「あきらさん、絶対にお母様が目当てね。最近いつもくるから」

「自分に無頓着だから無理するけど、目的が強くなることだからいいのよ。

 それに・・・」

言葉を濁す。


桜には解かっているのだ、治療にきたとき桜子に目が向いているのを。

桜子が見ると目を不自然にそらすことを。

そして、桜子が桜に対してライバル意識を持っている。

そのことに気づくのはいつかなと微笑みながら空をみあげる。




この治療院は近所でも有名で結構忙しいのだ。

基本的には道場のメンバーの治療を行う。

最近では、有名になったせいか遠くからも治療目当てで来る人もいた。

病気に対しては効果がない。

それ以外のたいていのものは何らかの効果がでる。

そのため、一部の王族、貴族の人には専属になってもらおうという話もあった。

もちろん、それがいやで秘密の治療なのだ。

気法治療というのは伝説の治療法なのだ。


ようやく暇になったとき娘はなにげなく母親に聞いた。

母親といっても傍目に見れば姉妹といっていいほどの器量だ。

知らない人は道場主の娘と思っていたぐらいだ。

「お母様、いつも不思議ですけどその力はどこで手にいれたの」

「そうねぇ、あなたももう16なのだからぼちぼち知ってもいい頃かしら」

「教えてくれるの、その技をわたしも使えるようになるの」

思わず期待してしまう桜子。

「さあどうかな、これは神様がくれた力だと私はおもってるから」

「神様がくれた力なの?」

その言葉にがっかりだ。

「そう、今にして思えばあれは神様だったのよ」

うっとりとした様子の桜。

なんとなく、夢見る娘を感じさせるその様子に嫉妬する桜子だ。

「おかあさまは、神様にあったの?」

「そうよ、」

「どんなふうに、出会ったの」

「それはね・・・・」



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