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雅雄記  作者: いかすみ
第三章 国作り
19/43

19 国作り3

国作り3ある町長の憂鬱


町長は憂鬱なことがあった。

最近、近くの山に山賊が住み着いたという連絡だ。

娘がその近くの温泉療養所に療養に行っている。

心配なのですぐに帰るように連絡は入れたのが・・・

予定日になっても帰って来ないのだ。

馬車には護衛もつけてあるので安心はしているのだが・・・

湧き上がる不安は町長を憂鬱にしていた。


そんな不安を解消させようと、探索に行かせた。

何もなければ、笑い話ですませるつもりだった。

なにしろ、護衛に付けた兵は我が町の最精鋭達だ。

不安など・・・


探索に向かわせた兵隊達は、何も見つけられなかった。

それどころか新たなる侵略者を見つけていた。

その上、一部兵隊が帰ってこないという。

集合に遅れた兵の様子も心配だが、問題は新たなる侵入者だ。

新たなる侵入者が、隣の市を呑みこんだ新勢力という情報は得ていた。

凄い勢いで白国を併合している集団だ。

その矛先がここに向かったことを意味していた。


成り行き上、この町が矢面に立つ形になる。

そのため、馬車の探索どころではなくなってしまった。

娘の身も心配だが、生活している市民の方がもっと大事だ。

本来なら交渉をすべきなのだろう。

探索と山賊の警戒に人手を割いている状態では・・・。

各町の代表たちは治安の悪化と新勢力の台頭で気が立っていた。

こんなときに攻めて来る方が悪い。

せめて、山賊の処理が終わってから来てくれればもう少し柔軟に対応できたのに!


とことん戦って全滅に追い込んでやる。

町長の意気込みと恨みはその侵略者に向けられた。

帰って来た兵の話では、たいした戦力ではないというのだ。

『千にも満たない兵力』ということで各町の代表は戦うことを選択した。

町長としても、娘が行方不明の不安と焦り。

その矛先を受けてもらおうというものだ!


全面戦争を覚悟で使いのものを用意していた。

そんなときに集合に遅れていた兵が帰って来たという。

急ぎ町長は兵の様子を確認する。

遅れた兵は『馬車が山賊に襲われた』という情報を持ってきた。

こちらに引き上げに向かっていた娘を含め60人がさらわれたという。

町長は目の前が暗くなった。




娘は保養所が危ないという父親の知らせを聞いた。

そして、急いで引き上げの準備を行う。

母親は若くして亡くなっていたので父親の脇で育った娘だ。

父が『危ない』という連絡を入れた限り直ぐに動かなくてはならない。

父の判断力の確かさを実感していた。

ただ、十七歳の身でもいつも父親の責任ある行動を見ていた。

そのため、山賊に襲われるとわかっているのに見捨てられなかった。

護衛の兵達を使って、急ぎ療養所から全員を避難させるように動く。

温泉村として活動していた村人と客は直ぐに動いてくれた。

それでも、出発が半日遅れたのはしかたがないところだった。


村人の方は猟師もいることから、山中の方に逃げ込む人が大半だ。

娘の預かるのは客として逗留して者とその世話役の女性だ。

いままで、治安が良かっただけに良い金稼ぎの場でもあったからだ。

娘は保養所にいる全員を馬車4台に詰め込んで逃げ出した。

自分ひとりならぎりぎりで逃げ出せたかもしれなかった。

そうせずに全員を引き連れて逃げ出したのだ。

その半日の差は大きかった。


娘達が逃れた直後、保養所は襲われた。

村に誰もいないことを知った山賊達。

彼らはまだそんなに離れていない馬車を追跡して襲った。

必死に護衛する兵隊。

拠点守備に慣れていた兵達だ。

いくら精鋭でも道路沿いに長い列をなした馬車を守るのは難しかった。

馬車が一台だけだったら、守りながら逃げられただろう。

あいにくと馬車は四台連なっていた。

そのため、防御の甘いところを突かれると後はなし崩しだった。


一人、また一人と殺されていく。

馬車の中で表の剣戟を聞く者には生きた心地もしない。

娘の横にいた子供が提案する。

「僕が表の様子を見てくるよ」

そういうと、止める間もなく幌の隙間から馬車の下にもぐりこんだ。

しかし、その子は帰ってこなかった。


善戦もむなしく兵隊は皆殺しだ。

その中、ただ一人逃げ出した子供がいた。

山賊は馬車に乗っている者から、若い娘以外皆殺しにしようとしていた。

客達の悲鳴が起こる。

そのとき名乗り出た娘だ。

目の前で知り合いたちが殺されるのを防ぎたかった。


娘は自分は町長の娘だと名乗る。

そして山賊に交換条件を申し出た。

『娘達に積極的に相手をするように説得するから人質を殺さないでくれ』と。

そして、『人質は町長に手紙を出して身代金を払うようにするから』と。

山賊たちは娘達が積極的に身を差し出すなら手間がはぶける。

おまけに身代金まで入るという提案に乗った。

そのため、人質は誰一人傷つかず砦に護送されることになった。


若い娘だけが集められた馬車の中。

温泉客の世話を頼まれた客なので、その手の商売女もいる。

しかし、大半は男も知らないものばかりだ。

そんな娘達を説得する娘だった。


どうせ傷物にされる。

男達の暴力に女は逆らえない!

抵抗しても結局痛い目に遭うだけで意味が無いことを教える。

そして、身内が一人でも助かるようにした方が良いと言って。

娘達は泣く泣くその提案に乗るしかなかった。

反対しても結果は同じだ。

力の前に無理やり犯されるのはわかっているのだ。

結果、娘達は強い抵抗をしなかった。

それと、砦に着くまでに商売女達が男達の扱い方を教えた。


山賊たちも抵抗が少なかったので、それほど悲惨な結果にはならなかった。

一人をのぞいてはだ。

提案した娘は美人だった。

そのため、結局その娘は全山賊の相手をするはめになってしまう。

山賊の数は約60人、休む間もなく犯され続けた。

最後にはぼろぼろの半狂乱だった。

あぶれた山賊は残りの娘に襲い掛かる。

そして、昼夜をかけて宴をおこなう。

それでも約束を守った山賊は人質には手を出さなかった。

人質たちは娘達の悲鳴と嬌声を子守唄に落ち着かない2日を過ごした。



馬車の行方を捜す捜索隊は茂みに隠れている子供を見つける。

子供の案内で逃げた山賊を追う。

そのため集合に遅れたのだ。

そこには護衛に当たっていた兵隊の死体が転がっていた。

そして、その先には山賊の住処といわれる山があるだけだ。

馬車の轍はそこに向かっていた。



護衛の兵隊は街道から離れたところで惨殺死体で見つかったという報告。

町長は目の前が暗くなっていた。

助けに行きたくても目の前に侵略者だ。

それに、今となっては手遅れ。

せめて生きて帰ってくれればと祈るのみだった。

間の悪い侵略者に怒りぶつけるため、出陣の準備に入った。



耕平は侵略先の情報をいろいろ仕入れていた。

すでに、白国を4分の一ほど征圧していた。

そして今回の町だ。

急先鋒といわれる町長。

話を聞く限り強敵だ。


近隣の町と共同であたるやり手だった。

各個撃破するにしても、拠点防衛戦に優れた兵力は潰すのに時間がかかる。

一つの町にてこずると、周りから囲まれて袋叩きになる。

さりとて、全部の町を囲むには広すぎた。

この地域が侵略者から守ってきた手段だった。

そのため、一地方勢力程度では手も足も出ないというところだ。

下手すれば殲滅戦になるかもしれないという。

降伏は絶対にしない頑固者だということだった。

そして手ごわいとされる義勇軍。

訓練された強敵という噂だ。

戦うかぎり降伏させるのは無理というより長期戦にするしかなかった。


または、無視するのも手の一つだ。

性質上、守りに特化した戦術だ。

交渉次第では、敵に回さなくてもいい。

それも、戦略の視野に入れるべきなのだが・・・・

問題は場所だった。

白国のど真ん中を占拠しているので、何が何でも落としておきたい場所だ。

落とすにも問題があった。

今までのように一人で取り仕切っているわけじゃない。

合議制の町長が議長というだけだ。

町長一人降しても町の意志は動かせない。

全住民が一丸となってあたってくる可能性もある。

さすがの雅雄も今回は苦しい展開になると予想する耕平だった。



雅雄はいつものように広域探査をしていた。

そこで掴んだ情報。

目障りな山賊の砦、排除か攻略するのが早道だ。

残せば対陣のとき背後を襲われる可能性がある。

決断は早かった。


雅雄は散歩に行くような感じで部下に声をかける。

「10人ほど付いて来てくれ」

声を掛けられたものは雅雄がめずらしく声をかけたので感激だ。

20人が勇んでついていく。

雅雄は別に気にすることも無く進んでいく。

砦を焼き払うとき人手が要るからだ。

まさか別用途に使うことになると考えていなかった。

知っていればもっと連れていったのだ。



声を掛けられた兵隊達。

雅雄様の役に立てると感激だった。

何しろ、戦闘を一人でこなしてしまうため、兵達は力のはけ口がない。

それが、珍しく声を掛けられたのだ。

『どこを襲撃するのか』とわくわくしながら付いていく。

軽い高揚感につつまれて馬に乗り追いかける。

結構離れた場所だ。

馬を全力で使って丸1日。

目的の山に着いたようだった。


思わぬ距離に唖然とする仲間達。

そして、少し遅れて山道に入っていく。

そしてある程度いったところで雅雄から待つように声をかけられた。

待つこと1時間。

再び現れた雅雄。

『ついて来るように』と言われ、ついていく。

砦があった。

中に入る。

入った場所は、どうやら山賊の砦だった。

そして、死体があちこちに。

めずらしく雅雄様が手を下したようだ。

兵達は雅雄が無抵抗なら殺さないことは知っていた。

大抵の者はその強さを見れば・・・・

それなのに、山賊は一人も生きている気配がない。

『雅雄様を怒らせるとは不運な山賊だ。それとも事情があるのかな?』

兵達は雅雄が無意味に人を殺さないことも知っていた。

雅雄が呼んでいる。

そこに行くと人がいた。

老人から子持ちのものまで雑多で80人ほどだ。

特に年頃の若い娘が多い。

一人だけ視線が定まらず狂ったような娘がいた。


雅雄様から指示が出る。

『この者たちを近くの町まで連れて行け』という指示だ。

小さい子を抱いて年配の者を保護しながら山道を戻る。

戦うより苦労する。

『戦うために来たのに! 子守のため来たのじゃない』と不満も出始める。

そして初めて気付いた。

降りていく途中に死体がごろごろしている。

登るときは死角だったので見えなかった場所だ。

見張りと思われる者達がみんな一撃で倒されていた。

わずかな差で先に上がっただけなのに驚くかぎり。

雅雄の前には要塞も意味が無いことを知る兵達だった。


その死体は当然、人質達の目にも見えた。

みんな怖がっている。

死体を見ることに対してではない!

眠ったように死んでいる死体は今にも起きてきそうに見える。

そのことに対しての恐怖だ。

その様子に、人質達がひどい目に遭ったことが想像できた。

ただ一人狂った目の女だけは恨みのこもったような目で見ていた。

なんとなく目に光が戻ったような感じだ。


若い娘たちはみんなやつれていた。

ひどいめにあったと想像できる。

できるだけやさしく扱ってやってはいるが人数が足りない。

人質達はよく頑張って動いてくれていた。

背後では砦が燃えていた。


町の近くまで行くと突然囲まれてしまう。

山賊たちの追撃かと警戒する。

統一した鎧ではないからだ。

囲まれても雅雄から鍛えられた精鋭だ。

人質をかばって戦う構えをとる。

突破しようとした。

連れの女性が走り出して声をかけた。

半分おかしかった娘だ。

「お父様、待って!」

囲んでいた兵が道を開ける。

囲んでいた兵の声を聞けば、『町長の娘だ』と言う。

囲んでいたのは、町の自警団だと知る。


娘は父親のところに駆け寄る。

そして父親に何事かささやいた。

信じられない顔をする町長。



囲みはすぐに解かれ、人質を連れて引き上げていく。

我々に対する態度は恭しさをかんじるものだった。

雅雄様の指示は『連れて行け』だったので目的は達成した。

余分なことをすると叱られることがあるので気を使う。

そういう事情なら、『自陣に連れて行けば有利だ』と思う。

しかし、命令ではしかたがない。


陣にもどり雅雄様に報告する。

雅雄様は『ご苦労様』といって耕平陛下のところに向かった。

いつも不思議なのだが、下級兵にも敬語を使う雅雄様は不思議な存在だった。

まるで、雅雄様には身分など関係ない?

『領主も雑兵も同じ、下手すれば国王も?』

そんな印象だ。


その時には、仕事に対して記憶を書き換えられていた。

『山賊に襲われた馬車を助けた』という記憶だった。

余談だが、この時参加した兵のほぼ全員が助けた娘達と恋仲となり縁を結んだ。



雅雄は砦に侵入して初めて知った。

予想外の人質、それと、娘達は無残な状態だ。

中には、半狂乱の娘もいた。

雅雄にとって娘達の体を無垢の状態に戻すのは簡単なことだ。

そしてみんな忘れたがっているのでその記憶の封印も問題はない。

ただ娘達の相手をした者達はそれを忘れない。

それは封印してもいつか破ってしまう可能性だ。

男は女を抱くことで征服したように感じることがあるからだ。

街中で見かけたときに、思い出す危険性があった。

所詮、彼らは犯罪者だ。

雅雄は切り捨てることにした。

全山に結界を張り、逃がさないようにして皆殺しだ。

後味は悪いがこの記憶が今後どのように悪影響を出すかわからない。

それに娘達をそこまで追い込んだ悪党だ。


人質達には拡散型の暗示を掛けておいた。

町に入った瞬間、発動する暗示だ。

人質を見たものに広がっていく偽の記憶と封印。

そして、それを見たものにさらに広がっていく。

町中が染まるのは時間の問題だった。

接触したものたちは、人質が危ないところで耕平たちが助けた。

そういう記憶にすりかえた。

イメージだけでは弱いので言葉を教えておく。

雅雄にとって本当に予定外の人質だった。


山賊の砦を処理しただけだ。

あの半狂乱の娘も体は治しておいた。

しかし、記憶は混乱していていじれなかった。

時間がくれば正常に戻るからあえて手を打たない。

戻ったところで封印が発動すれば同じだからだ。

これでここで起こった事は誰も知らず、事件は無かったことにする。

そう思っていた。

その結果が思わぬ副産物を産むとは予測していなかった。




耕平はようやく帰って来た雅雄に今後の展開を相談する。

耕平の意見は、無視して最後に攻略を提案だ。

やはり雅雄は『いつもと同じ手を使う』と言う。

どんな手か知らないが魔法のような手段に呆れるばかり。

その打ち合わせをしている時、町から使者が来たという連絡。

ついに宣戦布告かと覚悟をきめる。


気が重いが使者に会う。

口上を言われる。

「降伏しますのでそのまま町までおいでください」だった。

罠を警戒するが雅雄が頷いた。

そこで、了解する。

そして、使者にいつもの公告を渡して帰らせた。

町に入って驚いた。

歓迎一色だった。


雅雄にとって罠でもなんでも町に入りさえすれば同じだからだ。

それは雅雄の予想外の結果だった。

雅雄は戦いになっても個々の町を制圧すればいいと考えていた。

急先鋒といわれる町長が降伏するとは考えていなかった。

それが平和的解決になってしまったのだ。

まさか、暗示を破られると思わなかった雅雄だった。

耕平はなにが起こったのか首をかしげるだけだった。


町長の屋敷に招待され娘に会ったとき耕平は運命を確信した。

一目ぼれだ。

輝くような美少女だった。

知らず知らずのうちに目で追っていた。

歓迎の席でも踊りの場でも同じだ。

娘の方も耕平を見ていた。

目が合うと恥ずかしげに視線をそらす。

娘の方も耕平に助けられた記憶があるので恩を感じていたからだ。

その後、その娘が白国初代の王妃となったのは後日の話だ。

これも雅雄の予想外の結果だった。




少し前の町長


100人ほどの兵がこちらに向かっているという。

手勢を引き連れて様子を見に行くとさらわれた者達だ。

引き連れているのは見知らぬ兵士だった。

部下達が勝手に取り囲んでしまう。

恋人や身内がいるのだ、止められるわけがない。

あわや戦闘になるかと思った時、女が一人駆け出してくる。

娘だった。

町長は急いで兵を止めた。

そして事情を聞く。


耕平の兵達に助けられたことを伝えられる。

帰り道の兵隊達の態度は立派だったことも教えられた。

町長はその事情に驚いた。

兵から聞いていた事情と違うのだ。

『鬼のような強さの兵士が町を闊歩していた』という事前情報だ。

みた限り、みんな礼儀正しく『鬼のような?』という印象ではなかった。

だが助けてくれたことは事実のようなので、引き上げの指示をだす。

相手の兵士達は人質も身代金も謝礼もとらずただ引き上げていった。

町長にできるのは礼を言うだけだ。


帰り道、娘からさらに詳しい事情を聞く。

その頃には娘も混乱した記憶を整理して説明できるようになっていた。

娘に内容を教えられて驚いた。

誘拐されたいきさつ、その後の扱い。

娘は泣きながら、山賊にひどい目に会わされたことを伝える。

老人と子供は身代金のために捕らえるだけだった。

しかし、若い娘達はみんな慰み者になったということだ。

町長の悪い予想は当たっていた。

この辺は、斥候兵から聞いた話と一致した。

だが、それはより悪い話だった。

生きて帰ってきても娘のいや娘達の、これからはこの経験がついてまわる。

やりきれない思いだった。

ところが娘の話はまだ続いた。


何も考えられず、ぼんやりと部屋にいた。

目の前の男は何かをしていたけど・・・・

一人の男が部屋に入ってきた。

私に取り付いていた男は、その男に襲い掛かって倒れる。

男はそのまま部屋から出て行った。


あちこちで聞こえる物の倒れる音。

そして、戻ってきて連れ出される。

連れて行かれた部屋には、娘達が全員そろっていた。

男は体を撫ぜるようにしてなにかをしていく。

すると、擦り傷などが消えていった。

顔に打ち身の痣があったものも消えてしまう。

さらに耳元で『忘れなさい』とささやいていたという。

それでみんな目が虚ろになったように見えた。

同じことを全員に繰り返し行われる。


私にもされたのだが、私には効かなかった。

だから、覚えている。

その後、服を着せられ他のみんなのところに戻った。

他のみんなは無事を喜んでいた。

しかし、みんなの目が私を見ると憐れみを見せている。

その理由がわからなかった。


兵隊が来てみんなを連れて砦を抜け出し下山する。

その途中で、転がっている死体を見た。

最初に襲ってきた男だった。

あのシーンが蘇って怒りが湧く。

怒りが湧いた時、急に頭の中が晴れた。


兵隊達は助けにきた最初の男を『雅雄様』と呼んでいた。

その兵隊たちはみんな親切で手助けをして山を下ろしてくれた。

その後も弱った人を助けて手を差し伸べてくれたりもする。

みんな若い娘だからと、おかしな行動をするものは一人もいない礼儀正しい兵だ。

なによりも信じられないぐらいのすばやさだった。

倒れそうになった娘の後ろにいたはずなのに。

前からしっかり支えていた。



話を聞いた町長。

多少支離滅裂なところもあるが、娘の話した内容が真実だと感じた。

その中で、『被害にあう前の体に戻した』という信じられないことを言われる。

そして、その経験さえ記憶を封印してしまうと言うのだ。

娘は夢うつつに男の掛ける暗示の言葉を少し覚えていた。

「馬車・・ぶない・・ろ・たす・ら・・」

なにを言ってるのか意味がわからない。

だが、いくら体や心を治しても噂は消せない!

陵辱されたという事実は町に広まってしまう。

被害にあった娘達の幸せは望めなかった。


とりあえず信じられない内容に部下を引き上げさせる。

さらわれた娘以外の者達は近所の村の娘だった。

療養所に働きに出ていた娘達や近所の町の娘だ。

やはり山賊にさらわれていた被害者だった。

おそらく、家族も心配しているので送り届ける事にする。

その前に食事や着替えと休ませる必要がある。

とりあえず、村の集会所で世話してからだ。

部下に段取りを手配させる。


娘の話半分でも信じられないことだった。

おまけに最後の兵士の話。

それが本当なら戦うべきものではない。

人間の常識を疑う速さを持っていることになる。

『後に居た兵士が前に回って支える?』

確かに、倒れそうな人間を後から掴むと負担は大きい。

でも、常識からすれば不可能なことだった。



町に戻って家に入る。

部屋にもどってさらに詳しいことを聞こうと娘を呼び出す。

娘は呼ばれて部屋に来た。

そして聞こうとして驚いた。

『娘はなにも覚えていない』というのだ。

帰り道、話したときはしっかりしていたのに、その話を覚えていない。

そして、『療養所から帰って来たところで疲れてるから』というだけ。

さらに聞くと、『耕平様の部隊に助けられた』という。

『そのあと、歩きづめで疲れた』というだけだ。

傍目にやつれて見えたのは『歩き疲れ』だというのだ。

さらわれたことさえ覚えていなかった。

さらわれた娘のところへ部下に確認に行かせようとする。

あの『山賊にさらわれた』という知らせを持ってきた部下だ。

驚くべき返事だった。


「さらわれた娘、なんのことです?」

山賊にさらわれた事実が消されていた。

町長は、覚えていた知り合いの娘の家に直接走っていき事情を聞く。

親は、『療養に行ってた娘が帰って来たところだ』という。

『耕平様の部隊が危ないところを助けたため無事だった』というのだ。

そして娘の顔を見て同じ質問をしてみた。

娘は「馬車があぶないところでたすけられた」という。

娘のうろ覚えの言葉の意味が判った。

町長は今度の相手が人間じゃないと確信したときだ。



作戦会議の場で、町長は降伏を提案する。

会議に集まった者たちは驚く。

いくら恩があるといっても別物だ。

負けた町が調達の被害に遭うのだ。

その被害は計り知れないものがある。

小さな恩など、戦いになれば感傷でしかない。

とうぜんこの場はどこに兵を配置するかの打ち合わせだと思っていた。

それなのに『急先鋒』と言われる町長から降伏が出るとは誰も予測していない。


町の重鎮達は耕平の部隊が近くの山賊を退治したことは知っていた。

そして、『馬車はあわや山賊にさらわれる直前に助けた』という。

見てもいないのになぜか知っていることに疑問に思うものはいない。

親や娘、孫達を助けられた重鎮達は耕平に感謝していた。

出来るなら戦いたくないが町の決定には個人の意志は関係ない。


町長はその雑談の中で町全体に掛けられている暗示の強さに驚くばかりだ。

みんな気付いていないが、町全体が『娘達は無事だった』と思い込まされている。

そのことに、疑問ももたないほど強力な暗示だ。


町長の決断に反対するものはいなかった。

あとは、できるだけ相手の意向にそう形で最善の道をさぐる会議に変わる。

使者をだして歓迎の準備だ。

そして、使者の持ち帰った返事は予想を上回る好回答だった。


その後、町長は送り届けた近隣の娘達も同じ状態だったことを知る。

さらわれた事実を知っていたのは町長だけだ。

いやひょっとしたら自分だけがだまされているのか?

それを考えると憂鬱な町長だった。


この町長は子供のころ優秀な呪術師に怪我を治してもらっていた。

その結果が雅雄の予測を良い方に狂わせた。


雅雄がこの暗示で国を征服しない理由。

それは、人間の意思を尊重するからだ。

暗示や洗脳は相手に意思を奪う行為で雅雄の倫理に抵触する。

今回使ったのは、砦で起きた事実を消すことだ。

あの場では『何もなかった!』ということにするためだった。



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