16 始祖7後編
始祖7後編
武雄達は6日後無事に森に着いた
「さてどうやってこの森から探そうか」
「おとうさま、聞いてないの」
「聞く暇がなかったのだよ」
そうやりとりをしてるとき
「あなた、あなたなの」
武雄にとって聞きなれた声が聞こえてきた。
二人は森の奥を透かし見る。
まさに病気になる前の輝くような笑顔が二人に見えた。
「そちらは、・・・まさか紅葉なの?」
楓にとって痘痕のとれた紅葉の顔をみるのは初めてだ。
おまけに10日ほどで大人になってる紅葉に驚いている。
武雄の近くに自分にそっくりな娘だから気づいた。
「おかあさま」
二人は駆け寄ると抱き合った。
しばらくして落ち着いた楓は10日で紅葉がなぜ成長したのか口にする。
そして初めて自分が神隠しに会ってたことを知った。
「この森でどうしていたのだ」
「この森は私の故郷なの、この森で育ったのよ」
「この森で育ったのか」
「本当のことよ、あなたたちのことはお父様が教えてくれたの」
「おかあさま、すてきな話ね」
「そうよ、あのお父様は私がものごころついた頃居たの」
「師匠のことだな」
「そうよ。そしてある日、森から出て伴侶を選ぶときがきたと言ってあの村に
行ったの」
「村に居たのはどれぐらいだ」
「5年だったわ。なにもかもが新鮮で時のたつのがあっという間だったわ」
「やはり5年だったのか」
「お父様は待ってたみたい。あなたが来るのを」
「そうなのか?」
「ええ、あなたが現れてすごくよろこんでいたもの」
「ではなぜあんなに厳しく修行をさせたのか、まるで恨まれていたように、だ
から誤解して駆け落ちしたのに」
「そうだったの。わたしはてっきり話して反対されたからしかたなくと思って
いたのに・・・」
「そうだったのか。お互い誤解だらけだな」
「それでね、お父様がこれをって」
そでのところから書物を出した。
表紙には『熊拳奥義書』とかかれていた。
「どうしてこれが? これはあの道場の奥義書ではないのか」
「お父様は、これはおまえと伴侶のために作った拳法だよ。時が来れば道場を
開いて世に広めるがいい。そういって渡してくれたの」
「ではわたしが修行していたあの道場は?」
「とっくの昔に壊されて今では知る人もいないそうよ。なんでもあなたと私を
会わせるための道具だと言ってたわ」
「・・・・・・・」
「予定外があったのは、あの金持ちの道楽息子がわたしに懸想してあらぬこと
を仕掛けてきて、結果的に駆け落ちになってしまったということ」
「では師匠は最初からおまえと結婚させるつもりでいたのか?」
「そのようね。私の養父だけどどこか仙人のように、なにもかも知っているよ
うな感じだったもの。第一この奥義書なんだけど受け取ったのは私が12歳
のときよ。あなたに会ったのはそれから3年後なの」
「でも拳法の名前は?」
「そうなのよ。あなたの名前から取ったとしか思えないわ。まるであなたのた
めの拳法みたいに」
「そんなばかな。俺が武者修行に出たのはもっと前だが、その頃にはまだ名前
など全然売れてなかったぞ。ただの修行者だ」
「お父様の目に留まっていたのね。そうなれば誘導されていたのでしょう?」
「そんなばかな。あの道場にいくことになったのは・・・・・・まさか」
心当たりのある武雄だ。
「そのまさかよ、気づいたらお父様の思う通りなってたなんていつものこと」
「笑うしかないな。でもお前のような奥さんをもらえたのだから感謝の一言だ」
「ありがとう。そういってもらえればうれしいわ」
うれしそうな楓。
「ところでお父様がおかしなことをいってたのだけど、苦労させられたのだか
ら同じ時間苦労しろとか。お店の場所変ったのね?」
「なんのことだ?、店の場所はかわってないぞ」
「なんでお父様は教えてくれなかったのかな。てっきり場所が変ったから帰れ
ないと思っていたのに」
二人は疑問に思いながらも再会を喜びあっているところ、紅葉から
「お父様、お母様さっさと帰るわよ。お店をつぶす気なの」
「紅葉、そのことだけどな、店はもうやめようか思うのだ」
「お父様本気なの!、苦労して続けてきたのに」
「いままでは、師匠に遠慮して道場は開かなかったのだ。だが師匠は許してく
れて、おまけに奥義書まで譲ってくれたのだ。これで道場を開かなくては師
匠に申し訳ない無いのではないかと思うのだ」
「お母様もそれでいいの?」
「お父様はね。道場を開いてもらおうと26年前から計画してたのよ。その夢
を私は知らなかったと言え遅らせてしまったの」
「26年前、楓の26年前ということは、まさかその奥義書は・・・・・」
36年前というのは白国から赤国に旅立った年なのだ。
そのとき近所の村に雅雄という医者がいたことは覚えていた。
10歳のとき、屋根から落ちて瀕死のとき助けてくれた医者だ。
まさか同一人物だとは思っていない。
単なる偶然だと思った。
「そうよ、お父様の願いが込められてるの」
紅葉も納得する。
「あの御爺さんには恩もあるからしょうがないか。いいわよ」
二人の後押しに紅葉も覚悟を決める。
まさか、祖父とは思っても居なかった。
「紅葉も協力してくれるのか。それじゃ急いで帰って準備をしよう」
「でもお父様、拳法の腕は大丈夫なの」
「すこしさび付いているかもしれんが、修行をすれば取り戻すさ」
「ちょっとみせてよ。その奥義書を」
「かまわないが、見ても面白くないぞ」
「なにが書いてあるの」
そういって奥義書をのぞいた紅葉。
開いた瞬間目の前の情報の洪水にあわてて本を閉じた。
紅葉は子供の頃、病気で顔に痣を作ってしまった。
楓はそんな紅葉が不憫で何とか治らないかと考えていた。
その結果紅葉の中では無意識下で気の器が成長していった。
楓が雅雄のもとで舞踊拳を修行していたせいだ。
ただでさえ普通より大きめの楓の気は人間の限界を越えていた。
そんな楓の思いは紅葉へ無意識に気を送り込んでいたのだ。
連日の気の治療は効果がないまま、気を吸収していった。
そこに顔の治療で雅雄から治療を受けた。
紅葉は大きな器に少しだが雅雄の気を流し込込まれた。
それに奥義書が反応したのだ。
奥義書は器に対応して必要情報を超高速通信で送る。
受け手の紅葉は情報の受け取り部が小さかった。
それで視覚領域まで使うことになった。
それが、紅葉には文字が目に飛び込んでくるように見えたのだ。
「なんだ見ない気か」
「お父様、この本はなんなの?」
「むかし見せてもらったけど大したことは載ってなかったぞ」
楓も口ぞえをする。
「そうよ、ありきたりの武術格言が載ってるだけなのよ。後治療法とかね」
すでにお互い言ってることが違うのだが気付かない。
紅葉は信じられないので、父親に同じものかどうか確認した。
楓は紅葉の手から受け取り確認したがなにも変化はなかった。
「もらったときのままよ。なにも書き加えられていないし」
そういって武雄の手に渡した
ゆっくり育っていった楓や武雄には静かに送られる情報に違和感はない。
読んでいた内容に、『あ、こんなことも書いてあったな』という認識だ。
しかし、紅葉は受容レベルと指導レベルに開きがありすぎた。
本来の知識まで一気に送られると、あの桜子の事故と同じことが起きる。
そこで、桜子の事故を教訓に安全装置が組み込まれていた。
蠍拳以外の奥義書には組み込まれているものだ。
蠍拳にも組み込むとあの事故が起こらなくなり歴史が変るからだ。
そのため紅葉はとりあえず奥義手前のところで止まっていた。
お店に帰って、武雄と紅葉は驚く。
店が閉められており、熊拳道場建設中となっていたことだ。
建築士に聞くとすでに金は受け取っていた。
後は開くのを待つだけになっていた。
雅雄からの手紙が託されていた。
『これは、あの金持ちから巻き上げた金だから遠慮なく使え』という。
そして道場は開くと同時に近くの町から入門者が来ていた。
あの紅葉にひどい言葉をかけた子供も大人になって入門を待っていた。
道場はいきなり盛況になる。
実力は紅葉が一番強い。
しかし、紅葉は教えることが出来なかった。
いきなり強くなってしまったので教え方がわからない。
結果、娘が師範、武雄が師範代という形で道場は立ち上がっていく。
その後、紅葉を開祖として熊拳は急速に広がっていった。
紅葉には楓からの遺伝で大きな器があった。
そこに楓からの治療でさらに大きな器となっていた。
あの、縁のあった子供は紅葉の変身にますます執心を燃やす。
紅葉が綺麗になってからは誰も彼も気を引こうとしていた。
彼だけは紅葉の変化に関係なく紅葉を追いかけていた。
そのことを父親からも教えられる。
紅葉も雅雄から言われていた内容を思い出す。
子供のときからの執心にあきれながらも紅葉はうれしかった。
やがて、二人は結婚し子供が出来る。
子供は3人育った。
楓の気の器を持った子孫は数代後、狼拳のところに嫁に行く。
気の器は遺伝して子供に伝えられていく。
そして、数代の後に桜という子孫に引き継がれる。
その子供が楓だということを知っていたのは雅雄だけだった。
武雄と別れた雅雄は町の大工のところに行く。
武雄が出かけたら店の改造だ。
道場に変えるのだ。
金を払い込んでお願いしておく。
そして、時を飛びはやり病の村にたどり着く。
「本当に、手間のかかることをやらせおって」
ぶつぶついいながら、はやり病の村に入っていく。
「命日がもうすぐといってたからこれぐらいだろう」
そうつぶやきながら、診療所に入っていく。
中にいた医者が見咎める。
「ここに入っちゃいかん、病が移るぞ」
平然と見返す雅雄、目がきらりと光る。
医者は呆然と立ったままだ。
「もうすぐ旅人で楓という女が来る。その者の病気は重傷で助かる見込みは無
い、看病は危険だから付き添いはすぐに返せ」
そう言って、手をたたく。
医者は目を覚ましたように瞬きをすると元に戻っていった。
これでいい、あとは来るのを待つだけだ。
2日後、楓はやってきた。
やはり病で動けないようだ。
医者は指示されたように行動し家族を追い返す。
あとは役人を動かして村から追い出すだけだ。
予定通り追い出された武雄と紅葉は隣の村に宿を探しに行く。
「後は楓をさらうだけだな」
そう呟いて動き出す。
森について一息つく。
ぐったりとしている楓を見下ろして、治療に必要な薬草を集めに行く。
ここは楓が小さいときから住んでいた森の小屋だ。
小屋と言っても木をベースにした棲家だ。
楓が出て行ってから放置されていた。
雅雄はすぐに戻り治療を開始する。
雅雄の手にかかれば病気など問題ではない。
楓はすぐに意識を取り戻す。
「お父様!、ここは?」
「あの、森の中だ」
「帰って来たのですね。武雄?紅葉はどこに」
「ちょっと用事で離れてるから、すぐに会えるよ」
「でも」
「わしの苦労に比べれば大したこと無いから。しばらくここで遊んでいればい
い10日ほどで会えるから」
「そんなにかかるのですか」
「少し誤解があったようなのでな、毎日滝にいって体を洗うのだぞ」
「はい」
「10日過ぎたら森を出てしばらく過ごせばいい。いいか、それ以後滝に入る
ことは禁止だからな」
「はい、お父様、10日間は滝に入り、それ以後は禁止ですね」
「そうだ、それを間違えると娘に会えなくなるから気をつけろよ」
「はい」
「それじゃこれも渡しておくから、幸せになれよ」
そう言って熊拳奥義書を渡す。
駆け落ちのとき置いていった奥義書だ。
「お父様はどこへ?」
「また旅に出るさ。お前達の顔を見たからな」
「紅葉は元気でしたか」
はやり病だ。
見ていなければ不安になる。
「元気にしてたぞ。武雄によろしくな」
そう言うとさっさと出て行った。
結局、楓が家族と会えたのは10日と森から出て3日後だった。
「お父様の嘘つき、10日と言ったのに」
楓の愚痴は雅雄には聞こえなかった。
「やれやれ、幸せに生きていると思ったのに、センサーに検知するわけない楓
がいたのは驚いたが、これも宿命なのかな?」
一番最初は、もう出て行った楓が森の奥の次元の穴に再び姿を現した。
人間界の時間を狂わす穴に楓が自分で入るわけがない。
なにかが起こっていたのだ。
なんとか理由もわかったのでほっとする雅雄だった。
『楓とは何者なのだろうか?』と思案する。
その出会いがやがて、この世界に至るきっかけだった。
それを知るのはずーと後のことだった。
第2部 始祖編終了
始祖編終了です。
次回から国作り編の始まりです。