15 始祖7中篇
始祖7熊拳(中編)
武雄はいやな夢をみて目が覚めた。
背中には汗がこびりついていやな匂いを発っしていた。
二日酔いの酔い覚ましに水をのんだ。
そのあと、しぼったタオルで汗をふきあげ下着を替えてどうにか落ち着いてき
たところだ。
数ヶ月まえから、腹の奥のほうにしこりみたいなものが感じられる。
毎日酒をすすめられるままに痛飲してるのでそのせいと思っていた。
また年かなとも思ってもいたのだ。
若いころ武術を志して一生懸命修行していた。
楓と知り合っていつのまにか恋仲になり修行を抜けて所帯を持ったのだ。
ただ道場を抜けるにあたって師匠の許可を得なかった。
それで、夜逃げのようにしてきたのが悔やまれる。
師匠の娘をさらってきたのだから仕方がないともいえた。
師匠の娘、楓は評判の娘だった。
その器量が災いして道場経営の借金の主に望まれて結婚の話がすすんでいた。
その後、道場は完全につぶれてしまう。
師匠も行方不明になったと聞いた。
逃げ出したあと、紅国の中央に近い場所にある今の村にきた。
そこで二人は店を持ち酒場の経営を始めた。
資金は楓が持っていたアクセサリーを売ったのだ。
まさかそれが雅雄との中継器だとは知らず売り払った。
そのため雅雄は接点を失ってしまったのだ。
さいわい、楓はいろいろな知識をもっていた。
それで、酒場を経営してある程度の成功をおさめた。
そして、町ではわりと有名になっていた。
(雅雄の特技の一つだ。本人が眠っている間に教育しておいた。
日常の生活にこまらないようにと、あの村でのことなどを含めてあくまで一
般常識の範囲だった)
二人の間に子供もうまれ、紅葉となずけた。
その楓も、はやり病で亡くなった。
紅葉と村のために薬を手にいれようと、森に薬草を採りに行ったときのことだ。
しかも紅葉の最後は、はやり病ということで看病も出来なかった。
医者から追い出されるように引き上げてくるしかなかった。
そして、役人から死亡の連絡が届いた。
その後、埋葬しようと医者に会いに行ったのだ。
すでに医者も死亡して死体などもきれいに片付けられていた。
楓がどこに埋められたかまでわからなくなっていた。
すっかり気落ちしてしまった。
もはや墓を探そうという気力もなく、紅葉を連れて引き上げてきたのだ。
病気が蔓延しているところで子供を長くいさせたくなかったからだ。
娘は小さいころ熱病にかかったことがある。
あわやというところで命はとりとめた。
しかし、顔に熱斑のあとがのこり著しく器量がおちてしまった。
それでも、楓がいたころは近所の子と遊んでいた。
しかし、楓がいなくなって気落ちしたところをさらになにか言われたらしい。
泣きながら帰ってきた。
それ以後外出はマスクをするようになった。
近所の子は、その後あやまりにきた。
しかし、紅葉はゆるすこともなく日は過ぎていった。
その子はいまだに仕事上良く顔を出す。
紅葉に執心なのだが、紅葉は忘れないだろう。
その子の言葉の裏がわかるほど大人じゃなかった。
縁があったら仲良くさせようと思うが機会がない。
武雄は酒場は閉めて農場でもやろうかと考えていた。
しかし、紅葉はそんな父親を逆にはげまして酒場の経営をうながせている。
そして、現在にいたった。
いまさら師匠に合わせる顔もない。
だから、そのままだ。
楓が死んだことなど報告できるわけなかった。
おまけに、師匠の行方は不明のままだ。
酒場にくる無頼漢の類は昔の武術で軽くあしらった。
店は常に健全な状態のため、今では常連客もたくさんいた。
そして、結構すすめられるままに痛飲しているぐらいだ。
娘はそんな父親を見ながら、裏でひたすらお客に出す料理をつくっていた。
娘も年頃だ。
あの容姿のため人前に出ることもせず、しずかに暮らしている。
父親としてそのことだけが不憫でもあった。
そんなことを思い出しながら、今日のしこみのため店に足を向けた。
扉をあけて入ったところで人がいることに気がつく。
娘かと思ったが雰囲気が違う。
だれか知り合いが尋ねてきたかと思い、声をかけた。
「いらっしゃい、お客さんすみません、店はまだなのですが・・・」
話しかけてる途中で相手の正体に気がついた。
忘れもしない師匠だ。
年数が経ってるので疑問に思わなければならないがそれどころではなかった。
「師匠、ごぶさたしています」
挨拶と同時に地面にへばりついて謝るしかなかった。
娘をさらって逃げた不祥の弟子としては立場はない。
おまけにその娘を亡くしているのだ。
師匠を相手にひたすらあやまるしかなかった。
娘を盗られても文句は言えないところだ。
「ほう、まだ師匠といってくれるのか」
「・・・・・・・」
「覚悟はできてるということなのか」
「師匠、いまさら弁解はしません。楓は、流行り病でなくなりました。この上
弁解してもどうしようもありません」
「この場所をみつけるのにだいぶ苦労させられたぞ、手紙の一つでもくれれば
楽だったのにな。それで、楓の死んだ町はどこだ」
「ここから5日ほどの・・・です」
手紙などだして場所がわかった日には楓をさらわれるかもしれない。
それでひたかくしに隠れていたのだ。
だが師匠はそんなことには触れず、楓の死んだ場所と時間にこだわる。
そんな不自然さに疑問を持ちながら構える。
師匠の攻撃がいつ、くるか覚悟していた。
「おじいさん、あいにく出来合いのつまみがないからこれでね」
といいながら 厨房のほうから娘が出てきた。
床に伏せている父親をみて
「おとうさん、なにをしているの?」
娘にみられてあたふたとする父親。
「武雄、わしの怒りのほどを知るがいい」
そういうと隠し持っていた棍棒を娘に向けて振った。
「師匠なにをするのですか」
武雄が止めるまもなく紅葉はそのまま動けなくなった。
雅雄にすれば、7年間も縛り付けられた意趣返しだ。
といっても、単に動きを封じただけだ。
まだ話中で邪魔されるのを嫌っただけだった。
もちろん傍目には鋭くても最後の一瞬、軽く急所をついただけだ。
「これが、わしを裏切っていったことへの仕返しだ」
「師匠、紅葉は師匠の孫ではありませんか」
「あいにくと楓はわしの娘じゃなかったのでな。この子はわしの孫じゃないの
だよ。そしておまえも覚悟しろよ」
「楓が師匠の子供じゃないってどういうことですか?」
武雄の頭の中には疑問が浮かぶ。
そして、棍棒が武雄の方に向けるられる。
「ここまでやられてはもはや師匠とは思いません」
雅雄としては武雄の武術の実力を知りたかった。
武術がどれほど衰えているのか知りたいだけだ。
本気にさせるための芝居だった。
武雄は元師匠に向かって構えをとる。
離れていたといえ遅れをとる気はなかった。
「ほう、まったくやってなかったわけじゃないのだな」
「忘れませんよ。死ぬかと思う修行をしてきたのですから」
「修行して道場も開かず潜伏してたのか」
「あたりまえでしょう。道場なんか開いたら見つかりますからね」
「そうしてくれてれば、楽だったのだがな」
「なんの話です?」
そうして話してるとき老人から一撃が来た。
完全に虚をつかれ渾身の一撃をあびてしまう。
雅雄の本気の一撃だ。
人間にかわせるわけがなかった。
目的の力量さえ見れば後は必要なかった。
単に意識を刈るだけだ。
意識を刈る最後の時、娘の叫びが聞こえた。
「おじいさん、なにをするの」
紅葉が、自力で封印を解いたのだ。
雅雄には紅葉の方が有望に見えた。
あの穏行を見破ったこと、自ら穏行を施していたことなどだ。
すこし様子を見てみると信じられないほど大きな器を持っていた。
この器がどうして出来たか?
予想はついた。
楓がわけもわからず力を行使したとしか考えられなかった。
「決まってるだろう」
「お父様がなにをしたの」
「それだけの状態だからだよ。お嬢ちゃんも覚悟をしてもらおうか」
「なにをするの」
老人が迫る。
父親の意識を刈るところを見せたのだ。
手術の順番を変えて娘の方から始めることにする。
力は在っても使い方を知らない紅葉に抵抗できるわけはない。
意識を刈られて雅雄の腕の中だ。
「まあ、これぐらいの脅しは愛嬌だろう」
紅葉は急所に一撃を浴びて意識はあるものの動けない状態だったはずだ。
そんな状態で父親が簡単に倒された。
それをみて、紅葉は自力で封印をほどいた。
本来ならゆっくり説得してから手術をしようとしていたのだ。
だが動き出してしまっては時間が無い。
逃げ出されたり大声を出されてはやっかいだからだ。
気絶した娘をそっと抱き上げると近くの机の上に寝かせた。
説明する前に倒してしまったので説明を省いて手術にはいる。
雅雄の倫理ではやってはいけないことになる。
命の問題ではない治療なのだから、本人の了解無しでは禁止だ。
でもことがすでに動き出してしまったのではとあきらめた。
おそらく説得しても信じないだろう。
雅雄の中に融通というものが芽生えた時だ。
楓の服には顔を隠すため大きなフードがついていた。
慎重に邪魔になる上着のフードを除去する。
道具は台所から持ち出した小刀だ。
目覚めたとき服を脱がされていては誤解する。
そのためだ。
本格的な治療を開始した。
まず顔の皮膚の痣になってるところをすべて除去する。
気で抑えてあるので血も出ない。
結構深く組織が壊れていた。
顔のあちこちがえぐれてしまう。
雅雄はそこに自分の血を注ぐ。
無くした組織はさすがの治癒術でも治せない。
そこで、雅雄の体液を使う。
十分気を練り込まれている体液はすぐに組織の複写を行っていく。
最後に手をあて力を注ぐと不思議なことに皮膚が再生していった。
ガラスに霜が付くように傷が治っていく。
一通り治療が済むと、あの痣のあとはきれいに完治していた。
そこには母親とそっくりの娘の顔がある。
「ふう、おわったな、次は父親の方か」
そうつぶやくと娘を抱いて奥の部屋のベッドに寝かせる。
お店で倒れた人などのために簡易のベッドが置かれてあった。
しずかに布団をかけるとやさしいまなざしで見下ろし後にする。
一緒には住んでいないが、楓の娘だ。
なんとなく可愛く感じる昭雄。
昭雄に新たなる感情が芽ばえた時だった。
武雄を娘と同じ様に机の上にうつぶせに寝かせる。
そして、背中に手を当てる。
顔色を見ただけでどこが悪いか、すぐにわかった。
しかし力が患部までうまく届かない。
患部が深部にあるため直接治療できないのだ。
それと、武雄が鍛えられていたことも理由だ。
皮肉なことに治癒力に対しても防御が働いていた。
雅雄は迷うことなく手に持った小刀を皮膚に突き刺す。
急所の一撃は確実に麻酔の効果をもたらしていた。
それだけのことをされても肉体に反応はない。
手早く傷口を開くと、どす黒く変色した臓器がみえる。
先ほど同様手を当てるとみるみる回復をしていく。
しばらくすると黒かった臓器は赤褐色のきれいな色になった。
予想以上の悪さで、ぎりぎりで間に合ったことを感謝する。
「昔同様、自分の体に無頓着のやつだな。これほどひどくなってるとは思わな
かったぞ」
そうつぶやくと手早く傷をふさぎ再び手を当てるとその傷も消えていく。
「さて用事は済んだが、直接話をした方が早いか」
そういうと背中のつぼを軽く叩いて全身に活をいれた。
武雄が目を覚ますと目の前にあの師匠がいた。
「どうじゃ、からだの調子は」
いわれて気がついたがあの 腹の奥の不快感が消えていた。
「師匠、娘は、娘はどうしたのです」
「どうもせんよ、奥に寝かせてあるから後で起こしてやってくれ」
「なにをしたのですか」
「べつに、それより話を聞け、さもなきゃ無理やり聞かせるぞ」
「娘は無事なのですね」
「あたりまえじゃ、大事な楓の娘だぞ。どうにかするわけないだろう」
「でも」
そう言って攻撃してたのは師匠なのだが、黙って聞く武雄。
「気にするな。それよりお前には行ってもらいたい所がある。10日ぐらいの
予定だ。わしゃ忙しいのでな」
「どこへ行くのですか。」
「ここから北へ5日ぐらいのところにある帰らずの森だ」
「そんなところになぜ?」
「おまえがだまって出て行ったから、お前を探すのに苦労したじゃないか!」
「すみません、お許しが出ないと思ったので」
「お前のいる場所がわかってりゃ、連れて来たのに」
「誰を」
「決まってるじゃないか。楓に」
「でも楓は死んだはずじゃ・・・」
「なにをばかなことを、あのやぶ医者は助けられないものだから、お前達を隔
離するためと嘘をいったのじゃよ」
「えーーー」
「もっとも瀕死ではあったがな。偶然・・・わしが通りかかって引き取ったの
で命は取りとめたのだ」
これは、偶然とは言わないが言葉のあやだ。
「ではいままでどこに」
「昔のすみかの帰らずの森だが、わしはお前を探して数年も歩き回ったのだぞ、
恨みの一つも言いたくなるだろう」
「では師匠は駆け落ちしたことは怒っていないのですか」
「あたりまえじゃ。怒っているのは相談もなしに出ていったことじゃよ」
「相談していれば反対されるのでは・・・」
「だれが反対するのじゃ。楓が選んだ相手なら祝福するに決まってるじゃない
か。第一選んだのはわしじゃよ」
武雄はお許しが出たこと、楓が無事だったことを喜んでいた。
そのため、雅雄の言った最後を聞いていなかった。
「でも金持ちの男が、きまっていたのでは」
「たしかに道場の経営は苦しかったが、それはあの男が楓に言い寄るためしか
けた罠じゃよ。その程度道場をつぶせば済むことじゃないか」
「道場をつぶせばって、そんな簡単なことでつぶしていいものなのですか?」
「あれは楓の婿さがしのため、一時的に開いていたものじゃよ」
「そんなばかな、あの道場はたしか20年の歴史を持つとかいう」
「あほ、20年も歴史があるものか。せいぜい5年じゃよ。村人全員の記憶を
操作したが誰も気づかなかっただろう」
「でも・・・・」
「それより楓のことについて真実を話しておこうか」
「真実とは」
「楓は帰らずの森に捨てられた子供だったのじゃよ」
「どういうことです?」
「文字通り捨て子だったのじゃよ。だからわしが育てた」
「でも楓の両親は道場の経営者で・・・・」
「だからそれはいつわりの記憶じゃよ。楓の両親は不明だ。そういうこともすべ
て話してやりたかったから相談してくれればよかったのに」
「・・・・・・」
「で、あらためて聞くが楓の素性を知ってもまだ迎えにいくのか」
「もちろんです。すぐにいきますよ」
「そういうと思っていたから真実を話したのだがな。幸せにしてやってくれよ」
「もちろんです。でも帰らずの森といってもすごく広いのですけど・・・」
「行けばわかるよ。それじゃ幸せにな」
「師匠はどちらに」
「楓さえいるところをみつければ、わしは本来の所さ。やることが多いからな」
「本来のところというのは」
「雲の流れるところの下とでも言おうか」
「仙人みたいですね。地上すべてが自分のいるところみたいで」
「おお、わかっているようだな、ついでにいうなら美人のいるところ」
「ははは、師匠らしい」
「ところで娘の顔をみたからといって見間違えるなよ」
そういうと逃げるように出ていってしまった。
店を出たところで独り言をいう。
「あの町のはやり病か、間に合うといいけどな、死体を確認してなかったのが
幸いだ」
武雄の目には消えたように見えた。
呼び止めるひまもなしだ。
「あいかわらず、掴みどころのない人だな。だけどいまならわかる。楓に縛ら
れていたからあの態度だったのか。でも最後の娘の顔を見間違えるなよとは
?」
そういいながら紅葉をさがしに店の奥に入っていく。
そこには、見慣れぬ女性が寝ている。
「もしもし、お嬢さん、おきなさいよ」
そういって声をかける。
たった今、楓の話をしていたのでその女性が楓そっくりなことに気付いている。
紅葉にしてはあざが無い。
「うーん、」
ようやく目が覚めて起き上がる。
そのときようやく武雄は気づいた。
娘の着ている着物がさきほど紅葉が着ていたものと同じことに。
フードが無いので服の雰囲気は違っていたが、同じ服だった。
「もみじ、紅葉なのか」
声をかけられた娘のほうは、きょとんとしている。
父親が何を興奮しているのかわからなかった。
「本当に紅葉なのか」
「なにをばかなことを、お父様も耄碌したといわれるわよ」
「やっぱり紅葉だな。信じられん。奇跡だ」
「なにをいってるのよ」
「紅葉、顔が治ってる」
「顔がって・・・」
言われた意味がようやく理解できて洗面台に走っていく。
そして鏡をみたとき
「お父様、顔が、顔がなおってる」
「だから奇跡だといってるではないか」
「どうしてなの」
「師匠が現れて、直してくれたみたいだ。そういえば私の体も」
「おとうさまも顔色がすごくよくなっているわ」
「ああ、腹の奥のほうのしこりみたいなものがきれいになくなっている感じだ」
「奇跡だわ」
「奇跡ついでに紅葉、おかあさんが生きてるぞ」
「まさか、おかあさまは死んだとお役人が言ってたのをきいたわよ」
「それが瀕死だったけど生きていたそうだ」
「そうなの、で、おかあさまはどこにいるの」
「そうだ、迎えに行かなくては、紅葉、店番を頼めるか」
「おとうさま、まさか一人でいくなんてことは」
「おお、すぐにでも出かけたいところだが」
「ひどいわ、私も連れていってくれてもいいでしょう」
「そうだな二人で迎えにいこう。そうと決まればすぐ支度だ」
そういうと二人は大急ぎで迎えに行く準備にはいった。
気持ちは逸るが食べ物を扱う関係だ、やることはやっておかないといけない。
そうしておかないと営業再開ができない。
一日遅れで出発した。