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雅雄記  作者: いかすみ
第二章 始祖
11/43

11 始祖4

始祖4 蠍拳


さそり 健吾けんごは黒国の出身だ。


6歳のとき黒国は各地の豪族が台頭してきて戦争状態だった。

その戦争に帰らずの森の周辺を通過しているときに巻き込まれる。

興奮していた兵士は暴走していた。

両親は必死に抵抗したが殺されてしまう。

健吾も腹を切られて死ぬところだ。

妹の梓を守って逃がすのがやっとだった。

その間に梓は一目散に森に逃げ込んだ。


兵士は梓を追いかけなかった。

その代わり、男達は弓で梓を狙っていた。

その様子は獲物を狩る狩人だ。

健吾には兵士が悪鬼のように見えた。

子供を平然と殺す怪物だ。

健吾は最後の力で体当たりをしてわずかに狙いをはずす。

しかし、もう一人の方は確実に狙っていた。

けれども、梓には止めをさせなかった。

最初の矢が掠った直後、梓が消えていたからだ。

そのため、同僚の狙っていた矢は空間を突き抜けていた。

そこまで見て健吾は意識は無くした。


夢うつつに老人が助けてくれた。

『梓に頼まれたからだ』という。

そして意識は完全になくなった。


気が付くとそこは白国の孤児院だった。

自分なりの意識では確実に斬られていた。

それが傷一つ無く白国の孤児院で寝ている。

起きた瞬間、ここは話に聞いた天国かと考えたぐらいだ。

しかし現実は生きていくのも苦しい孤児院だった。

梓を最後に見たのは森に入って消えたところだ。


少し年上の狼一郎という先輩に後から話を聞く。

妹さんは神隠しにあったかもしれないと。

帰らずの森というのはそんなところだと教えられる。

逃げるためとはいえそんなところに妹を送り込んだのか?

そう思うと後悔するばかりだった。


一郎は面倒見がよかった。

まだ10歳の身で健吾の面倒を良く見てくれた。

孤児院といっても一郎がいてくれたおかげで家族が出来たようなものだ。

そんな幸せの時間も3年で壊れていく。

引き取り手のいないまま一郎は13歳になり孤児院を出て行くことになった。

事件はそんなときおこった。


孤児院の跡地を狙う町のボスが孤児院に火をつけたのだ。

ボスと言っているが、その正体は不明だ。

ただ、執拗に孤児院から出て行くように男達が訪問していたからそう思った。

火をつけたといっても見たわけではない。

でも火の無いところから燃えるわけはなかったからだ。

燃え盛る孤児院。

逃げ遅れた子を必死に守ろうと一郎と健吾は奔走する。

だが一郎が子供を庇って倒れてくる柱につぶされてしまった。

健吾は助けに行こうとしたのだが大人に阻まれて動けない。

そんなとき後ろにいた老人が健吾の声に動いてくれた。

周りの止めるのを無視するように飛び込んでいく。

そして、まるで火を気にしないがごとく一郎ともう一人を抱えて出てきたのだ。

見る限り悲惨な火傷。

それをみた大人たちは目をそむける。

誰が見ても助からないと判断したのだ。

老人は馬車に連れ込むと治療をするようだ。

周りの大人は無駄なことだと呟いていた。


結果的に二人は、助かった。

そしてすごいのは残ると思った火傷の跡さえ時間とともに消えていった。

だが一郎は怪我が治った後は規則により孤児院から離れていった。

その後、傭兵になり時々孤児院に菓子などを差し入れてくれた。


孤児院は白川公が個人の金で建ててくれることになった。

『建国の大臣がなぜ?』と思う。

そのおかげで、小さな孤児院で仲間はばらばらにならずに済んだ。

それどころか、大臣の後見なので立退きの話も消えた。

怪我した二人はその勇気を持って大臣から名字をもらっていた。

狼と虎丸という名字だ。

実はこの時、健吾にも名字が与えられていたのだが、知ったのは退院の時だ。

このとき、その中に後のライバルになる男。

虎丸とらまる 大輔だいすけがいた。

しかし、その時は意識もしていなかった。


健吾も13歳になると働かざる得なかった。

孤児院を出ることになる。

一郎は傭兵をしていたので、健吾も傭兵を目指した。

やがて一郎が街のボスを倒して道場の経営を始める。

兄同然の一郎に憧れ健吾も道場に通う。

一人で三十人以上の荒くれ用心棒を叩きのめした一郎の話は有名だった。


実は雅雄は男を送り出したあと二人の姿を入れ替えていた。

そのため用心棒達は一郎にやられていた形になる。

だから雅雄は地下牢に近づかなかった。

助けられた女達は間違わないからだ。

一郎を確実に意識する。

そのため、辻褄が合わなくなる行為を回避した。


その時のことを聞いても一郎は控えめに答えるだけだった。

しかし道場でその実力を見れば確かなのだ。

誰も、一郎の動きを追うことさえ出来なかった。

一郎の道場では、傭兵の多くが修行していた。

健吾も仕事が無いときはそこで過ごす。

才能があったのかわずかの間に頭角を現すことができた。

そのころには大輔も一緒に修行をしていた。

だが大輔は体格が大きく、狼拳には不向き。

健吾にはそのことだけが印象に残っていた。


二十一歳のときはまだ狼拳を修行していた。

一郎からは、別の道場を開設しないかと持ちかけられる実力だ。

狼拳をそれなりの実力でマスターしていた。

ただ健吾には心残りがあったので、その話を延ばしていた。

そして、傭兵をしながら行方不明の妹、あずさをさがしていたのだ。

あちこちの孤児院を見てきた。

見て見分けられるとは思えないがあきらめられなかった。


仕事の都合で健吾は緑国に護衛の仕事で行く。

その時開催されていた大会があった。

賞金と腕試しにつられて大会に参加をする。

そこから運命は変わり始めた。

初めて出た大会に優勝したのだ。


意外だったのは強い敵が出ないままいつのまにか優勝してたことだ。

優勝賞金を持って一郎の所に帰ろうとした。

そのとき、その国の三の王子から声がかかる。

王子の身辺警護に雇われたのだ。

現実は警護というより自慢したいための珍獣扱いだった。

それはそれで楽しんでいた。

給料は破格のうえ、食事もよかった。

将来、道場を経営するためには金が欲しかったのは事実だ。


侍女たちにはもて、どこに行っても話題にはことかかなかった。

そのため修行がおろそかになっていた。

それは結果として苦い薬どころか死ぬはめになった。

助かったのは、幸運だっただけだ。

その事件をきっかけで師匠と顔を合わせることになる。




王子のつきそいで、別荘に遊びにいき帰り道で待ち伏せにあった。

いままでそのようなことがなかったので油断をしていた。

さすがに数の攻めの前に追い詰められていく。

狼拳の特徴を良く研究されていた。

あきらかに健吾が守っていることを前提の襲撃だ。

健吾が動くとそれに合わせて陣形がかわっていく。

気づけば馬車から離されていた。


それでも戦おうしたとき足元に網が仕掛けられていた。

健吾の足を封じられたのだ。

『罠にはめられた!』と気付くが手遅れだ。

狼拳の弱点を研究されていた。

狼拳はその高速移動こそ命だ。

その足を封じられてはどうしようもなかった。


動けない健吾に刃が迫る。

二人掛かりでは叶うわけなかった。

背中に剣がささるのが感じられた。

まるで他所の世界のようだ。

『俺はここで死ぬのか!』と考える。

一郎のように多数と戦っても平然と出来るだけの強さにあこがれていた。

だが実際は5人ほどに囲まれただけでどうしようもない。

初めて出た大会でいきなり優勝した。

そのあと、修行をさぼっていたのが悔やまれる。

体からは力が抜け、支えきれず倒れるにまかせた。

自分の体が重く感じられ身動きが出来ない。

倒れた向きの都合で馬車が見えた。


王子が必死に守っている様子が見える。

死にそうなのに意識だけははっきりしていた。

そこに体格のいい男が飛び込んできた。

健吾が苦戦していたのに、その男は余裕で襲撃者を捌いていた。

自分とは違うスタイルの拳法だ。

守りが堅い。

そして『あの男は大輔だ』と思い出した。

狼拳が今ひとつうまくなかった大輔だ。

そのうちに襲撃者は引き上げていった。


そして気づいた。

自分がいまだに死んでいないことに。

あの背中に刺さった剣は絶対に致命傷だったはず。

なぜこんなに長く意識が保てるのか?

だが現実には生きているどころか傷も粗方ふさがっていた。

痛みは少しあるが、死ぬよりましだった。

体を起こす。

老人がすぐ目の前にいた。

助けてくれたのは目の前の老人のようだ。

治療中を見てなかったのだが間違いはない。

襲撃者が逃げたあと城から援軍が到着。

まだ傷は痛むが、動くのに支障はなかった。

御者として使命をはたさなければならない。

最後に助けてくれた老人に挨拶をおくった。


城に戻った健吾はあの大輔の拳がわすれられなかった。

同じ狼拳を習っていたのに大輔は一年の間に新しい拳を開発してきた。

現状に甘んじて開発ということ忘れていた健吾とは大違いだ。

優勝して有頂天になっていたことがくやまれた。

幸い予選免除で大会まで時間がある。

修行のやり直しだった。


傷に触らない程度に練習を重ねていく。

どうにか付け焼刃でもまにあった。

一年前ぐらいの実力には戻る。

予定外なのは準決勝の相手だ。

予想外にてこずった。

同じ系統の狼拳だ。

こちらの攻撃パターンを読まれていた。

実力的にはこちらの方が上なのだが、体調の差だ。

地力の差でなんとか勝つことは出来た。

しかし、無理をしたため傷にひびく。


決勝戦は苦戦するかもしれない。

下手すれば負ける。

いや確実に負ける!

それがわかっているので、あの老人に頼ることにした。

あの老人の治癒術なら!

老人は大輔の側の人間だ。

しかし、なんとかしてくれそうに思えた。

死にかけた身を助けてくれたのだ。

もう一度助けてもらえないか頼むつもりだった。


決勝戦の前に会いに行く。

大輔の控え室に向かう途中で老人を見かける。

見れば老人は帰る寸前だ。

てっきり大輔の決勝戦を見ていくと思っていたので意外だ。

健吾が歩いていた通路がたまたま出口に近いところだった。

だから、会えたのだ。

場所の都合で会えたが、そうでなければすれ違いだ。


老人は健吾を見ると「だいぶ傷がひどいな」と言う。

やはり、状態を見抜いていた。

治療を頼むと「今回は大輔に譲ってもらえないか」という。

健吾としては最後の頼みの綱が切れた思いだ。

それでも話をつなぎ、大輔の強さに触れる。

大輔を鍛え上げたのは目の前の老人ではないのかと疑問を口にする。

「大輔は老人が?」

「うむ、虎拳はわしが教えたのは確かだ」

やはり間違いは無かった。

あの虎拳をマスターすればもっと強くなるかもしれない!

虫の良い願いだが口にする。

「それではわたしにも教えて貰えませんか」

駄目もとで教えを乞う。

「かまわんよ。それが縁だろう。だが虎拳ではないぞ」

まさかの返事に驚く。

そして、健吾に合った新たなる拳法だと教えられた。


「いまから出かけますか?」

健吾としては、喜んで修行に出ることを願う。

興奮して状況を忘れていた。

決勝戦前だったことを!

「まあ、焦ることはない。あの場所で会おうか」

そう言って離れていく。


『あの場所?』遠い記憶をさぐる。

記憶にある限り老人との接点がない。

孤児院の火事のときの老人を思い出す。

似ているが・・・・・。

それなら孤児院というはずだ。

孤児院に入る前を思い出す。

いまの老人に会っていた?

まさか!

いまでも覚えている。

妹を失った場所だ。

そうだ、助けてくれた老人は今の人だった。

でも、あの時老人だった老人・・・・・。

不老不死という言葉が頭をよぎる。

そして、決意を胸に決勝戦に向かった。


やはり大輔は強かった。

こちらの攻撃は全部受けきられていた。

大輔も狼拳を修行していたのだ。

こちらの攻撃パターンは読まれていた。

準決勝と同じだ。

やはり持久戦になる。

傷が痛むので少し間をおいて一息をいれる。

相手が動かないので油断をした行動だった。

足が止まった瞬間、大輔が目の前にいた。

動かないはずの虎拳が瞬間移動のように現れたのだ。

気づいた時には一撃を入れられていた。

悔しいが大輔の完全勝利だった。


敗者に振り向く人はいない。

王子は『勝っても負けてもそのままでいいぞ』と言っていた。

しかし、もう権力者の近くは懲り懲りだ。

健吾は静かにその場を去る。

二位にはなにもないのは承知だった。

宿で聞いたのは虎拳が近衛兵の武術に正式に採用されたことだ。

大輔は健吾と違い先を考えていた。

その点をとっても負けたのだ。

健吾は約束の場所に向かう。

黒国のあの場所に。




両親が殺され、健吾も致命傷を負った場所だ。

梓を失ってから一度来ただけだ。

いやな思い出しかない。

老人はあのとき、梓について何かを知っているようだった。

それについても聞きたかった。


再会した老人は雅雄と名乗った。

梓のことを知りたいなら修行に励めと交換条件をだされた。

その後は厳しい修行を繰り返した。

一番の問題は狼拳を忘れることだ。

狼拳を壊すところから始まった。

それなりのレベルに達していた健吾には一番厳しい要求だ。

いっそ白紙の方が上達は早かったと思われた。

そして足技中心の蠍拳を習得した。

二年後蠍拳奥義書が手渡される。

道場を開き順調に経営は進んでいく。

そして念願の梓の場所も教えられた。


だが雅雄も会う約束だけだと言って二十一年後の場所を教えられる。

そんな先の話は信用できないと食い下がる。

けれども、それ以上教えてくれなかった。

その後、雅雄師匠は一時いなくなる。

すぐに帰ってくると、忘れ物といって封書を渡された。

そして今度こそ帰ってこなかった。

『一通は梓に渡してほしい、もう一通は梓に会う直前に読んでほしい』という

ものだ。

不思議なことにどちらも開くことが出来ない封印だ。

刃物より固い封印だった。

時間が来るまで開けられないのだろう。




雅雄師匠は確かに嘘は言わなかった。

たしかに会うことはできた。

まさか1歳年下の妹が25歳年下になっているとは思わなかった。

帰らずの森は時間さえも超越していたことを知る。

そして、育ててくれた人が雅雄師匠だったことも教えられた。


あらかじめ渡されていた封書の意味が判る。

梓に渡したら、涙をぼろぼろ流しこちらの言うことを全面的に信用してくれた。

どういう内容か気になるが本人しか読めないようだ。

健吾が見たかぎり内容は病院の名前のことだけしか書かれてなかった。

なんのことかわからないないようだ。

それ以外何も書かれてないのに梓はうれしそうにそこを見ていた。


話を聞くと、その師匠は梓を育ててから健吾を助けに行ったというのだ。

確認したくても手紙は特定のものしか読めない文字だ。

まさかと思ったのだが、健吾の持っている封書は他人には白紙だった。

あの師匠が人外のものと痛感した健吾だった。



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