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神様

作者: 津城 龍桜

「みことちゃん、そろそろ終わりにしない?」

「いえ、私はまだこの蔵を片付けます」

「私たちも手伝おうか?この蔵、凄く広いし大きいから」

「……お祖父ちゃんとの想い出、一緒に整理してるので」

「あぁ、そう……分かったわ、無理しないでね」


 態々話し掛けに来てくれた巫女達を見送り、辺りを見回す。祖父から受け継いだ、大きくはないが立派な神社。そこで新たに神主となった私が最初に取り掛かったのは、神社の掃除と片付けだった。


(……だってここには、神様がいるって。お祖父ちゃんが言ってたものね)


 神社の裏には細い道があり、そこを通ると大きな蔵が奥に見えてくる。手伝いの巫女達には神社と境内の掃除を頼み、私は一人でここを片付けていた。


(信じてる訳じゃ、無いけれど……ちょっと、興味はあるかな)


 昔々、もう何百年も前の話。何処からかやってきた男の神様を、私のご先祖様がこの蔵に封じ込めたらしい。直系の子孫にしか伝えられないその言い伝えは、とうとう直系最後の人間である私にまで回ってきた。これまではその話を話半分に聞いていたものの、こうして神主となった今、興味を持っている自分を否定することは出来なかった。


「よいしょ、と……眩しっ」


 屋根裏を順調に片付けていた私は、黒い鉄の屋根窓を開け放って振り向く。広く光が差し込み、一瞬にして目を焼かれる。段々と目が慣れてゆっくりと蔵の中を見渡した私は、不審な物体に目をつけた。


「……何これ、木箱? でも、なんかこれ変じゃない? ……え、これ全部御札?」


 道理で不審にも見えるわけである。殆ど隙間無く御札が張り付けてある木箱なんか、不審な物体以外の何物でもないだろう。


「明らかにおかしい……そうだ、触らぬ神に祟りなし、と」


 木箱を無視して片付けを続ける。木箱のある面の向かい側を集中的に綺麗にしていく。そして、ある箱を持ち上げた、その時。ぶぉん……という音が鳴り、木箱が揺れ出す音に振り向く。慌てて下を見ると、何かの魔方陣らしき模様が描かれており、それが紫色に発光していた。その端には自分の足がかかっており、その魔方陣を起動させる引き金にでもなったのだろうと推測できる。


「しまったっ」


 慌てて足を退け、もう一度箱を直す。紫色の光が消え、箱の揺れる音が収まった。


「はぁ、良かったぁ」

「何が良かったんだ?」

「よく分かんないですけど、変な光が……って、貴方誰ですか」


 一人しか居ない蔵での一人言に、何気無い返事を受けとる。その返事があまりにも自然すぎて一瞬普通に応えそうになったが、考えてみるとおかしい。男の声で──しかも大人の男性の声が私の呟きに応えることなど、あってはならないことなのだから。


「誰? そうか、俺が誰なのか気になるか。んー……天手力雄、って言えや分かるか?」

「あめの、たぢからおー……?」

「そ。天手力雄」


 普通の人間ではないのは明白だった。この呑気な人物から感じられる圧は、到底人間の出せる物ではない。


「もしかしてお前、俺の事知らねぇのか」

「え、いえ……えっと、ご、ごめんなさい……?」

「あぁ別に怒っちゃねーって。ただまぁ、お前からは嫌な感じがするな。──守屋の血か」


 目を細めて私を見つめた男──天手力雄命に言われて気付く。自分の先祖の名を知っていて、通常では中々無いような名前の男。目を細めただけなのに、まるで蛇に睨まれた蛙のような気分になる。体を動かすのがこんなに難しく感じたのは初めてだ。鋭い目を見つめ返しつつ、畏縮する体を叱咤してやっと声を出す。


「……そ、う、です。私は、物部の直系、最後の人間ですから」

「ちょっと待て、最後?」

「祖父の話によれば、500年は前ですよ。天手力雄命が、ここに封印されたのは」

「その呼び方、堅苦しいよなぁ。手力とでも呼んだらどうだ?」

「む、無理ですって! 神様を呼び捨てなんて……」


 そう。この御方こそ、私が興味半分で探していた『神様』なのだ。


「まぁいい。戸隠はどっちだ?」

「戸隠、ですか?」

「九頭龍のやつに叩き出されて彷徨ってたら、お前の先祖に封じ込められたってわけ」


 我が先祖ながら、何故無害な神を封じ込めたのだろうか。もしかして、何か私達に悪影響でもあったのかもしれないが……。


「あいつは力を誇示したかっただけさ」

「……え?」

「お前の先祖。守屋の血を持つというのに、村から虐げられていた。それが嫌だから、俺を封印して力を見せたってわけさ」


 いや、それなら村を出れば良かっただけの話なのでは──


「……っていうか私、喋ってました?」

「いや。顔に書いてあった」


 神には隠し事は通用しないらしい。一つ大きな溜め息を吐き、天手力雄命に残念なお知らせを告げる。


「申し訳ありませんが、戸隠という地名は初めて聞きました。私には場所が分かりません」

「そうか……よし、ならこの神社に世話になろう」

「は……?」


 何か、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。思わずぽかんとして天手力雄命を見上げる。


「おいおい……気付けよ、ここ戸隠神社の分社だぞ」

「へ!? そうだったんですか!?」

「お前この神社の巫女か?」

「神主です」


 今度は天手力雄命が溜め息を吐く。


「……嘘だろ」

「ご、ごめんなさい、まだよく勉強出来てなくて……。おじいちゃん、殆ど何も教えてくれないままで、死んじゃったから……」


 私はこれでもまだ、16歳になったばかりの少女である。そんなに物知りであることを要求されても……。


「裳着は済ませてる、よな?」

「もぎ……? なんですか、それ」

「まじか……そういや着てる服も見慣れねぇなぁ」

「逆に貴方の格好の方が、この時代にはもういませんよ」


 時代錯誤、という四字熟語がぴったり当てはまりそうだ。頭を掻いている天手力雄命を放置し、蔵の荷物をある程度退ける。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「あ、あぁ。……全く、いつまで世話になるのやら」

「それはこっちの台詞です」


 えぇー俺だって帰りてぇしー、とかなんとか仰っているが、取り敢えず帰ろう。我が家……想い出の神社へ。




「……で、神様って下界の食物は食べられるんですか?」


 今日の夕飯を何にしようか迷いつつ、物珍しそうに部屋を眺める天手力雄命に尋ねる。ほら、よく黄泉の食物を食べると帰れなくなるとか言うから。


「食えるぞ。ちなみに俺の好物はカレーな」

「然り気無く作れって言ってますよね……」


 その時、玄関のチャイムが鳴った。しかも一度や二度ではなく、繰り返し何度も。


「もしもーし、みことちゃんいるよねー?」

「あ、はい! えっと、ちょっと待って下さいね!」


 私は玄関に置いてある箱からマスクを取り出し、手早く着ける。そして扉を開けると、そこには一人の若い男性が立っていた。


「今日の感染者は6人だ。合わせて126人。……どうすんだ? このままじゃきっと増える一方だぜ。何てったって国中大騒ぎなんだからな」

「そう、ですね……。取り敢えずこの集落の人々には、出来るだけ外出しないようにしてもらわないと……」

「それにしたって限界ってもんがあるぞ。さっさとどうにかなりゃいいが、ならねぇならこの集落の長らしく、みことちゃんが色々しなきゃなんなくなるしな」


 暫く玄関先で話し込んだあと、しっかりと戸締まりをしてからマスクを外す。玄関に用意してあるゴミ箱のペダルを踏んで開けると、そこに外したマスクを放り込んだ。


「……なぁ、何の話してたんだ?」

「この日本で流行っている疫病の話です。新しい病原体のせいで、特効薬も無ければ予防する手段もないんですよ」


 不思議そうに尋ねられ返事をして、台所の石鹸でさっと手を洗ってうがいをした。後ろの棚に手を伸ばしてゴム手袋を出し、両手にきちんとはめる。


「よく聞こえなかったが、人が死んでいるのか?」

「まぁ……はい。この集落でも、13人ほど亡くなっています」

「そうか……」


 そう返事をしたきり黙り込んだ天手力雄命をそっとしておいて、夕飯の支度に入る。今日の夕飯は──。




「……神様って忙しいんですか?」

「なんだ、唐突に」

「いえ、最近忙しそうなので」


 ここに天手力雄命が来てから、もう二週間は経つ。その間、昼間はどこかへ出掛けたりしている姿をよく見ていた。もしかしたら仕事をしているのかもしれない。神様の仕事というと、全く想像が付かないが。しているとすれば、一体どんな仕事をしているのだろうか……。


「んー、俺は……俺が祀られてる色んな神社を回って、神力を授けたりとかしてるな。俺は伊勢とかも祀られてるからな、彼処は天照も時々来るぞ」

「そうだったんですね。……というか、それなら神力ももう殆ど尽きているのでは?」

「んいや、ある程度は残ってるだろうな。戸隠なんかは勿論、伊勢も大丈夫だろうな。ここみたいな神社はもう廃れてるかもしれないが」


 そう言いつつ、天手力雄命がテレビをつける。夕方のニュースが流れ、流行している疫病についての報道が聞こえてきた。


『以前感染拡大は起こっており、政府は緊急事態宣言の延長を発表しました。総理の会見では──』


 女性アナウンサーの声が鬱陶しくなり、そっとテレビを消した。額に手を当てつつため息をつく。


「本当に、もうそろそろ収まって欲しいのですけどね。一人暮らしの身にはきついです」


 外出自粛のせいで仕事もバイトも出来ず、他人との交流は殆ど無い。亡き両親が医者だった頃の貯蓄と祖父の財産がそのまま私のところに来ているから、幸いお金には困っていないけれど。


「数少ない友人にも会えませんから。それが寂しくて堪らないんですよ、私は」

「そうか、そうだよな……。俺もそろそろ九頭龍のあのうざったい面を拝みたくなってきた」


 神様も寂しいと思うものなのか。あぁ、皆で集まって遊んでいた先月までが遠い日々に思える。


「早く、収まるといいな……」




 次の朝起きると、神様──天手力雄命は姿を消していた。


「どこ行っちゃったのかな……もしかして神社? 蔵?」


 だが、何処を探しても神社の境内には彼はいなかった。だから集落に降りてみようと思い、マスクを取りに家に戻ったのだが。


「みことちゃん、みことちゃん、いる? 大ニュースよ!」

「はい、何があったんです?」


 玄関を開けた瞬間、巫女の一人であるお姉さんがいい笑顔で立っていた。


「あのね、うちの妹とお母さんが元気になったのよ! まだ油断は出来ないけど、熱も無いし体調もいいみたい!」

「え、どうして急に!?」

「わからない、わからないけど有り難いわ!」


 マスクをするのも忘れ、慌てて集落へ降りる。色々な家を回ってみたが、どこの患者も皆元気になっていた。呆然と自宅へ帰り、手洗いうがいをしてから座る。


「じゃあ、これで皆元気になる……かな……?」


 もしかしたら、と思いテレビをつける。すると、新しい感染者0、入院患者も全員陰性、そして死亡者も0になったというニュースが流れていた。もう昼時だから、午前の間に検査やなんやとやったのだろう。


「よかった……じゃあ、もしかして天手力雄命は戸隠に帰ったのかな」


 そういえば、昨日の夕方に言っていたではないか。面を拝みたい、と。


「……なんか、ちょっと寂しいな」

「失礼お嬢さん、ご機嫌いかがかな?」

「まぁ、ちょっと悪……って、貴方誰ですか」


 なんだか似たようなやり取りをした気がする。いつだったか……そう、あれは天手力雄命と出会った時。


「悪いねぇ、あいつは不器用なのだよ。ここ十数日ずっとお嬢さんのために駆け回っていたというのに、何も言わずに去るなんてねぇ」

「……え? その、私のためってどういうことですか?」

「そのままだけど? あぁ失礼、私は九頭龍の三番目の頭だよ」

「分裂するんですか!?」


 けらけら笑う九頭龍大神様。と、その後ろに隠れている天手力雄命。


「……天手力雄命!」

「五月蝿い別にお前の願いを叶えに行ったわけではないのだ民を守るために天照大御神に会いに行ったのだからな」


 とんでもない早口だった。思わずくすっと笑みが溢れる。


「な、何を笑ってる!」

「いえ、何も。態々ありがとうございます」


 九頭龍大神様が咳払いし、私は慌てて笑いを収めた。


「よし、手力雄。お前、ここに残って様子見しなさいな」

「はぁ!? お前また俺を──」


 天手力雄命の言葉を片手を挙げて遮り、静かに言葉を紡ぐ。


「何か、あるかい?」

「……なんでもないです…………」


 そのやり取りに、思わずまた笑いそうになった。それを堪えて、天手力雄命に頭を下げた。


「じゃあ、暫く宜しくお願いします」

「あ、あぁ……よろしくな」


 今度はきっと、平和に過ごせる。そんな予感と共に、九頭龍大神様を見送った。


「まだまだ色んなお仕事が残ってます。活躍、期待してますからね──」

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