第5話 料理食事
「いいじゃん手伝ってもぶーぶー!!」
小屋のドアを閉める前に、悪たれた声が聞こえたが気にしない。
俺はドア横に置いた血まみれの水を、森の茂みで処理し、倉庫に向かった。
さっそく作業棚の中を確認すると、地図と剥ぎ取りナイフが綺麗に整頓されていた。
今朝持って行く前の配置と同じ。ナイフには土埃も汚れもなく、地図には折り目や皺一つなかった。
俺は剥ぎ取りナイフと、木製の皿、鍋とまな板、火打ち石を取り出し、作業台の上に備える。
水が湧き出る桶を作業台の足元によせ、念のためポケットに入れていた紙切れをその中に入れた。
紙はクリーム色のまま水を吸ってふやけた。問題なく飲める水だ。飲んでみると、少し温く、無味無臭。鑑定スキルで見ると、水には浄化作用があり、汚れを自動的に綺麗にする作用がある。
ここでなら道具がそろっているし、十分に集中して作業が出来る。料理をするにはまず下ごしらえ。俺はウサギの解体に取りかかった。
アイテムボックスからウサギを三頭取り出し、ナイフを使って頭と尻尾を切り離す。
手足に切れ込みを入れ、腹を裂き、皮膚下に沿ってナイフの刃を当て皮を剥がす。スプーンでプリンを掬うかのようななめらかな切れ味だ。
短時間でぬいぐるみが肉塊に変わった。皮はウサギ肉の下に敷く。
次は内臓を慎重に取り出す。動脈らしきものを切ったのか血しぶきが顔にかかった。
またイオリがパニックになるといけないので、すぐさま顔を洗った。
肉を桶の中に入れ、血とぬめりを洗い流す。水が真っ赤になったが、浄化の効果かすぐに透明になった。
この三頭分の作業を済ませた頃には倉庫が血の臭いにまみれた。皮、頭、しっぽはアイテムボックスに入れ、内臓は後で地面に埋める事にする。
骨と肉を丁寧に剥がし、肉片を細かくする。
ブロックのまま調理しようかと考えていたが、思っていた以上にナイフの切れ味が良く、耐久性がある。細かくミンチ状にしてつみれ風にするのも悪くはない。
俺は肉を薄く切り、細かく叩いた。小骨が混ざっていたが、それはそれで歯ごたえがあってアクセントになるだろう。
出来上がったミンチ肉を団子状にし、皿に取り分ける。ナイフとまな板を桶で洗い流し、念のため殺菌作用のある香草を潰し付けてもう一度洗い流した。
キノコやジャガイモのような味の木の実を、食べやすい大きさに切り分け、火の通りやすそうな香草はざく切りにする。こちらも別の皿に取り分けた。
下ごしらえが出来ると、俺は火打ち石を持って外に行き、芝生が生えていない場所を探した。
曇りガラスの前に、人工的に作られた砂利が敷き詰められているスペースがある。そこに武器生成の材料として集めた枝を敷き詰め、火打ち石をこすり当てた。
火種は小さな枝につき、ゆっくりと連鎖的に燃え連なる。
俺は何度も倉庫と外を行き来した。
焚き火台を薪の横に取り付け、鍋に水を入れて、持ち手を焚き火台に掛ける。
鍋にだし代わりのウサギの骨を入れ、沸騰しかけたら火の通りにくい物から順番に入れていく。時々おたまでかき回しながら蓋をしてしばらく待つ。
その間、お椀を用意し、汚さぬよう砂利の上に置いた。味付けに使える香草を細かく刻み、鍋の中に入れていくと、美味しそうな匂いが熱気とともに生まれていった。
「なんか……できてる」
気付けば隣にイオリが座っていた。待ってられなくて出てきたのだろう。
「ねえこれもう食べていいの? いいの?」
お腹がすいているのも相まってそわそわと落ち着きがない。
俺は持っていたおたまを握り直し、鍋の蓋を開けた。
湧き上がる湯気とともに煮立った野菜の鮮やかな香りがお互いの食欲をそそる。
お玉でかき混ぜればダシの匂いも混ざり、隣でイオリが感嘆の声をもらした。
「ねえ、ねええ!!」
俺は立ち上がって鍋をのぞき込むイオリを退き、イオリが踏みそうになっていたお椀を拾い上げる。
よそいで渡すと、やっとご飯にありつけた尻尾を振る犬みたいにはしゃいだ。
「スプーンは小屋の中……って」
俺の話を聞かずにイオリはスープをぐいっと飲み込んだ。案の定熱かったのか飛び跳ねる。
「熱いっ! 熱いけど美味しい!!」
満面の笑みを向け、俺にも飲むように促す。
「落ち着け。飯の続きは中に入ってからだ」
「えーっ! こんなに美味しいの、すぐに食べないと!!」
「……鍋つかみ代わりの布を持ってこい。中で食べるぞ。あと火を消してくれないか? お前の魔法で出来るだろ?」
一呼吸置いた後、イオリは先ほどよりなお明るい表情を見せ、作業に取りかかった。
火が消えていることを確認し、鍋を小屋に移動させ、チェストからカトラリーや食器を用意する。イオリは先に座ってずるずるとスープをすすっていた。
自分の分も別のお椀に注ぎ、恐る恐る味見してみる。
声に出せない。結果だけいうのならば大成功だ。
肉のうまみと野菜のうまみが混ざり合いながらも、喧嘩しているわけではない。肉の味がやや勝っているが、まろやかな酸味が上手く包んでくれているのかくどさがない。
スープの余韻に浸っていると、イオリがスプーンを手渡してきた。どうやら俺は相当呆けていたらしい。
「なにボーってしてるの? とにかく食べよ。じゃないとこんなに美味しいの、残したらもったいないよ!」
口の中に物を入れたまま喋るイオリに、なんだか俺は脱力して口元が緩んだ。
「ほら、座る座る!!」
「お前はどうしてそんなせわしないんだか……」
俺はイオリの向かいに座り、どんどんおかわりするイオリの様子をみながらそう呟く。
「あ! また僕のことお前って言った!!」
イオリは口の中の物を飲み込み、間抜けな表情に皺を寄せる。
「ねえ、本当に僕達友達だったの?」
できるかぎり考えないようにしていたことを指摘されて、身体がこわばる。
「……友達だった」
「うそつき。だって友達なら僕のこと名前で呼ぶはずだよ。もしかして僕ら、いじめっ子といじめられっ子の関係だったとか!?」
俺は椅子から起ち上がり、速攻でその案を否定すると、イオリはじゃあなにが正解なんだといわんばかりの態度で黙々と神妙に食事を再開する。
だって仕方がないじゃないか。音琴の記憶がなくなっているのは承知の上だったが、男になって表れるとは聞いてない。
当時の記憶のまま、愛らしくいじらしい大好きな人に再開出来ると思っていたのに。……受け入れるのに少々時間がかかる。
「悪かったよ……音琴」
重い喉をなんとか動かし、できる限り当時のように呼びかけてみる。
「え? ゴトゴト? それもしかして僕の名字?」
「自分の名字は忘れてるのかよ……」
どういう態度が賢明なのか分からず、俺はため息をついてしまった。
なんだか自分がふがいない。
どこにも向けられない理解不能な感情を持ったまま椅子に座ると、案外気にしていない明るいトーンでイオリは提案した。
「……じゃあさ、始めからやりなおそう」
「……始めから?」
イオリはお椀の中身をスプーンでかき回しながら、独り言じみた言葉を綴る。
「前はどうだったとか、そんなこと関係なくね。ぜーんぶ今までのことを置いといて、一から友達をやり直そう」
「……そんなこと」
「出来ない、じゃないよ。出来ないと、僕の機嫌がどんどん悪くなってくるぅ」
逆に機嫌はどんどん良くなっていってるようにみえるのは俺だけなのだろうか?
「だからさ、僕はお前じゃないんだよ、ちゃんとイオリって名前があるの」
イオリはスプーンでかき回すのを止め、しおらしくうなだれる。沈黙が広がった。
だってしょうがないだろ。今まで名字で呼んできたんだ。今まで友達じゃなかったんだ。
……でも、今までそばにいられなかった。
俺は下唇を噛み、葛藤する。それを知ってか知らずか、イオリはお椀に口を付けてスープをわざとらしく音を立てて飲んだ。
お前、そんな飲み方したらこぼすぞ。そう声に出しかけた。けど喉はつっかえ、代わりに申し訳ないくらい弱々しい声が俺の喉から漏れる。
「そんな飲み方したらこぼすぞ……イオリ」
わざと……名前を呼ばせるようにしやがって。
「だってシドウが作ったスープが美味しいから仕方ないじゃん!」
スープを飲み干したイオリは、してやったりの笑顔をはっきりと俺に向けた。