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第4話 欲望と祝福

 気がつくと、私の通う高校にいた。

 アブラゼミの鳴き声と、太陽の光が当たる景色が、やけに鮮明だった。


 あの時は暑さに負けて、白昼夢を見ていたのだろうか。いや、そんなことはない。


 いつもの制服を着ているが、いつもの格好と少し違う。祖母の家に行ったときの格好とまるっきり同じだった。


 学校内でつけなければ怒られる紺色のタイは無く、学校には場違いなイヤリングがチリンと耳元でこすれた。


 どうしてこんな所にいるのだろうか?


 私はいつもの癖で、部室として扱っている音楽室に向かっていた。


 階段を上っていくうちに、ピアノの伴奏が少しずつ聞こえてきた。

 季節感がわからない歌詞だが、未来に向かって旅立つ、シンプルで綺麗な曲だ。


 最後の段を上がり、左に曲がって突き当たりの鉄扉を、力一杯開ける。

 中に入ると、少し肌寒さを感じるほど冷房が効いていた。


 グランドピアノには確かに人が弾いていた。

 何度も同じ曲をつなげて弾いている。鼻筋の整った黒髪の20代後半と思わしき男性が、鍵盤と向き合っていた。


「あの……」


 私が声をかけると、弾くのを止め、ぼーっとうつろな表情を私に向けた。


「……スリーサイズはいくつだ」


「……は?」


「スリーサイズはいくつだって聞いてんだ」


 ほどよくバリトン寄りでいい声なのに、最初の一言で台無しだ。


 無駄な沈黙が続く。気まずい。


「……あーあ、ああ、あ」


「発声練習し始めるな!!」


 あんまりに長い沈黙にしびれを切らしたのか、男性は胸を張って、あくびをするかのように声を出し、ピアノの鍵盤に触れ始めたため、私は焦って止めた。


「まあお前の体型なんてどうでもいい」


「どうでもいいのかよ」


 男性は面倒臭そうにゆっくりと立ち上がり、譜面台に置いていたベージュのノートとノック式の白い万年筆を手に取る。


「お前は運がいいよなぁ。『音琴 五百里』だっけか。別の正式な転生者がな、お前も一緒に連れて行きたいって指名したわけ」


 転生? っは?


「だからお前も特別に女神様が転生してやるって。要するにお前はおこぼれだ、おまけだ。喜べ」


 気怠そうに言葉を呟きながら男性は万年筆で何かを書き始める。


「心の広い女神様はな、お前にも特殊スキルを3つまで自由につけられるように施しをしてくださるってよ」


「まて待って、全然展開が追いついてないんだけど?」


 戸惑う私に男性はページを破いてノートと合体しているバインダーに挟み、私にノートと万年筆を渡す。


「何か欲しいもの、やりたいことはないか?」


「そんなこといきなりいわれても……」


 死んでいきなりそんなこと言われたら誰でも困る気がする。


「だいたい誰が私と一緒に転生したが……」


 あ、彼だ。絶対そうだ。


 ファンタジー小説をこよなく愛し、私がこんなことを言うのも何だが、異世界転生物なんていう10代の忌々しく初々しい少年少女が好みそうな様式美の集まりみたいな世界設定、絶対に呼ばないはずがない。


 おまけに転生したら何したいか聞かれた。え? 私の死亡フラグ立ってた?


 男性が怪訝そうな眼で私を見る。ええいままよ。私は持っていた物を返し、純粋に自分の欲望のままに伝える。


「聞きたいことがあります。性別を変えることは出来ます?」


「なぜだ?」


「私が異世界転生したら、カッコカワイイ男の子になって、魔法使いになって、自分の素晴らしい容姿や能力で女の子にちやほやされたいからです」


 男性が私をゴミ虫を見るような眼でさげずんだ。


「まじかよ……キモっ」


「貴方にいわれたくないです」


「そんなこと言わなくても、もうなってるぞ。女装野郎」


「は?」


 声をあげた瞬間、声が普段とは違って聞こえた。すぐに喉元を確認する。


「……喉仏が出てる」


「下も確認するか?」


「……後でね」


 男性は走り書きで何かを書き足し、また再び私にノートを渡した。


「性別変換は特別な計らいだそうだ。性格や指向、価値観は変わるからそこは慣れろ。あと、お前の純粋な願望を元にスキルを3つつけたから目を通してくれ」


 すべて男性の手書きだ。性格に反して綺麗でしっかりした字である。



スキル欄


① 魅力……異常状態無効があっても異性に強制的に好意を持たせることが出来る。(転生者 尾針梓道のみ例外)


② 魔法極……魔法を無詠唱で使用する事が出来る。その上で魔法習得スピードが速く、魔力消費十分の一で使用することが出来る。


③ 運極……すべての運が上昇する



「……あの、この①の括弧なんですか?」


「そいつだ、呼び出した本人」


「やっぱり!!」


 私は大きなため息をついた。なぜか男性もつられてため息をする。


「ちなみにどうして女の子にちやほやされたいんだ?」


 そこは興味を持ったのか、嫌そうな態度を示さずに素直に聞いてきた。


「決まってるじゃん。男より女の方が好きだからだよ」


 逆ハーレムよりハーレムの方が花があるし、女の子の方が可愛いし癒やされるし柔らかいしエロいから……とはさすがに口に出せなかった。


「いっとくけど心読めるからな? ドン引きしたからな?」


 男性は二三歩私から離れ鳥肌が出てる両腕をさすった。


 心が読めるとは一体何者なのだろう。


「というわけで何者ですか?」


「心読んでるって前提で話進めてきたな……。まあどうせまたすぐ会えるから俺についてはまた今度でいいだろ」


 男性はそうやってはぐらかした。


「それに、転生したら前世の記憶はほぼなくなるから注意な」


「だったらなおさら教えてくださいよ」


「やだ」


 男性はただでさえ背が高いのに、眠そうにもっと高く背伸びをした。

 記憶があるうちに疑問を解決しなければならない。じゃないと私が納得できない。


「どうして尾針さんが転生できるの?」


「お前自分の彼氏さん付けなのか?」


 質問しようとしたら、逆に返されてしまった。


「だってくんとか恥ずかしいし、付き合ってるって自覚感じなかったんだもん」


「うわ……かわいそう」


 男性はまるで、今そこにいない彼に向かって同情の声をかけているようだった。


「梓道が転生できるのは、お前が死んだことをきっかけに自然災害や異常事態から限りなくゼロに近い確率で車内の人間を守ることが出来る車両を開発したんだ。それを知った女神様は梓道を転生させた。ちなみに享年は52歳」


 とても若い。私がいえる立場では無いが、それでも多くの人が嘆く年齢であろう。


「お前が死んだ後の家族や友達のことなんかは梓道の方がわかってるから聞いた方がいいぞ。まあお前は忘れてるがな」


 そこは教えて欲しいが、男性はさらさら話す気はないらしい。

 へこんでも仕方が無い。私はとりあえず次の質問をする。


「どうしてほぼ記憶がなくなるの?」


「転生した輩がもし高慢ちきなやつだったら世界を滅ぼしかねないだろ? 性格が悪い人間がいる理由はそいつらの周りがそんな風に作ってしまったことが大半だからな」


 つまり環境次第で人は良くも悪くもなると。


「もともとサイコパスだったとしても呼び出した転生者はそれを考慮して連れて行くはずだ。何かしらの対策は必ずしてもらえる」


 男性はしゃべりに喋ったため疲れてあくびをした。


「まあやることやったし、質問タイムはここで終わりな。時間ないし」


 男性はため息をつきながら頭をかいた。


「最後に一言、リア充爆ぜろ」


「最後の一言それ!?」


 私は男性に向かって叫んだ瞬間気を失った。これはひどい。こっから冒険始まるとか雑すぎません?


◆◆◆


 男性は五百里がいなくなったことを確認すると、またピアノの前に座り、鍵盤に手を添える。

 だが弾くことはせず、男性はふっと息を吐いた。


「しっかし特別な計らいといっても、性転換を許可するとは。女神様、梓道にからかわれたの根に持ってんのか?……まあ、また話せる機会でも楽しみにしておくか。幸せになれよ、お前ら」

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