第13話 街への旅路
「料理試験のランクはどれくらいだ?」
目が死んだ状態で、一心不乱に食べているイオリにガルさんが優しく微笑んだ後のこと。ガルさんは俺に話を振った。
「料理試験?」
「もしや……受けたことがないのか?」
受ける? ということは試験のような物があるのか?
俺は頷くと、ガルさんは目を見開いた。
「冒険者ギルドで料理試験を受けられる場所がある。ブランシュでも受けることができるから、シドウにはおすすめだ。ランクが上がれば受けられる依頼の幅が広がるぞ」
夕食が終わり、後片付けを済ませた後。俺達は靴を脱いでテントの中に入る。
俺はまだ中を見ていなかったが、なるほどこれはイオリがはしゃぐのもうなずける。
まずテント外の面積と中の面積幅が違う。中が圧倒的に広く、テントというには小屋に近かった。
三人分の布団と隅には戸棚がある。
もふっとした感触がしたので足元を見ると、ポンが俺の足をスリスリとしていた。俺はしゃがんでポンを抱きかかえる。
「礼返しになるが、良ければこれを」
ガルさんは戸棚から何かを取り出し、俺とイオリにそれぞれ違う何かを手渡す。
これは干した果物なのだろうか? 手のひらサイズのミカンのような青紫の乾物だった。
***
エブルタルト
湿地地帯に育生する、青紫色の果実。神経痛に効果あり。通常でも甘いが、干すと甘みが増す。
***
俺は青紫の乾物を一口食べると、歯を立てたところから蜜が流れだす。あまりのうまさと甘さに肩が飛び上がった。
「え、なにこれおいし……噛めば噛むほどじんわり甘いのが来る……」
イオリは黄色い干からびたパプリカのように見える果実、ラステカレジを食べており、乾物を手にもったまま身体が固まっていた。
***
ラステカレジ
乾燥地域に育生する、黄色、赤などの鮮やかな果実。疲労回復に効果あり。干すと甘みが出る。
***
「え……おいし……おいしいぃ!」
イオリはもしゃもしゃと乾物を食べきった。イオリはガルさんをじっと見つめると、不服そうな顔をする。
「食べ物なんかで釣られたわけじゃないけど……ありがとう」
「気に入ったようで良かった」
ガルさんは微笑ましい表情でイオリの頭をわしわしと撫でた。
その後イオリは疲れていたのか、布団にゆっくり倒れ込むようにして眠った。その上から、ガルさんが追加で毛布を掛ける。
俺はガルさんに聞きたいことがあった。
「俺達、冒険者になりたいんです」
その一言にガルさんは一瞬眉を動かす。
「シドウは冒険者ではなかったのか? 十分な実力を持っているはずなのだが……」
ガルさんが顔をしかめて考えた後、俺を布の仕切りがある奥に案内させた。
中は食事の時に使った椅子と机が置いてあり、壁には地図や魔物のような絵が張られている。俺はガルさんに椅子に座るよう、うながされた。
お互いに席に座ると、ガルさんが口を開き手短かつ丁寧に解説をし始めた。
「それなら、冒険者になるために必要なことを教えてやる」
「お願いします」
「必要ないと思うが、一応、ランクについて説明するぞ。……一応な」
まずランクが低い順にE D C B A S
SS となっている。信頼性と技量がランクの基準だ。
始めはEランクだが、ランク試験を受ければ次の階級に上がれる。上がるほどギルドで受けられる仕事の幅と責任、報酬金額と危険度が増す。
冒険者になるためには二種類ある。一つ目は試験を受けることだ。身体検査、学力検査、技術検査、犯罪履歴、身元証明、保証人の証明が必要になってくる。
「その準備は……聞いた限り出来ている様子ではないな」
その言葉に俺は一度だけ頷く。技術や学力はどうにかできても、身元や保証人が一番の壁で、今すぐには用意できそうもない。
「もう一つは冒険者から紹介状を書いてもらうことだ。冒険者であれば誰でも良いわけじゃない。Aランク以上の冒険者でなければいけない。そんなすぐには見つからないだろう。……本当だったらな」
「どういうことですか?」
俺の疑問にガルさんはあっさりと答えた。
「俺が紹介状書いてやるよ」
ん?
「ガルさん……Aランクですか?」
「そうだ」
ガルさんはまたまたあっさりと肯定する。
「いろいろ手伝ってもらったし、飯は良かった。まだまだ伸びる可能性がある。細かいことは実際にギルドに行ったら分かる。明日また渡しておくから、今日はもうゆっくり休め」
「あ……ありがとうございます……」
また助けられてしまった。本来だったらこんな快適に進む予定ではなかったが、ガルさんのおかげでイオリとポンを安全に町に連れて行くことが出来、果てには次の目的達成の架け橋をして貰っている。
本来だったら無償で行える様なことではない。
「あの! せめてお金だけでも受けとってくれませんか?」
俺はアイテムボックスから小さな袋を取り出す。実は小屋からもう一つ、持ち出せる物があった。
小屋を出る前、調合室のビーカーを持って行こうとアイテムボックスに詰めていると、棚の隅にねずみ色の小袋があることに気付いた。中には乳白色のコインが六枚。光にかざすとうっすらと透けている。
小袋の中にはメモが入っていた。調合室を教えてくれた、看板のような堂々とした字面でこう書かれていた。
『へそくり!! みつけたラッキーなヒトはもってって♡』
へそくりということは高価な物なのだろう。
俺は袋から硬貨を一枚取りだし、ガルさんに手渡した。なぜか少し手汗を感じる。
「いやこれは」
「少しでも冒険の手助けになれば良いのですが」
「しかし」
「イオリとポンも、こうして手厚く迎え入れてくれたことに感謝します。どうか受けとってください」
ガルさんは小刻みに震えながら硬貨を握り締めた。
「……分かった受けとっておこう。俺は先にやることがあるから、シドウは先に身体を休めなさい」
俺はガルさんの優しさに甘えて床に着いた。
「……どうするかぁ……」
眠りにつく前に、ガルさんのため息と小さな独り言が聞こえた気がした。
◆◆◆
朝目を覚ますと、俺が一番遅くに起きてしまったらしい。イオリがなぜか隣で息を切らしている。
「ホント……なんで起きないのって、諦めた途端に起きてくるのなんなの?」
「悪かった」
「めっちゃ体ブンブンしたし、大きな声で何度も声かけたのに」
「悪かった悪かった」
朝食の準備はすでに出来ていた。ガルさんの目の下が少し黒いのは、なにかあったのだろうか。
ガルさんはポンの分も用意してくれていた。
ポンの身体三倍ほどの量だったので、食べきれるのか不安だったが杞憂だった。皿を綺麗にするほどの立派な食べっぷりを見せた。
ガルいわく、シオグサ族は食べるのが大好きだから食べさせてやれとのことだった。太って不健康になることはないらしい。
腹を満たした後、ガルさんは俺を呼び出した。イオリも参加したげだったが、テントの外に追いやった。
昨夜と同じ場所、同じ椅子に座っていたが、一つ違うことを上げると、机の上に袋が置いてあったことだ。
「やはり金は受け取れない。あんなにあまりにも高い金額渡されたらたまったものではないからな。少額だが返させて貰う」
ガルさんは頭を抱え、眉間に皺を寄せた。あまりにも高い金額?
「シドウ達がとんだ田舎物なのか……いや、逃亡中の貴族の可能性も……とにかくド田舎物にしておこう。これがどれだけ高価な物か分かっているのか?」
ガルの手には昨日渡した硬貨が握られている。
「下手したら城1つ分買える代物だぞ」
「城ひとっ!?」
俺はとっさに自分の口を塞ぎ、イオリがいないか布の仕切りで見えない方の部屋を確認する。幸いイオリは言いつけを守っている様だ。俺とガルさん以外人はいなかった。
「相棒に聴かれるとまずいのか?」
「イオリは金遣いが残念なんで……」
「だったらなおさら気をつけなければな。金の価値は全世界どこでも同じだ。基本さえ覚えていれば困ることはないさ」
その後、俺はガルさんに金額のことについて教わり、身に染みるほどのお叱りを受けた。終わってお互いに立ち上がり、テントから出るとイオリがなぜかニヤニヤしていた。
「なんでそんな変な顔してるんだ」
「ねえねえシドウ、お城1個分買えるくらいのお金持ってるの?」
……なんでこいつ聞いてるんだ!?
「ごめんねぇテントの中は入っちゃ行けないのは分かってたんだけど、ついつい声が聞こえてきたから……」
「盗み聞きしたって訳か」
イオリはいたずらっぽい笑みを浮かべながら頷いた。
俺達は手早く片付けを終え、出発の準備を済ませた後、マピラスにまたがって空を飛んだ。
「僕なんでつかまってるの……」
「定員オーバーだ」
「だからって今日はシドウでも良いでしょ!?」
「盗み聞きの罰だ」
イオリの悲鳴が聞こえるが何も気にすることはない。当然の報いだ。
「見えてきた。あれがブランシュだ」
ガルさんは目の前を指さす。近づくほどにはっきりと見える。塀におおわれた町が、遠目ながらもそこにはっきりとあった。
マピラスは町から離れた、街道近くの草原に降りる。
「町に直接降りると迎撃されるからな。町に入るときは俺の名前を伝えると良い」
「本当にありがとうございます」
「構わない。良い体験が出来た」
ガルさんはポシェットからラステカレジの乾物を2切れ取り出し、俺に渡す。
「伸びている相棒に渡してやってくれ。冒険者になったとしても、死ぬんじゃないぞ」
ガルさんは手を差し伸べる。俺は軽く握手を交わした。
「行こうかマピラス」
ガルさんはマピラスにまたがる。
「楽しんで生きろ!!」
ガルさんは俺達に向かってそう叫んだ。口元には笑みが浮かんでいた。
マピラスは天に届く高い鳴き声で、俺達を祝福し、飛び立った。
「あっというまに見えなくなったな……」
「あの……シドウ……気持ち悪くて動けないんだけど……ポムポムポンが僕の上に乗ってさらに気持ち悪さを加速させるんだけど……」
俺はイオリの看病をする。ガルさんから受けとった乾物を渡すと、少し顔色が良くなった。
……もしかしたら異世界から来たこと、最初からバレバレだったのではないか?
イオリの背中をさすりながら、俺はそんな考えが頭の中から浮かんできた。
「あの鳥許さないぃ……次会ったら焼き鳥にしてやるぅ……でもガルさんはいい人だったなぁ」
ラステカレジを口に運びながら、イオリの調子も戻っていく。
「じゃあそろそろ行くか」
俺はイオリの手を引いて、ブランシュに向け歩み始めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
1章はこれにて終了となります。次の投稿は9月中旬の予定です。
また、これまでの話の内容や変更をいたします。変更予定の場所については活動報告にて記入しております。