第12話 飛行 オーク肉
俺達は一角グマの解体を済ませるために、川辺に行かなければならない。ガルさんがここの地形は把握していて、比較的安全な場所を知っているらしい。
案内してもらうことにした。
歩くには遠いので、マピラスに乗って向かうことになる。俺は憧れの生き物に乗れることが楽しみで仕方がない。……のだが。
「嫌だ!! だってなんか怖いもん!!」
その楽しみを奪うかのように意固地なイオリが、地面に座ったままそっぽを向いていた。タワーシールドはすべて収納し、周りは野ざらしである。
「怖いもんじゃない。命の恩人だぞ?」
「い、命のお、恩人でも、実は裏でやばいことしてるって感じなんでしょっ!! 大体、第一異せか」
俺は嫌みったらしい口を止めるため、ハリセンでスパアァッン!! と頭を叩くことによって、気付かれてはいけないことをギリギリで防いだ。あと、失礼なことはいうんじゃない。
「いたいひどい! 人でなし!!」
「本当……すいません」
俺の謝罪に、ガルさんはほんの少し苦笑いを浮かべた。ガル達はもう出発する準備が出来ている。
「とにかく! 僕行かないからね。シドウとポムポムポンは勝手に行けば良いじゃん。1人でも街に行けるし」
「分かった分かった。じゃあ置いていくからな」
俺は足元によってきたポンを抱きかかえ、ガルさんにマピラスの背に乗る手伝いをしてもらう。
俺が前に、ガルさんが後ろに乗り込む。ポンはコロコロと地面に落ちないよう、俺の両腕でしっかりと挟み込んだ。ポンはまんざらでもないのか、のんびりニャァと鳴いた。
これでいつでも出られるようになった。イオリはなおも動かない。
ガルさんの「いいのか?」という一声に「全く良くない」と俺は耳打ちをする。
ガルさんは少し考えたあと、表情を変えずにマピラスに一声かけた。
マピラスは大きな羽を慎重に広げたかと思いきや、突然大きく羽を動かし、地面を蹴り上げ飛び立った。
体の感覚がガクンと上下に揺れ、強い風が体を打ちつける。飛び立った感覚に驚いたが、地面から遠ざかっていくにつれ、高揚感が体中からせり上がってきた。
「マピラス。あの黒髪の少年を傷つけずに捕まえてくれ」
ガルさんがそう伝えると、マピラスは狩りの体勢に入った。一気に体を重力に任せ、イオリがいるであろう場所にめがけて飛んでいった。
地面ギリギリまで近づいた後、また高く高く空めがけて飛んでいく。下からイオリの悲鳴が聞こえたので無事に捕まえられたようだ。
「怖い怖いこわいぃぃいい!?」
「暴れると地面に落ちるぞ」
俺は大きな声でイオリに伝えると、ピタッと悲鳴がやんだ。だが懲りないのか、またすぐに泣き叫ぶような悲鳴と怒声を垂れ流し始めた。
「いやだいやだシドウのばかああぁあ!!」
「……手間かけさせてすまない」
俺は1人と1羽に頭を下げると、ガルさんは困ったように笑い、マピラスは気を利かせたのか愉快に一声鳴いた。
◆◆◆
「……どうしてあんなところにいた?」
目的地に向かう道中、ガルさんは俺にそう尋ねた。
強く打ちつけるすがすがしい風と、夕焼けにさしかかる空。視線を落とすと、流れ変わりゆく大地の景色に心を奪われていた俺は、ガルさんの返答に少し時間がかかった。
なんとか理性を取り戻していく。
「道に迷ったんだ。あまり来たことがない場所だったから……」
俺が後ろを向いてそう言うと、ガルさんはただ一言だけ、そうかと頷いた。嘘だとばれたのかもしれない。
ガルさんはそれ以上のことを聞くのは興味が無かったのか、すぐに話題を変えた。
「シドウはシオグサ族をテイムしているんだな」
「テイム?」
テイム。英語の綴りはTame。意味は飼い慣らされた、人になれた。ここでは魔物を連れ歩いていることをいうのだろうか?
俺が考え込んでいた所を見かねたのか、ガルさんが口を開いた。
「テイムは魔物を従者にすることだ。従者になった魔物は獣魔と呼ばれている。魔物は基本気性が荒く、臆病だ。特にシオグサ族は逃げ足が速いし、警戒されたら命がなくなると思え、と綴る民謡や文献が数多い」
飛ばされないよう、脇でしっかりと押さえていたポンがにゃぁと鳴いた。
「俺もマピラスをテイムしている。片時も離れない大切な相棒だ」
ポンは短い足をパタパタと動かす。その反動で脇から離れて下に落としてしまわないか内心ヒヤヒヤしていた。
「そいつはきっと、シドウに恩を感じているんだな。良い子だよ」
ガルさんは目を細めた。
俺はそんな恩を売るようなことをした覚えはまったくない。ポンからやってきたんだが……。
「心と心が通わなければ獣魔にすることが出来ない。例外もあるが……。ともかく、テイムは簡単には出来るようなものではないんだ。凄いなお前」
俺は久方ぶりに褒められたからか、心が若返っているからなのか。少し照れくさくてむず痒かった。
「人生の中で、知らないうちに誰かを助けていたことが時折あってもおかしくはないからな……」
俺が体勢を立て直して前を向くと、ガルさんは独り言のようなつぶやきをした。
目的地が近いのか、マピラスは高度を下げて地面に降り立とうとしていた。イオリの懇願するような悲鳴が聞こえる。
「……お前の相棒、あんなに手荒にしていいのか?」
「性根をたたき直している最中なんで」
俺の一言にはさすがのガルも、ため息をついていた。
その後、川辺へ降りた俺達は、一角グマの解体に取り掛かった。
イオリは怪我をしていなかったが、地面に寝そべって気持ち悪そうにうずくまっていた。隣でマピラスが心配そうに上からのぞき込み、座り込んで優しく風を仰いでいた。
熊の解体はガルさんがつきっきりで俺の様子をみてくれていた。良いところは褒め、改善できることはアドバイスをし、伝えるのが難しいところは目の前で捌き、実践した。
ガルさんの行動には無駄がない。本当は彼一人で行った方が早いのだろう。手伝って欲しいと頼まれたのに、俺は足を引っ張ってしまったのではと申し訳ない気持ちになった。
すべて解体を終え、ガルさんは腰のポシェットから、手のひらほどの大きさの四角い箱のようなものを取り出す。これもアイテムボックスで、俺の持っている物とは性質が少し異なっていた。
ガルさんの持っているアイテムボックスは貴重な物らしく、収納する物の大きさは問わないが、収納できる量が決められているようだ。箱の側面に温度計のような銀色の線と目盛りがついており、どのぐらい収納できるか目視で確認することが出来る。
品によって制約や性質は変わるが、見た目より多く入る、魔法で施された収納箱のことをアイテムボックスと言われているらしい。
俺は腰につけている布もアイテムボックスだと伝えると、そんな冗談をと笑ってはいたが、袋からいくつか物を取り出すと、無言で何かを考え込んでいるようだった。
「それは、他の人の目につかないようにしておけ」
ガルさんは表情を変えず、たった一言だけ呟いた。
「それは一体……?」
それ以降、アイテムボックスの話題は一切口に出さなかった。
もう夜も遅い。今夜はここに泊まることになった。
ガルさんはポシェットから布きれを取り出し、何か祈るようにそれを両手で握り締め、布きれを平たい地面に敷く。すると布きれは膨らんでいき、小さなテントが出来上がった。
「すごいどうなってるの!?広!?面積詐欺!ちゃんと中にお布団敷いてあるよ!三人分!あっポムポムポンのもある!!」
元気を取り戻したイオリが、高い声ではしゃいで中をのぞき込んでいる。ポンは、するするとテントの中に入っていった。マイペースな奴らだ。
「こんなに手厚く申し訳ない」
「構わない。少しは休むべきだ。シドウだってボロボロだろう」
ガルさんの視線の先は俺の右腕だ。
「気にしなくても大丈夫。すぐに治る」
多分。と俺は右腕をさすりながら心の中で付け足す。
「もし良かったら晩飯、俺が作ります」
これ以上借りを作りすぎてはいけない。俺は、少しでも返せる恩は返したかった。
ガルさんは了承してくれた。調理器具を貸そうかと言われたので必要最低限借りることにした。幸い、まだ食べるまでに時間がある。少し凝った料理にしても良いのかもしれない。
ガルさんは「祈りの時間だ。すこし失礼する」と声をかけその場を後にした。
しかし何を作るべきか。汁物を一つと何か……。
俺はアイテムボックスにある材料を見直すと、オークの肉に目がとまった。
取り出して再度鑑定するとオークの表記ではなく、オークの肉、つまり血肉の通っていない、生物ではないものとして表記されていた。
***
オークの肉 食用可 質 高級
滅多に食べられない冒険者だけの御馳走。日が経つにつれ、うまみが消えていく。
***
高級。ガルさんに振る舞うには十分な称号だ。今回はこれを使おう。
河原の石を鑑定していく。その中で一つ、気になる石があった。
***
鉄板石
火を通しやすく割れにくい石。磁石を近づけてもくっつかない。また、他の石と判別はつきにくいため、市場に出回ることは少ない。
***
なるほど、焼くのに適した石か。この大きさと平らに近い形状なら、あえてこれを鉄板変わりにしてもいいかもしれない。
俺は両手で石を抱え、余分な砂を払い落とす。テントのそばに置いた。
他の石を積み上げ、簡易的なかまどを作る。アイテムボックスから木の束を取り出し、火打ち石で火を付けた。
俺はガルさんからまな板と鍋、包丁と菜箸(この世界に箸があることが驚きだ)を借りた。香草やキノコ類は小屋から出る前に、いつでも調理できるよう角切りにしている。
オークの肉はまだブロックの状態だった。俺はアイテムボックスから取り出し、汁物用に何枚か薄切りにした。
先に汁物から作っていく。火を付けた手製のかまどに鍋を置き、鍋が熱を帯びる頃合いに、根菜類と、薄切りのオーク肉を入れ軽く炒める。
川の水を調べたが飲めなかったので、イオリの耳を引っ張って呼び寄せ、水の用意をお願いした。イオリはふてくされていたが、一言褒めてやると途端に機嫌が良くなった。
水が湯に変わったところで具材になるキノコや香草を入れる。
最後に味付けを整えればスープは完成だ。
もうひと品を作るために鍋をかまどから退け、河原で取ってきた石を置く。
石を焼いている間に俺はオーク肉を厚めに切り分けていき、切り込みを入れる。
そして熱々になった石の上に肉を置く。肉の脂が弾ける音とともに、肉々しい香りが辺り一面を漂い始めた。
本当はファイアーアンカーを使っても良かったのだが、どうしてもやってみたかったのが本心だ。ロマンである。
「なんの匂い……?」
イオリが匂いにつられてふらふらと歩いてきた。
「うわぁっ! お肉だお肉だステーキだぁ!」
飛び跳ねるイオリにもう少し待てとたしなめる。うずうずしつつもなんとか気持ちを押しとどめたようだ。
香草を乾燥させて砕いた物をひとつまみ、つまんでふりかける。『ステーキ風石焼きオーク肉』のできあがりだ。
夕食が出来上がったが、皿を借りるのを忘れてしまった。ガルさんに声をかけるか悩み、振り返ると、ガルさんが料理を興味深そうに観察していた。
「いい匂いだな」
俺は驚いて、ぎこちない会釈をする。
「すまない。皿を用意するのを忘れていたな」
ガルさんはそういってテントに向かい、手早く木製の皿をいくつか持ってきてくれた。俺は礼を言い、作った料理をよそう。
そのあいだにガルさんは机を用意してくれたらしい。
後からイオリがガルさんの指示に従って折りたたみ式の椅子を持ってきた。俺はよそった料理を、ガルさんはテントからカトラリーを机に用意した。
三人ですべての準備が整った後、それぞれの席に座る。
「もう食べていい? 食べていい?」
俺がもう食べていいことを伝えると、イオリがもう我慢できないと言わんばかりにフォークを握り、肉にかぶりつく。
「うああっ美味しいぃ!」
イオリはあまりの美味しさに手が止まらないのか、動きがオーバーなのか。スプーンとフォークでガチガチと食器を鳴らしていた。もはや犬食いである。
「空と大地に感謝を……いただきます」
ガルさんは目を閉じ、軽く頭を垂れて呟いた。その後、優雅な手つきで食事に入る。
「……美味い」
ガルさんは汁物を一口味わい、川の流れる音にかき消えそうなほど小さな声で呟いた。
「こんな質が良くて新鮮な肉……よく討伐できたな。相当苦労しただろう」
「たまたま運が良かっただけです」
「え? なになに? なんの話?」
感動しているガルさんは、イオリをみて少し目を丸くした。そして俺をチラリと見、また視線をイオリに戻す。
「お前は……えーと」
「イオリ」
イオリは少し不機嫌そうに自分の名前を教える。ガルさんは気にせずに話を再開した。
「イオリはこれがなんの肉か知らないのか。オークだよ。殺したてであればあるほど美味いんだ」
「へ……あのメタボ……?」
イオリの顔には嘘でしょ……と書かれている。
じーっと汁物とステーキを交互に見ると、どうしても空腹には耐えられなかったのか、ステーキを口にして「オイシイナァ」と呟いてバクバクと犬食いを再開した。