第10話 もふもふ
俺は意識が朦朧としながらも、なんとか、オークの死体をアイテムボックスに入れる。
イオリの元に向かうと、テントの中でずっと腰を抜かしたまま、青ざめた表情を俺に向けて、ただ呆然としていた。
「怪我はなかったか? 大丈夫か?」
声をかけると、我に返ったのかイオリは、口元を震わせながらなんとか言葉にする。
「だ、大丈夫かって、シドウ。自分の心配をしてよ!」
まさにそうだ。客観的に冷静に考えても、自分の容態を気にするべきだろう。
「腕も、折れちゃってるみたいだし、口からも、血でてるし」
いわれて自分の口の中の感覚がなかった事に気付く。
意識的に気にするようにしてみると、中が鉄くさい。おまけに何か破片のようなものがある。取り出してみると白い欠片が出てきた。
「もしかしてシドウ、途中で自分のほっぺた打ったの覚えて……ない?」
覚えていない。
そう伝えると「あんなに派手にバコンってして、ウオオオっていってたのに?」とジェスチャーしながらイオリは言った。
「今はしばらく休ませてくれ。少し横になる」
なんだか酷く眠い。今はほっとしたのか痛みより眠気が勝っている。
俺は土足のままテントの中に入り、転がるように倒れ込んだ。
「飯……作れなくてごめん……」
「きっ、気にしないで。手当とかしたほうがいい? えっと、ねえ、ねえってば……」
イオリが賢明に俺に話しかけている事は分かっていたが、受け答えが出来る間もなく、俺は意識を失った。
◆◆◆
目が覚めると、自分がものすごい汗をかいていることに気付いた。
口の中に何かゴロゴロとしたものが入っていたので、眠気眼でそれを取り出し、床に置く。
俺は、テントの端に置いてある水筒に手を伸ばした。
喉を潤すと、少しは口内の気持ち悪さがなくなった。
隣でイオリが身を縮こませながら、すやすやと寝ている。頭が回らない状態で外に出ると、辺りはもう夕方になっていた。
そうか、もうそんな時間か……。ぼーっと外を見ていられる自分に、少しずつ違和感を感じてくる。
確か俺、外で見回りしてて、朝食の準備をしようとして……。
ズキッと右腕に痛みを感じた。そうだ。腕、折れて……?
左腕でとっさに右腕を掴んだが、そこまで痛くなく、腫れていない。自分の身体の状態を見てみると、オークと戦ったときの擦り傷が消えていた。
テントに戻り、自分の口から出したものを改めて確認し直すと、歯の根元だった。舌や自分の指で、欠損した場所を探してみたが、どこにも見当たらず、綺麗な歯並びのままだった。
「歯が生えた……?」
いやそんな。この年であり得ない考えだが、乳歯だったとしてもこんなに早く成人の歯が生えるはずがない。
「……ん、んん」
この声、イオリが目を覚ましたのか。そうだ、イオリに俺が寝ていた間の事を聞いてみれば良いじゃないか。
「なあイオリ、なにか回復魔法のようなのをお前がかけたのか?」
「……かいふく?」
イオリは思いっきり伸びをし、大きく息を吐いて起き上がった。
「どうすれば良いか、分かんなかったから僕もとりあえず……寝たって感じだよ?」
「なにもしていないって事か?」
「ゴメン……」
「いや、責めようとしているわけじゃない」
じゃあどういうことなんだ? 異世界だから怪我の治りが早いということなのだろうか。
俺は右腕の痛みを緩和するため、アイテムボックスから回復薬取り出し、飲んでみた。
痛みは完全には引かなかったが、これくらいなら問題なく活動できるはずだ。
「腹減っただろ。飯作るから待ってろよ」
「シドウの方がボロボロでしょ。僕作るよ!」
気持ちは非常にありがたいが、イオリが作ると大変になることは経験上明白だ。
「料理に関しては俺に任せろ」
お前は本当に作るな。
料理はものすごく時間が出来たときに教えるから、刃物一本まな板一枚絶対に触るな。と、伝えたくてたまらないが、そこはぐっと押さえる。
生前、高校の調理実習でペアを組んだことがある。
音琴は、それはもう胸焼けを起こすほどの塩っ辛い真っ黄色の卵焼きと、肉以外全く火が通っていない、出汁も味噌も薄すぎる、ぬるい豚汁を作って、家庭科の先生に呆れられていた。
特に卵焼きは「五百里、黄色い生物兵器作ったの草」と奈桜子が大爆笑し、クラスメイトがどよめくほどだった。
いったいどうしてこうなったんだと思いながらも、俺は音琴が出してくれた豚汁と卵焼きを食べきった事を覚えている。
夕食を作り終わる頃には日が暮れていた。
即席のたき火に当たりながら、地面に腰を下ろす。今晩はアイテムボックスに入れていた食材で焼き魚と汁物を作った。
「美味しい……美味しいぃ」
お腹がすいていたからなのか、イオリは汁物をじっくり味わいながら嬉しそうに呟いた。
俺も腹が減っていたので、いつもより魚の身がほろほろ、ふっくらとした口当たりに頬が緩んでしまいそうになる。
汁物を飲みきり、魚に手を出して懸命にかぶりついていたイオリだが、ふと口を止め、跳ねるように顔を上げた。
「どうした?」
「……なんかカサカサ聞こえた気がして」
俺は耳を澄ましてみると、確かに何か草むらをかき分けている音が聞こえた。
すぐに音がする方向に目を向けると、見覚えのある丸っこいシルエットが見える。ついでに「にゃー」と分かりやすく一声鳴いた。
「あ、あああいつは……」
イオリがガクガクと身体を震わせ、食べかけの焼き魚を地面に落とす。あの時イオリが蹴った茶色い物体だ。
「なんで生きてる!?」
イオリは自分の一蹴りで、茶色い物体を仕留めたと勘違いしたのだろう。茶色い物体はイオリが落とした魚に寄り、スンスンと匂いを嗅ぐような動作をした。
食べようとしているのか。あの魚は骨が多い。
俺はイオリの焼き魚を拾い上げ、骨をよけて身の所だけ集め、十分に冷ましてから茶色い物体にあげてみた。
俺の手のひらにあるほぐした魚を何度も嗅ぎ、茶色い物体は恐る恐る魚を口に運ぶ。
気に入ったのか二口目からはすぐに食べ始めた。舌がざらざらしている。なおさら猫っぽい。
食べ終わると満足したのか一声鳴いた。
俺が元の場所に戻ると、茶色い物体は、すぐそばをてこてこと歩き始め、俺が地面に座ると、すりすりと脇腹や膝によってきた。
なんだこのもふもふとした物体。
「シドウ……僕の魚……」
イオリは茶色い物体をにらみつけ、不服そうに唇をとがらせる。
「また用意するから待ってろ。ほらこれ」
俺はまた立ち上がり、気持ちよさそうにすりすりしていた茶色い物体を持ち上げ、イオリの膝に乗せてみる。
「ひえっ……」
最初はどちらともガチッと身をこわばらせ、茶色い物体はすぐにイオリの膝から離れて俺の所に戻ってきた。
毛に隠れている大きな瞳を、キラキラと光らせているものだから、俺はつい無意識を装った意地悪でイオリの膝に戻してしまった。
何度もそんな動作の繰り返しをするものだから、茶色い物体は、諦めてイオリの膝の上でおとなしくなった。
「な、慣れると君可愛いね……」
イオリは茶色い物体に向かって、ぎこちなく声をかける。少しずつちょっとずつ、驚かさないようにゆっくりと触り始めた。
「ポンポンしてふわふわしてる……。そうだ!! 君は今日から『ポムポムポン』ね! ポムポムポン!!」
イオリが突然ひらめいて、大きな声を出したものだからなのか、それとも名前に異議ありなのか。
茶色い物体は「にゃー」と鳴き、イオリはなぜか甲高い悲鳴を上げた。
ついでにイオリは、ぽーんっと茶色い物体を天高く投げ上げる。
「最悪! 僕の指を噛んだ!」
イオリは自分の指を押さえながら痛そうにうずくまる。
その頭の上から茶色い物体がぼふんと落ちてきた。イオリはまた、ギャグ漫画みたいな悲鳴を上げる。
「イオリ、小さい動物をいじめるのは良くないぞ」
「いや僕がいじめられてるんだけど!」
「ポン、大丈夫か?」
「僕を心配して!!」
さすがにイオリの考えた名称は言いづらいので、茶色い物体は短く『ポン』と呼ぶことにした。
無傷のままだったポンは俺の所により、怖かったのかブルブルと身体を震わせている。
俺はポンの頭を撫でる。ふわふわした毛並みと優しいぬくもりになんだかほっとする。
撫でるのを止めようとすると、もっと撫でて欲しいのか腕をスリスリしてきた。
だめだ。カワイイ。
小動物はダメだ。可愛いからついずっと撫でたくなる。
生前は面倒を見る時間がなかったので、生き物を飼えなかった。
ただ、上司が嬉しそうに、自分の飼ってる可愛い愛犬画像を見せるものだから、世話出来る余裕と環境に妬いたものだ。
「……一緒に来るか?」
俺が小さな動物に声をかけると、大抵驚くか、怯えるかしてその場から逃げ出さすのだが、ポンは違った。
ポンは可愛らしく一声鳴くと、俺の周りを何度もくるくる走り回る。どうやら気に入られたらしい。
「……お魚」
「ああ、悪い悪い」
こうしてこの日は一匹のふわふわしたお供が加わった。
◆◆◆
後ほど確認したことだが、オークと戦った後、自分のレベルが2レベル上がっていた。現時点でレベル18である。
それともう一つ。木刀のレベルがついた。
訳が分からないと始めは頭を抱えた。
他の武器にはレベルの概念が無かったからだ。
見えない経験値があるのかどうか、ひたすら同じ武器で魔物を倒してみたが、レベル表記はいつまでたっても出てこなかった。
反対に木刀で試すと、レベルの数字が上がっていた。現在レベル3である。
どんな木刀でも良いというわけでは無い。オークと戦った時使ったその木刀だけが、鑑定した際に表記されるようになった。
理由には心当たりがある。
***
木刀 レベル3
材質 シープラィの枝 パーダの枝 世界樹の欠片
***
世界樹の欠片……どこでそんなの取ってきたんだ。
世界樹があるのはとてもロマンがあるし、感激したが、ではどこで見つけたのか検討がつかない。
可能性としては、小屋の材質である。
小屋自体は鑑定が出来なかった。それだけでなく、小屋に置いてある家具や小物すべての材質について調べることが出来なかった。
なにかジャミングされてるような、不快な音や見た目、匂いをぐちゃぐちゃしたような、全五感が拒絶する感覚を受けるだけだった。
小屋に使われている木材が、もしかすると世界樹なのかもしれない。
外で武器を作ることはあった。ほんの少し足りないものはその場で落ちているものを使っていたので、その時に混ざり、この木刀が出来上がったのだろう。
せっかくなので、壊れるまで木刀を武器のメインとして使わせていただくとする。ゲームはレベルがカンストするまでやりこむタイプだ。
どこまで上げられるか、見物である。