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第9話 遭遇 戦闘

 目が覚めたのは、空が白みだした早朝だった。外の冷たい空気を吸い、眠気を飛ばす。

 軽く見回りをすることにした。


 装備を整え、弓矢をつがえたまま、朝靄がかかった森の中を観察する。


 矢には新たに羽をつけた。

 この森で、たまに飛行している猛禽類のような緑色の鳥、クスパルの羽を使っている。

 採取時に、通常の個体より、一回り小さい死体を見つけたので、出来るだけ綺麗で手入れがしやすそうな羽を何枚か頂戴した。

 材質はそこそこ固め。加工もしやすく取り付けやすかった。


 これがあるのとないのとでは雲泥の差だ。実際に試し打ちをしたが、明らかに命中率が上がっていた。

 さすがに鳥は狙えないが、それはもう少し弓を改造してからにする。

 ついでに嘴と爪も剥ぎ取った。肉は所々腐っており、食べられるものではなかった。そろそろウサギ以外の肉も食べてみたい。


 一通り安全なことを確認し、野営地に戻ると、テントの入り口で出るかでないか、まごついているイオリがいた。


「あっシドウ! おはよぉ」


 俺を見つけると、イオリは安心してのんびりと、テントから出て伸びをする。


「まだ寝てても良かったんだぞ」


「だって、ずっと引きこもってちゃ疲れちゃうじゃん」


 イオリは目に涙を浮かべながら、あくびをした。


「良いお天気だなあぁ。こんな天気はもう一眠り……」


 引きこもり癖がついてきたような発言だな。


「今日もひたすら歩くぞ。疲れたらおぶってやるから」


「歩きたくないし、汗臭そうなシドウの背中に乗りたくないですぅ」


 とにかく動きたくないらしい。

 テントの回数も限られているのである程度準備を終えたらイオリが昼寝をしている間におぶって先に進もう。


 朝食の準備に取り掛かろうとしたその時、どこかから大きなうなり声がした。

 さっきまで生き物の気配がなかったはずなのにだ。

 俺は背筋が凍り付き、なにごとか状況が見えないイオリの肩を掴んでテントに引き戻す。


「なになになむぐっ!?」


 混乱しているイオリの口を塞ぎ、腕の中でムームー暴れる身体をしっかりと固定したまま、俺は鳴き声の主が何のモンスターなのか記憶をたどる。


 ウサギじゃない。見たことない新種か? ゴブリンではなさそうだ。だがどこかで……。


 すると外でもう一度大きく悲痛な鳴き声が響く。その瞬間思い出した。


 オークだ。


 俺はテントの入り口から顔をのぞき、声の主を見る。


 鑑定してみると間違いない。ゴブリンのすみかにいた個体と同じオークだった。

 ずんぐりとした豚鼻の巨体は瀕死の状態だ。


 皮膚は獣の噛み跡やひっかき傷だらけ。左腕が引きちぎられていて、ボタボタと血が地面にしたたり落ちている。

 片手で左腕を押さえればいいものの、木の棍棒の方が大事なのか右手でしっかりと握っていた。


 額も切れていて顔が真っ赤に染まっていた。あれでは視界が見えずらいだろう。片足を負傷したのか、引きずるように歩いていた。


 オークはゴブリンのすみかと反対方向に進んでいた。縄張り争いなのだろうか?

  一角ウサギは角を使って攻撃するので、あんな傷をつけることはない。ゴブリンは道具をつかうはずだから矢や武器が刺さった跡があってもおかしくはないはずだ。


 俺が遭遇していないだけで、オオカミや熊のようなモンスターがいるのだろうか? もしそうなればなおさらここから出た方が良い。


 腕の中にいたイオリが息苦しそうにしてたので、事態が飲み込めた頃合いで腕を離す。


「ねえあれ何?」


 顔を真っ青にしたイオリは、かすれた声でオークを指さす。オークは満身創痍の状態なのか、足を止め、その場でうずくまった。


「ねえあれ何? 無視しないでよシドウ」


 どうする? 先に進みたいのはやまやまだが、オークがあんなとこにいれば、今先に進むのは厳しい。


「!? しっシドウ!!」


 だがオークは満身創痍だ。戦う気力もなく隙だらけな状態ならば、とどめを刺しに行くべきか……?


「……ん?」


 ふと、その場に見当違いなふもふもとした感触が、足にすり寄ってきた。見ると、ふわふわした茶色の個体がもぞもぞと動いている。


 ぱっと見は茶色いマリモ。小さな2つの丸い耳と、狸のようなふっくらとした尻尾がついている。全体的にまん丸としていた。


 その物体はにゃーと猫のような鳴き声を発した。


***

シオグサ族(幼生) レベル12

 普段は人を襲わない穏やかなモンスター


特殊スキル

・雄叫び 発動条件は敵意を向けられた攻撃を受ける

 周囲3メートル圏内にいる場合 30秒間の昏睡と、雄叫びを聞いたモンスターに狙われる

***


 イオリの顔を見ると、どんどん血の気が引いている。


「……攻撃しなければ無害らし」


「うわあぁあっ!?」


 パニックになったイオリは、その物体に思いっきり蹴りを入れた。


 それも、バシッ!! と。


 茶色い物体はまるでサッカーボールの如くテントから飛び出ていき、見事オークの顔面に直撃する。茶色い物体は何度かバウンドしたあと、動かなくなった。


 イオリは肩を上下させ、息を整えながら呟く。


「……お、おおぅ……僕ってある意味天才?」


 いや馬鹿だろ。人の話を聞け。


「ね、ねぇぇ……、あのメタボ……こっち見てる……!!」


 お前のせいだから。なにやってんだおい。


「ねえどうしよう……どうしよぅっ!!」


「とにかくじっとしてろ」


 もうこれはやるしかない。オークは、テントめがけて俺たちをにらみつけ、鈍重な歩みでこちらに向かってくる。


 とにかくなにか行動を起こさねば。

 胴体は無駄な装飾や、無駄な脂が乗っていて急所に狙いづらい。足も茂みで上手く見えないので、狙えない。


 俺はすぐに弓矢を取り出し、素早くつがえて頭を狙う。


 最初に挑戦したときより手の震えはない。

 とにかくまっすぐ、無駄な力が入らぬように。


 額から汗が一粒流れる。放たれた矢は一点に飛び立ち、オークの右目をえぐった。


 オークは新たな痛みに耐えきれず、森中に悲鳴を響かせる。俺は続けて二、三発矢を放ち、一本は頬にかすり、もう一本は肩に刺さった。


 矢を無駄に消費したくない。俺は木槍に持ち替え、テントから這い出る。


「イオリ、何か魔法で援護できないか?」


「むっっむむむ無理だよそんなの。僕か弱いし戦ったことないし、まず腰が……」


「腰が?」


「……動けません……」


 どうやらビビりすぎて立てないらしい。こんなことなら少しでも狩りに参加させるべきだった。

 動けなくても魔法は使えそうな気がするが、それは置いておこう。


 今さら後悔しても遅い。一人でもやれることは最大限にやり通す。たったそれだけだ。


 俺はオークのとの距離を詰める。オークは瀕死の状態だが、体格やレベル差は向こうの方が上だ。

 血の臭いとオークの鼻が曲がるような体臭に、潰れていない方の目で敵意を投げかける視線に、俺は武器を下ろして逃げ出したくなる。


 オークが棍棒を俺めがけて振り下ろした。


 素早く右によけ、オークの懐に入る。足の付け根近くに狙いを定め、槍を突き出す。

 狙ったところには当たらず槍は地面に食い込んでしまった。


 足をダメに出来れば少しはましになるはずだったのだが。気を緩めてはいけない。


 オークの二度目の攻撃が来る。


 左から巨大な棍棒が、鈍い風とともに俺を潰しにかかる。俺は木槍を手放し、木製のタワーシールドを取り出して攻撃を防ぎにかかる。


 シールドと棍棒が衝突し、小競り合いが始まる。

 ダメだ。これでは耐えきれない。


 タワーシールドは作成した物の中で一番固く、俺の身長より大きな防具になるが、腕力の差もありシールドがミシミシと根を上げ始めた。


 すぐさま左腕に別の丸盾を装備する。


 タワーシールドは、音を立てて真っ二つに折れた。棍棒の勢いを丸盾で受け流す。丸盾にはヒビが入り、ビリビリとした震えと痛みが左腕までに伝わった。


 オークはまた棍棒を空に掲げ、俺を潰しにかかる。

 振り下ろしにかかったその時、勢いに任せてオークの手から、棍棒が離れた。


 とっさに、棍棒が弧を描いて飛んでいった方向を見ると、テントを通り越して朝靄の中へかき消えていく。


 視線をオークに戻すと、俺との距離を詰め、殴りかかろうとしていた。盾を持っている左腕でガードしようとしたが、ピシリと腕に痛みが走る。


 そのほんのちょっとした油断で戦況が変わる。


 背筋に汗が流れるのを感じた。オークは殴りにかからず俺の右腕を掴み、力を込める。


 目を離した瞬間これだ。

 テントは外からの攻撃をすべて無効化すると、鑑定した際に出たはずなのだから、後ろを気にしなくても良かったはずだ。


 右腕に痛みが集中する。

 左腕の痛みなんて些細なことになる。


 アイテムボックスから取り出したのは短剣。俺はオークの腕を本能のままに、血が吹き出るほどに深く刺す。


 オークは痛みに耐えきれず大きく腕を振り回した。ぱっとオークは俺を離し、その隙に、俺はオークとの距離を開けた。


 右腕がズキズキと熱を帯び始める。

 触ったり動かそうとすると、口から悲鳴が出るのではないかというぐらい激痛が走る。

 この感覚は知っている。今右腕は、使える状態ではない。


 骨折したのだ。


「おたがい片腕状態ってわけか……」


 オークは口を使って短剣を取ろうとしている。上手いこといかないのか、腕を地面や木に擦り付け始める。俺のことは放っておいてだ。


 バリバリ、バリバリ、執拗に腕をこすり続ける。何か様子がおかしかった。

 途中で、矢が刺さった方の目を右腕で、眼球が出てくるのではないかというくらい掻き始める。


 オークは怒りの咆哮を空に掲げる。バタバタ地面に転がり、傷が深くなるほどに自らの身体を掻き壊した。


 自傷行為にも見える行動は、ゆっくりと穏やかに止まる。オークは息だけしている状態だ。


 もしかしたら、俺の考えが正しければ、息さえ出来ていないのかもしれない。


 オークと遭遇した際、俺は焦っていた。自分の事前に用意していた物や、道具の効果について頭から抜け落ちていた。


 俺が最初に放った矢と、とっさに出した短剣には、毒が塗ってあったのだ。

 確か、薬生成を試す少し前。ニジイリカブより毒性が低いと思われるキノコを採取した。


***

ヤグマタケ 毒キノコ


 生食をすると強いかゆみ、幻覚、痺れ、呼吸困難に陥る。毒の効果は約15分でなくなる。常温の水に一日さらして火を通せば食用可能。さらした水には毒が残る。

***


 そのキノコは雑草に紛れて生えており、くすんだ緑色で珊瑚状の傘を持っていた。


 俺はキノコを集め、倉庫にあった空の桶に水とキノコを入れ一日さらした。

 キノコは串焼きにして食べ、水はハケを使い、ウサギの角で作った短剣と、矢の先に数本、毒を塗ったのだ。



 目の前のオークは、ぐったりとしていた。近づいて顔を見ると、少しでも酸素を取るために、何度も口を開け閉めし、左目は何を見てるのか、上下左右にぐるぐると、せわしなく動いていた。


 腕が負傷していなければ、そのまま逃げるという選択肢もあったのかもしれない。

 毒はしばらくしたら抜けてしまう。


 もし毒が抜けてもこいつが生きていたら……。


 俺はアイテムボックスから木型のメイスを取り出す。鎚頭をオークの頭めがけて振り下ろした。


 メイスはすべて木で出来ているため軽い。

 一度だけではあまりダメージは入らないのだ。


 何度も、何度もオークの顔面めがけて振り下ろす。

 時に地面に当たり、時に肩に当たり、オークはうめいて攻撃を防ごうとするが、毒によって身体が動かず、ただ身体を震わせる事しかできていなかった。


 左腕がビリビリと痺れる。

 メイスが途中で音を立て、柄がポッキリと折れてしまった。

 間髪入れずに武器を取り出す。

 取り出したのは簡易な作りの棍棒。今度は三度振り下ろすとすぐに折れた。


 オークにはまだ息がある。左腕も痛みが酷くなってきた。作成した中で一番、振り下ろしやすく、丈夫な木刀を取り出し、執拗に頭を叩く。


 両腕の痛み、下手したら死ぬかもしれないという危機感、不規則な呼吸による酸素不足により意識が飛びそうになる。


 まだか? まだか?


 何度、そう頭の中で唱えたのだろう。変化を感じたのはしばらくたってからだった。


 視界が一瞬鮮明になる感覚。俺はゆっくりと殴り続けていた腕を止め、オークを改めて鑑定する。


「……死亡」


 追加されていたたった一つの単語を、俺は無意識に呟いていた。


 やけに周りが静かだった。人生で初めての死闘はこうして終わりを告げた。

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