第6話 情報更新
夕食を取り終え、片付けをした後、寝静まったイオリを確認した俺は倉庫に戻り、片付けをしながら今後のことを考える。
食料に関しては、しばらく心配することはない。
武器、防具の材料は豊富にそろえられる。もっと探索してどこが危険かそうでないか、分かればなおさら入念な準備をすることが出来るだろう。
あとは自分の身やイオリを守れるようにならなければ……。
片付けを終えた俺は、アイテムボックスからウサギの頭を取り出し、剥ぎ取りナイフを使って、頭と角を分ける。
頭は使用用途が今のところ思いつかない。後で処分しておこう。
角を持ってまじまじと観察する。
つるつると人間の爪のような肌触りをしているが、角のてっぺんは勢いよく突くと皮膚を簡単に破きかねない鋭利さがあった。
ウサギの角を一本、骨を五本、木の枝を一本、蔓を数本用意し、武器作成に取りかかる。
出来上がったのはシンプルなデザインの槍。
鑑定スキルで調べると、『ラビットランス』と名がついていた。強度はできるだけ丈夫でしっかりとしており、柄は骨の色なのか黄色みがかった白色。
先のとがったウサギの角は、加工前よりさらに鋭く、なめらかな材質に仕上がっていた。
続いてウサギの毛皮と木の枝、小石を取り出し、作成した武器は弓と矢。
こちらもそれぞれ、『ラビットアロー』『小石の矢』と名がついている。弓は生前唯一使ったことのある洋弓に似たデザインだ。
ゴテゴテと照準器や安定装置はつけず、唯一矢を乗せる部品のみつけている。
使えなくもないが、軽く弦を引っ張ってみると耐久性が低い感じがした。
外で試し打ちをしてみると飛ばないわけではないが、的変わりの木の幹にはじかれて刺さらなかった。使い物にならないおもちゃのような威力。
弓と弦を同時に作ったのが、良くないのかもしれない。今度は弓と弦を別々に作り直し、自分で弦をつける。計る道具がないため、自分の生前の記憶と目視、指の長さを使って少しずつ調整した。
矢の長さも自分の体格に合うように作り直し、もう一度試し打ちをする。
先ほどの木の幹にはじかれるようなことはなく刺さった。
実践で使うには及第点。正確な場所に当てるのがやや難しいこと。自分自身今の身体の使い方に慣れていないこと。矢、弓ともにあまり丈夫ではないことが理由だ。
「……やめとこ」
休憩せずに、ずっと動いていた事もあるのかもしれない。別にこれといった疲れはないが、今一人でいると無駄な時間を過ごしているような感覚があったので、作成した物を片付け、小屋に戻った。
何の夢を見ているのか、イオリは安らかな寝息を立てている。その顔を眺めていると少しだけ、失った時間を取り戻せたような気がした。
記憶がなくても、何一つ似てるところがなかったとしても、今俺が見てるこの人物は俺が一番会いたかった人だ。
イオリがいっていた言葉を少しずつ頭の中で反芻する。
また、また始めから……関係をやりなおす。
「……出来るか?」
自分に対しての問いかけは、夜の暗闇に溶け込んでいった。
◆◆◆
次の日、俺は装備を整え、森の中を散策していた。イオリは小屋の中で待機させた。魔法の特訓をしたいらしい。
「風! 風が出せるようになりたい!!」
やる気があるのは良いが、悪さをしないよう見張ろうかと一瞬考えた。だがイオリは一人で外に出る恐怖心があるはずなので、安全な小屋に出ることはまずないだろう。俺は無駄に有頂天なイオリを放置して出て行くことにした。
外は灰色の曇り空だった。空気が重たい。息を潜めるのにいいタイミングだ。
向かった先は、最初にゴブリンを見つけた場所。足跡らしい手がかりはないものかと地面を調べ回るが、思ったような発見は見られない。
昨日ゴブリンが持ち運んでいた植物や果実は、今のところまだ確認できていない。
当てもなく探すのもありだが、そこにゴブリンが出るとは限らない。待ち伏せもありだが、時間がかかる。今の俺は周りの地形を知らない状態だ。
今日は、ゴブリンが走っていった方角を中心に探索しよう。
俺はアイテムボックスから弓を取り出す。また改めて今朝作り直したものだ。いつでも放てるように矢をつがえたまま、森の奥へ突き進んでいく。
しばらくすると小雨が降ってきた。俺は雨に当たらぬよう所々に生えている大木のそばによる。
木の幹を背に腰を下ろし、空を見上げる。青々と生い茂る木の葉の間から、風にあおられ流れる雲が見えた。少ししたら雨がやむかもしれない。俺はおとなしく息を潜める。
すると、どこかしら物音と聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。
木の幹に隠れるように後ろを振り返り、辺りを見回す。奥の茂み、中ぐらいの木に雨宿りしている見覚えのあるモンスター。
3体で群れをなして干し柿のような果物にかぶりついている。
「なんだかのんきだな……」
目当てのゴブリンだ。鑑定したところ、レベルは割と低めである。数に関しては向こうが上なので、手を出さないでおくことにした。その代わり、後をつけることにする。
雨が止み、ゴブリン達が動き出したので俺も立ちあがり後をつける。
彼らは昨日と同じゴブリンではないが、食料の調達を行っていた。鼻を頼りに行動しているようで、1匹が錆び付いた槍、2匹は編み目が所々外れているかごを持って、行き当たりばったりに森中を歩き回っていた。
尾行を続けていくと、ゴブリン達は食料を集め終えたのか、くるりと一斉に向きを変え、まっすぐと奥に進み始めた。
目的地までつけて行こうかと考えていたが、周りにゴブリンが少しずつ増え始めたので、危険な空気を感じた。
いったんその場にとどまり、周りにゴブリンがいなくなってからまた動き始める。
慎重に進んでいくと、洞穴のような場所に行き着いた。
その周りに小さなゴブリンがたくさん騒ぎ、中ぐらいのゴブリンがたしなめるような大声を発する。大きな豚鼻のゴブリンがふんぞりがえって、持ってきた食料をくいあらしていた。
***
オーク レベル28
ゴブリンより知能が低いが、腕力は一般平均の人間より数倍強い。Bランク以上の資格、技量を持つものでなければ倒すことが厳しい。
肉質は最上級の豚肉を彷彿とさせる。
***
Bランク? なんだこの表記?
資格、技量ということは自分の実力を測れる検定のようなものがあるのだろうか。もしかしたら街に行けばギルドなんてものもあるのかもしれない。
一番大きい豚鼻は名前が違うのか。それにしてもレベルが格段に違う。腕前も、人数においても戦って負けるのは確実だ。ここに突っ込むのはある程度腕を上げてからにしよう。
俺は早めにその場から離れ、一端小屋に戻ろうとした。
少し早い帰りになるなと考えていると、すみかとは反対方向からゴブリンの鳴き声が聞こえた。
声が聞こえた方向を中心にあたりを見回す。折れた巨大な大木を前にゴブリンが武器を構えている場を遠目から確認した。
一体しか見当たらない。おそらくはぐれている最中に何か獲物を見つけたのだろう。嬉しそうに血のついていない壊れかけの斧を振り回している。獲物は何か確認は出来ないが、あまりにも無防備な背中だ。
***
ゴブリン レベル8
***
俺はずっと持っていた弓矢をつがえ直し、弦を引き、ゴブリンの様子をうかがいながら放たずに戻す。
何度かその動きを繰り返し、力加減を確認してから確実なフォームで弦をキリリと引き、ゴブリンの頭に矢の先を定めた。
いける。
自分の覚悟と確信とともに矢を放つが、照準から少し右にずれ、ゴブリンの頭ではなく右耳をえぐった。
ゴブリンは悲痛な叫び声を上げて耳を片手で押さえる。すかさずアイテムボックスから矢を取り出し、2、3発放った。
2発目は空振りし、3発目は見えなかったが当たったようで、ゴブリンはその場に崩れ落ちた。
思ったところに当たらない。右に反るということは、矢が軽い作りをしているからだろう。羽もついていない状態だ。
また作り直さねばならない。あたりまえだが改善の価値が大いにある。
上手くいかないことに舌打ちがでる。俺は弓矢を直し、昨夜作成した槍を取り出した。
距離を詰め、とどめを刺しにかかる。
ゴブリンは瀕死の状態だが、斧を持った手はまだ闘志を残していた。3発目に矢が当たったのは右のふくらはぎあたりか。
俺は槍を構え、ゴブリンが必死の思いで振り下ろした斧を槍ではじいてよけ、体勢を変える。ゴブリンが油断した瞬間心臓に一突き、右胸に刺した。
武器の感覚は昨日使った木の槍よりなめらかな使い心地だった。吸い付くかのようにしっかりと安定して持つことが出来る。耐久性も申し分ない。槍は成功したと言えるだろう。
ゴブリンは痛みに暴れたが、次第に動きが止まる。鑑定スキルを使ってみると、死んだことが確認された。
それともう一つ、情報が追加されている。
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ゴブリンの耳は、冒険者ギルドで討伐の証として使用することが出来る。
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冒険者ギルド!
やっぱりギルドがあるのか。街に行けば魔物討伐クエストなんてあるのかもしれない。
仕事は出来た方が良いし、この世界についてもっと知ることが出来るのかもしれない。
若返って感性が昔に戻った事もあり、わくわくが止まらない。
あとは討伐の証か。ウサギの死体はまだ鑑定したことがなかったのでこんど確認してみよう。
ゴブリンの解体はまた倉庫で行うとして、とりあえず死体をアイテムボックスに入れた。
ゴブリンを討伐した際、自分の中にある違和感を感じた。決して悪い違和感ではないが、胸が熱くなったような、視界が一瞬鮮明になったような感覚だ。
念のため、自分を鑑定し直してみた。……情報が少し変更されている。
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転生者 男 レベル5
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レベルが3上がっている。まるでゲームだ。経験値の表示はないものの、なにかしら行動を起こすと、数値が上がるのかもしれない。後でイオリのレベルを調べることにしよう。
「……それにしても」
ゴブリンが狙っていた獲物は何だったのだろうか? 無事に逃げることが出来たらしく、あたりを探してもモンスターの死体らしきものは見当たらなかった。
独り言を呟いても仕方がない。
また雨が降り始めそうな天気ではあるし、狙われるようなことはないだろう。もしウサギだったら今度はシンプルに丸焼きにして食べたかったが、残ってる肉で試せば良いか。
俺は装備を弓に変え、今度こそまっすぐ小屋に帰った。