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ある日発生した小さな宇宙について

作者: 佐藤アスタ

 昼過ぎの休憩のお供に、読み進めている本と紅茶とカットフルーツを用意する。


 紅茶はいつもの通りミルクを少し垂らして。

 カットフルーツはリンゴとバナナのラインナップだ。


 片手で保持するにはちょっと大きな単行本サイズを左手に、開いた右手でテーブル上のマグカップを時々掴んで少量を流し込む。

 これがいつものルーティンだ。


 問題はカットフルーツである。

 フォークを持ち、フルーツを刺して、口に運ぶ。

 三段論法で片づけられる簡単な作業だが、逆に言えば紅茶と比べて三倍の手間がかかっている。

 この三倍が曲者なのだ。


 当たり前の話だが、休憩の主題はあくまでも読書だ。

 その合間に飲食に及ぶ以上、視線は常に文字の羅列に向けられる。つまり、視覚は役に立たない。

 同様に、耳も鼻も舌もこの場合は意味をなさない以上、頼るは触覚――ではなく、テーブル上の配置を叩き込んだ記憶である。


 ところが、これがうまくいかない。

 記憶を頼りに右手を彷徨わせても、ゴールであるフォークに全く辿り着かない。

 その果てに、右手人差し指がテーブルに接触するならまだいい。

 最悪なのは、力加減を間違えた右手が思わぬタイミングでフォークに接触して、床に落下してしまう事態である。

 こうなれば、全ては台無しである。休憩中の雰囲気ぶち壊しである。


 そんな風に思い悩む刹那の時間。

 それはまさに無限の宇宙を漂っているに等しい。

 不安で、頼りなくて、どこにも行けなくて、地球は青かったと言った宇宙飛行士の気持ちが少しは分かる気がするのである。


 だから、解決策はただ一つ。

 宇宙にいることを諦めて、地球に戻ればいい。


 かくして、文字の羅列とおさらばした私は、カットフルーツの皿を視認して右手でしっかりとフォークを掴むのであった。

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