第九十話 消えちゃった(2)
「汽車かあ」
自称反救世主の大蟻喰が嫌そうに言った。
ゴルダヴァでの合流からこの方、ことあることに文句を付けてくる。つい先日も付けられたところだった。
「あたしの決定だ。お前は従え」
ズデンカは言った。
少し語気が荒くなった。ルナを気に掛けている途中なので、邪魔してくる大蟻喰がうざくなったのだ。
「なんでボクがズデ公に従う必要があるんだよ。ふざけんなよ?」
「あ?」
ズデンカはにらみ返した。
こう言うときルナが元気だったらすぐに仲裁してくれるが、
「ふにゃあ」
と怠そうな顔で首を左右に振っているようだ。
まるで東洋で作られる虎の置物だ。
「そもそもズデ公がルナの解放をしてるっておかしいじゃないか。ボクがやるべきだよ」
大蟻喰が走り寄ってきたのでズデンカは跳躍して後退した。
「お前に渡すかよ」
「クソッ!」
大蟻喰は猛ダッシュで追随する。ズデンカも速度を上げて逃げる。
「ふにゃああああ」
ルナのほっぺはぷるぷる震えて、今にも弾けて飛びそうだ。
ズデンカは焦った。
「ルナを返せ!」
「お前のじゃねえ!」
ズデンカの速度には流石に大蟻喰も尾いていけないようだ。
市街の真ん中で派手な逃走劇が繰り広げられる訳だから、見物人がたくさん集まってきた。
「ボクはルナと二人だけでいたいんだ? 明らかにキミという存在は邪魔でしかない!」
「お前にはバルトロメウスがいるじゃねえか」
ズデンカは叫んだ。
「あ……あいつは何でもないよ!」
大蟻喰は叫んだ。
ズデンカは大蟻喰のルナに対する好きはどういうものなのか一瞬考えた。
それは自分と同じものなのだろうか?
以前は別のものだと考えていた。友情に近いものだと。
だが言動を追ってみればかならずしも層とは限らないのかも知れない。バルトロメウスとは単に雇用関係を越えた物が見られているが、ルナを愛しながらバルトロメウスも同時に愛している、いや、愛し始めているのかも知れない。
どちらにしろ、他者の感情は計れない。
大蟻喰は腕を伸ばしてズデンカに掴み掛かった。
「ここは人前だぞ!」
「知るかよ、そんなこと!」
腕はドンドン節くれ立って巨大になる。全体の肉をそこに集中させているようだ。
ズデンカはその前に大蟻食の拳を切断し、高く跳躍と飛翔を交互に織り交ぜながら建物の屋根から屋根へと飛び移っていった。
既にズデンカの怒りは引き、冷静に考えられるようになっていた。
――クソ、ジナと離れちまう。
広い都会だ。
合流するまでに大分時間が掛かってしまいそうだ。
大蟻喰も宥めなければならない。ここまできてもまだ別れる選択肢はありえず、ルナの警護をになって貰わなければならないとズデンカは考えていた。
ズデンカは出来るだけ元いた場所へ元いた場所へ戻ろうとした。とりあえず街の地図は頭に入れている。
当世風のビルディングが見えてきた。駅前は会社が建ち並び、今の時間は通勤する人々の黒い群が見えてくる。
「おい、ズデ公っ!」
オドラデクはUターンして追ってきた。
ズデンカはビルの壁を昇りながら、窓から外を眺めて驚き呆れる社員たちの目を避けながら屋上まで移動した。
「ズデンカ、やっと追い付いた」
と、そこに一つの影が立っていた。
ズデンカはすぐわかった。
吸血鬼のハロスだ。




