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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第八十九話 警官の魂(11)

「もうこんな場所にいるのはやめにしたらどうだ? お前には故郷もあるだろ」


 フランツは話を変えようとした。オドラデクの話では魂はさまようと聞いたからというのもある。


「俺に故郷はない。皆死んじまったからな。それに戻ったところで何になる? 妻も子もどっか行っちまったんだ。ここにいたい。誰から挨拶されなくても」


 やはりオドラデクの言う通り、アルブレヒトは救われないのかも知れない。


 それでも、フランツは何か言ってやりたかった。


 一言だけでも。


 その一言だけで、相手が報われるような一言が。


 浮かばない。


 ルナ・ペルッツなら簡単に思い付いただろう。


 だが、フランツはフランツだ。


「お前もいずれは気付くかも知れないな。別に今いる空間が全てではないってことに」


 何とかひねり出せた言葉だった。


「どういう意味だ?」


 アルブレヒトは訊いた。


「俺がいなければならない、なんて場所はこの世のどこにもなかった。少なくとも俺は、の話だが」


「お前はどうしやって生きてきた? ははははは、ちょっと前なら怒ったんだろうな。お前なんかボコボコにしてやってた。だが、今はもう怒れねえ」


 フランツの方はこの言われように腹が立ったが、何とか押さえた。


「俺は色んなところを旅して回って……いいろんな奴を殺してきた」


 フランツは少し声を低めて言った。魂に対して言ってもその情報は魂を見れる人間にしか伝わらない。


 伝わったとしても魂が言ったなど周りが信じる訳はないだろう。


「殺したのか……俺は警官だ。お前を捕まえなければけないな。だが、捕まえられない。どうせすり抜けてしまう」


「俺は色んなところに行った。良いところだと思った場所もある。だが結局全て俺の思い込みだった。過ぎてしまえばもうどんなところかも思い出せない。生まれた場所すらそうだ……変わっていくのが人の定めだ」


 フランツはアルブレヒトの発言は無視して続けた。


「お前は若いからそれでもいいだろう。だがおれはもう年だ。無茶ができるのもそれなりに年齢というものがある。お前は無茶をやれるだけやれたってだけだろう。人間関係だって若いうちはどんどん変わっていく。だが俺のように中年の男になっちまえば、もう変わることはねえ。同じような日乗が過ぎていくだけだ。変わりたくもねえ。俺はもう変わりたくないんだ」


 フランツはさすがに怒りを抑えきれなくなってきた。それを己の未熟さと言われればそうなのだろう。


 だが、いい年こいて変わることも出来ず、変わる努力すら怠る愚鈍さにはいい加減我慢が出来なくなった。


「いつでも変わることができる! 少なくとも意識があるうちはな!」


 アルブレヒトが霊だということを示唆しながらフランツは叫んだ。


「変われねえよ。お前も俺の年まで生きたらわかる。何も変われねえんだ。これっぽっちもな。俺はこの街を出たくない。これ以上話しても無駄だな。どこか行ってくれ」


 その時だ。


「おーい、フランツ、何一人で喋ってるんだ?」


 ステファンが店の戸口から出て此方に呼びかけていた。


 となりではオドラデクが不敵な笑みを浮かべながら腕を組んでいる。

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