第八十九話 警官の魂(10)
「いや、あいつはステファンの友達だからな。何もせず置いておくわけにもいくまい」
そうは答えたものの、内心ではオドラデクの言のほうが正しいと思っていた。
フランツ自身は生前に面識すらないただの中年男でしかない。世話を焼いている暇はないのだ。
「ステファンさんはたぶん友達を見ることは出来ないでしょう。だから気付かないですよ」
オドラデクはひどく冷淡に言う。
「そうは言うが、俺は見れるんだ」
フランツは答えた。
「見れるから助けたいと……はぁ、フランツさんもずいぶん丸くなりましたねえ。前は俺はスワスティカを何が何でもぶっ潰す、それ以外はどうでもいいって息巻いてたでしょ」
オドラデクは鼻で笑う。
「いや、今もそれが目標だが」
フランツはそっぽを向いた。
「じゃあ、行きなさいよ。言って何か声を掛けて来なさい」
オドラデクが囁いた。
「言われなくとも」
フランツは歩き出していた。
「アルブレヒト」
「なんだ、若僧。お前も俺が見えるのか?」
アルブレヒトは顔を顰めながらいった。
「ああ、生憎なこったが、それで、あそこに住んでるステファンの友人でもある」
「なんだと? お前、名前は?」
「フランツ……フランツ・シュルツ」
「フランツ……あのフランツか。あいつが毎度のように言っていたよ。息子のようなやつだってな」
フランツは少し面食らった。フランツはステファンに父の影を見ていたが、ステファンもまた自分に息子の影を見ていたとは。
「……あいつには何度も最近話し掛けた……でも無視だ。嫁さんもそうだ。一体どうなっている?」
死んでいるからだと言えば、オドラデクの二の舞になる。
「そういうこともあるだろうさ。俺も……友人と思っていた奴を殺さなければならないことになったようだ」
フランツは声を落として言った。本当に落ち込んでいた。改めて言葉にするのはとても、疲れることだ。
後から猟人としての秘密の一部を漏らしてしまったことにも気付いたが後の祭りだ。
まあ、既に死んだ者に向かっているのだからいいだろう。
「……すごいな。俺はさすがに殺そうなんて思わない……もう怒りも憎しみも湧かないんだ。どうしちまったのかな。ただ、わずかの苛立ちとほんのりとした悲しみがあるだけだ」
「そういうこともあるだろうさ」
フランツは諦めたように言った。
「でも、なかなかこれもいいかもなって思うんだ。俺は職業柄毎日怒ってばかりだった。ステファンのところで呑んで憂さを晴らす時以外はいつも怒っていた。何かにつけて怒っていた。妻も子も俺を嫌って離れていった。手を何度も上げてしまったんだ」
フランツは何も答えようがなかった。フランツも怒りに囚われることは多かった。自分と似た側面を感じたのだ。
――俺もやがて怒りに身の内を喰い破られることがあるかも知れない。
「でも、今は不思議と怒らないんだよ。犯罪者どもを見かけて捕まえようとしてもなぜか出来ないんだ。捕まえ損なって憤りも感じねえしな。どうしちまったんだ、俺」
アルブレヒトは項垂れた。




