第八十九話 警官の魂(9)
「霊や魂は比較的普通の人でも見れたりするんです。アルブレヒトさんの目撃例があるように。妖精はちょっと特殊で、普通な人も異常な人も見れたり見れなかったりする場合がある。フランツさんやあまり言いたくないけど、あのバカ女は見える方なんでしょうね。ほら、やっぱり自分が死んだとわかっていないみたいですよ、ちょっと話してみましょ!」
オドラデクは猛ダッシュして赤髭の男に近付いた。
「よっ、大将!」
男は表情を綻ばせた。まるで佐幕で水源を見付けたかのようだ。
「俺が見えるのか!」
「見えるも見える。よく見えますよ。くっきりはっきりすっきりと」
オドラデクはクルクル男の周りを回り始めた。
「俺はどうなったんだ……なぜ、誰も返事をしてくれないんだ!」
男は頭を掻き毟りながら叫んだ。
「あなたはアルブレヒトさんですね」
「そうだ! 間違いない。この街で警官をしていた。でも、署に行っても誰も俺が来ていることに気付いていない。それどころか俺の席は片付けられてしまった」
アルブレヒトは頭を振った。
「はっきり言いますね。あなたは死んだんです」
オドラデクは残酷なぐらいはっきりと言った。
「まさか。そんなことはありえない。俺はこうやって息をしているし、鼓動だって……」
アルブレヒトはぼんやりした顔になった。
「なかなか気付けないでしょうね。気付けるぐらいだったらすぐに天国に行っているでしょう。自分が死んだって認めるのは相当苦痛でしょう」
オドラデクはまたドタバタとフランツに駈け寄ってきて言った。
「そりゃそうだ。俺は死ぬことに悔いはないが、普通にしているのにいきなり死にましたといわれたらすぐには信じられないだろう」
「でも、そうしないと消えることは出来ないんですよ。この世をさまよい続けるんです。霊はある地域にずっといるんですが、魂はさまよい続けるものだって相場が決まっている。ぼくなんかは魂のほうに近いなあってつねづね自分を感じちゃってるんですよ。あちこち旅続きの人生ですからねっ!」
オドラデクはドヤ顔で決めポーズしたがフランツはスルーした。
「どうすればやつは助かるんだ?」
「助かること、すなわち天国に行くことです」
「じゃああいつと会話して、何とか説得するしかないじゃないか」
「そんなに簡単に誰も意見なんか変えないですよ。じょーしき的に考えて」
一番常識から掛け離れている奴に常識的に考えるなどと言われてフランツは腹が立った。
「じゃあどうするんだ」
「言うべきことだけ言って、後は待つべし! そんで、もう言うべきことは言いました。あなたは死んでいるんだってね」
「いつ気付くんだ?」
「さあ。十年後ぐらいになるかも知れませんね」
オドラデクは掌をクルクルしながら言った。
「そんなに待っていれんぞ」
「ですから、待っていなくてもいいんです。言えるだけ言っておきましょう。ぼくらにできることはそれぐらいですよ、まる」
オドラデクは部屋のなかに戻ろうとする。
「いや、さすがにそれはないだろう」
「ずいぶんこだわりますね。なんであんなオヤジに?」
オドラデクはいきなり眉をつり上げた。




